2009年10月16日金曜日

広島長崎五輪、こりゃ大義大ありだ

2016年夏季五輪の開催地に、ブラジルのリオデジャネイロが決まった。盛り上がらないままの東京が落選したのは、当然至極のことだと受け留めた。リオが南米大陸で初めての開催地になった。ブラジルの国民、リオ市民の喜びはいかばかりか。大いに腕を揮(ふる)って立派な大会が行われることを祈りたい。私も経済的、業務的に余裕が出来れば、行ってみたいと思っている。

東京の招致活動は、石原慎太郎東京都知事の味噌をつけた発言で幕を閉じた。落選した腹いせだった。招致を競い合った相手国に対して、記者会見で裏取引があったようなニュアンスの発言をした。不愉快にさせた。スポーツマンらしくなく、潔くなかった。

盛り上がらない招致活動に、150億円を投じた。そのことにも、馬鹿知事は「余剰分で夢を見ようと思ってやったのは間違いではなかった」とどこまでも、低次元で悪びれない。余剰金だと言ったって誰の金だと思っているのだろうか。極秘に開かれた反省会では、招致活動で一番重要なのは、IOC関係者との人間関係で、スポーツ、語学、外交の術に秀でた人材を育てることだ、と結んだと聞いている。解ってない。人材を豊かにすることには、異論はないが、でも落選の理由は、そんなもんではない。本当の原因は、皆が白けていることの理由を分析してみれば、答えはいとも簡単だ。市民レベルでは、ドッ白けていて、参加意識が希薄なままだった。何故か。それは、誘致することの大義が整っていなかったからだ。

そうして数日後、今度は広島の秋葉忠利市長が、2020年の夏季五輪招致を広島と長崎を中心になって目指すと日本オリンピック委員会に申し出た。このことを聞いた瞬間、東京招致のくだらなさに滅入っていた私は、俄然元気を取り戻した。これは、楽しいことになりそうだと予想する。広島市長は「より多くの世界中の人に被爆の実相を知ってもらう機会にもなる」と、田上富久長崎市長は「核廃絶の国際世論を加速させる可能性がある。核廃絶を達成するためにできることがあるならやってみたい」と口を揃えた。

朝日新聞の天声人語氏もこの企画に期待して、「ヒロシマとナガサキが人々の胸に刻まれば刻まれるほど、核廃絶の潮流が強まっていくと信じたい」と述べている。朝日新聞はすかさず社説でも、両市にエールを送った。後ろの方に転載させてもらった。

五輪招致は、核廃絶の世論をさらに高める重要なプロセスだと信じたい。

ただ、五輪憲章では立候補できるのは1カ国1都市で、両市が目指す共催という形は現時点では認められていない。かって東京オリンピックでは、主会場は東京でもヨットは藤沢で行われた経緯がある。

11月3日にはオバマ米大統領が日本に来る。多くの日本人はオバマ大統領に広島と長崎を訪れて欲しいと思っているけれども、アメリカの保守勢力のニラミが厳しく、訪問は無理なようだ。それほど、アメリカの保守層は、原子爆弾を二つの市に落下させたことを、アメリカの正義と理解しているようだ。

だが、オバマ大統領は、この世で初めて原子爆弾を使用した国の大統領として、アメリカには同義的責任があると発言した。そして、今後のオバマ大統領の核廃絶への取り組み、国連中心主義への回帰、覇権主義をとらない、単独主義で突出しない、話し合い外交を続ける等々の活躍を期待してノーベル平和賞を受賞した。

この招致には難しい課題が山積だ。両市の発意の源になる大義を、共有できる人たちをどれだけたくさん取り込めることができるかが、成否に懸っているように思う。願っている。ネットを通じたり、勝手連的であったり、兎に角若者達が招致の前線に立って活動できるようになれば、ハッピーだが。そのような形態が望ましい。ヒロシマやナガサキこそ、次代に引き継がれなければならない。これは、今度こそ、私は応援したい。この招致活動を実らすためには、IOCが今回、招致活動の反省会で出た、人材養成もここへきて、必要になるのだろう。

JOCは、両市の案を日本の案として取り上げて欲しい。そして、日本国としても物資両面において最大の協力をして欲しいと願う。

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☆学習/大義=①人がなすべき道。とくに、国家、主君に対して臣民が踏み行うべき道。②おおよその意味  (日本語大辞典・講談社)

☆学習/味噌をつける=失敗して恥をかかされたり信用を失ったりする。(慣用句ことわざ辞典・三省堂)

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091014

朝日朝刊・社説

広島長崎五輪

共感呼ぶ夢の実現に

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大変な難題であることは承知の決断だろう。

2020年の夏季五輪をいっしょに開こうと、広島市と長崎市がそろって名乗りを上げた。

人類史上でただ二つ、原子爆弾を投下された都市が手を携えて共同開催の道を求め、検討委員会をつくって招致の可能性をさぐる。

両市を中心に国内外3千以上の都市が加盟する国際NGO「平和市長会議」は、20年までの核兵器廃絶をめざす。来年の核不拡散条約(NPT)の再検討会議で、その目標までの道筋を定めた「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を採択しようと呼びかけている。

「核兵器のない世界」を追求するオバマ米大統領に、ノーベル平和賞が贈られることが決まったばかりだ。世界の人々が注視する大イベントである五輪を被爆地で、と提唱することで、国際世論を核兵器廃絶に向けて大きく動かしたい。そんな思いが読みとれる招致声明である。「平和の祭典として出発した五輪は、核兵器廃絶の実現にふさわしいイベント」という訴えは多くの人々の共感を得るだろう。

とはいえ、立ちはだかる壁はあまりにも厚く、そして高い。

まず財政面だ。一般会計の大きさを16年五輪の招致をめざした東京都と比べると、広島市は10分の1以下、長崎市はさらにその半分以下だ。広島市は1994年のアジア大会を開いたが、参加したのは42カ国・地域だった。近年の五輪は200を超す国や地域が参加する。基盤整備や招致、運営にかかる多額の資金をどう調達するのか。

