2017年7月1日土曜日

舟を編む

2012年本屋大賞 第一位

「船を編む」(著者・三浦しをん)を読む。

先ず、初めに勝ち気に腹を決めないと、この本のオモシロ味を理解できない。
それほど、気性を強めてください、ということだ。
この勝ち気とは=[名・形動]人に負けまいとする気の強い気性であること。また、そのさま。
きかぬ気。負けん気。 
[勝ち気な人]

本の題名とは関係ないが、どうして作家の名前が「しをん」なのか?
そのことが気になって、この件に先ずは注力した。
しおんさんとは如何に?だ。
常時、事務机の右隅に置いてある、講談社の日本語大辞典を調べたら、「しをん」ではなくて、「しおん」で調べられた。
・しおん「紫苑」=キク科の多年草。西日本の山地の草原に生える。
高さ約2メートル。根出葉はへら形で大きい。夏から秋に、淡紫色の頭葉が咲く。
観賞用に栽培する。根は漢方薬用。オニノシコクサ。
しをんが生まれた時、自宅の庭に咲いていた花のしをんから、両親が名前に使ったたようだ。

本の書名「舟を編む」は? 特に編むってどういう意味?だ。
本を読む前に、こんなことを気になってしょうがない!! やはり、情けない落下事故で、頭は間違いなく可笑しくなっている。
ネットで「編む」を調べた。
①「糸・竹・籐・針金などを互い違いに組み合わせて一つの形にする」
②「様々な文章を集めて書物を作る、編集する」
③「計画を立てる、編成する。」とあります」
 
危険な海や湖や川に躍り出る船が、このような要因を備えなくてはならん、と言うことか。
辞書だけではないが、何かにつけて安心・安全・安楽そして進歩的でなければならない。

「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味で、この書名になっている。


こんなに面白い小説を読んだのは、久しぶりだ。
私が、作家の言葉や思想、見識に惚れて、興味をもって随分本を読んだものだが、今まで読んだ本とは少し性格は違うこと、それが面白かった。
涙ながらに読んだと言えば、笑われるかもしれない。
さすが本屋大賞 第一位を受賞しただけあって、作家は賢者であり小説そのものも猛者級(モサ・モノ)だった。



粗筋を書いておこう。
粗筋は原書の中から、文字や文章を拾い書きさせてもらった。

この小説は、玄武書房の辞書編集部員が、新しい辞書「大渡海(だいとかい)」を作る過程の悩みや葛藤、喜びを描いたものだ。
会社が、そんなにはもうかってはいない状態での新しい辞書の制作には、困難はつきものだ。

この「大渡海」という辞書名にも、頭を捻った。
原書の中から知ったことをここに掲げる。
辞書名の「大渡海」とは「言葉の海を渡る舟」という意味で、「もし、辞書がなかったら、我々は茫漠(ぼうばく)とした大海原にたたずむ他ない」と表現している。
この「大渡海」は見出し語が24万語、大それた辞書だ。

玄武書房で、辞書一筋の編集者の荒木公平の定年はまじか。
荒木公平の仕事ぶりに惚れる辞書監修者の松本教授は、引き留めようとするが、「病気の妻を介護するため」という荒木の意志は堅い。

辞書編集に仕事の醍醐味を味わう荒木は、自らの後任探しを始めた。それほど、この辞書の編集に、意気込んでいた。
この辞書編集部に相応しい人材を社内で探し求めるのは、何事にかけてもきつい作業だ。
それでも、人材はどうしても必要で、人件費の都合上、新たに社外から求められなかった。
一般の雑誌や書物を担当する部と辞書を編集する部署とは、仕事の内容が違い過ぎた。

そこで、荒木は、辞書編集部の西岡正志が現在恋愛中の三好麗美から、言語学部の大学院卒で変人と噂されている馬締光也という人間を知る。
名前の読み方は、マジメ・ミツヤ。

名字の通り性格は極めて真面目だが、コミュニケーション能力に欠け、社内でも浮いていると言われている。
だが、言葉に対しては、卓越したセンスをもっていた。趣味でもあったが、才能も人離れしていた。
馬締は、松本教授が熱意を燃やす「大渡海」の編集スタッフに異動となった。

編集に15年以上を要するのが当たり前という新辞書編集作業は、西岡にとっても初めてのこと、戸惑いもあった。
馬締は、逆に情熱を燃やし始めた。
辞書編集部の仕事は、地味な作業を続ける一方で、新たに産まれる日本語を集める。
そのため、様々な場所で用いられる言葉の用例をメモする用例採集というのを作った。
どんどん増えていく用例採集のための集積コーナーも作った。
松永教授は、用例採集カードを常々持ち歩き、機会があると、気がかりなことを記入していた。
作業はそれに加えて、用語編集、見出し語選定。
編集作業は、見出し語の内容から説明、用紙の手配、検閲はその後。
十年以上も下宿しているアパートの大家のタケばあさんは、馬締の数少ない理解者で、馬締を「みっちゃん」と呼んで可愛がった。
下宿も、馬締の趣味の書籍収集に協力して、空き部屋を書庫として利用させていた。
だから、1階は馬締専用になり、2階はタケばあさんの専用になっていた。
タケの飼い猫「トラ」は馬締になついていた。
持ち帰りの仕事をする馬締の足元で眠るのが日課となっていた。アパートに入り浸りだ。

ある満月の夜、トラが上の部屋で鳴くのを耳にした馬締はタケの部屋を訪ね、そこで絶世の美女・林香具矢と出会い一目惚れしてしまう。
香具矢はタケの孫で、板前修業のため京都から東京に出てきて同居を始めたのだった。

