2020年6月19日金曜日

新入生に贈る挨拶

新入生の皆さんへ  


   早稲田大学・田中愛治

「早稲田学報」は早稲田大学校友会が、毎奇数月の15日、年6回発行されるコミュニケーション誌である。
その本のなかで、早稲田大学の総長の入学生に対する挨拶があった。
その総長の挨拶で私は、不思議なことに深く感動してしまったことが、この文章を書くことになった理由です。

早稲田大学の総長として、大学の新入生に向かって話したいことを文章にしていた。
早稲田大学が担っている使命とは何でしょうか。
早稲田大学には、三つの重要な使命があります。
第一は、皆さんに質の高い教育を提供することです。
これは、本学の最も基本となる使命です。
第二は、教育を支えるために必要な、高いレベルの研究を維持することです。
それは、今日のような厳しい環境でも、継続すべき使命なのです。
第三は、学生の皆さんが安全に安心して学べる環境を提供することです。

そのため早稲田大学では、教育の柱に、「たくましい知性」を育み、「しなやかな感性」を養う、という二つの指針を据えております。

★「たくましい知性」とは、一言で言えば「正解のない問題に」挑戦していく知性です。
今日、世界でも日本でも、人類が直面している問題の多くには、正解がありません。
たとえば、現在、世界中を混乱に陥れている新型コロナウイルス、あるいは地球温暖化による集中豪雨や洪水、世界中で起こっている民族紛争など、これらをどのように解決すべきか。
多くの問題には、正解がありません。
したがって、今日では、こうした正解のない問題に対しても、自分なりの解決策を考え出す知性が必要になっている。
早稲田大学は、皆さんに、人類の未解決な問題に対しても、自分の頭で考え抜き、自分なりの解決策を打ち出す力を、養ってもらいたいのです。
私は、この力を「たくましい知性」と呼び、それを育む教育と研究を目指しています。

もう一つ大切なことは、「しなやかな感性」を養うことです。
今日では、日本のどんな地域に住んでも、どんな仕事に就いても、グローバル化の波に対応できるような、多様な視点を持つことが不可欠です。
日本で住んでも、海外で住んでも、異なる国籍、民族、言語、宗教、文化、性別、性的指向性、価値観を持つ人々の考え方を理解したうえで、人類社会が直面している問題の解決策を考えなければ、視野が狭くなります。
視野を広げるためには、異なる文化や価値観を持つ人々に接し、「しなやかな感性」を養う必要があります。
多くの留学生が学ぶ早稲田大学は、皆さんに「しなやかな感性」を養う環境を提供しています。
しかし、そのために最も効果的なことは、一度は自分の生まれ育った国の外に住み、異なる言語、文化、価値観を持つ人々と接することです。
種々の留学制度を持ち早稲田大学は、そうした環境を日本で最も整えている大学なのです。

2020年6月12日金曜日

霙(みぞれ)

今回は渡辺淳一氏の̚医科系物語4編を読んだ。
今年2,3月から感染が始まった新型コロナウイルスの、私自身の自粛生活の活かし型だった。
角川文庫の中古本。
安売りチェーン店でこの本を含めて渡辺淳一シリーズ7冊を手当たり次第に買った。

書名には中の1小説の題名である「霙(みぞれ)」とあったので、迷うことなく買った。
この霙をネットで調べた。
ブリタニカ国際大百科事典では、雪と雨が同時に混ざる降水。
氷雨(ひさめ)ともいう。
気温が非常に低いときには起こらず,地上気温が 0~5℃で見られることが多い。冬の初めと終わりに多い。
天気予報では「雨または雪」「雪または雨」と表現することが多い。
これで霙の意味は解ったものの、どんな小説になるのだろうかと興味が沸いた。

渡辺氏は北海道立札幌医科大の整形外科に勤務していた優れた研究家であり、執刀者であった。
札幌医大はのちに心臓移植で有名になり、日本中の目は、この北方の単科医科大にむけられた。
この心臓移植によるのは「ダブル・ハート」で、その一々がよく理解できて十分面白かった。
単純に面白かった,、、、では許されないかもしれない。