「志を共有する複数都市」にも仲間に加わるよう呼びかけ、ネット献金も募るというが、容易ではなかろう。

五輪憲章は「1都市開催」を原則にしている。例のない共同開催は、日本オリンピック委員会(JOC)や国際オリンピック委員会(IOC)が受け入れ難いのではないか。

ほかにも、ホテルの客室数の確保や二つの都市間の移動、五輪後の競技施設の活用、さらには招致に失敗した東京都のかね合いーー。解決しなければならない課題は多い。

今回の提案を実らせるには、五輪の姿を一変させる必要がある。

大型公共工事で都市基盤や豪華な競技施設をつくり、招致にも多額の費用をかける。そんな国威発揚や経済振興と結びついた五輪では、限られた大都市でしか開けない。そうではなく既存施設を利用することで、あまり金をかけない五輪を生み出せないものか。

広島、長崎両市は、JOCやIOC、さらには政府や国民に、自らが描く「これまでとは違う五輪」の姿を提案してみたらどうだろう。

そうでないと、二つの被爆地の市民の納得も得られまい。

2009年10月10日土曜日

だって、しょうがない。盛り上がってないんだモン

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(サッカーの王様・ペレー)

国際オリンピック委員会(IOC)は2日、デンマーク、コペンハーゲンで開いた総会で、16年夏季五輪の開催地にリオデジャネイロ(ブラジル)を選んだ。南米大陸で五輪が開かれるのは夏冬の大会を通じて初めて。立候補していた都市は、シカゴ(米)、東京、マドリード(スペイン)。総会では、シカゴにはオバマ米大統領が、日本からは鳩山首相、森元首相、マドリードには元IOC会長のサマランチ、リオデジャネイロはルラ大統領、サッカーの王様ペレーがそれぞれの都市への招致を熱く訴えた。

結果、東京は落選した。

そしてテレビや新聞では、落胆している日本の関係者の表情が、画面や紙面に踊っていた。開催能力の堅実さや安全面では高い評価を受けていたのに。橋本聖子さん、小谷実可子さん、室伏広治さんらの悲しそうな顔、顔、顔。でも、本当に何故そんなに、悲しいの?悲しがっているのは、あなた達と、ほんの一握りの人たちだけだよ。

ここでじっくり考えてみよう。

日本は何故、オリンピックなの? 何故、東京なの?それに招致委員会って誰なの? そしてそれらの人たちはオリンピックの招致をどの様に考えて、アピール活動をしたの?招致活動にどうして150億円ものお金が必要だったの? それに、IOCに4000億円ものお金を基金として供出するって本気だったの?

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(IOC総会で東京の落選が決まり、肩を落とす小谷実可子さんら)

正直な話をしよう。石原慎太郎東京都知事が、任期を残して輝かしい実績をあげられていない。むしろ、やりかけの仕事がことごとく破綻している。知事の日常の行動に対する批判、息子まで巻き込んだ乱費癖。新都市銀行の不振。都議会では、自公は野党に転落した。こんな景気の時だからこそ、自治体の首長は各方面に配慮した施策が必要なのに、意欲的に取り組もうとする意欲は萎えている。仕事に対する情熱が薄れている。そんな折、時間潰しに東京オリンピック招致だったのです。

深耕なしの彼の単純な思いつきに、みんなが振り回されていただけではないのか。招致委員会理事の安藤忠雄さんの朝日新聞で記者との談話を記事にしたものを読んだ。そこで、安藤さんが招致委員会の理事だということを初めて知った。彼は建築家の立場から、東京招致を熱く語っていた。私は、安藤さんの言葉に感動した。

それに、朝のテレビ番組でみのもんた氏が、彼はどういう役割を担っているのか知らないのですが、パラリンピックの重要性をを強く主張していた、彼の話にもなるほどと感心した。

が、それ以外どの招致委員からも、私を感動させるような話は聞かされていない。

新しく首相になった鳩山由紀夫氏は、首相就任早々国連総会で二酸化炭素ガスの90年比25%削減を先鋭的に取り組むと訴えた。ハトヤマ、イニシアティブとも言われた。この新しい日本のリーダーを世界は温かい拍手喝采で迎えた。この勢いをIOCにも持ち込みたかったようだが、ここではそれほど受けなかった。鳩山首相もオバマ大統領も、何か勘違いしていたのではないのか。ちょこっと出っ張って挨拶したぐらいで、その大きな流れを変えられるとでも思っていたとしたら、一番大事なことを忘れているのか、馬鹿にしているのかのどっちかだ。ことは、政治ではない、スポーツの祭典なのだ。情けないほど短命内閣だった森元首相さん、あなたはラグビーをスポーツとして語れるのですか。早稲田のユニフォームを着たりしているけど、後ろめたくないのですか。石原都知事、スポーツとは趣は異なるけれども、あの太平洋一人ぼっちの堀江謙一氏の勇気ある快挙にも、水をさすようなことしかコメントできなかった。スポーツも自らを極限に追い込むことにおいては、冒険と通じるものがある。情けないお坊ちゃま振りを露呈した。スポーツの本質の、その本質を判ってない奴がいくら叫んでも、共感は得られない。

築地市場の移転問題では移転先の工場跡地の土壌から環境基準をはるかに超える有毒物質が検出されている。石原都知事は、その地に何が何でも移転すると言い張っている、危険な知事だ。IOCの総会でも、そんなことには目を瞑り、鳩山首相にならって、ここに至って急に環境を訴え出した。空々(そらぞら)しい。東京都知事殿、あなたは本当に馬鹿なのですか。

コンパクトな会場配備、環境対策、安定した都市インフラをいくら強調したって、本質に迫ってない。こんなことだけで、東京にオリンピックを持ってこようなんて、浅はかだ。国民から市民から、熱い想いが沸き起こってこなければ、ボスがいくら旗を振っても、何も変わらない。落選した原因なんて、国民の東京都民の関心の薄さを分析すれば、自ずから答えが出てくるではないか。又、このお馬鹿さんは、記者会見で、リオの招致活動について裏取引があったかのような発言をして物議をかもした。この類の選考においては、思わぬ極点に不思議なベクトルが作用するものだ。それを風が吹くというのだ。失礼な男だ。ブラジルの人に不愉快な思いをさせてはいけない。この男の人間性を疑いたくなる。招致活動費150億円の使途を明らかにする意向だというけれど、こんなことは民間企業では当たり前のことだ。一つのプロジェクトを終えたら、その予算と実行費をまとめて公開するのは当然だ。長野オリンピックの招致活動費の使途、不明金の内容が、なかなか公表されなかったことも記憶に新しい。隠し通そうとしたけれど、新任の田中知事によってやっとのことで、明らかにされたが、結果は不明のままだ。

