勤務中に大怪我をして、5月16日で丁度1年が経つ。
仕入れた住宅の伸びあがった庭木の枝の伐採作業中のことだ。4,5メートルの頂上付近から頭をヘッドに路面に直下した。1週間後、奇跡的に意識が回復した。大学時代のサッカー部の仲間や、社員の誰もが、アイツは死んだと思っていた。半年間の入院生活で何とか回復の目途がたつと言われたが、実のところは、回復の目途ではなく、これ以上悪くならないように施療しようということだった。足腰や肩などの打撲による痛みは何とかなるだろう、が、脳のことに関しては回復するか?回復しないか?それは解りません、だった。
退院後、そんな私が年末に始めたのは、徒歩による会社への出退勤だった。約10キロ=55分、往復で20キロ。そうは言っても、打撲で傷ついた肉体の各部を連動するのは、キ ービ ーシ ーイーーーかった。体のそこらじゅうの筋肉や骨格が痛かった。家族も社員も、無理は禁物ですよ、とは言っていた。
ところが、会社への出退勤の徒歩中で気が付いたことがある!!! 相手が誰であろうと、獅子がキジを前にして闇雲に突っ込むように。命がけでもあったのだ。
徒歩のコースを選ぶのには知恵が要った。おしっこが何べんもしたくなり、超早朝ではコンビニエンス以外、便器を使わしてくれる場所はない。大きい敷地や駐車場、隠れ場所があるところを優先した。ここで、神奈川県立保土ヶ谷公園を知った。年が過ぎ、枯れ木に新芽が出て、名前の知らぬ花が突然吹きだした。樹木を観て花を見て、樹種を書き込んだプレートを確かめた。
花や樹木を長く観続けると、身も心も楽になった。少し安堵した。
もう一つ、おまけがついていた!このおまけというのが、歩行勤務の際に前を通る二つの県立、市立の高校のことだ。私が暫らく忘れていた摩訶不思議な光悦が蘇ってきて、体の芯の部分が刺激されたようだ。それが、今回のブログだ。
生徒の身につけている衣服にハゼさがない。全員が制服に近い恰好でいる。スカートを異常に短くしている女の子や、目立つ色の服装をしている奴がいない。靴一つとってみても、私には納得できないようなものを履いている者がいない。これが、この両校からの衣服から見いだした、感傷だ。
きっと学業面でも立派なのだろうが、私には解らない。そんなことよりも、真剣にスポーツをやっているのが、、、、、「好きなんだ!!」。果たしてどんな競技種目が市内や県内で、全国的なレベルなのか、それも解らないのだが、、、、朝、出社の緊張時に、生徒にとっては正規の授業が始まる前に、バッシー、バッシーと聞こえてくるのが、嬉しいのだ。この感性が私の血を騒がせる。県立の方は道路からグラウンドが見えるので何をやっているかは解るが、市立の方は校庭の下を通るので種目が解らない。
唯、ラケットに当たる庭球ボールの音や、靴の音、バットに当たるボールの音、グラブにボールが突き当たるときの打撃音、プレーヤーの掛け声が激高、それらが、夢中に私の耳に挟(は)まりこむ。ボールを蹴る音、投げる音、打つ音、受ける音。時間に間に合わないのか、学校に必死で走っている者もいる。これが朝の刺激だ。ハイカラに言えば、インフルエンザ?。
そして、夕刻も彼らの活動で、胸が痺(しび)れる。退校しなければいけない時刻があるのだろう、大勢の生徒が群れをなしているサマは、他では見られない異様で、威容だ。
20150718の朝もこの道をつかった。そして、肝心なことを思い出した。15,6年前には私の長男もこの県立の高校の生徒で、サッカー部の部員だった。蛮勇だったが、戦績は涙を流すまでもない。私は、全ての部員と仲良く付き合った。所要で自宅に寄ってみて、仲間たちで、冷蔵庫にある飲料から飲み物を、猪や鯨のように食い飲み、リビングに丸太のように転がっていた、、それも毎日!、、懐かしい!!。