彼の作品は、激しく動く女性と男性の生と性、芸術的なもの、文化的なもの、都会と地方的なもの、政権や政治に絡む偉人たち、そんなものをよく読んだ者にとって豊かな気持ちになる。
大学の時に、「光と影」を読み、この作家は今後どのような人になられるだろうかと、夢を注いだ。
直木賞を受賞した「光と影」で、私の脳の一部に、渡辺淳一はこびりついてしまった。
それに「花埋み」だ。

この医科系4編の小説について、解説のなかで文芸評論家の小松伸六(コマツ・シンロク)氏の文章を見つけたので、その文章をそのまま転載させてもらった。
これさえしておけば、後日、何があっても直ぐに思い浮かべることができる。


先ずは★「死化粧」。
「死化粧」は、作者の生命圏に近いところで書かれている出世作である。
一定のモデルがあるのかどうかは知らないが、主人公の「私」は作者と等身大のドッペル・ゲンガー(分身)とみてまちがいない。
前半の残酷とおもわれるほどの脳手術と解剖の記録は、その濃密なリアリティからいっても、最も優れている場面ではないかとおもう。
手術後、母のもとに集まる集団の周辺の人たちもよく書けており、良心的な若い医者の真剣な姿と、それにやりきれなさを感ずるらしい「私」とが対照的にとらえられており、効果的である。
後半の、葬式という死者の土俗的行事ともいえるフォクロア風な行事の記録も、私にはもの珍しい以上の印象をもった。
作者は前半の近代性(脳外科)と後半の伝習性(葬式)とを相照応しながら描いたものと推定するのだが、この作家の描写力は強烈である。
第54回芥川賞候補作。

山岡=「ドッペル・ゲンガー」のことはよく理解できていない。
自分自身の生き写し(分身)。
簡単に説明するともう1人の自分が目の前に現れるという怪奇現象であるとネットで調べたがよく解っていません。
フォクロマ? これこそ理解できない。


★「訪れ」。
「訪れ」は、作者が、この受賞パーテイに出席したとき、函館出身の高名な評論家で、すでにガンに侵されていたK氏に会ったときの一瞬をとらえているが、こんな鮮やかなスナップ・ショットはないとおもわれる。
K氏とは亀井勝一郎だが、青春と人生を語り、愛の無常をとき、死を説いたはずの脱俗的亀井氏だが、いぜんとして生に執着していたことが、作者とのつかの間の会話に鮮明に浮かんでくる。
このK氏の読者であった胃ガン患者の宇井晋作の苦悩や、老妻を殴りつける修羅場もすさまじい。
K氏の死を「乱世を生き抜いた強国の魂」と書いたO氏の追悼文も、この作品を読むと、いかにもむなしい。
このように読んでくると「訪れ」は偶然破壊の一種の風刺作品とみられるところもあるのだが、私などには、むしろ、死と直面したときの人間の悲しみを描いた作品として心にのこるのである。


★「ダブル・ハート」
「ダブル・ハート」は1968年8月8日、北海道立札幌医科大学和田胸部外科で行われた、世界で三十例目の心臓移植手術を頭におかれて読まれるといいとおもう。
渡辺氏は、この作品とは別個のドキュメント「小説心臓移植」(文芸春秋社)を発表しているが「ダブル・ハート」のほうが、小説の完成度からいっても、はるかにすぐれている。
この作品の主任教授津野英介のモデルは、和田教授であることはわかるし、津野教授という人間もよく書けている。
ダブル・ハート法が画期的なアイデアであるかどうかは、素人の私にはわからないが、少壮研究家にとって、「心臓なんてただのポンプにすぎない。ハートは心臓じゃなくて脳なんだ」という加害者がわの論理はそれなりに筋がとおっていて、よくわかるのである。
ここから現在、医学の最大の問題になっている「死の定義」もでてくるのだが、被害者である患者、ないし、心臓提供者がわの心情の論理は、一切黙殺されている。
ここに医学者の思い上がりがあり、人間無視の傲慢さがある。
里子の夫の死亡時刻は、それなまさに「殺された時刻」である。
ここで作者は、医はこれでいいのであろうか?と抗議している。
それが「ダブル・ハート」だ。
つまりこの作品は、事件小説の形をとっているが、生体実験の可否を問う「医師の良心」を潜在的テーマとして、追及している問題作なのである。
移植手術自体は成功(?)したが、移植患者も死んでしまうことを、里子夫人に告げて殿村医師が大学病院を去る気持ちになるという最後は、ちょっと弱いのだが、短編である以上、これは仕方のないものとおもう。
外科教室の動きが、生彩ある筆に描いてあり、いわゆる「白い巨塔」のインサイド・ストオリーとしてもおもしろい。
しかし四作のなかで「ダブル・ハート」は求心的でなく外延的な方向をもつ作品として、異質のものをもっているように、私にはおもわれた。


