2008年11月9日日曜日

有名な知識人、教養人の言うことにだまされるな

社会から知識人とか、教養人とか言われている人が、とくに著作物の多い人に多い例なのだけれど、「知識人」「教養人」「文化人」「碩学家」「評論家」「オピニオンリーダー」「知性派」を、自ら任じている場合もあるし、世間から自然とそのように敬称されている方々がいる。この方々のなかで、持論に大いに欠陥があるにもかかわらず、平気でのさばっている人がいたとしたら、これは大いに警戒しなければならない。社会問題だ。不幸なことに、この類の人間は大学の先生であったり、高級官僚だったり、世襲(国会)議員だったり、世間に影響を大きく及ぼす力を持っている場合が多い。

この稿は、いわゆる「知識人や教養人」と呼称されている人たちは、いったい何者なのか、と皆で考えてもらいたくてキーボードを叩いている。この人たちの功罪を見極めたいのです。

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私が今、焦点を絞ろうとしているのは、知識人、教養人のチャンピオン、「渡部昇一」氏のことだ。

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航空自衛隊のトップ、航空幕僚長の田母神(たもがみ)俊雄氏が、民間企業主催の懸賞で最優秀賞に選ばれた論文では、日本は日中戦争に「引きずり込まれた被害者」だと主張。旧満州、朝鮮半島の植民地支配も、日本を正当化するような考えを書いているが、田母神氏は以前からの持論であることを強調した。記者会見では、「親日的な言論の自由は制約されていたが、日本を悪く言う自由は無限に認められていたのではないか」と述べた。また「政府見解に一言も言えないのでは北朝鮮と同じだ」とも述べた。政府見解と明らかに異なる見解を公表して、防衛省から懲戒免職を求められても、徹底抗戦の構えをみせた。これじゃ、シビリアンコントロール(文民統制)を根本から否定しているのではないか。この航空幕僚長・田母神氏のその他の言動については、後ろのほうに報道記事を転載したので、そちらを読んでください。

私が気にするのは、この懸賞で次席の表彰を受けられたのは、どんな論文だったのでしょうか。最優秀賞とその次の賞との違いを比べたい。また、それ以外の賞に選ばれた作品の内容も知りたい。懸賞論文を主催した会社の真の目論見は何だったのでしょうか。何を期待して企画したのだろうか。田母神氏が主張するような論文を期待してのことだったのでしょうか。論文を提出した人の名前や肩書きは伏されての審査だったと聞いている、が。

朝日夕刊(081106)によると、防衛省は6日、航空自衛官78人が田母神氏と同じ懸賞論文に投稿していたことを明らかにした。応募総数は235人で、その約3分の1を航空自衛官が占めていたことになる。78人のうち、62人が田母神氏が以前トップを務めた小松基地(石川県小松市)の所属。アパグループ代表の元谷外志雄氏は「小松基地金沢友の会」の会長だった。この78人の航空自衛官の論文の内容は、幕僚長と同じように政府見解と全く異なる内容だったのだろうか。この投稿した航空自衛官たちが、揃いも揃って、同じように政府見解と異なる主張をしていたとしたら、首相、内閣総理大臣殿、最高指揮監督権はどうなってるの ?ですか。

この田母神氏の論文を最優秀に選んだ選考委員会の委員長が渡部昇一氏だったのだ。その他の審査委員はどういうメンバーだったのですか。これも重要な問題です。この審査委員長が、なんと上智の、大学の、名誉な教授、だったからだ。

彼には、膨大な著作物、新聞や雑誌、評論集がある。膨大な人々の前で自分の意見をどれだけの回数、論じてこられたことでしょう。そこで、何を論じてこられたのでしょう?その彼が、この選考審査会の委員長だったのです。 何故か、私は渡部昇一氏の著作物については、今まで一度も手にしたことはない。社会に影響力のある人なのに、それでも、彼の著作物を読もうと思ったことは一度もないのは、自分の世界にとって縁のない人だったようだ。

