私は無類のスポーツ好きだ。年間通じて彼方此方(あっちこっち)で、いろんな競技が行われ、その競技のたびに、選手や試合の内容、競技が巻き起こした出来事について、マスコミがあれこれ騒いでは話題が舞い上がる。その興奮が、又私を興奮させるのです。この楽しみが私の人生にささやかな潤いを添えてくれている。そのようにして、私は今まで生きてきたのです。
でも、こんな私なのに全てのスポーツに対して、オッケーではないのです。偏見があるのです。恥ずかしながら、述懐します。私には受け付けない分野のスポーツがあるのです。それは、格闘技です。特にボクシングです。他にもいろんな種類の格闘技があって、総合格闘技とか、K1とか、競技団体ごとに試合が催行されているが、この種の競技は絶対見ません。
今からほぼ35年前、学校を卒業して入った会社の創業者が近江の出身の関係で、その会社の専務が、当時の滋賀県出身のボクサーの階級は忘れたのですが東洋チャンピオンの後援会長だったのです。ときどき所属していた部に招待券が配られてきたのです。それまで、私はボクシングをリングの上で本気になって戦う試合を、目の前で見たことがなかったのです。一度は見ないわけにはいかない、と小躍りしながら同僚と東京・後楽園ホールに行った。
観た試合は、滋賀県出身の東洋チャンピオンが、挑戦を受けてのタイトルマッチだった。両者、気合の入った緊張した拳闘だったが、私は試合が始まって間もなく、見に来たことを悔いた。グローブに包んだ拳で殴りあうことぐらい、当然のように知っていたが、その殴り合いの激しさが私の想定外であった。グローブで相手の肉体を殴る際に発生する、ズド~ン、ドドン、グァン、バぁ~ンが、観客の私の肉体を同じ強さで打ってくるのです。私は、打たれ殴られ、回が進むにつれて、もうグロッキー寸前まで追い込まれてしまった。リングサイドのいい席を頂いたものだから、その激しさがもろに私の体を痛めつける。血が飛んでくる。汗が、唾が飛んでくる。アっとか、ウっとか、うめき声が、悲鳴のようにも聞こえる。痛みの生の実感が、私の神経系統のコントローラを乱した。心的外傷という奴だ。もう二度と、目の前で本物の殴り合いを見るものかと腹にきめた。
この試合を観戦するまでは、テレビで世界タイトルマッチの試合が放映されるときは、必ず視聴して、興奮したものでした。そして画面に向かって、もっといけ、もっといけと贔屓の選手に、殴りかかることを激励した。その時は、選手が負った傷のことや、受けたダメージの深浅については、私の思慮外のことだった。私が小学生から中学生になった頃、力道山が華々しく活躍していた。プロレスのテレビ中継を画面にかぶり付きで観ていた。グレート東郷が、椅子で殴られ、額からは血を流しながら、受けたダメージにもかかわらず相手にニタニタ笑って両肩を上げたり下げたりして、向かって行く。相手はその不気味さにたじろぎ、後ず去りしては、観客を喜ばせてくれた。又、ブラッシーがヤスリで研いた歯で、力道山の額に噛み付き肉を引き裂いた。リングの上には鮮血が飛び散り、ブラッシーの口は吸血鬼のように血だらけで、テレビを観ていて卒倒した人が日本の津々浦々で多く出た。そんな時にも、私は平気の平左衛門だったのに。
そんな私だったのに、どうしたのだろう。観戦して、自宅に帰っても、体の変調は戻らない。怖かった。無性に悲しくなった。心臓がビクビク体はブルブル、悪寒が走った。体が重い。ビールを飲んで、焼酎飲んで、ウイスキー飲んで、日本酒に手を伸ばしたあたりから私の体はやっと平穏になった。そして、配偶者に言ったのです。できるものならば、子供にはボクシングに興味を持たせないように仕向けてくれとたのんだ。配偶者は黙って肯いてた。私の意見には必ず反抗する人なのに、私のショックが大きかったことを理解してくれたようだった。
テレビゲームなどの仮想劇や絵空事で神経をボケさせてはいかんぞ。生の実感を味わえ、そしてその実感を忘れるな。
そんな恐っそろしいボクシングの世界にも、女子が登場してきて、激烈な試合が行われたのです。12月8日、東京・後楽園ホールで、世界ボクシング評議会(WBC)の女子世界戦2試合が行われた。ライトフライ級は暫定チャンピオン富樫直美(33)=ワタナベ=が、挑戦者の元WBCミニフライ級チャンピオン菊地奈々子(33)=白井・具志堅=を10回21秒TKOで破り、初防衛に成功した。アトム級はチャンピオン小関桃(26)=青木=が挑戦者の金慧珉(25)=韓国=を3-0の判定で下し、初防衛に成功した。
スポーツの世界にも女性進出が華々しい。今まで男の得意としている競技にも、女性が頑張っている。女子柔道、女子のプロ・アマレスリング、空手、重量上げ、サッカーはもうお馴染みだ。今日、新聞で知ったのは女子のプロボクシングだった。殴りあう二人の女性ボクサーの報道写真を見て、私の30年前の嫌な記憶が蘇ってきたのです。嗚呼、やっぱり、女性がこの世界にも現れたのかと納得したが、本当は諦めたのですが、落ち着いて、落ち着いて、現実を凝視しなきぇあ、アカンなあと思った。
拳闘現場はさぞかし、凄まじいことだっただろうな。クワバラくわばら。私は人並み以上に臆病なのだろうか。それって、格闘技に対してか?、それとも女性に対してか?。
かって、私の親しかった女性は、相手に手加減はしませんでしたから。
*上の写真は、9回富樫直美(右)は菊地奈々子に右アッパーを浴びせているところ=筋野健太撮影
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上の文章を綴った後すかさず、女子が参加する新種目にジャンプが加わったことの報道があったので、これも又すかさず、加筆した。スポーツは勿論、なんでもかんでも、スピードが一番。20081217、朝日朝刊・スポーツより。(ダイジェスト)
来年2月にチェコのリベレツで開催されるノルディックスキー世界選手権で、新種目の女子ジャンプが行われる。国内からは4人程度となりそうな代表枠を目指し、熱い戦いが続いている。代表争いを引っ張るのは、ともに神戸クリニックに所属する山田いずみ(30)と渡瀬あゆみ(24)と、14歳の伊藤有希だ。代表は21日までの全日本合宿の内容や1月上旬の大会の成績で決まる。全日本スキー連盟によると、世界基準に達していることが最低の条件という。