★「霙(みぞれ)」
「霙(みぞれ)」は、文句のない秀作だ。
主人公の医師柏木圭介を通して、脳性麻痺などの重症児を収容している「あすなろ学園」の生態を活写しているわけだが、ある病室で「すべての子が大小便のたれ流しだから一時間ごとに下を調べる必要があり、大便までできるのは8名しかいない」という客観的現実の提出だけでも私は暗い気持ちにおそわれる。

足で折り紙を折っている津田とみ子が、鶴とはいえず、「----つうーーー」としかいえない、そうした生々しい描写が全体にあふれ、身体障害者を描いた作品をずいぶん読んでいる私だが、これほどリアリテイをもって迫ってくる作品はなかった。
このとみ子をひきとった母親が、一緒に鉄道にとびこみ自殺をしてしまうのも哀れだ。
また親たちが重症児を、自ら生んだことを忘れ、社会や政府の責任にしてしまう被害者(?)の思い上がりも作者は鋭くついている。
この作品には、虚妄のフイックションは一切ない。
あるのは作者の生身の悲しみと、生身のいきどおりだ。
この作品は、文学外の読者にも、ひとりでも多く読まれることを希望する。


2020年5月23日土曜日

不思議な情動らしきもの

3日前の夕刻、我が家より200メートル傍に住む私の孫「名は楓(かえで)・中2」がやって来て、ジイージイ、ピアノを少し使わせてよと言って、玄関に入るやいなや鍵盤に指をあてた。
ブラームスの「ラプソディー」、ショパンの「子犬のワルツ」、それに名前のよくわからない曲を、何かに取り付かれたような勢いで、又彼女の表情には真剣さが押し詰まっているように感じた。
情と動が脳波になって、情は鋭敏に、動は繊細に脳を駆け巡った。
そして間抜けな脳髄を、情緒なのか?快、不快の念なのか交叉しながら走り抜けた。
音楽知らずの私の脳はこんがらがっていた。

二階から下りてきたもう一人の孫「名は紡(つむぎ)・幼」が、ピアノを弾く楓の周りを、時には嵐に狂ったように強く激しく全身をくねらせ、時には草原を彷徨う微風のように静かに、前後左右上下にリズムをつけて体をひねった。
微風に身を任せて舞う蝶々のようでもトンボのようでもあった。
時には鬼気迫るコーモリのようでもあった。
そんな不思議な時と風の流れが、楓の指が動く限り、いつまでもいつまでも続いていた。
これじゃ紡の体がくたばってしまうのではないかと心配した。

私はその光景を眺めながら、ひょっとしてこの光景は「不思議な情動らしきもの」というのではないかと感じていた。
情とは、感情が刺激されて生ずる想念。
抑えがたい愛情?の感情だと言われる。
例えば「情の炎を燃やす」ように剛然と使われることもある。

暫くして、楓がバタンと指を止め、有難うございましたと言って帰っていった。
この言葉の中には、よーく皆さん聞いていただいた、そんなニュアンスが込められていたように感じられた。
紡の家族はいままでの激しい攻防のような光景を忘れたかのように、家族お揃いで二階に上っていった。

私は今までの30分ばかりは何だったのだろう?と思いながら、焼酎を飲んだ。
こんな不思議なことこそ、幸せと言うものなのだろうか。
こういうことが、私にとってシ・ア・ワ・セ・というものなのだろう、嬉しく思った。
静かな幸福感に包まれながら、もう1杯~もう1杯と言いながらコップ酒を続けた。
翌日、南道路の向かいの人から、昨夜はピアノの好演奏を聞かせてもらって良い気分を味わせてもらった、有難うと楓ちゃんに言っておいて、その表情は豊だった。

2020年5月6日水曜日

総持寺のことこの人に聞け



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ライター:河野 哲弥

總持寺のことなら、この人に聞け!