私は、やっぱり東京が破れて、リオに決まったことの方が良かったと思う。私が敬愛する黒い真珠、サッカーの神様、ペレーさんが出てきたところで、こりゃ、東京は負けると確信した。ペレーは、ブラジルの英雄で、全国民の顔だ。石原都知事とは、政治とスポーツの違いはあるけれど、国民からの支持が全然違う。リオのヌズマン招致委会長の演説は、新聞記事で読んだのだけれども、この演説が決定打だった。この演説には、ブラジル国民の熱い想いが込められていた。会場では、圧巻だったのではないか。「近代五輪は欧州で30回、アジアで5回、オセアニアで2回、米国での8回を含む12回が北米で行われた。だから、今、初めて南米で開きたい。ブラジル、リオは準備が出来ている」、そしてブラジル中央銀行総裁、ルラ大統領が情熱的な演説だった。

100年前から、ブラジルへは、日本からたくさんの移民が海を渡って出かけた。大国ブラジルは日本人移民を受けいれてくれた。サッカー好きの私にとって、子供の頃は、サッカー王国ブラジルが憧れの国だった。今でも、その想いは変わっていない。

日本とは地球の裏表の位置にあるが、親近感をもつ国だ。おめでとうと、祝意を表したい。

ブラジル、リオは勢いのある国、都市だ。2014年にはサッカーW杯がブラジルで開催される。2016年はオリンピックだ。

楽し過ぎるぞ。サンバじゃ、サンバ、サンバ。

追記

091010 朝日新聞朝刊に、石原都知事が昨日の記者会見で、招致活動費150億円の使途の内訳を公表することに関連して、「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない」「余剰分で夢を見ようと思ってやったのは間違いじゃない」と述べた、とある。

この男は、狂っている。死を直前にして、狂気が爆発することがある。私の父が亡くなる寸前、父の口から出る言葉や行動は全く狂人のものだった。今の石原都知事と同じだ。きっと都知事としての死期、寸前なのだろう。早く知事を辞めてもらった方が、東京都のため、国のため、皆のためには、いいのではないか。スポーツマンは、潔(いさぎよ)くなくっちゃ。

 

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091004

朝日・朝刊

天声人語

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昔あった大学入試の合否電報ふうに言えば、「人魚姫はほほえまず」といったところか。デンマークでの国際オリンピック委員会総会で、東京は2016年の開催地に落選した。ほほえみを得たリオデジャネイロは南米初の開催になる。

残念な人も多いだろうが、祝福したい結果である。「五輪の歴史に新しい大陸を仲間入りさせてほしい」とブラジルのルラ大統領は語っていた。ちょうど50年前、「アジア初」を訴えて開催を勝ち得た日本の姿に、その言葉は重なっていく。

あのとき日本は、「五輪という花を初めて東洋にも咲かせて、五つの輪を完璧なものに近づけてほしい」と支持を広げた。五輪の理念と響きあう訴えには、やはり力がある。決選の投票ではリオが圧勝し、さらに一歩「完璧」に近づいたといえる。

ブラジルは2014年にサッカーW杯も開く。すぐ後の五輪開催は、盆と正月が立て続けに来るようなものだ。胃もたれしないか心配になるが、そこはお祭り好きの国。大いに張り切り、楽しむだろうと知人のブラジル通は見る。

かってリオを旅した三島由紀夫は名高いカーニバルに圧倒された。「ホテルの窓を閉めたって、眠れるどころではない」「日本人は、腰を抜かす他はない」と、リオっ子の気質と熱気に脱帽している。人々が「祭り疲れ」する心配はないようである。

日本からの移民が多く縁浅からぬ国である。もろもろの課題を克服して、五輪の新天地でどんな大会を見せてくれるのか。サンバのリズムなど思い出しながら、はや興味は尽きない。

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091004

朝日・朝刊

社説/五輪リオ

南米初への大いなる期待

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52年ぶりの東京五輪の夢は消えた。だが落胆している人の耳にも、地球の裏側からサンバのリズムに乗る歓喜の歌声が届いていることだろう。

カーニバルで知られるブラジルのリオデジャネイロに7年後の夏、聖火がともされることになった。

コペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、リオが東京、シカゴ、マドリードを振り切り、16年夏季五輪の開催都市に選ばれた。南米初の開催である。

招致をめぐる大混戦の中でルラ大統領やサッカーの王様ペレー氏らが「南米の若者のために、五輪を新たな大陸にもたらしてほしい」と訴え続けた。それがIOC委員の心を幅広くとらえたのだろう。

ブラジルは中国、インド、ロシアとともにBRICs(ブリックス)と呼ばれ、世界に存在感を増す有力な新興国の一つである。ルラ氏はG20の顔でもある。中南米諸国や他の大陸の途上国への支援呼びかけもリオ五輪への共感を広げる効果があったに違いない。

ブラジルには約150万人の日系人が住み、日本からの移民が始まって100周年を昨年祝った。2014年のサッカーW杯開催国にも選ばれており、世界の耳目を集めるスポーツの祭典を立て続けに開くことになった。

南米大陸は、経済や資源外交でもこれからの日本にとって重要性を増す地域になろうとしている。五輪を通じてこの地域に日本人の目が向くことは必ずやいい影響をもたらすだろう。

五輪開催地としては犯罪率の高さといった問題が指摘されてきた。だがこれからに期待したい。スポーツを通じて、若者の非行を防ぐ政策が実を結びつつある。リオを推した委員は、街と市民の負の側面ではなく、潜在力を評価したいといえる。

スポーツの持つ力が人々に夢を与え、社会の活力を生み出す。それはどの国にも通じることだ。五輪はブラジル国民の自信を大きく育むだろう。

総会会場にはオバマ大統領や鳩山首相らが乗り込み、誘致を競い合った。各国の世論を背に火花を散らし合いながらも、開催決定の後は互いに健闘をたたえあう。そんな首脳外交もいいものだ。

磐石の財政やコンパクトな会場配置を柱にした東京の提案は評価を得た。鳩山首相の演説も、2020年までに温室効果ガス排出量25%削減するという野心的な目標をいれたもので力があった。12月にはCOP15でのより厳しい交渉が待ち受けている。

東京への誘致は、「世界初のカーボンマイナス(二酸化炭素削減)五輪」を訴える試みだった。敗れたとはいえ、今後の都市づくりに生きれば、これまでの誘致の努力も決して無駄にはなるまい。

「ケ」って漢字なの?

