私が大磯から権太坂に引っ越してきたのは、28歳の時、今から30年前のことです。
その年に我が家の第一子である長女Mが生まれたのです。長女のボンレスハム化した手をとって、よく散歩をしたところに疎水があった。疎水というよりも、どぶ川と言ったほうが正しいような川でした。その疎水は泡がぶくぶく浮いていて、川底はヌメヌメしていて、流れている水は汚水そのものだったのです。嫌な臭いもしていた。当時、完全に排水施設が整備されていなかったので、生活用水が家庭から溝を通って疎水に集まってきていたのだろう。洗剤の影響もあったようだ。疎水に直接生活用水を流している家もあったぐらいです。
我が家を含めた住宅団地が北傾斜になっていて、その斜面を下がっていくと、JRの東海道線と横須賀線の線路に突き当たる。線路と平行にその疎水があるのです。線路の反対側は南傾斜の住宅街が広がっていて、まさに線路と疎水は両斜面に挟まれた、谷底部分にあるのです。だから、両方の傾斜地から発生する雨水は、当然、疎水にあつまってくる。集中的な大雨の時などは、それは物凄い水の量と勢いです。怖くなるほどの状態になるのです。
引っ越してきた時はそんな状態だった。眺める疎水の不潔さに顔を歪めざるをえなかった。いい川、きれいな川、みんなが川辺や水に入って遊べる川になって欲しいと願った。
疎水沿いの小道は、子供が大きくなって、仕事が忙しくなって、犬と私の早朝散歩の道になった。パートナーの名犬ゴンは、私以上に川面を覗いた。何を思って覗いていたのだろうか。(質実剛健、サムライだった)ゴンが老いて、家の周辺ぐらいしか散歩ができなくなるまでのほぼ10年間は、この疎水沿いの小道を散歩した。早朝、5時に自宅を出る。この小道でリードを首輪からはずして、(聞き役上手だった)ゴンを自由に放つのです。(眉目秀麗、スタイルもよかった)ゴンは欣喜雀躍。私は二日酔いの体を草むらに投げやる。(神さまのようで、仏さまのようだった)ゴンは今年の正月明けに死んだ。頭がよくて、男っ前で、強くて、やさしかった。多くの人間どもや犬仲間から慕われていた。今でも、遺骨の前には届けられる花束の欠くことが無い。
その疎水に真っ白なサギを15年程前から、度々見かけるようになった。少ない時はつがいと思われる2羽、多い時には5~6羽がやってきた。カモも3~4羽でやってきた。鳥がやってくるのは、川の中や川辺に、虫やら魚などの餌になるものを漁りにきているのだ。ひょっとしてそれは魚だ、と思って、この15年期待に胸ふくらまして、覗きつづけたのです。
私の生まれ故郷の川はきれいだった。フナ、ウグイが泳いでいた。川底をザルですくうと、ドジョウやゴリがとれた。沢蟹、タニシ、ゲンゴロウ、シジミがとれた。川辺ではセリを摘んだ。農作業の昼休み、川の水で弁当箱を洗った後、父は少し深くなったところでよく水遊びをしてくれた。ご飯粒をパラパラと水面にまくと、魚が寄ってきた。のどが渇いた時は、川の水をそのまま腹いっぱい飲んだ。夏休みには、お父さんたちが、川を横切って石を積み上げ、にわかのプールを作ってくれた。朝早くから夜遅くまで、カッパ天国だった。
その疎水は、年々日に日に、水がきれいになってきた。川底のヌルヌルもなくなってきた。生活排水の本下水化が進んだおかげだ。もうそろそろ魚の姿が見られるかも、と思いながら覗きつづけたが、いつまでも魚は視界には現れなかった。
約3年前、私の会社は、東戸塚駅のそばから、相鉄線の天王町駅のそばに引っ越した。今度は、出勤でこの疎水のそばの小道を歩いて通うことになった。私には、どうも縁深い道と疎水だ。1週間7日の通勤で片道14回。そのうち4~5回は徒歩で通勤している。帰り道は地獄です。会社で酒を飲んだ後、ふらふらと、時には命がけの場合もある。酔っ払って、転んで転んで、ズボンを泥泥に汚して家に着いたこともあります。歩いて帰ると、翌日の朝の出勤は否応なしに徒歩になる。夜は真っ暗です、街灯らしきものが何もないのです。所要時間は、5キロの距離を朝は50分、帰りは1時間30分。
朝の出勤時には、疎水のそばの小道を通る時、必ず身を乗り上げて川を覗いた。
ところが、やっと、昨日(8月7日 火曜日)、朝6時45分、魚影発見。 大願成就。
魚の種類は分からないが、10匹ほど群れをなして泳いでいた。びっくりした。長い間、まさかまさかと、いや、もうそろそろと思いながら、覗いては失望を繰り返してきたのだ。今、ここで魚の存在を確認したことは、私にとって30年来の悲願だったのです。このことは、みんなには内緒にしておこう。重要度の高い秘密事項だ。
25年前、大池公園でクチボソを一匹、長男のSと釣ったことを思い出した。児童公園では同じ時期に一人でクチボソを釣った。
その時以来の、釣りを計画している。誰も知らない、私だけの秘境の釣り場だ。10匹ほどいたのだから、1匹だけなら釣っても、魚の仲間たちからは嫌われないだろう。釣った魚を自宅の池で飼ってみよう。
今度の水曜日(15日)の午前中に決行だ。重要度の高い秘密事項ですぞ。興味のおありな方は、静かにそうっとやって来てください。秘密だからといって、覆面などしてこないでください、目立ちますから。普段のまま、あやしげな挙動は絶対避けてください。ただし、一匹までですぞ。一匹釣ったら、脱兎のごとく、韋駄天、疾走してお帰りください。大事に飼うことも、参加の必須条件ですぞ。スポットは、私の文章にヒントがある。お近くの人なら、大体の位置は推定できるでしよう。
昨日(8月11日)のこと。
この釣りのことを友人に話したら、「そんな貴重な魚を、どうして? なんで? 釣ったりするんだ。やめろ、くだらん!!ことするな」と一蹴されてしまった。「子供じゃあるまいし」と追い討ち。友人の意見は正しいように思われたので、よって、釣りはもっと魚が増えてきたらすることにした。