鶴見区鶴見にある總持寺(そうじじ)は、全国に約1万5000寺の関連寺院を持つ、曹洞宗(そうとうしゅう)の大本山である。
しかし、現在の地に移転してきたのは、1911(明治44)年のこと。
それまでは、石川県の能登地方にあった。

さて、移転の経緯について同寺へ取材を申し込んだところ、宗門代表の管長は一定の期間で交代するため、当時の様子を直接知っているわけではないという。
「鶴見区文化協会に詳しい方がいるので、そちらに聞いてみては」とのこと。
 

ということで、同協会の齋藤美枝(さいとうみえ)さんと總持寺で待ち合わせ
 
この齋藤さん。受付に挨拶すると、まるで我が家のように總持寺について詳しく説明してくれた。
それもそのはず。

齋藤さんは、移転100年を記念して出版した『鶴見 總持寺物語』の著者であり、總持寺研究の第一人者といっても過言ではない方なのだ。
普段は、同寺のボランティアガイドなども務めているという。
 

頂いた著書や資料など
 
齋藤さんは、今までの研究を振り返って、「ここは修行の場なので、誰も總持寺が鶴見に移転してきた経緯などについては詳しくないようです。

だから、全国の関係寺院に直接伺ったり、資料を細かく付き合わせたりしながら、長い時間をかけて一つ一つ明らかにしていきました」と話す。

顔パスなのもうなずける。

もう、齋藤さんに全てお任せしちゃうことにしよう。
まずは、非公開部も含めて、總持寺とはどんなお寺なのかを、説明していただくことになった。

「単位」の語源ともいわれる、僧侶の修行の場



そもそも曹洞宗とは、1226(嘉禄2)年に帰国した道元(どうげん)禅師の「教え」を後に体系化したもので、いつごろ始まったものなのかは定かではない。
ただし道元は1244(寛元2)年、現在の福井県吉田郡に、修行道場ともいえる永平寺を建てたと伝えられている。

一方、道元禅師から数えて4代目にあたる瑩山(けいざん)禅師は1321(元亨元)年、石川県にあった諸嶽寺(しょがくじ)を諸嶽山總持寺と改め、曹洞宗の礎を築いた。
そのため、この二寺がともに、曹洞宗の大本山となっているようだ。
 

曹洞宗では、この二者を「両祖」としている(總持寺のサイトより)
 
時は下って、1898(明治31)年。

後者の總持寺は大火災に遭い、投稿にあったように、鶴見へ移転することになった。
その理由と移転前の様子が今回の主眼なのだが、今は、ずんずん進んでいく齋藤さんの後を追うことにしよう。
 

まずは「大僧堂」へ

さて、禅宗の特徴は、「坐禅」に代表されるような僧の厳しい修行にある。
ここ「大僧堂」は、まさにその道場となっている。
隣接する衆寮(しゅりょう)では坐禅体験も行えるそうである。
 

畳約一畳のスペースが各僧に与えられる
 

寝起きや食事もここで行う
 
齋藤さんによれば、このスペースは「単(たん)」と呼ばれ、学校などで用いられる「単位」の語源となっているとの説も。

この木の部分は、各僧が食器や枕などを置く神聖な場所であり、絶対に触ってはいけないとのこと。ちなみに、各僧が「単」に上がるときは、ここを飛び越えるそうだ。


 

 

移転の歴史を説明するパネル展示は、非公開部分に


 
次は、本堂(佛殿)の隣に位置する「大祖堂(だいそどう)」へ。
1965(昭和40)年という比較的最近の完成となるが、比喩ではなく実際に「千畳敷」を誇る、巨大な建築物である。
この地下に、今回の投稿に対する答えが隠されていた。
 

