2008年3月22日土曜日

連帯保証人はキツかあ!!

先日、大学のクラブの後輩と横浜で会った。話は次の様な事だった。

後輩は大学を卒業して、父親が若い頃創業してその経営権のバトンタッチを受けた兄が社長をしている会社に入社した。生業は、魚産物の卸と小売だ。約30年前のことです。当時もその会社は経済的には大変だったのだが、父親はここで倒産するとたくさんの人に迷惑をかけることになるので、もう一(ひと)頑張りしようや、ということで、金融機関にも借金の先延ばしをしてもらい、兄弟がタッグを組んでここまでやってきた。この先延ばしの際に、会社の借入金に兄と弟である後輩が連帯保証をしたのです。当初は頑張ればなんとかなると考えていたのだろうが、その後世の中、流通とくに物販については根本的にそのシステムは激変した。昔ながらの魚屋さん、八百屋さん、雑貨屋さん、肉屋さんからは客離れがして、大駐車場を備えたスーパーやショッピングセンターに客は奪われた。私の住んでいる住宅地にある分譲当時からの商店街には、今、買い物客の人影はない。30年前、私がここに引っ越してきたときには、魚屋に寄って八百屋に寄って酒屋さんに寄って帰ったものです。魚屋さんに海産物を卸して廻っていた後輩の会社も、その取扱量がガタガタに減って、商売は、陽が翳(かげ)っていく一方だった。

そして、ここへきて、ギブアップ。2回目の不渡りを2週間前に出したのです。

私と後輩は実は1ヶ月前に後輩たちの同窓会で会っているのです。その1年に1度の同窓会というのは、後輩と前後して卒業した気の合う者たちが集まって、サッカーの試合を楽しんで、その後昔話に花を咲かせては、鱈腹酒を飲むのです。私にとって仕事関係以外では唯一楽しみにしている集いなのです。

後輩はその会の帰途、自宅に向かっている最中に、奥さんから電話を受けたのです。「お義兄(にい)さんがやってきて、会社が倒産することになった。会社は破産、俺も破産するのでT(後輩)に言っておいてくれ」と。突然の話でもあるし、事が重大すぎることに後輩の奥さんは驚いた。何が起ころうとしているのか、心配で心配で、とにかく夫である後輩に話さなくてはならないと思い、彼に携帯電話をかけた。そうだったのか。突然、そんな無茶な話ってないよな。自宅に着いて夫婦で話し合った後、私のことを思いついて、私に電話してきた。私は後輩たちの状況の詳細が知らされる前に、大好きな後輩だったから、つい気を許してしまい、開口一番怒鳴ってしまった。なぜ、そんな大事なことを、同窓会で会ったときに俺に言わなかったのだと詰めた。この類の処理では、時間との戦いが大事であることを日常の業務で私は知っているからだ。突然だったのだ。

このような事態になって、最初電話を受けてから2,3日後に横浜で、後輩夫婦に会うことになった。詳細に聞いて、私なりに今後の想定される手続きを話した。そして、永い付き合いの司法書士さんにも、アドバイスをもらった。この司法書士さんに会わせて、ガタガタしてもしょうがないから、落ち着いて事に当たりなさい、と安心するように言って貰うのが、私の作戦でもあったのです。奥さんにも、少しはリラックスしてもらえたようだと、私は満足した。懇意にしていただいている弁護士さんのなかで、黒田弁護士がこの案件には適していると考えて、弁護士事務所へ後輩夫婦を案内した。

弁護士事務所で言われたことは、私なりに想定していた内容と同じだったが、ここであらためて書き置くことにした。①連帯保証とは、保証人が主たる債務者と連帯する保証債務のことです。人的保証です。②催告の抗弁権をもたない。債権者は主たる債務者に対して催告をしないで、いきなり連帯保証人に請求することができる。よって、債権者の求めに応じて直ちに連帯保証人が主たる債務者に代わって弁済しなければならない。③検索の抗弁権をもたない。債権者は主たる債務者に対して執行しないでいきなり連帯保証人に請求することができる。④共同連帯保証人がいるからといって持分のみで良いと考えてはいけない。⑤但し、一括弁済したときには他の連帯保証人に対して求償できる権利は持っているが、権利を行使する前に自らが悲惨な状態に陥る危険性が高いということを認識する必要がある。⑥このような事態を想定するならば、決して連帯保証人になってはならない。ーーー①~⑥はインターネットにのっていた文章を引用させていただいたが、黒田弁護士から伺った内容もこの通りだった。

奥さんの真面目さが、私には新鮮でまぶしかった。永い間、このような生真面目な人を見たことがなかったような気がした。久しぶりだ。彼女は、筋肉がドンドン弱っていくという難病に罹った実父の長期にわたる介護を一手に引き受けてきた。数年前に父はなくなったが、その看護の献身ぶりには、後輩も感服したと言っていた。その間に夫婦仲は一時的に壊れましたと後輩は苦笑していた。その父が娘夫婦の住宅の庭に、生前大事にしていた庭木をプレゼントしてくれた。この家で、家族が悩んだり、励まし合ったりして暮らしてきました。子供もこの家で、私に叱られたり、褒められたり、子供等は私が言うのも変ですが、いい子に育ってくれました。この家は、そんなうちの家族の全ての証人でもあるのです。庭木はお父さんなのです。いつも、我が家を心配しながら、見守っていてくれているのです。そんなこんなで、私はこの家を絶対手放す訳にはいかないのです、と言い切った。彼女の強い意志に心が打たれた。