学校の名誉なのか、名誉ある実績を残した人物なのか。?、?、上智大学名誉教授だ。上智大学は全学あげてこの問題をとりあげて、議論してもらいたい。大学は、研究と教育の場だ。いい教材が転がってきたもんだ。歴史ある立派な大学の名誉教授となりゃ、大学の名誉のみならず、広く日本の国の名誉でなくちゃ、ならんのではないのか。立派な大学の、立派な名誉教授が発した考えは、あたかも世の中の人々に正論であるかの如く、声高に伝わる危険を秘めている。危なかしい思念や思想や考えと言えども、知識人と言われている人にお墨付きを与えれると、その意見は胸を張って一人歩きをするのです。繰り返すぞ。あたかも、世の中の正論の如くに、だ。

青年よ、研鑽に励め。知識と教養を身につけて真贋を見極めることだ。そして、真に正しいことに行動を起こすことだ。

渡部氏は、この話題の論文をどう評価したのだろうか。授賞の根拠を論評して欲しい。新聞に報道された論文要旨を読んで、呆れ果てて、一々私との認識違いを指摘する気も起こらない。この空自のトップがこんな考えで日々、軍務に精励したと聞くとゾウっとする。シビリアンコントロールも糞も、あったもんじゃない。今の自衛隊の実態は、もう既に怖い軍に成り果ててしまっているのではないのか?

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ここで、ネットで知り得た、私が理解できる範囲内の「渡部氏のお考え」を紹介をする。さすが、名誉教授だけあって、私のような人間とは随分違う意見の持ち主のようです。

*日中戦争、太平洋戦争の勃発原因について、陰謀論を支持する。

*南京大虐殺、否定派である「まぼろし派」に分類される。

*「ヒットラーやムッソリーニ、二・二六事件の青年将校らは共産主義者である」と主張している。

*従軍慰安婦問題に関しても日本の責任を完全否定する立場をとる。慰安婦の強制連行を認め性的奴隷説の根拠となった河野談話を強く批判し、当時官房長官の河野洋平は割腹して日本の汚名をそそぐべきだと述べた。

*沖縄における集団自決問題については、実際には積極的に日本軍に協力した沖縄の人々が、復帰後左翼メディアに扇動され、「歴史で騒げば金が出る」と考え、堕落した結果であると述べた。

*1980年、「週刊文春」誌上で、小説家の大西巨人に対し、息子二人が血友病であり、高額な医療費助成がなされていることから、「第一子が遺伝病であれば、第二子を控えるのが社会に対する神聖な義務ではないか」と問題提起し、大きな論争を巻き起こした。

*統一教会の新聞、「世界日報」を「この四分の一世紀の間、日本のクオリティー・ペーパーであった」と世界日報25周年記念メッセージにおいて、他の4人とともに述べている。

前の*問題については、渡部氏の考えに同調する人々が多々居ることは、承知している。正誤の完全決着をつけることは無理なことはわかっている。が、このままでは議論の先延ばしになって、次代につながらないのではないか。この現状が、私には歯がゆい。真剣な国民的討論の必要を求めます。

真の知識人、真の教養人とは、どんな人のことなのですか。

議論で、コンセンサスを得たい。

保守系言論人の方々、保守系出版社の今後の動きにも注目したい。

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報道された新聞記事を転載させていただいて、この事件の内容を確認してください。

11月1日(月)の朝日新聞の、1面と社会面記事をダイジェストした。

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空自トップ更迭

過去の侵略を正当化

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航空自衛隊トップの田母神(たぼがみ)俊雄・航空幕僚長(60)が「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」と主張する論文を書き、民間企業が主催した懸賞論文に応募していたことがわかった。旧満州・朝鮮半島の植民地化や第2次世界大戦での日本の役割を一貫して正当化し、集団自衛権の行使を禁じる現行憲法に疑問を呈している。政府見解を否定する内容で、浜田防衛相は31日、田母神氏の更迭を決めた。

