2007年10月11日木曜日

古田の涙は、俺の涙。その②

2007 10 1  朝日朝刊 スポーツ

古田の涙

ファンに見せた悔しさ

「知・理」の男、あふれた「情」

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彼の涙を見るのは2度目である。

04年、9月18日の午前1時前だった。ヤクルトの古田敦也は、民放のスポーツ番組に出演していた。前日の午後9時、労組日本プロ野球選手会は、プロ野球史上初めてのストライキに入ることを決めていた。「近鉄・オリックスの統合を1年間凍結して欲しい」という案をプロ野球機構側はのまなかった。選手会長の古田はストライキを打つ理由と心境を、番組で冷静に説明していた。アナウンサーがファンからの激励のファックスを読み上げ始めた時だった。古田の唇が震え始めた。眼鏡をはずした。やがて嗚咽がもれた。号泣に近い泣き方になった。

「ストライキをしてファンに迷惑をかけている。それなのに応援していただいて」。切れ切れに言った。けっして計算したわけではない。しかし、この涙は選手会にとってフォローの風になった。世論はストライキを支持した。

それから3年がたった。9月19日、古田は東京で退団と引退を発表する記者会見を行った。「プロですから、結果を問われるのは当然。ファンを失望させた。ケジメをつけたい」。落ち着いた空気で会見は始まった。

しかし、会見途中で雰囲気が変わった。選手に伝えたいことは?という質問に1分半近くだまりこんだ。続いたファンも惜しんでいるが、という問いには、もう答えられない。「あかんわ。すみません」と言ってから2分間言葉が出ない。涙が次から次からあふれ出てくる。ハンカチで目を覆った。「感謝の気持ちでいっぱいです。ここまでよく応援してもらいました」

普段、涙と無縁の男である。一流のアスリートだけが持つ冷静な自己分析力を持つ選手、監督だった。「野球でピンチになった時もおうですが、ストライキを打った時も同じでした」と彼は話したことがある。「もう一人の古田がね、肩の後ろあたりから見てるんですわ。追い詰められていても、もう一人の古田が追い詰められている自分を冷静に見ている。パニックになることはないですね」

「もう一人の自分が冷静に見ている」という感覚はイチローや松井秀喜、スピードスケートの清水宏保らからも聞いたことがある。優れた選手になるための必要条件に違いない。

だからこそ、大学、社会人出身で2千本安打を達成し、93、97年にはMVPを獲得、ベストナイン9度、チームを5度の優勝に導くことができたのだろう。

そんな彼の涙の裏側には何が隠されてるのだろう。今回の退団会見で涙の意味を聞かれて、こう答えた。「寂しさというよりは悔しさですかね」。選手の補強などをめぐって球団との確執もあったのだろう。ストライキの時も、激励のファックスを読み上げられて、悔しさがこみあげてきたに違いない。

それでも、いつもは悔しさなどのみ込んで顔に出さないことができる男だ。

何が彼を号泣させたのか。キーワードは「ファン」だ。古田は常にファンに向けて野球に取り組んできた。ストライキの時もすだった。「あの時も、近鉄のファンの人たちが直接僕を訪ねてきてくれて、心を動かされた」と古田は振り返っていた。

今回の記者会見でもファンへの気持ちを問われて、長い沈黙と涙につながった。チームの成績の低迷でファンを満足させられなかったという思いがあふれたのだろう。

彼は「知」と「理」の男である。例えば95年の日本シリーズでイチローを徹底的に分析して完全な配球で抑え込んだシーンを鮮明に覚えている。野村克也監督の教えもあるが、彼が培ってきた野球人生のなかで得た「知」と「理」は日本のプロ野球を代表する財産となっていた。

が、「ファン」という言葉を耳にすると、それまで古田の中に隠れていた「情」が姿を見せる。感情が揺れる。涙がこぼれる。大人が人前で涙を見せることに賛否はあるかもしれない。

しかし、僕は「知、情、理」の男である古田の、彼らしい記者会見だった、別れの告げ方だったと思う。