2009年1月13日火曜日

1月5日は寒川神社へ初詣

1月5日は、我が社の仕事初めでした。毎年恒例の寒川神社に男性社員全員でお参りしてきた。社員は8時に会社に集まって、三々五々車に分乗して、神社で9時集合した。

暮れに、私は川出さんと長谷部に歩いて行ってみないか、と提案した。二人は、そりゃ面白い企画ですね、いいじゃないですか、と二もなく賛同してくれた。それで、長谷部は私の権太坂の自宅に深夜2時までに来るように、そこからスタートして3時には戸塚の元西友の跡地で川出さんと合流しましょう、ということになった。当日、長谷部は私の自宅まで、自転車でやってきた。南区吉野町からだ。思ったより遠かったです、と息をフウフウしてやってきた。この青年は、私の会社に入社するまでは飲食関係の仕事をしていた。入社して、不動産の仕事が面白くて堪りませんと言い切る。学ばなくてならないことがいっぱいあって、その一つ一つが法律や条例で決められていて、知れば知るほど、好奇心が湧いてくるのです。成長盛りの好青年だ。必ず会社の重要な位置を占めるスタッフに育って欲しいと思っている。

090105 02:00二人は権太坂をスタートした。境木地蔵、東戸塚駅で西口に渡った、横浜新道に沿って、料金所の横を通って、富士橋、戸塚へ。この間、私と長谷部は、これからの道程のことをあれこれ、各自予想を立てた。あのな、自宅から東戸塚までは2キロなんだよ、そこを30分近くかかっているとすると、1時間では4キロしか歩けない。そうなると全行程が30キロとすると、30割る4で7時間半かかることになる。2時にスタートしたから、9時半に着くことになる。長谷部は私の自宅まで自転車で急いで来たものだから、はじめのうちは体はほっかほかだったが、歩いても発熱を吹っ飛ばす寒気に、体は冷えていく一方だった。心なしか、元気がなさそうに見える。それに、東戸塚から戸塚への距離が、二人とも頭の中で考えていたよりも、実際には遠くて、この先のことが思いやられた。長谷部は無口になった。ときどき、ウとかアとか言っている。彼に、不安が襲ってきたのだろうか。新聞配達のバイクが走っている。あの灯りの辺りが戸塚だよ、と言って気晴らしを仕掛けたのだが、その灯りに近づいても、戸塚はもっと先の方だった。がっかり。長谷部の顔がスッキリしない。腹が空いてきた。立場の近くに牛丼屋さんがあるので、そこでメシを食うことにしょう。「ハイ!!」と、長谷部の声だけはいつもの元気印だった。

戸塚の元西友の跡地で川出さんと合流したのは、03:30だった。川出さんと、新年の挨拶をした後、リーダーを川出さんになってもらい、川出、長谷部、私と前後に並んで歩き出した。川出さんの歩くスピードが早いので、「川出さん、このスピードで歩かなくちゃ、いかんのですか」と聞いてみたら、川出さんは今回の徒歩初詣のために、30日に自宅のある下倉田から大船まで歩いて学習した結果、当日歩くスピードを時速4キロに決めていたのです、と我々に宣言した。だからこれから、4キロを1時間で歩くことを守ります。そうしないと予定の9時までには着かないのです、とのことだった。この話を聞いた途端、私と長谷部は、先ほどまでの何の当てもなく無闇に歩いていた不安が雲散して、二人はこれからは川出さんの言う通りに従うしかないと、顔を見合して納得した。ほっとした。さすが、調査の川出さんだ。川出さんは、仕事上でも調査専門なのです。

長後街道を長後に向かって歩いた。矢沢、踊場、白百合、葛の口、中田。04:10、立場の手前で待望の牛丼を食った。調査の川出さんは、用意してきた地図を拡げてこれからの予定を話してくれた。2万分の1の地図だ。1キロ毎にマークが点けられていて、立場からは15~6キロだと思われるので、今までのスピードは時速4キロですから、休憩しながらでも、楽に9時には着きますよ。

戸塚までの間は、長谷部と私の間には重っ苦しい雰囲気があったのですが、川出さんが加わってくれたお陰で、気分は楽になった。ここで、私は又一つ学び取った。二人で顔突き合わして苦しい思いでどうにもならなくなったときにも、新しい人が参加することによって、雰囲気がガラット変えられることが可能だということを。仕事でもかくアリランじゃ。

長後街道を中和田、和泉、泉区役所、上飯田、高鎌橋、ここまでは横浜でした。長後街道を外れて横浜伊勢原線に移動した。ここからは藤沢市の高倉、谷戸、下土棚、上土棚、葛原。いすず自動車の工場前で、05:45、小休止。いつもならこの時間、私は毎朝の犬の散歩を終えたころだ。年末にいすず自動車の工場で働いていた派遣社員が全員契約解除になって、職場を追われることになって労使が大モメにもめていた。藤沢市の市長は契約解除になって、職場とともに寮まで立ち退きを求められた派遣社員に、市の空き部屋を提供すると名乗りを挙げた。国の最高立法府である国会では、その対策に何の手立てもできない無能ぶり。地方自治体のことの重大性の確かな認識と、それに対処しようとした市長に拍手。その話題のいすず自動車工場の前で、自動販売機のホットコーヒー缶を、川出キャップテンは奢(おご)ってくれた。主人に手袋を忘れられた両手を、缶コーヒーで暖めた。