先日、弊社が企画しているプロジェクトに融資をしてもらうため、某金融機関と打ち合わせをした。日ごろお世話になっている担当者の上席の人も同席していただいた。その上席の方が私にくれた名刺には、役職と名前、取締役「大ヶ口太郎」(おおかぐち、たろう)とあった。

あの、少し教えていただきたいのですが、「大ヶ口」の「ヶ」は漢字なのですか?

浅学で小心者の割にはずうずうしく何でも知りたがる性質(たち)でして、ぬけぬけと尋ねてみたのです、その取締役に。「ケ」は「が」とも読む。宮ヶ瀬ダムとか、相撲取りの琴ヶ嶽とか、「ケ」と書いて、「が」と読む。だから、この取締役さんの苗字の「大ヶ口」の「ケ」は、片仮名ではなさそうだ、平仮名でもない、それじゃ漢字なのかと、考えついた。漢字というよりも、漢字もどきなのか。

手許にも「ケ」があった。私が今住んでいて会社の所在地でもあるのは、保土ヶ谷区だ。ここにも、「ケ」があった。どうも、ここでの「ケ」は、どのような使われ方をしているのかを辞書に教えを求めた。大辞林(三省堂)によれば、この「ケ」は連体修飾語を表す格助詞「が」に代用している、ということらしい。それ以外にもいろいろあるようだから、下の各解説をお読みください。

そんなこんなで、今回の学習は「ケ」についてです。

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☆日本国語大辞典、小学館ではーー

け【け・ケ】《付記》=かたかなの「ケ」を、物を数える「一カ年・一コ」の「箇」に代用することがあり、近来は「一ケ・ケ」等を、「イッケ・ニケ」等と読むようにもなった。また、「君ケ代」「越ケ谷」「八ケ岳」のように連体助詞の「が」にあてることがある。これは前例の「三ケ日」(さんがにち)等の「ケ」の転用である。これらの「ケ」は、もともと「箇」の略体「个」から出たもので、かたかなとは起源を異にするが、字型としては区別はなくなっている。

☆大野晋「大野晋の日本語相談」、朝日文庫ではーー

「ケ」という表記のもとの字は「箇」という漢字です。「箇」は、物を数えるときの助数詞として使われました。(中略)、ですから「ケ」という書き方は、すでに鎌倉時代には行われていたと見られ、これは先の「箇」の竹かんむりの最初の「ケ」だけを書いたものと判断されます。これを始めたのは多分僧侶だったろうと思います。(中略)

この用字法は便利なので、その頃から長い間にわたって広く使われてきました。そこで今度は、数量に何の関係もないところでも「が」の音をもつ地名などにも使われるようになり、「光ケ丘」「八ヶ岳」と、ヒカリガオカ、ヤツガタケなどの場合にも、がの音を表す文字として」ケ」を書くようになりました。

☆「言葉に関する問答集 総集編」文化庁編ではーー

ところで、数詞に続けて物を数えるときには、旧表記では「五ヶ所「五ヶ条」のように小さく「ヶ」と書くこともおこなわれた。また、固有名詞の場合にも「駒ケ岳」「槍ヶ岳」のように書かれる。これらは、一般には、片仮名の「ケ」を書いて「カ」または「が」とよむのだと意識されているが、本来はそうではない。この「ケ」は片仮名ではなく、漢字の「个」(箇と同字)又は「箇」のタケカンムリの一つを採ったものが符号的に用いられてきたものである。

この本を彼にあげたのは、誰だ

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書名は、心に龍をちりばめて

作者・白石一文

発行・新潮社

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先日、事務所の整理をしていたら、こんな名の本が弊社のプロジェクト資料に混ざっているのに気付いた。見つけた場所は、一人離れた場所に陣取っていた小さんの机の脇にあった棚でした。私はこの本を手にして、しばし考えた。小さんが、どうしたのだろう、こんな激しい本をどうして読んだのだろう。どういう事情があったのだろうか。不思議でしょうがなかった。この本は、還暦を迎えた男の読み本ではないぞ。

この本の内容は、この本を売るための広告にした文章を引用させていただいた。男と女の愛憎劇の過激版だ。性、ヤクザ、肉親、男と女、薬物、暴力、生い立ち。

誰もが振り返るほどの美貌をもてあます34歳のフードライター・小柳美帆は、政治部記者・丈二との結婚を控えたある日、故郷の街で18年ぶりに幼馴染みの優司と再会する。幼い日、急流に飛び込み、弟の命を救ってくれた彼は今では背中に龍の彫り物を背負っていた。

出生の秘密、政界への野望、嫉妬と打算に塗(まみ)れる愛憎、痺れるほどの痴情、そして新しい生命の誕生ーー。

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小さんとは35年来の友人です。彼とは同じ学窓の出だけれども、私は東伏見のグラウンドを本拠地にしていたし、彼は本部校舎周辺を根城にしていた。そんな二人は、同じ会社に入社したことで知り合った。二人とも10年近くでその会社を辞め、縁があって、また10年前頃から同じ会社で働くことになった。学校を卒業してからは、友人として彼と酒を飲む回数が一番多かった。彼の父母とも兄とも親しくお付き合いさせてもらった。それで、彼の性格や家族のこと、彼を取り巻く人間たちを詳しく知ることになってしまったのは、当然のことだ。子どもの頃の近所の友達から小学校、中学校、高校、大学の友人、それから我ら同期入社の仲間、それから彼の職場仲間、それからちょっと外れた友人等を私はことごとく見てきた。

そんな彼から、こんな本を、お前にあげると言って、手渡された。顔には何やら意味不明な微笑を浮かべていた。

それからこの本を読み出したのですが、読み進めていくうちに、頭の片隅にどうしても引っかかるものが生じてきたのです。

彼は何故、この本を読もうとしたのだろうか。自らの小遣い銭で買ったのだろうか。いや、こんな本を彼が買いっこない、とも思った。借りたのだったら、私にくれないはずだ。ならば、誰かから貰ったのか。誰から? 身内からとは思えない。友人か?友人と言ったって、私たちの年並みなら、こんな本を選ぶだろうか。貰ったのは、女からか?女なら可能性はあるか、ないか。女と言ったって、どんな女だ。彼とどういう関係の女か。清き関係の友人ならば、こんな本の話題は出てこない。きっと特殊な関係の女だ。でないと、こんな本は選ばない。特殊な関係って、何だ。それ以上の詮索は、危険だ。