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論文要旨は次の通り。

日中戦争 日本は被害者

侵略国家ぬれぎぬ

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問題の論文の要旨ー

日本は朝鮮半島や中国大陸に一方的に軍を進めたことはない。日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために軍を配置した。

我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者だ。

日本政府と日本軍の努力で(満州や朝鮮半島の)現地の人々は圧制から解放され、生活水準も格段に向上した。

大東亜戦争後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放された。日露戦争、大東亜戦争を戦った日本の力によるものだ。

東京裁判は戦争責任をすべて日本に押し付けようとした。そのマインドコントロールが日本人を惑わせている。自衛隊は集団自衛権も行使できない。武器の使用も制約が多い、攻撃的兵器の保有も禁止されている。がんじがらめで身動きできない。

多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識する必要がある。我が国が侵略国家だったなどというのはぬれぎぬである。

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論文の題は「日本は侵略国家であったのか」。ホテルチェーンなどを展開するアパグループが主催する第1回「真の近現代史観」懸賞論文の最優秀賞(賞金300万円)に選ばれた。同社は31日、ホームページで論文を公表。防衛省詰の報道各社に報道発表文を配布したことから、投稿の事実が明らかになった。

名前・肩書き伏せ審査

懸賞論文は、アパグループが今年5月に創設し、審査委員長は上智大学名誉教授の渡部昇一氏が務めた。グループ代表・元谷外志雄氏によると、論文は筆者の名前や肩書きを伏せた形で審査し、田母神氏の論文が最高点だった。元谷氏は「立派な論文で、日本人なら内容に異論はないと思う。肩書きのある立場で見解を示すのは勇気のいることだ。広く世界に知らしめた」と話す。

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「猛将」更迭 大慌て

独自歴史観 身内も批判

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「猛将」タイプと言われ、ストレートな発言をすることで知られる。78年、統幕議長だった故・来栖弘吉氏が「自衛隊法では奇襲攻撃に手が出せない。超法規的な行動をとらざるを得ない」と言及して事実上解任されて以降、制服組が突出した発言を控えるなかでは異質の存在だ。今年4月には、空自のイラクでの活動を違憲と判断した名古屋高裁の判決について、お笑い芸人の言葉を引いて「『そんなの関係ねえ』という状況だ」と記者会見で話し、物議をかもした。

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事実誤認だらけ

日本の近現代史に詳しい現代史家の秦郁彦さんの話

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論文は事実誤認だらけだ。通常なら、選外佳作にもならない内容だ。私の著書「盧溝橋事件の研究」も引用元として紹介されているが、引用された部分は私の著書を引くまでもなく明らかなデータだけ。事件の一発目の銃弾は(旧日本軍)第29軍の兵士が撃ったという見解には触れもせず、「事件は中国共産党の謀略だ」などと書かれると誤解される。非常に不愉快だ。

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公然と奇矯な説

白石隆・政策研究大学院大学副学長(国際関係論)の話

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近隣諸国の反発が予想されるから問題だというレベルの話ではない。日本が歴史とどう向き合っているかという問題として、外からは認識されるだろう。たとえ個人の立場で書いたにしても、空自のトップという肩書きは常についてまわる。多くの歴史家から見て奇矯な説を高官が公然と出すことは、日本人がそのように歴史を総括していると見られても仕方ない。

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(081108)

朝日朝刊

社説

自衛隊/隊員教育の総点検を急げ

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航空自衛隊の田母神(たぼがみ)俊雄幕僚長が政府見解に反し、日本の侵略戦争を肯定する内容の論文を投稿して更迭された事件をめぐって、新たな事実が明らかになっている。

懸賞論文に応募したのは田母神氏だけでなく、応募者235人のうち、94人が航空自衛官だった。この中の63人が、かって田母神氏が司令を務めていた小松基地所属の自衛官だった。