佛殿の真下を通る地下廊下を抜け、図の右上へ移動
 

年表と写真を使ったパネル展示が出現した
 
これによると、移転前のこの場所には、同じ曹洞宗の「成願寺(じょうがんじ)」が建てられていた模様。

ちなみに同寺は、現在の場所、總持寺の東端に移設された。
 

移転前の現在地の様子
 

齋藤さんの『鶴見 總持寺物語』からも一部拝借
 
齋藤さんによれば、能登の總持寺が火災に遭ったのを機に、関連寺院から「交通の便が良い関東に移転しては」という要望が上がったそうだ。

こうした声を受け、千葉や八王子などの候補地の中から、高台にあって四方を望める「鶴見ヶ丘」に白羽の矢が立ったという。

その理由としては、当時は陸路だけでなく、海路も重要な交通手段であったから。

横浜港に近い鶴見は、その後に行われた移転工事に際し、資材を運ぶのに便利だったのである。
関係者や参拝者の利便は、言うまでもない。

一方、当の「成願寺」は、このプランに賛成したのだろうか。

ここは、齋藤さんの著書を引用することにしよう。
いわく、「来たよ!(總持寺)」「わかっている。よろしい(成願寺)」の二つ返事だったそうだ。
 

『鶴見 總持寺物語』より、原典は『鶴見ヶ丘』という歴史書
 

移転に尽力した石川禅師の肖像画が飾られる、「紫雲臺(しうんたい)」の様子
 
またその背景には、当時の京浜電鉄(現京浜急行)社長、雨宮敬次郎氏の進言もあったようである。

本格的な門前町ができることによる経済効果を考えてのことだったのだろう。
ちなみに、かつて存在していたこれらの町並みは、電鉄各社の線路拡張工事によって、その姿を消すことになった。このため現在では、付近に土産物店などがない、全国でも珍しい景色が広がっている。
 

鶴見駅と国道駅の間には、「本山駅」もあった
 
それにしても、なぜこのような貴重な資料が、非公開の場所に飾られているのだろう。
齋藤さんよると、2013(平成25)年の「つるみ夢ひろばin總持寺」では、公開したとのこと。

これだけのパネルを飾ることができる場所が見つからず、今に至るらしい。

「多くの方にご覧いただきたいたいので、何とかしたいとは思うけど」と、各方面の調整やスペース確保の難しさに、頭を悩ませているそうだ。

開かれた總持寺を目指して



こうした中、總持寺や齋藤さんら鶴見区文化協会が取り組んでいる、新たな試みもある。
總持寺が行う「諸堂拝観」は、各日10時、11時、午後1時、午後3時の4回、1時間程度の内覧を行うもので、特別な行事がある場合は拝観中止となる。
なお、「大祖堂」の展示パネルも内覧コースには含まれている。

また、毎年11月3日(祝)文化の日、總持寺の境内を舞台として催されるイベントが、「つるみ夢ひろばin總持寺」。
ステージパーフォーマンスや特別展示、東日本大震災被災復興支援や輪島市を含む各種物産展などが登場。
こちらも見逃せない。
 

2013年の同イベントチラシ
 

5万人余の人出でにぎわった「つるみ夢ひろばin總持寺」(2013年)
 
「總持寺」というと、開かずの踏切や盆踊りのイメージが強く、そのほかのことについてあまり知らないという人も多いのではないだろうか。

上述の試みは、曹洞宗が選んで移転してきた鶴見の街と、その歴史に触れるまたとない機会でもある。ぜひ、参加してみてはいかがだろうか。


―終わり―

2020年5月4日月曜日

串焼/祭りばやし

3月の上旬。
早稲田大学ア式蹴球部の後輩たちとの飲み会を、栃木県小山(おやま)駅東口より3分ばかりの所にある後輩の立派な居酒屋で行った。
その店の名前が、「串焼/祭りばやし」だ。
3月の終わりには、東京と神奈川、千葉、埼玉、山梨の1都4県が、不要不急の外出自粛するようにとの共同メッセージが発表された。

新型コロナウイルスの感染者が拡大している地域に緊急事態宣言が発令されれば、現在行われている知事による市民の外出自粛要請に「法的根拠」が与えられることになる。
そんな折、3月の上旬に栃木に行ったとあっては、批判が出てきそうなので、心を鬼にして行った日付を本日まで明記しなかった。
横浜駅から乗客が少なく且(かつ)トイレに近い車両に、マスクをつけて窓際の席に座った。
前の席には後輩の小さん。
大学時代に日本代表のメンバーに選ばれ、卒業後日立製作所に入社。
5,6年日立に在籍、その後は神奈川県の公立高校の教諭を2,3年前まで勤めていた。
先生として逗葉高校を全日本高校サッカー大会の神奈川県代表として出場した、この会では立派な成績をおさめたことに私は現(うつつ)を抜かし、夢を見ているような気分で応援した。
そのチームのメンバーの一人が私の息子の勤めている会社に特別の推薦で入社した。
これも、縁のあることだと嬉しかった。
取り合えず乗客と接しないこと、それ以外はひたすら窓外の風景を眺めていた。

