大統領が見た「伝統の国」日本
朝日新聞 2007年4月某日
ボリビア 石田博士(著)
「私の人生の中で、あれほど素晴らしい部屋に宿泊できるなんて考えたこともなかった。本当に驚いた」
3月に訪日したボリビアのモラレス大統領(47)は、都心の高級ホテルのスイートルームに宿泊し、その豪華さともてなしに感嘆したという。
モラレス氏は昨年1月、先住民として初めてボリビアの大統領になった。訪日前に大統領公邸でインタービューした時は、半袖シャツ姿にサンダルという素朴な格好だった。
山岳地帯の貧しいリャマ飼いとして育ち、兄弟の多くを飢えで亡くした。干ばつを逃れてたどり着いたコカ栽培地域で軍の弾圧を受け、政治に目覚めた。
モラレス氏は、天皇とも会見した。宮内庁によると、大統領はこうした自らの生い立ちを語り、「お目にかかれるとは、思ってもみなかった栄誉です」と何度も繰り返したという。
モラレス氏がアイマラ族出身であることを語ると、天皇は「太陽の門を作った民族ですね」と応じられた。歴史、文化について話は盛り上がり、会見予定の30分から10分ほどのびた。
南米を歩いていると、ときどき「日本はすごいな」と褒められることがある。「インカなど中南米の先住民は征服されたが、同じモンゴロイドである日本人は生き残った」というのだ。
ボリビアは16世紀にスペインに侵略された。それ以来、豊富な鉱物資源を輸出するものの国内産業は育たず、南米の最貧国に甘んじてきた。一方、日本は高い技術力と勤勉さで資源の乏しさを補い、欧米と並ぶ先進国として繁栄をつづけてきた。
モラレス氏の目に、天皇は「滅ぼされなかった民族の皇帝」と映ったのかもしれない。
16世紀のスペイン,ポルトガルによる大航海時代、そして18~19世紀の産業革命。欧米から起きたこの二つのグローバル化の波に,南米も日本も洗われた。
インカ帝国の最後の皇帝アタワルパが侵略者に処刑されたのは1533年だ。南米は植民地になり、先住民は鉱山や農場で酷使された。日本にも、1549年に宣教師ザビエルが訪れ、南蛮文化が流入した。アジアでも、フイリッピンはスペイン領になった。
黒船が来航し太19世紀、アジアが植民地化されるなかで、日本は明治維新により近代国家への道を歩んだ。南米諸国は同時期にスペインから独立したが、戦いを率いたのは現地生まれの白人で、先住民は支配され続けた。
そして21世紀。IT革命と米国一極支配の波に世界が洗われる中で、先住民大統領は登場した。
資源国有化などの政策から「急進左派」と表現されがちだが、発言を注意深く聞くと、欧米諸国によって破壊されてきた伝統的な共同体を回復するという色彩が濃い。
就任式前日には、「母なる大地の女神」への信仰を保つ先住民から、祝福の儀式を受けた。彼らの信仰は対象が自然であることなど、神道と共通する面もある。
その意味で、「美しい国」を掲げる安倍首相と同じ「保守主義者」ともいえる。
モラレス氏は安倍首相との会談で、両国の共通点を「人々が手に手を取って平和に生きる社会」と語った。8月制定の新憲法に、日本国憲法9条と同様の「戦争放棄」を盛り込む考えも示した。
欧米と異なる伝統を大事にしつつ、平和尊重や環境の面で世界の模範となる価値観を保つ国。日本をそう讃えるモラレス氏の言葉は、憲法改正をめざし対米依存外交を続ける首相に、どのように響いたのだろう。