航空自衛隊の中枢である航空幕僚監部が、全国の隊員に応募を呼びかけていたことも防衛省の調査でわかった。懸賞論文の課題は「真の近現代史観」である。教育の一環として奨励したというが、戦前の日本の歩みを美化する方向の歴史観を、組織をあげて論じようとしたと見られても仕方あるまい。

懸賞論文を主催した企業の代表は「小松基地金沢友の会」の会長で、田母神氏の知人でもあった。第6航空団の応募が突出している背景には、そうした人間関係が浮かんでくる。

小松基地の第6航空団では、事前の論文指導までしていた。田母神氏は問題論文で、日本の植民地支配や侵略戦争への反省を表明した政府見解を非難した。似たような趣旨で書くよう指導していたのだろうか。

航空自衛隊だけではない。海上自衛隊では隊員や幹部向けの「精神教育参考資料」に「わが国民は賤民意識のとりこ」という表現があったことも明らかになり、防衛省が陳謝した。

田母神氏は、将官への登竜門といわれる統合幕僚学校の校長もつとめていた。全国の自衛隊でいま、どんな教育が行われているのか、早急に総点検する必要がある。

論文応募が明らかになった直後、辞職を求めた浜田防衛相に対し、田母神氏が拒否したことも判明した。

そもそも自衛隊は、大日本帝国の日本軍が果たした役割への反省を踏まえ、平和憲法に基づく民主主義国家の独立と平和の守り手として発足した。精強でなければならないが、意識において旧軍の負の遺産とは明確に断ち切られている必要がある。

自衛官ならなおのこと、歴史認識などバランスのとれた教養と正確な知識、民主主義社会における文民統制のあり方などがきちんと教育されなければならない。組織の外と触れあい、平衡感覚を磨くことも大切だ。

災害救援や平和維持活動への参加などもあって、自衛隊に対する国民の信頼は着実に高まってきた。過去の反省に立ち、全く新しい組織として生まれ変わったという自衛官の意識と実績が、それを支えてきたのだ。今回の空幕長論文の事件は、そうした努力と国民の信頼を大きく揺さぶっている。

自衛隊に対する最高の指揮監督権をもつ麻生首相はもっと危機感をもって、信頼回復の先頭に立つべきだ。

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(081112)

文民統制 欠けた資質

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更迭された田母神俊雄・前航空幕僚長は11日の参考人招致で、とうとうと持論を繰り返した。つい最近まで、実力組織を率いる「制服組トップ」だった人物が、公然と政府に異を唱える姿は、シビリアンコントロール(文民統制)の危機を浮き彫りにした。ただ、最高指揮官の麻生首相は、相変わらずひとごとのようだ。(山田明宏、金子桂一)

上記のような記事が出ていて、なんじゃこりゃ、恐ろしい幕僚長や。能天気な首相や。と嘆いていたら、朝日新聞は、そんなオジサンを気分転換させる記事を用意しておいてくれるところなんだ、粋だね。天声人語だった。

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(081112)

天声人語

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雷が落ちたかのように驚いたと、去年亡くなった宮沢喜一元首相は回想している。日本の占領時代、帝王のように君臨していたマッカサー元帥が、トルーマン大統領に解任されたときの話だ。

朝鮮戦争をめぐっての、米政府の政策を顧みない言動が、解任の理由だった。帝王より偉い人物がいることに日本人は驚く。「シビリアンコントロール(文民統制)とはこういうものか」と、若き宮沢は目を開かれる思いだったらしい。

軍隊を文民政治家の指揮下に置く仕組みは、民主国家の原則とされる。それを軽んじる、横着な空気が自衛隊にあるのではないか。航空自衛隊トップの「論文問題」に、封印したはずの「戦前の臭い」を嗅いだ人は少なくなかっただろう。