藤沢市の宮越、御所見を過ぎて、06:15用田十字路に着いた。空の暗さは変わらないにしても、なんとなく朝の気配がしてきた。年老いたご夫婦が散歩しているのに出会った。往来を行き交う自動車の数が増えてきた。工事現場に向かうと思われるダンプや建設重機を積んだトラックが走る。今日は、仕事初めの職場が多いはずだ。私も、今年の幸多いことを願いに寒川神社に向かっているのです。トラック野郎の兄(にい)さん方にも、幸多い年でありますように、私からもお祈り申し上げます。この辺りから、長谷部の足が重たくなってきた。二本の足が蟹股になってきた。ロボットのようでもあった。そんな長谷部の後姿を写真に収めた。証拠写真だ。私が、学生時代にサッカーの元監督さんから「ヤマオカ、お前なあ、尻(ケツ)に糞でもはさんでいるのか」と言われた、それと同じ恰好で、歩を進めていた。頑張れ、と後ろから発破をかけた。

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(朝明けの雰囲気。長谷部の足が、右外左外に、蟹さん歩きになってきました)

用田から中原街道(丸子中山茅ヶ崎線)に入る。寒川町の看板が目に入った。長谷部君の表情に幾分明るさが見えた。と思いきや、獺郷(おそごう)の地名が出てきて、表情はまたもや暗転。獺郷は藤沢市なので、寒川に近づいたと思って気分好くしていたのが、そうでもなかったのだ。川出キャップテンが便意を催してコンビニに入った。コンビニで熱いお茶を買ってきてくれた。トイレの使用料だ。礼儀正しいキャップテンだ。

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(左上の写真の奥の奥をよくご覧になってください。川出さんが、新春の登りくる朝陽に向かって、ションベンをなさっているのです)

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(俺は、いったい、何でこんな所までやって来て、何をしちょるのだろう?)

07:25、再び寒川町に入って、小休止。私は工事現場の簡易トイレを拝借。川出さんは、さすが人生の大先輩、朝日に向かって野ションベンを発射された。朝陽をバックに記念写真を撮った。

大蔵、小谷、根岸、宮前、最終目的地である寒川神社に到着、08;00。休み時間を余り取っていないので、川出キャップテンの思惑よりも30分ほど早く着いたようだ。神社では参拝者を迎えるための準備中だった。本殿を掃除していた。屋台も準備中。若者が民間の駐車場に車を誘導していた。売り上げを見込んでいるのだろう、何とか駐車させようと必死だ。

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『川出のオッサン(オッサンなんて、つい日常的になってしまった。すまん)、長谷部君、今年もよろしく』

全員集合は09:00だった。

結果から推測すると、我々は時速5キロ位のスピードで歩いたことになるようですね、と川出さん。早く着いたからといって早く団体受付をしたら、皆が到着する前に祈祷が始まってしまうので、会社からの車の到着をただぼんやり待つだけだった。早く着く奴もいれば遅い奴もいて、遅い奴に合わせるしかないと思うと、きっちり指定された時間にやって来た奴にさえも、どうせ来るんだったら、ちょっとぐらい早い目に来い、と思った。これって、よくない考えなんでしょうな。仕事始めの大事な日に、俺は可笑しくなりかけていた。

10:00頃、本殿、寒川大明神の前で、お祓いお清め、ご加護と商売繁盛を祈願した。

寒川神社で「頂いた」「パンフレット」を参考に、寒川神社の紹介をしておこう。神社から頂いたとは、適切な言葉の使い方ではないヨなあ、きっと「御受け賜わり(ま)もうす」か、「下賜された」か。頂き物は「賜物」だ。それにパンフレットって言い方はないヨなあ、もっと神々しい言葉を使わなくては罰が当たりそうだ。

寒川神社は相模国一ノ宮。

相模国を始め、関八州総鎮護の神として、古くから朝野の信仰が殊に厚く、およそ千五百年前、雄略天皇の御代に奉幣のことが記されており、以後御歴代の奉幣、勅祭が行われたとあります。醍醐天皇の御代に制定された延喜式では、相模国唯一の大社と定められ、特に名神大社に列せられました。

ご祭神は寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)、通常は寒川大明神と奉称しているそうです。相模大明神は相模国を中心に広く関東地方をご開拓になられ、衣食住等人間生活の根源を開発指導せられた関東地方文化の生みの親神であり、生業一切の守護神として敬仰されています。わけても八方除の守護神として、地相、家相、方位、日柄、交通、厄年等に由来するすべての災禍を取り除き、福徳開運をもたらす御霊験あらたかな神様として信仰されています。