恋した馬締は、彼女のことで、仕事が手につかなくなった。
そんな馬締を見かねた辞書編集部の面々は、契約社員・佐々木薫の機転で揃って香具矢の働く料亭を訪れる。
香具矢を一目見た西岡は「あの容姿なら彼氏の一人や二人いてもおかしくない」と馬締をからかう。
そこで、松本は恋という言葉の語釈を馬締に担当させる。

馬締と香具矢は、二人して買い物に出かけた。
合羽橋(かっぱばし)で買い物を終えた香具矢は、「遊園地に行こう」と馬締を誘う。
観覧車の中で香具矢は何気に「板前を目指す女っておかしいかな?」とつぶやく。
不思議な会話だった。

やがて、荒木が退社。

香具矢への告白を促されていた馬締は、毛筆による行書体で恋文を書き上げた。
西岡にこの文章について意見を求めると、西岡は一目見るなり唖然とする。

ところが、社内で「大渡海」の出版中止が取り沙汰されていた。辞書編集部にとって、重大な問題だ。
その中止の中心となっていたのは、村越局長だった。

出版中止は自社のメンツに関わる問題で、ことの重大さに、村越局長の所に行く西岡に馬締も同行を申し出た。
村越は辞書編集部の赤字体質に苦言を呈し、辞書・辞典と名のつく仕事は辞書編集部に回すと無理難題をふっかけるが、馬締は強い決意を持って「やります」と即答する。

結局、村越局長は折れたものの、その後西岡だけが呼ばれ、夜半に編集部に戻った西岡は村越からの話をはぐらかす。
多分、村越から辞書編集部から別のセクションへの異動を言われたのだろう。

馬締からもらった書面が、香具矢は気になってしょうがなかった。
勤務先の大将の協力で恋文を読んで貰って、気恥ずかしくなった。
その自分に腹を立てていた。
大事なことだからちゃんと言葉にしてと、香具矢は馬締に言った。
馬締は勇気を振り絞り、好きですと伝えると、香具矢は、あたしもよと答えた。

西岡は人知れず、誰にも話すことなく煩悶、悩んでいた。
村岡から言われた、出版中止撤回の条件に出された自分の異動のことだった。
西岡は仕事帰りに、自分が宣伝部に異動すると馬締に打ち明けた。
「馬締、お前は辞書編集部で頑張って欲しい」と。

もともと西岡は辞書編集について気乗りのしない方だった。ところが、この頃になって「大渡海」に情熱を持ち、馬締に友情も感じるようになっていた。

そんな西岡にかかってきた三好からの電話を取り上げた馬締は、西岡と三好を下宿に招いた。
この辺りの物語も、私は気に入った。
じゃじゃ~じゃーん、これからが三浦しをんさんらしいのだ。
そしたら、その席で酒に酔った西岡は、三好との結婚を宣言した。

それから12年後。馬締と香具矢は入籍。おめでたいことだ。
二人を結びつけたタケとトラは他界していた。

馬締が主任となった編集部には、妻を喪った荒木が嘱託として戻ってきた。
部は十二分に体力をアップしてきた。でも、まだまだ足りなかった。

出版を翌年に控えて、増々忙しくなりかけた辞書編集部に、岸辺みどりが異動してきた。
社内のファッション誌の編集者だった岸辺は、5度目の校正に入ろうという「大渡海」編集の仕事に入った。
編集部の珍しい人々の性格に辟易していた。実は、びっくりするほど驚いていた。

馬締と松本は、ファーストフードで女子高生たちの会話から用例収集を続けていた。
肝心の辞書編集部は、多くの大学生をアルバイトに雇い入れ、連日詰めの校正作業に追われていた。
陣中見舞いにやってきた村越局長は、「大渡海」の出版が翌年3月に正式決定したと伝える。
西岡だって、働く部署は変われども、この辞書の出版については真剣だった。
当然、その宣伝に奔走していた。

その一方、編集部では学生からの指摘で単語の欠落が発覚する。
急遽、校正作業は一時中断となり、他にも単語抜けがないかのチェック作業をすることになる。
学生たちにも、泊まり込みの準備をさせた。
場所の整理だけではなくスタッフの顔つきまでも、辞書編集部内だけは、異様な雰囲気になった。

泊まり込み作業のため帰宅した馬締のもとに、松本教授が入院したという連絡が入る。

馬締の代理で見舞いに出向いた香具矢は、松本教授の妻千恵と交流を深める。
検査入院という名目だったが、馬締は荒木と共に退院した松本を訪ね、体調は芳しくないと悟る。

余命が尽きようとしている松本教授のためにも、「大渡海」の完成を急ぐ馬締は、正月もないほど仕事に没頭するが、雪の降る日、版の完成を待たず松本は他界する。

馬締と荒木の最終チェックが完了し、「大渡海」の原稿は完成。
疲労困憊だった学生たちも大事業を為し得た悦びにわきかえる。

3月、「大渡海」出版を祝う華々しい披露パーティが協力者たちを招いて催される。
だが、馬締の表情は晴れない。
最大の功労者である松本教授は遺影となって宴席の片隅に居た。

馬締と同じ思いの荒木は一通の封書を差し出す。
それは死の間際の松本が荒木に宛てた手紙だった。
そこには荒木と馬締への感謝の言葉、仕事を完結できなかった無念さ、辞書の編纂という仕事に携われたことに対する喜びが書かれていた。

翌日からは「大渡海」の改定作業が始まる。
馬締と荒木のポケットには用例集の束が詰め込まれていた。

後日、馬締と香具矢は松本教授の墓前に報告するため千恵を訪ねる。
東京に帰る二人は、タクシーを止めてしばし松本の愛した海に見入る。

「これからもよろしくお願いします」と感謝を表す馬締に香具矢は苦笑するのだった。