そんな思いを巡らせて本を楽しんでいた。そして、ある日、ふと思いついたのだ。見落としていた彼の家族の娘さんの仕事のことだった。娘さんは、大手の芸能プロダクションに勤めていて管理職に登りつつあると聞いている。彼女ならば、芝居や映画や、何か仕事になるものはないかと、常々アンテナを拡げていなければならない、そんな類の仕事についていたのだ。私達のありふれた世界から、すこしでもビヨンドしてないと、仕事としては取り上げられない。彼女にとって、この本はただのありふれた題材に過ぎなかったのか、興味が湧かなかったのだろうか。仕事に採用できるかできないかのチェック後、無用になったものを、尊敬する父親にプレゼントしたのだろう。

これだ。これしかない。

どうですか、小さん。この私の推察は?

2009年10月5日月曜日

亀井静香先生、太っ腹!!

亀井静香金融相は、頑張っている。私にとっては、今、救世主のような存在になりかけている。神さま仏さま、亀井大明神さまだ。私の会社はこの5年間で、規模を大きくした。そして、もう一段、高望みした時に、この世界同時不況の嵐に巻き込まれ、まさに吹き飛ばされようとしている。20年ほど前のバブル崩壊から何とか乗り越え、これからは、リスクを最大に回避しながら、お客さんのため社員のため、不滅の会社を作りたいと思ってやってきた。ところが、またもや米国のサブプライム問題に端を発し、今度は世界を丸ごと同時不況に陥った。この影響が、強烈だ。

3~4ヶ月前には景況が少し良くなりだしたのでは、と思う節があったのだけれど、どうも、今日(091004)、再びデフレスパイラル傾向にあるように、勘や感覚、肌でも感じる。魔のデフレスパイラルだ。この渦に再び、何もかも沈(ちん)しそうだ。

住宅ローンでゆとり返済を利用している人の多くが、ローンを組んでから10年目に当たる、去年から今年にかけて、月々の返済が滞りだした。私の会社の資金繰り、私の個人的な住宅ローンの返済も、同じ状態に陥っている。金融機関の担当者とは、密に打ち合わせをしている。自宅を競売に付される件数が、対前年比2倍になっていて、この事態に愛のある政策を打って出る政党はないのか、とこのブロゲでも嘆いた。衆議院選挙の前のことでした。

選挙の結果、民主党が圧倒的に勝って、新任の各大臣の選挙公約を実現すべく活発な発言が小気味いい、その中でも、亀井金融相が、打ち上げた「モラトリアム法」の制定が、私には度肝を抜かされた。まさか?というのが正直な感想だった。ところが、亀井大臣は本気なのだ。民主党の幹部はしかめっ面のようだが、連立内閣に参加している国民新党の党首で金融相だ、民主党としても無視するわけにはいかない。

モラトリアム法、ここには大きな問題が含まれているのは、私にさえ良く判る。危険千万だ。毒がある。また、日本経済全体にも悪影響が多いような気もする、が、私の会社も、国も同じだと思うのですが、ここは時間稼ぎが必要なのです、軟着陸するための時間が不可欠なのです。

かって、このモラトリアム法は日本では2度経験しているそうだ。関東大震災の時と昭和恐慌と言われた時だそうだ。その時のことは、今日のことのためにも、学習しておかなくてはならないな、と思う。

そんな、今日(091004)、友人が君ならもう読んではいるだろうけれど、と言って、新聞の切抜きをくれた。私はこの記事は読んではいたが、読めば読むほど、これからの推移が気になりだして、この新聞記事も転載させていただいた方が、後日のためにもなるのか、と思いきやキーボードを叩いた。

ーーー以下、全文朝日新聞の記事ですーーー

銀行からの借金返済の猶予をめぐり、亀井静香金融相の所属する国民新党が「元本だけでなく金利の一部も含めて3年程度猶予する」との独自案を固めた。民主党は利払いの猶予については慎重な姿勢で、「貸し渋り・貸しはがし対策」の内容を固める9日に向け、両者の調整が焦点になりそうだ。

金融庁では前日発足した「貸し渋り・貸しはがし対策検討会議」が30日も開かれた。臨時国会に提出する法案の素案を5日までにまとめ、大塚耕平・金融副大臣らの2次検討チームに引き継ぐ。

国民新党の独自案は、借り手の企業の経営状況を見て、立ち直る可能性が高い場合は金利も猶予するという内容。党幹部は「必ず実現させる」と述べ、亀井氏も30日のテレビ番組で「対象としては金利も含めて検討している」と明言した。国民新党が意気込む背景には返済猶予が党の「目玉政策」になっている事情がある。国会議員8人の小政党ながら、国民にPRできれば求心力も高まるからだ。

金利を猶予すれば、借り手は資金繰りの余裕が増す。一方で銀行側は資金を貸した「対価」が一時的にでも得られなくなり、当面の利益にも影響する。

一方、民主党は藤井裕久財務相や平野博文官房長官らが、利払いの猶予については当初から慎重な対応を求めていた。鳩山由紀夫首相も29日に記者団に対して「銀行も当然やっていけないから金利の部分だけは支払う。元本の返済は猶予する形の法案のあり方を考えてみたい」と述べている。

与党の中で民主党は圧倒的な比重を占めるが、この問題は担当相である亀井氏の影響力は大きい。亀井氏は30日、日本商工会議所の岡村正会頭と会談。岡村氏は「中小企業を倒産から守りたいという理念は正しい」と述べた。亀井氏は今後、銀行業界や中小企業の関係者らとも会って、政策への理解を求めるとみられる。

(関根慎一、多田敏男)

2009年9月28日月曜日

本日は、休日なり。090923

今日は「秋分の日」。明日、24日は我輩の61歳の誕生日だ。

今日は一日、丸ごと休日宣言をする。だが、目が覚めるのはいつも通りだった。まずは小水、次に冷たいお茶をコップ1杯、一気飲み。

03:30、次女から2、3日前に誕生プレゼントにもらった、五木寛之の「人間の運命」を読む。

新刊書、新品だ。この匂い、この新しい本の手触りは久しぶりだ。何とかオフの105円コーナー漁(あさ)り名人にとって、新刊書は夢の夢、高嶺の花だ。五木寛之さんの著作物がこのごろ「大河の一滴」とか今回の「人間の運命」とか、法然か、親鸞、唯円か、歎異抄か、なんだか人間の生き方、考え方、人間の生涯のこと、そんな人間論に関する著作が目立ち過ぎて、その間にもお寺巡り、お坊さん巡りがあって、私の周囲には、イツキシラケ鳥が飛び回っている。