その前航空幕僚長への参考人質疑が国会であった。先の戦争についての、政府見解に反する論文への反省は聞かれなかった。「武器を堂々と使用したいのが本音か」の問いには、「そうすべきだと思う」。あれこれ答弁を聞けば、5万の隊員を束ねる人として、不適切と見るほかない。

昭和の旧軍は、「政治に拘わらず」の軍人勅諭に背いて横車を押しまくった。ついには政治をほしいままにして戦争に突き進んだ。時代が戻るとは思わないが、武装集団に妙な政治色が透けるようでは国民は不安になる。

ところで今日は、戦争犯罪を裁いた東京裁判の刑の宣告から60年になる。文官では元首相の広田弘毅ひとりが極刑になった。軍に抗し切れなかったとされる宰相の悲運は、文民統制なき時代の暗部を伝えてもいる。

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(081112)

朝日朝刊

社説

前空幕長/「言論の自由」のはき違え

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事態の深刻さが、そして何が問われているかが理解できていない。航空自衛隊の田母神前幕僚長を招いての参院の参考人質疑は、そんな懸念を強く抱かせるものだった。田母神氏は「自衛官にも言論の自由がある」「言論統制はおかしい」と繰り返し発言した。自衛隊のトップにまでのぼり詰めた空将が、こんな認識の持ち主だった。

戦後の日本は、軍部の独走が国を破滅させた過去を反省し、その上に立って平和国家としての歩みを進めてきた。自衛隊という形で再び実力組織を持つことになった際も、厳格な文民統制の下に置くこと、そして旧日本軍とは隔絶された新しい組織とすることが大原則であった。

憲法9条に違反するという反対論も根強かったなかで、国民の信頼を築いてきたのは、この原則からの逸脱を厳しく戒めてきた自衛官たちの半世紀に及ぶ努力の結果である。

自衛官のトップにいた人が、こうした基本原則や過去の反省、努力の積み重ねを突き崩しておいて、なお「言論の自由」を言いつのる神経を疑う。

むろん、自衛官にも言論の自由はある。だが、政府の命令で軍事力を行使する組織の一員である以上、相応の制約が課されるのは当然ではないか。

航空自衛隊を率い、統幕学校の校長も務めた人物が、政府方針、基本的な対外姿勢と矛盾する歴史認識を公然と発表し、内部の隊員教育までゆがめる「自由」があろうはずがない。

問題が表面化した後、防衛大学校の五百旗頭〈いおきべ〉真校長は毎日新聞のコラムでこう書いた。

「軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することはーーきわめて危険である」「軍人は国民に選ばれた政府の判断に従って行動することが求められている」

五百旗頭氏は歴史家だ。戦前の歴史を想起しての、怒りを込めた言葉に違いない。

それにしても、文民統制の主役としての政治の動きがあまりにも鈍い。浜田防衛相は、田母神氏の定年が迫って時間切れになる恐れがあったので懲戒処分を見送ったと述べた。

田母神氏の行動が処分に相当すると考えるのは当然だ。きちんと処分すべきだった。そうでなければ政府の姿勢が疑われかねない。自民党国防部会では田母神氏擁護論が相次いだという。そうであればなおさら、麻生政権として明確な態度を示さねばならない。麻生首相の認識が聞きたい。

【正論】拓殖大学大学院教授・森本敏 田母神論文の意味するところ

2008.12.5 03:22

このニュースのトピックス国会

≪侵略でないといえない≫

歴史や戦争は人間社会の複合された所産であり、日本が先の大戦に至るまでにたどった道を省みれば、明らかに「自衛」と「侵略」の両面がある。歴史を論じる際、これらをトータルに観察し分析すべきである。田母神俊雄・前航空幕僚長の論文を読んで感じるのは、証拠や分析に基づく新たな視点を展開するならともかく、他人の論評の中から都合の良いところを引用して、バランスに欠ける論旨を展開している点である。あの程度の歴史認識では、複雑な国際環境下での国家防衛を全うできない。