後輩は、どういう立場で経営に参加していたか分からないのだが、法人登記簿の欄に取締役と登記されていて、取引の相手先に専務取締役と肩書きされた名刺を差し出しているようでは、商法上も立派な経営者だ。例え、社長の補佐的な立場だったといえども。でも後輩は、社業が思わしくなくなってきたのを機に、社長と話し合った結果2年ほど前に会社を退社して、友人の会社に勤めを変えたのです。そして、後輩はかって取締役をやっていた会社のことはすっかり忘れて、自分に与えられた職場で頑張っていた。職場が変われば、今までよく似た業界にいたといえども、学ばなくてはならないものが多くあって、それなりに刺激があって生活は充実していた。今までの経験が活かせて、職場の若手社員には、先生役だ。

そんな矢先の出来事だった。そこで、後輩は連帯保証人たる意味を復習して、それなりに大体は理解できたけれども、この先予想される事態はいかに?頭のなかは不安だらけで、他のことは何も入らない。何も手につかない状態なのです、と赤信号を私に向けて点けてきた。

後輩の会社の借り入れ資金に関する連帯債務の内容を調べてみると、連帯債務を負う借入金は2行(アとイ)の銀行からのもので、アは多額だけれどもイは割りと少額だった。後輩の自宅にはイからの住宅購入資金のローンが借り入れた当時は1500万だったが、今では残高が600万円に減っていた。自宅の土地建物にはそのイのみの抵当権しかついていなかったのが、幸いだった。私はイの担当者に電話をして、後輩の家を買いたいので幾ら支払えば、抵当権をはずしてくれますか?と聞いてみた。その内容は個人情報なのであなたには答えられない、とのことだった。当然の話だ。私との電話を終えてすぐに、イの担当者は、後輩の自宅を訪れ、内容の全てを知るためにあれこれ情報を求めたらしい。後輩の兄の会社が不渡りを出したことは、金融機関なら当たり前に知っていて、自らの銀行もその会社からの回収の方法を考えていたのだろう。否、回収できないと諦めていたのかも知れない。でも、この後輩からは、少しでも回収できそうな可能性がある、とも考えていたと思われる。今後、当行からは、きつい表現で申し訳ないのですが、文書が次々に届きますからよろしく、とも言った。自宅の土地建物についている抵当権を抹消するには、残高600万円と、連帯債務されている金額を揃えていただかないと抹消できません、これが当行の結論です、と言い置いて帰った。連帯債務をしているイの借入金額は、前の方で少額だと書いたけれども、それは私の不動産屋としての一般的な考え方だけれども、リストラを受けての再就職、それも50半ばの給料では、それは大変な高額なものになる。その二つを加算した金額は、到底一度には返済できない金額だった。

う~ん、じゃ、どうするか?。後輩の奥さんはこの家を絶対離れたくない、放したくないと言い切る。私と後輩とは35年の付き合いだ。大好きな後輩だ。なんとかしてやりたい。

イは後輩がかって役員をしていた会社からは回収が困難になると予想しているだろう。が、後輩の身辺の状況から、後輩からはいくばくかの回収は可能だと目論む。時間が経過していくと、連帯保証人の資産、会社の資産が管財人の管理下になっていく。そうなると、後輩の自宅もガチャガチャになる。ガチャガチャになると言ったって、何も物理的に乱されるということではなく、権利関係において民事訴訟法の手続きに進んで行くということです。法的な手続きに入るということです。言い換えれば、利害関係者間の話し合いは、もうできないっということなのです。そうなったら、イの目論見は雲散霧消だ。イも焦っている筈だ。

私は、イにお伺いするためにアポイントをとった。どうか、早い時期に、私たちの提案に承諾していただきたい。時機を逃すと、御行の回収は目減りする一方ですよ。アが次の手を打ってこないうちに、やっちゃいましょうよ。私は熱く説得した。融資の担当者も支店長も、私の話を真剣に聞き耳を立ててくれた。抵当権を抹消して欲しい当方の提示額を、何とかあと少し伸ばしていただけないでしょうか?敵はなかなか諦めてくれない、どこまでも食い下がってくる。支店長は、後輩に詰め寄る。後輩は答えた。私の一存ではどうにもなりません、このたびのことは、私が原因を作った張本人なのですから。痺れをきらしたイ側は、解りました、あなたたちの提示額で本部に決裁を求めるべく稟議を上げてみましょう、ということになった。そうして稟議は予定通りで決裁され、本日、抹消登記を終えた。

ここで、やっと私が世間に問いたい本論に入れることになる。それは連帯保証のことです。私のような中小企業の代表取締役で、事業の前線部隊の隊長を任されている者にとって、会社の事業資金の借り入れに際して、その債務に連帯保証を求められるのが、原則になっているようで、私はそれなりに理解している。--のですが、この連帯保証ということについて考えてみたいと思う。

債務が続く限りいつまでも、いつまでも連帯保証は続くものなのですか?連帯保証人は、加齢、病気、怪我による身の回りの事情が変化することだってある。経済的事情も変化する。主たる債務者との人間関係も変化する。そんな事情の変化にもかかわらず連帯保証は厳然といき続けるものなのですか。連帯保証を降りたいと思いつたら、どうすればいいのですか?あなたでは連帯保証人には物足りなくなったので、代役を立ててください、と言ってくれるまで待つのですか。私には、もう連帯保証人が務まりませんと言って、聞き耳を持ってくれるのですか。

現在の金融システムでは、担保物件の評価が十分でも人的保証が求められ、連帯保証人にさせられることは、よく理解できます。物的保証以上の保証を人間(人的保証)に求めないで、その会社の内容に資金を貸す側の担保取りをすれば、済むことではないのか。何が何でも人的保証をなくせ、とは言ってはいないのですが。又、どうしても追加保証を求めたいときには、せめて保証人の有する資産の範囲内に限るようにすべきではないか。