この自粛のメッセージが出るまでは、東京都の小池知事などは3密主義を唱えていた。
その3密主義とは、人々が密閉、密集、密接することを避けようということだ。
この3つの条件がそろう場所では、クラスター(集団)発生のリスクが高くなって、感染を少なくするために今こそ厳守したいとのことだ。

横浜駅13:52発。
小山駅には15:41着。
JR湘南新宿ラインなら乗り換えなしだ。
横浜駅で、幹事の小さんと合流。

テレビや新聞では首都圏で増大する新型コロナウイルスについて、恐れ多き事態を避けるための方策、それに対する住民の理解を得るための工夫に躍起だ。
そんな矢先に、栃木の小山駅に宮城県のサさん、湘南地区から私と小と田さん、地元出身の松っちゃんが集まろうというのは、余りにも意識や常識不足なのだろうか。

総勢6名、私と田さんが一番の老齢になろうか。
このグループは毎年場所を変えて他チームと親愛溢れるサッカーゲームをして、その後は風呂に入って、飲めや歌えの宴会を只の1万円ばかりで豪華に行うのを恒例にしている。
今回はそのグループのうち3分の1が集合したことになる。
試合に関しては30年ほど前には参加したことはあったが、その後酷い腰痛に悩まされ試合には遠ざかり宴会だけの参加、皆の豪放磊落な宴それだけを楽しむだけだった。
そして、前回の開催については、ゲーム・宴会には会社の都合があって欠席してしまった。
ところが、1か月ほど前に小さんから突然、この度の催しの案内が来て、私は何の躊躇(ためら)いもなく参加することの返事をした。
だって、懐かしい面々と会って懐かしい昔話や今の様子を話し合える。
有難いことに、首都圏からちょっとばかり遠のいた栃木の小山駅だ。
文句なんてありっこないだろう。
これが東京のド真ん中ならば、この馬鹿げた私だって出向くことはなかった。

下の写真その他は、後輩のお店のホームページから抜き書きさせてもらった。
このブログを読んだ人で、この地を訪ねるような機会があったならば、どうかこの店を利用してください。
店長さんなのか社長さんなのかよく聞かなかったけれど、店員の誰にでもいいから、私の名前・横浜のヤマオカの知り合いだと言ってくださいな。
必ず、何かの勉強をしてくれる筈だ。
地酒と焼酎と焼き鳥が自慢のお店。ランチ限定の黒カレーは是非一度お試しあれ!

この「祭りばやし」の社長さんは私より2年後輩、猛烈に優秀な選手だった。
私には他人の技術や体幹について、何も話せるほどの能力はないが、私には素っ飛び級の人物だと思っている。
前に進むのも後ろに戻るのも、ジャンプしながら次のプレーに移るのも、恐ろしく俊敏だった。
早稲田大学を卒業して日本サッカーリーグでは日立製作所でも、並外れた貢献をしてみせた。
この男の根織り羽織りの詳細については、話す機会が必ずあるから、そのときまでお待ち下され。
そんな男が身を張って生きている店に行くなんて、願ったり叶ったり。

何故、私は私よりも5年以上も後輩と仲良くしているのか?
それには、それなりの理由がある。
私は、基礎技術も体幹も皆と比べて著しく乏しいのに、関東の大学でも指折りの大学にどうして入部し、懲りなく練習に励んだのか?
父母に大学での4年間の生活費から授業料まで相談したことがなかった、と同時にお世話になろうとは思わなかった。
人並み以上に貧しかった訳ではないのに、何故そうなったのか。
結論的にはいつの日から、自らの生活や学業だって、自らの力で押し切るものだと思い込んでしまったのだ。
だから、2年間の浪人生活で得たものは、学業に必要な知識ではなく、大学での4年間の生活費と学校に納めなくてはならない授業料だった。
稼いだお金は、280万円だったのか380万円だったのか、記憶にはない。
そのお金を農協貯金にして、通帳を母に印鑑と合わせて渡した。
毎月、郵便局に行って現金書留にして送ってもらった。
その郵便局で母のお手伝いをしてくれたのは小中同級生の福さんだった。
秘密事項に係るものなので、彼女に同窓会でお会いしても、にっこり笑ったまま、私はにっこりお礼をしている。
そんな男にとって、技術力にしても日本のサッカー界のザ・ファーストを目指している大学での4年間は凄まじく厳しいものであった。

