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書名は、心に龍をちりばめて
作者・白石一文
発行・新潮社
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先日、事務所の整理をしていたら、こんな名の本が弊社のプロジェクト資料に混ざっているのに気付いた。見つけた場所は、一人離れた場所に陣取っていた小さんの机の脇にあった棚でした。私はこの本を手にして、しばし考えた。小さんが、どうしたのだろう、こんな激しい本をどうして読んだのだろう。どういう事情があったのだろうか。不思議でしょうがなかった。この本は、還暦を迎えた男の読み本ではないぞ。
この本の内容は、この本を売るための広告にした文章を引用させていただいた。男と女の愛憎劇の過激版だ。性、ヤクザ、肉親、男と女、薬物、暴力、生い立ち。
誰もが振り返るほどの美貌をもてあます34歳のフードライター・小柳美帆は、政治部記者・丈二との結婚を控えたある日、故郷の街で18年ぶりに幼馴染みの優司と再会する。幼い日、急流に飛び込み、弟の命を救ってくれた彼は今では背中に龍の彫り物を背負っていた。
出生の秘密、政界への野望、嫉妬と打算に塗(まみ)れる愛憎、痺れるほどの痴情、そして新しい生命の誕生ーー。
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小さんとは35年来の友人です。彼とは同じ学窓の出だけれども、私は東伏見のグラウンドを本拠地にしていたし、彼は本部校舎周辺を根城にしていた。そんな二人は、同じ会社に入社したことで知り合った。二人とも10年近くでその会社を辞め、縁があって、また10年前頃から同じ会社で働くことになった。学校を卒業してからは、友人として彼と酒を飲む回数が一番多かった。彼の父母とも兄とも親しくお付き合いさせてもらった。それで、彼の性格や家族のこと、彼を取り巻く人間たちを詳しく知ることになってしまったのは、当然のことだ。子どもの頃の近所の友達から小学校、中学校、高校、大学の友人、それから我ら同期入社の仲間、それから彼の職場仲間、それからちょっと外れた友人等を私はことごとく見てきた。
そんな彼から、こんな本を、お前にあげると言って、手渡された。顔には何やら意味不明な微笑を浮かべていた。
それからこの本を読み出したのですが、読み進めていくうちに、頭の片隅にどうしても引っかかるものが生じてきたのです。
彼は何故、この本を読もうとしたのだろうか。自らの小遣い銭で買ったのだろうか。いや、こんな本を彼が買いっこない、とも思った。借りたのだったら、私にくれないはずだ。ならば、誰かから貰ったのか。誰から? 身内からとは思えない。友人か?友人と言ったって、私たちの年並みなら、こんな本を選ぶだろうか。貰ったのは、女からか?女なら可能性はあるか、ないか。女と言ったって、どんな女だ。彼とどういう関係の女か。清き関係の友人ならば、こんな本の話題は出てこない。きっと特殊な関係の女だ。でないと、こんな本は選ばない。特殊な関係って、何だ。それ以上の詮索は、危険だ。
そんな思いを巡らせて本を楽しんでいた。そして、ある日、ふと思いついたのだ。見落としていた彼の家族の娘さんの仕事のことだった。娘さんは、大手の芸能プロダクションに勤めていて管理職に登りつつあると聞いている。彼女ならば、芝居や映画や、何か仕事になるものはないかと、常々アンテナを拡げていなければならない、そんな類の仕事についていたのだ。私達のありふれた世界から、すこしでもビヨンドしてないと、仕事としては取り上げられない。彼女にとって、この本はただのありふれた題材に過ぎなかったのか、興味が湧かなかったのだろうか。仕事に採用できるかできないかのチェック後、無用になったものを、尊敬する父親にプレゼントしたのだろう。
これだ。これしかない。
どうですか、小さん。この私の推察は?