偶然にも昨日、この本が朝日新聞の全1ページの広告に出ているのを見つけた。広告のコピーは、人間の運命、とは何か? 人生は変えられるのか。親鸞の言葉に隠された謎が今ここに明かされる。紀伊国書店新宿南店では、売上第1位だとか、丸善丸の内本店でも第1位だとか、こんな手法は、書物の販売には不向きではないのか。また本一冊売るために、こんな過剰な広告は異状だと私は思うのだけれども。ひょっとして、他紙にも出稿していたのだろうか。いつの頃から、このように本の広告が大々的になったのだろうか。火点け役は幻冬舎か?本屋業界のこの浅ましさは、現在の日本文化の底の浅さ、儚(はかな)さの象徴か。

私は、本選びこそ、他人にガチャガチャ言われたくない、押し付けられたくない、自分で選びたいと思っている。自分で自分の読みたい本も選べなくてどうする。それこそ、自分の運命も他人に教えてもらえないと、生きられないのか。

本の内容は、今読みつつあるので、総括はできないが、優秀な人が苦労して考察したその成果を、きっと私も読後は満足するのだろうが。何か、違和感を感じるのです。この本の導入部分で、映画「愛を読む人」、原作はベルンハルト・シュリンクの「朗読者」を持ってきた。この「朗読者」は1ヶ月程前に読んで、感動した経験から、五木寛之はタイムリーなネタを、上手い具合に使うものだ、と感心した。先ずは、五木大作戦その1(いち)ということかな。私が感じる違和感は、五木寛之さんにはもっと小説を書いて欲しいと思っている気持ちが、心のどこかにあるのが原因かも。かっては、五木小説を熱愛した読者だったのですから。かって30年前、40年前の彼のストーリトーカーとしての能力の高さには感服していたのです。

友人に、最近五木寛之さんは小説を書いてないね、と質問したら、売れる物を書けばいいんじゃないの、ときたモンだ。

05:00、ポンタとツバサ、犬二匹との散歩に出た。

本日は休日 005 本日は休日 008

(自分のベッドでくつろぐポンタ、私の布団でくつろぐツバサ)

本日は休日 007

(三女が作った造形です。真ん中は名犬ゴンです)

いつもの通りのコースだ。いっつも決まった所でマーキングをしてウンコをする。ウンコは地面に落ちる前にナイスキャッチが求められる。いつもと同じウンコかどうか、きっちり確かめる。この時間に、いつも会う、近所の散歩のオジイサン・オバアサンは何人もいて、会うことがないまま散歩を終えると、心配になる。ケガや病気でなければいいが、旅行ならうらやましい。新聞配達のおにいちゃん、某宗教団体の広告宣伝紙の配布のお姉さん。

私は丁寧に手入れの行き届いた家々の庭先を覗き見しながら歩く。真夏には比較的少なかった花も、今は、咲いている花の種類が多くなったように感じる。俄然頑張り続けているのは、百日紅(サルスベリ)だ。7月の初旬から咲いているから、名前の百日(紅)は満更誇大広告でもなさそうだ。多分10月の中旬までは、咲き続けるのだろう、私は証人として見届けます。

昨夜、家人は帰宅した酔っ払い(私)に向かって、冬に備えて買ってきた敷物の上に、ポンタがゲロを吐いたと言って怒っていた。「敷いて、2,3時間も経ってはいないのに。電話中だったので何もできなかった」、本当に悔しそうな顔だった。アルコール漬けの頭の芯に家人の声がガンガン響いたが、聞き流して、私は酒を燗した。しょうがないんじゃないの。今朝のポンタは、昨夜にあれほど叱られたことなどすっかり忘れたような清清(すがすが)しい顔をしている。気分転換が上手いのだ、私も見習わなくっちゃ。ポンタ、最高!!

05:45、朝飯前に、お彼岸のお萩を食った。

本日は休日 010

(お萩です。)

甘いものを食えるのは、一日の中でこの時間帯だけだ。春のお彼岸には牡丹餅(ぼたもち)と呼び、秋はお萩と呼ぶ。唯、呼び方が違うだけだったんだ、と今更ながら気付いた。春に咲くのは牡丹、秋に咲くのは萩なので、このように呼ばれるようになったらしい。家人が言うには、今、萩の小さな花が咲いていますよと言う。子供の頃は、仏壇にお供えしてからいただいた。餡(あん・小豆)と黄な粉(大豆)でご飯を丸く固めたのを包み込んだもの、2種類だった。子供の頃、実家が農家なので、祖母が作ってくれた牡丹餅は、野良仕事のためにも、がっちり握られていて、大きかった。

それでは、私の今朝の朝食メニューを紹介しましょう。納豆、ネギ、梅干、焼き海苔、野沢菜のわさび漬け、それにだ、驚くな、なんと「かじめちゃん」と「ごま出し」だ。「かじめちゃん」はカジメとみりん、ごまを食塩や醤油、砂糖、ソルビットなどで混ぜ合わせたもので、海苔の練ったようなものです。ソルビットって何だ。カジメとは、現物を見たことはないのですが、海草らしい。昆布かワカメかそのようなものだと、想像した。また「ごま出し」はうどんや鍋物、スープのダシとして、茶漬け、卵ご飯などには味を添えるために使う。こんな、珍しい物を食していますのよ、我が家の食膳は豊かでしょ。これらの2品は、長男の嫁の実家の母親が、娘可愛さに贈ってくれるのを、横流しをしてもらっているのです。これ以外にも、色んな珍しい食べ物を送ってくださる、私の家にも、感謝、感謝だ。