そんなヤマオカの体幹はどうしょうもなく貧困だったけれど、脳幹の一部についてはどうしても満たされない部分、未分化的なものが冷めやらなかった。
体育局スポーツ部の所属選手としては、珍しく欠陥人間だった。
4年間の部生活で得たものは、サッカーに対する技術でも体力でもなく、満たされない不満足な只の男だった。
能力の余りにも足りない選手だった、これが一番解り易い言い方だろう。

そんな人間として不思議な程情けない男に、爽やかに注入してくれたのは彼らの端(は)ぐれのない人間愛に満ちた友情だったのかもしれない。
私にはビタミンのような、効き目が好く味わい深い薬のようだった。
足りない所に注入されたものが、文明的と呼ぶ人が居るかもしれないが、私には文化的なものと理解した。
味な物、それをフィロソフィーと言えば難しく思われるが、哲学と言えば多少解るような気がする、文化的な想いと言う奴が居るかも知れない。
私にはその分解はよくできないが、心が休まったことは確かだ。
頭脳の7分目が欠けていたと言えば、もっとハッキリする。
頭脳の7分目が欠けた人間が、この欠落人間のままでは生きていくのだけでも辛く思うことがあった。
そして、卒業して3,4年して後輩たちの対外試合を観に行って、不思議な錯覚をフラフラに感じた。
これで、助かったのだ。
彼らがあれ程苦しい試合をやった筈なのに、負けても勝っても、チームとしての並外れた爽快感は、私が今まで味わったことのない「初」モノ快感だった。

それからの私の心眼(しんがん)は、彼らの生身の心身にどっぷり嵌(は)まってしまったということ。
それからの、掛け替えのないお付き合いになってしまった。


パーティ・宴会シーン
お店の詳細情報

このお店をおススメする、3つのポイント

祭りばやし 小山店のおすすめポイント1

ランチ限定!黒カレー

じっくり炒めじっくり煮込んだ手間暇かけた黒カレーまた食べたくなる深い味。他に日替ランチや昼呑みも歓迎
祭りばやし 小山店のおすすめポイント2

カウンターで気軽に飲める

各地のこだわりの焼酎と日本酒の品ぞろえが豊富。地元「小山」の地酒も楽しめる。楽しい会話にうまい酒!
祭りばやし 小山店のおすすめポイント3

駅近だからふらっと寄れる

徒歩3分と駅から近く、飲みたくなったら会社帰り等でもふらっと寄れる。仲間とでも一人でも気軽に行ける。

店長のおすすめ料理

焼き鳥Aセット♪

祭りばやしといえば焼き鳥! 甘み・コク・歯ごたえが特徴の地鶏串、ネギ間、砂肝、つくね、皮、季節の野菜など(7本)。その他Bセット(15本)2000円、Cセット(20本)2500円
950円
祭りばやし 小山店のおすすめ料理1
祭りばやし 小山店のおすすめ料理2

天然霜降り馬刺し

常連さんにも大人気の天然霜降馬刺し!馬レバー刺しも絶品(1,300円)
950円
祭りばやし 小山店のおすすめ料理3

まぐろの山かけ

新鮮なまぐろにとろとろの山芋をかけた定番商品!
540円

アラカルト料理

料理メニュー写真 【人気商品】さつま揚げ(鹿児島産)/厚揚げおろしのせ

【人気商品】さつま揚げ(鹿児島産)/厚揚げおろしのせ

ナンピザは630円になります。
490円/480円
料理メニュー写真 【刺身】 マグロの山かけ/しらすおろし

【刺身】 マグロの山かけ/しらすおろし

人気のマグロの山かけ!
540円/380円
料理メニュー写真 【揚げ物】 海老マヨネーズ

【揚げ物】 海老マヨネーズ

女性に人気の海老マヨネーズ
650円
料理メニュー写真 【野菜】ネギ串/椎茸串/椎茸チーズ串 各1本ずつ

【野菜】ネギ串/椎茸串/椎茸チーズ串 各1本ずつ

銀杏串 3本 【380円】
210円/260円/320円
料理メニュー写真 【盛り合わせ】 Aセット(7本)

