2008年4月7日月曜日

「永遠平和」うけつぐ9条

やっぱり、小田実の記事が出ていると、きっちり読み込みたくなるのです。朝日新聞でした。この記事を読み終わって、古紙回収にまわすわけにはいかない。転載さていただいて、身近に保存しておきたい内容でした。
40年前、学校に入るために田舎から出てきた。プラカードを掲げてデモる人々を見て、そんなことで革命的なことはなにも起こらないぞ。女々しいなあ、と馬鹿にしていた。ベ平連なんて、なんじゃ、と思っていた。ところがじゃ、小田実の著作を読んでいくうちにオダ菌に感染した。殺される側の論理、爆弾が雨の様に落下される地表を逃げ惑う側の論理。その論理から反戦への思向には説得力があったのに。オダ菌に感染していたのに、理解力の低い、生半可な未成熟な学生だった。その時は解らんちんなコチコチ頭だったのです。
体育局に所属するサッカー部員だった。
サッカー部員としては、極めてヘタ糞でやっかいな部員だったが、練習態度は真面目だった。が、頭の中は過激な思想にどっぷり。危険千万な男だった。過激な演説、過激な著作物、過激な口論、過激な酒量、過激でないと私はもうどうにも止まらない状態でした。
だから、学生時代には、予備校の教壇から小田実さんがいくら檄っても、私には物足りなかった。当時、小田実は予備校で英語を担当する先生でもあった。夜になると過激度はピークに達し友人たちを随分困らせた。精神的な安静を求めて、昼間のサッカーの練習に夢中になっていた。サッカーがガス抜き装置だったようだ。
社会人になって、世慣れて、”ただの過激派”では、世の中を渡っていけないことが、解りだした頃、小田実を読み直した。そしてすっかり、小田実の心酔者になってしまった。偉大なオッサンだと尊敬するようになっていた。その偉大なオッサンのことが朝日新聞に書かれていたのです。
カントさんとは縁がなかった。頭の悪い私には、その御仁からは遠ざかる一方だった。この記事によると、解りやすく書いた本もあるらしいので、頑張って読む機会をつくりたいと思った。


2008 3 31 朝日朝刊 ポリティカ/にっぽん 早野透(本社コラムニスト)
カントと小田  「永遠平和」うけつぐ9条

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3月9日、NHKのETV特集「小田実 遺す言葉」を見た。作家でありベトナム反戦の市民運動家、東京の病院の緩和ケア病棟に入ってがんと闘う最後の日々がカメラにとらえられていた。テレビの小田さんは、私が病室にお訪ねしたときよりもやつれて、しかし力を振り絞って小説の口述をしていた。作家魂とは、かくも激しいものか。


小説は、題して「トラブゾンの猫」。トルコ半島にあるギリシャの殖民都市にトロイの猫、クビライハーンのころの、秦の始皇帝のころの猫、そして日本の三毛猫が時空を超えて集まって語った。「人間ってなんで愚劣なことばかりしているのか」と。
「愚劣」といっても、例えば道路特定財源をマッサージチェアーに使うお役所とか、ねじれ国会で突っ張りあって打開のてがかりを見出せない与野党とか、そういう次元のことではない。ギリシャの昔からイラク戦争まで、人間が果てしなく繰り返してきた愚劣な「戦争」のことである。
 テレビの前日の8日、東京・渋谷のホールで、「九条の会 小田実さんの志を受けついで」という集会があって、2300人が集まった。なかなかのものですね、3月4日、中曽根康弘氏らの「新憲法制定議員連盟」の総会で、草の根に広がる「九条の会」の向こうを張って「拠点づくり」と対抗意識を燃やすだけのことはある。
 「九条の会」の呼びかけ人は小田さんを含めて9人。この日、梅原猛氏はメッセージを寄せ、大江健三郎、鶴見俊輔、加藤周一、三木睦子、井上ひさし、奥平康弘、沢地久枝の7氏、そして小田さんが「人生の同行者」と呼ぶ妻の玄順恵さんが次々と話した。
 その玄さんの話。若き日、ギリシャ文学を専攻した小田さんは昨年春、家族でトロイ遺跡やトラブゾンを旅して帰国、そして病がわかり7月30日亡くなる。「小田はギリシャのデモクラシー、小さい力を合わせて知恵をもって社会を作る人々の力を信じていました。それに一番近いのはやはりアメリカだと。そのアメリカから学んだ『自由と平等』に、『平和主義』を加えたのが日本だと。それが九条だと」 
 私は、ギリシャの話を聞きながら、イマヌエル・カントのことを思い起こしていた。1724年生まれ、フランス革命後までの80年の生涯を東プロシアのケーニヒスペルクの街からほとんど出ずに過ごし、毎日決まった道を決まった時刻に散歩して、人々はそれに合わせて時計の針を直したという哲学者。世界を考え、人間を考え、歴史を考え、「永遠平和のために」という本を書いた。
 カントといえば、その難解な著作を読むのに昔は苦しんだけれど、この「永遠平和のために」の本はもともと戦争に明け暮れる政治家にも読ませようと簡潔に書き、このところ日本でも次々とわかりやすい新訳が出た。なーんだ、カント先生200年前に、いまの世界をお見通しじゃないか。ここは総合社発行、集英社発売のきれいな写真つきの池内紀さんの訳本に従って読み進めたい。
 「戦争状態とは、武力によって正義を主張するという悲しむべき非常手段にすぎない」
 「いかなる国も、よその国の体制や政治に、武力でもって干渉してはならない」
 イラク開戦前にブッシュさんも小泉さんも読んで欲しかった。
 「殺したり殺されたりするための用に人をあてるのは、人間を単なる機械あるいは道具として国家の手にゆだねることであって、人格に基づく人間性の権利と一致しない」
 だからこそ、ドイツには兵役拒否のかわりに福祉などで働く制度がある。小田さんは、九条の日本は「良心的軍事拒否国家」になるべきだと説き続けた。
 「対外紛争のために国債を発行してはならない」 昔、日露戦争を戦うのに、日本は外債募集で走り回った。太平洋戦争を戦うのに、郵便貯金を軍事費にあてた。
 「常備軍はいずれ、いっさい廃止されるべきである」
 9条は、ギリシャのアリストファネスの喜劇「女の平和」からカント先生まで、人類の思想を受け継いでいるのであって、占領軍に押し付けられたとかなんとかいう問題ではない。小田さんが言っていた通り、「日本はいい国だ」ともっと自信を持っていい。
 「戦争を起こさないための国家連合こそ、国家の自由とも一致する唯一の法的状態である」 
カント先生がすごいのは、今日の国連の誕生を見越していたことである。「世界平和」はむりとしても、「世界市民」は空想の産物ではないと言っている。地球温暖化もチベット問題も、国家の利害ではなく、市民の問題ととらえられるべきなのだ。
 と書いてきたものの、日本政治は日々忙しく、それどころじゃないと思いがちだが、カント先生はそこもクギを刺している。
 「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である」