孫が何処からか貰ってきたオクラの種を、家人が鉢に蒔いておいたのですが、そのオクラの実?がなっていた。何日か前には花が咲いていたことは確認していたのだが、こんなに立派な実になっていようとは、自然に感謝だ。タラの芽の木をチェック。タラの芽の天ぷらは若い頃に、信越地区のスキー場の事務所で鱈腹いただいた。その頃、私は某私鉄系観光会社の本社の宣伝課に所属していた。そのタラの芽の木を、偶然、初夏にホームセンターで見つけて育てているのです。明日の天ぷらになるタラの芽様をなんとか、私の管理下に治め、毎年満足するだけ食べたかったのです。まだ、幼木なのです。今、落葉して、花が咲いているのですが、これって普通ですか。この花はどうなるのだろう。誰かタラの芽の木の1年間の生態を教えてくれませんか。

本日は休日 001

(タラの芽の落葉)

金魚に餌をやった。金魚約10匹、鮒1匹。泥鰌(どじょう)1匹は、たまにしか姿を見せない。この泥鰌は、我が家に来てもう20年以上は経っている。

雨戸を開ける。ガタゴト、雨戸のきしむ音は、世間様に我が家の行動開始宣言のようにも聞こえた。

本日は休日 004 本日は休日 003

(オクラ、と金魚のいる池)

07:00、三女が起きてきた。私は朝食を終え、新聞を読んでいた。

この娘、目覚めが悪くて、顔はボヤ~ンと、目はまぶしそう。オヤジ、俺は駄目だ、もう駄目だ、もう今日は駄目、と言ったまま浮かぬ顔のまま。どうしたんだ、と詰問しても、もう駄目だと言うばかり。少し時間が経ってから、聞いてみると、昨夜、長男から借りた映画のDVDを観たんだけれど、もう私、どうにもならないほどショックを受けたとのことだった。その映画は「闇の子供たち」だったのです。この映画はね、「血と骨」のあのオッサンが原作者なんだ、と聞かされれば、大体どのような映画だろうな、ぐらいの想像力は働く。タイにおける子供の虐待を扱ったものだ。

08:35、テレビをつけながら、新聞を読んだ。

山由紀夫新首相の国連気候変動サミットでの発言が先進国に、とくにヨーロッパの国々に拍手で迎えられたニュースをテレビが伝えていた。環境問題で世界をリードしていこうとする、首相の発言内容とその取り組み方を、鳩山イニシアティブ、と言われていた。オバマ米大統領との会談においては、日米同盟強化で一致しました、なんて報道もあった。

09:30、道路の向かい側に住んでいる次女と孫を起しに行った。

次女は昨日、ちょっとした交通事故を起した。大したことはなかったようだが、緊張して極度に疲れたのだろう。この時間になっても、まだ起きてこない。事故直後は気が張っていて痛くなくても、翌日になると痛みが激しくなることもある。そんな状態のようだ。次女の夫は、暗いうちに、昼には帰ってくると言って、サーフィンに出かけた。千葉の海岸らしい。

10:30、次女の息子、我輩の孫を連れて、狩場にある児童公園のプールに行った。

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(プールでの遊びを終えて、次は公園や)

ここは、ゴミの焼却熱を利用している。我等、地元住民はゴミの焼却に伴う排気の影響やゴミ収集車の出入りで、多少迷惑を被っているとして、入場料を半額で利用できるのです。でも、この割引制度も今月で終了する。地元対策は終了したということだろうか。私達の子ども達は、ここのプールで家人の指導で、泳げるようになった。家人は、かってスイミングクラブの指導員だったのです。その影響もあって、私もなかなかのスイマーになりました。今、孫を教えるのは、私。幸せなことだ。孫は、スイミングクラブに週1で通っているから、もう2年も通ったから、その成果は目をみはるものがあった。すっかり水に慣れていて、私が遊んでやろうと思ったけれども、充分自分で工夫して遊んでいた。クロールをちょっと教えてあげたのだけれど、これも簡単に私が言った通りのことができた。ここまで水に慣れていれば、もう、オッケーだ。

公園でも遊んだ。滑り台と雲梯(うんてい)で遊んだ。うんていは、長い梯子を横にしたもので、懸垂やぶらさがりながら移動する遊具です。うんていを、こんな漢字(雲梯)を当てるのを知ったのは家に帰って調べてからのことだ。

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(滑り台とうんてい)

12:30、「ごま出し」を使ってのうどんを食った。うどんの麺も九州長崎の地元で製造された乾麺でした。美味かった。

13:15、映画「闇の子供たち」を、次女の夫と観始めた。次女と孫も最初の1分間は見ていたのですが、これは見るなと言って、階下に行かせた。

原作:梁石日、監督:阪本順治、出演者:江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡ら。タイで行われている臓器移植を目的とした幼い子供たちの人身売買や幼児買売春。日本の新聞記者がタイにおける人身売買の情報を得て取材に動く。タイの身寄りのない子供たちをあずかる人権センターと、そこに日本から派遣されてきた女子大学生、タイ国内で活動するNGOたちが、闇に潜む組織を暴く物語だ。

親に売られる子供、買った子供たちを檻に収容、病気になった子供はゴミ収集車に捨てる、子供を保護する人権センターとスタッフ、人権センターを助けるNGOとボランティアの背信、男の外人の性行為を受ける男の子と女の子、病気で追い出されやっと生まれ故郷にたどり着いた果てに死んだ子供、生きたまま臓器を取り出される子供、子供の心臓が病んで新しい臓器を求める裕福な日本人の父親と母親、新しい心臓を求める日本人の仲介人、手術を担当する医師、見たままを見たままに報道しようとする記者とカメラマン、犯罪グループに通じた警察。

そして最後の最後に阪本順治らしい、仕掛けが、映画的には面白い話だが、観る者たちには辛いヒネリがあって苦しんだ。

15:40、イーハトーブの果樹園に、栗拾いに出かけた。

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(栗拾いだぞ~い)

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宮澤賢治さんが、命名してくださった、我等の”イーハトーブの果樹園”です。所有権は、家人のものだ。6年ほど前から少しづつ開墾してきた。開墾って、大げさ?そんなことない、私の血と汗の結晶だ。本日のメンバーは、私、長女の夫と孫、次女夫婦と孫の6人。長女は栗拾い後の宴会の準備。長男夫婦は、長男は仕事でその若妻は家に、二人揃ってでないと我が家に来ないという、何かが可笑しいぞ。若妻は11月の初旬が出産予定だ。安産を願う。俺の孫がもう一人増えるのだ。有り難いこっちゃ。

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(イーハトーブの果樹園だぞう~)