【盛り合わせ】 Aセット(7本)

【Bセット(15本)2000円】 また 【Cセット(20本)2500円】
950円
2019/05/09 更新
※更新日が2019/09/30以前の情報は、当時の価格及び税率に基づく情報となります。

お店のこだわり 料理について、お店のこだわりをご紹介します

大人気☆黒カレーランチ

大人気☆黒カレーランチ

じっくり炒めてじっくり煮込んだ手間暇かけた黒カレーは、チキンとポーク、そしてトッピングもあるのでお好みのカレーにカスタマイズ可能!ランチはこの一品のみ。また食べたくなる深い味でリピーター続出!
自慢の焼き鳥

自慢の焼き鳥

祭りばやしなら焼き鳥、創業20年の居酒屋です。店長こだわりは、厳選した食材と秘伝のたれで評価を得ております。新鮮なセットをご注文下さい。(鶏肉から豚肉までバリエーションを楽しめます)♪
4種類のコースがあります
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こだわりの空間づくり

  • 座敷 
  • 掘りごたつ 
  • 雰囲気自慢
落ち着いた空間。少数で鍋を囲むもよし、みんなでにぎやかに宴会もよし。人数により襖やスクリーンで仕切りも可。
祭りばやし 小山店の雰囲気1
祭りばやし 小山店の雰囲気2
  • 個室
少人数でゆっくり飲みたいときはこちら。6席と10席の個室がある。お酒もお料理もゆっくり楽しめる雰囲気。
祭りばやし 小山店の雰囲気3
  • 雰囲気自慢
フレンドリーなカウンター。気さくで明るい評判の店長さんが迎えてくれる。一人でも気軽に飲める。

お席

お一人様でも安心のカウンター席です。

カウンター

1名様
お一人様でも安心のカウンター席です。
6名様掛けの個室がございます。このほか、10名様掛けの個室もございますのでお気軽にお問い合わせください。

個室

6名様
6名様掛けの個室がございます。このほか、10名様掛けの個室もございますのでお気軽にお問い合わせください。
お座敷席は仕切りを外して人数に応じてお席をご用意いたします。

座敷

6名様
お座敷席は仕切りを外して人数に応じてお席をご用意いたします。

設備

いらっしゃいませ!「串処 祭りばやし 小山店」です!
いらっしゃいませ!「串処 祭りばやし 小山店」です!
どうぞ、お好きな席でゆっくりしていってくださいね!
どうぞ、お好きな席でゆっくりしていってくださいね!
お昼にご来店頂くと、大人気の黒カレーがお楽しみ頂けます。
お昼にご来店頂くと、大人気の黒カレーがお楽しみ頂けます。
夜は居酒屋となり、美味しい焼き鳥がお召し上がりいただけますよ♪
夜は居酒屋となり、美味しい焼き鳥がお召し上がりいただけますよ♪
お食事に合うお酒も豊富にご用意してます!
お食事に合うお酒も豊富にご用意してます!

お店のこだわり 雰囲気・内装について、お店のこだわりをご紹介します

個室あり

個室あり

少人数でゆっくりお酒を楽しみたい時は個室のお席もどうぞ。6名様・10名様の個室がございます。人気のお席なので、ご希望の場合はお問い合わせください。
落ち着いた雰囲気

落ち着いた雰囲気

お座敷のお席もあるので、大人数の宴会にも対応可能!人数に応じて仕切りで区切る事ができるので周りを気にせずお食事が楽しめます。
4種類のコースがあります
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心をこめたおもてなし

ネット予約もどうぞ

ネット予約で事前にお問合せいただくことができます。ホームページ上でゆっくりとメニューを見ながら予算やシーンに合わせて予約できるので、当日スムーズに食事をすることが可能です。またリクエスト予約や要望が相談できるのもネット予約の嬉しいサービスです。
ネット予約もどうぞ
お得なクーポン配信中!

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お得なクーポンを配信しております♪10名様以上の宴会コースご予約でサービスが受けられるクーポンがございますので、ご予約の際にクーポン利用の旨をお伝えください。このチャンスお見逃しなく…!