大戦に至る歴史の中で日本が道を誤る転換点となった張作霖爆破事件は、満州権益の保護拡大のため関東軍が独断専行の結果引きおこしたものであることは各種証拠からほとんど間違いない。このときの処置のあいまいさや満州での激しい抗日運動、関東軍の独断がその後の満州事変の引き金になり、満州国建国、上海事変、シナ事変へと続いていったのである。この歴史的事実をもって日本は侵略国家でないというのはあまりに偏った見方である。

我々が心得べきことは、大戦に至る数十年、日清・日露戦争で勝利した奢(おご)りから軍の独善が進み、国家は「軍の使用」を誤ってアジア諸国に軍を進め、多くの尊い人命を失い、国益を損なったことである。これは日本が近代国家を建設する過程での重大な過誤であり、責任は軍人はもとより国家・国民が等しく負うべきである。この過誤を決して繰り返してはならない。

≪政治感覚の著しい欠如≫

ところで、田母神氏は自衛隊員として論文の部外発表手続きを踏んでいない。それを十分承知の上で、日常の不満・鬱憤(うっぷん)をこういう形で、一石を投じる目的をもって公表したのであれば、それによってもたらされる影響についても責任を有する。政府の村山談話がおかしいと思うなら防衛省内で大臣相手に堂々と議論すべきであり、懸賞論文に出すなどと言う行為は政府高官のすべきことではない。

さらにこれによって防衛省改革や防衛大綱の見直し、防衛費や自衛隊の海外派遣問題などにマイナス影響を与えかねない。それが分かっていて発表したというなら政治的な背信行為であり、分からなかったというなら、幕僚長がその程度の政治感覚もなかったのかと言うことになる。

自衛隊員は呼称は何であれ、武力行使できる実行組織を指揮するのであるから、いわゆる「軍人」である。一般市民が自衛隊員をどう見ているかを、高官になれば分かっていなければならない。田母神氏は、日本の自衛隊はいかなる国より文民統制がしっかりしていると国会答弁しているが、自衛隊員がこれを言っても説得力はない。

国民には、文民統制は自衛隊員に意図があれば機能しなくなると考えている人がいる。しかし戦後半世紀、文民統制に大きな疑惑が起きなかったのは、この間の先人の自己抑制努力によるものである。今回の論文によって文民統制への信頼性を失ったとすればその責任は大きい。

≪防衛省の対応には疑問≫

他方、防衛省の対応措置には納得がいかない。田母神氏を懲戒処分にする手続きをとらずに解任し、空幕付きにして退職させた。懲戒にしなかった理由を防衛省は、審理に通常10カ月近くかかり、その間に本人が定年を迎えるので、と説明した。懲戒処分といっても実際には、個人の表現の自由が認められている限り、懲戒免職にはできず、それより軽い処分ですむ。1日も早く防衛省から辞めさせてしまいたい、審理に入ることにより省内で歴史論争がおこるのを防ぎたいという事情が合わさったのであろう。

幕僚長という地位にあるのであるから、大臣は本人に面談のうえ身の処し方を協議すべきであった。国会も参考人質疑で歴史認識論議を避けたが、立法府こそ堂々と歴史認識を論議すべきである。

今後、部外発表をチェックする制度を強化すると、自衛隊員は部外に個人の思想・信条を吐露しなくなる。何を考えているか分からない23万人もの実力部隊が存在することの方が不健全である。文民統制の本義を履き違えた議論は戒めるべきであり、自衛隊員の部外発表を規制することは論外である。

一方で、自衛隊も人材育成や教育を見直す必要がある。自衛官が政治の場を体験する機会を増やすことも考えるべきだ。幕僚長以上を国会の同意人事にすることは違和感があるが、そうするのであれば、彼らを国会審議に引き出す制度を作る必要があろう。

今回は国内世論が左右にはっきり分かれた。これは歴史認識が確立していないからであり、近代史に関する歴史教育の重要性を痛感させられる。(もりもと さとし)