15:00、大量の栗とそろそろ収穫時だけれども、もう少し様子見の柿を5個ほど採って、我が家に帰った。栗の一部は、隣地の玄関前に置いてきた。隣地の方は、この果樹園の草刈を時々やってくださるのです。私以外は、皆初めての経験らしく、イガの痛さにもめげず、栗の実をつまみ出したり、拾ったりしていた。蜜柑(ハッサク)の木にも、まだまだ緑で小さいけれど、たくさんの実をつけていた。昨年は9個採れた。今年は、30個ぐらい収穫できそうだ。豊作だ。収穫時には、みんなに声をかけよう。いやはや、豊穣じゃ。

16:00、幸せな栗拾いの時の様子を思い出しながら、ビールに手をつけた。長女の夫も、次女の夫も、私のサアサア呑もうか、の掛け声の前に、もう既に乾杯済みだった。見る見るうちに、ビールは進む。家人が、前回の栗よりも上等だと褒めてくれた。実際、前回よりも実は大きく、虫に食われているのが少なかった。

17:30、会社から東戸塚のマンションに帰ってきた長男と嫁を次女が車で迎えに行ってくれた。長男は明日の私の誕生日プレゼントとして焼酎「父の誇り」をくれた。父の誇りか、と独り言。頼りない自分に苦笑した。有り難くいただかなくちゃイカンな、と思いつつも、翌翌日にはなくなっていた。健康だからこそ飲めるんだ、健康に感謝しよう。

宴は、続いたらしい。というのは、私は酒量限界と感じて一人退場したからです。その後の楽しい飲み会は相変わらず盛り上がったようだ。

全身のすみずみまで、アルコールに浸(ひた)したまま、寝た。

この夜、巨人のセリーグ優勝が決まった、とのことだったが、我が家にはなあ~んにも関係ない。我が家で、一番嫌われている球団だ。

安藤忠雄さんは闘う建築家だ

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2016年の夏季五輪の開催地が来月2日に決まる。鳩山首相は、国連総会からの帰りの機中でも、デンマークで開かれる国際オリンピック委員会の総会に出席すると意気込んでいたらしい。オバマ米大統領もシカゴ招致で参加するとか。石原慎太郎東京都知事は、本日(090927)デンマークに到着、これから総会開催までロビー活動を行う。

東京都民は、盛り上がっていない。一次選考では、最も高い評価を受けたものの、2日に、国際オリンピック委員会が公表したデーターでは、都民の支持率は55,5%、不支持率は23,3%で、支持率は他の候補都市に比べて低い。この支持率の低さが、今後の選考過程において、どう評価されるのか、これからが山場だ。

実は私も、今回の東京招致には、興味が湧かないでいた。五輪の陽の当たる世界と、陰の世界を少し知ってしまった私には、もろ手挙げての賛同は無理だった。いつも、誰よりも、世界のトップアスリートの競技を、目の前で見たがる私が、どうでもいいやと思っているなんて、不幸な状態だ。最悪の気分だ。石原東京都知事の方は、自分が音頭をとって立ち上げた新銀行東京の赤字が膨れ上がり、この赤字の穴埋めにでもしょう、との魂胆が見え見えで、いやらしい。また当社はこの不況の中、そんなことにウツツヲを抜かしている場合ではない、そんなこんなで、私も盛り上がっていなかった。

でも、だ。この安藤忠雄さんの話を聞いて、本当は読んだのですが、私も、ちょっとは頑(かたく)なになっていた頭が、緩(ゆる)んだような、ちょっぴり幸せな気分になりだした。

招致委理事の安藤忠雄さんは、さすが闘う建築家だけあって、仰ることが違うわ、と感心させられた。

090919の朝日新聞「オピニオン、異議あり」で、安藤忠雄さんと記者との談話を記事にしたものが載っていた。闘う建築家らしく、建築家の視点で熱く招致を語っていた。このように相手に伝わる言辞で語ってくれれば、気分もなんとなく盛り上がるのに、招致委員の誰もが何のために招致しているのか、誰も語っていない。

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その記事をダイジェストしました。

安藤さんは何のために日本で五輪を?

「オリンピックをきっかけに日本に新しい目標を作りたいという思いで引き受けました」。

どんな目標ですか?

「日本は技術は高いけれど、何のために技術をレベルアップするのかという哲学がありません。地球のために、世界の平等のために使うんだ、ということを掲げたい」

「私の考える2016年の東京五輪は、炭素排出ゼロを目指す。地球環境に配慮した大会です。メーンスタジアムから始めて、施設の大半を太陽エネルギーを使ったものにしたい。現在の技術水準では難しいかもしれませんが、オリンピックという大きな目標を掲げてみんなで頑張れば、日本の技術力ならば出来るんじゃないですか」

東京に決まった場合、施設の設計はどうしますか?

「私はやりません。すべての設計を世界中からのコンペ、公募による競争にしたらいい。日本は世界から『チャンスのない国』『アクセスできない国』と思われている。コンペをして世界中の建築家に開放したらずいぶん変わる」

「残念ながら今の日本は発信するものがほとんどない。世界のなかで宙に浮いているんです。だれも目標にしなくなった。これでは困る。私は日本が注目されていないことが問題だと思っているんです。日本人の多くも、このままでまあまあやっていけるんじゃないかと思っている。それを変えたい」

東京五輪が実現したら、どうなりますか?

「オリンピックを目の前で見たら、みなさん、すごいと感動するはずです。選手の活躍を見て、よし、自分も何かに賭けてみようという人が10人に1人でも出てきたらいいなと思いますね。その人はいずれ何かの分野のリーダーになりますから。オリンピックでもなんでも、輝いた人間をみて『自分も』と思う、そういう機会を与えたい」

「私は人の心を呼び起こすものが欲しいんです。これはすごいと感動すること。それが人間、生きていく力になります。テレビやインターネットを通してではなく、ナマでないといけません。これはぜひ、訴えたい。それが今の日本の国民に生きる力を与えてくれる。非常に楽天的に、そう思っています」

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「取材を終えて」の記者の短い文章にもサンショウが効き過ぎていた。首肯させられた。

安藤さんは常に戦ってきた人だ。相手は常識であり、権威であり、時に体制だった。

その安藤さんが今、日本に目標を作りたい、子ども達の目を輝かせたい、という。だが、それがどうにも広まらない。もし、盛り上がらないのは、私たちのエネルギーが枯れてきたためだとしたら。

今度の対戦相手は過去最強かもしれない。