2007年3月8日木曜日

春日狂想

2007年3月7日

梅が咲いて、桃が咲いて、桜の花が咲き出した。毎年今頃、河津(かわず)桜が咲きほこる頃、東戸塚駅(横須賀線)の跨線橋脇にある桜の花が咲く。今年もこの界隈では一番に咲いた。電車が通るその熱気が影響しているのかな、とも思ったのですが、そうでもなさそうだ。桜の樹種が違うのですよ、とは物知りなA君の説。以前に会社は、東戸塚にあったものですから、私はその開花を、ひとつ、ふたつと見とどけるのが、毎年のささやかな喜びでした。

花屋さんの店先にも、色とりどりの花がふえてきた。でも昨今は、温室栽培が多いので、店先の花が全て純正”春の花”ちゅうわけではない。緯度の違う外国からの輸入品もあるだろうから、注意,注意です。

隣家の生け垣の沈丁花(ジンチョウゲ)が咲いて、いい香りを漂わせている。コブシの花が咲いた。ボケの花も咲いた。木蓮の花の蕾は大きくなってきた。

そんな、春を感じさせてくれる草花が、一気に花開く準備体勢に入って、出番を前に息を潜めているようだ。

毎朝の五時からの犬の散歩は、ますます楽しくなってきた。

がらりと場所を変えます。

先週の金、土、日に沖縄出張に行った弊社取締役の小見さんが言うには、沖縄の気温は27度だった、そうだ。われわれの感覚では、沖縄はもうすっかり夏のようです。

そんな、とっても幸せな初春の気分を味わっていた。

詩人は、この気分をどのように表現するのやら、と思った。本棚から詩集をさがしたら、有り余る才能がありながら、若くして逝った中原中也の詩を見つけた。

あの、「汚れちまった 悲しみに・・・・・」の、人間詩人・中也さまでした。

ここで、中原中也について、 吉田蜃梵カの「人間詩人・中也」より。

「人間詩人」というイメージは中原の理想でもあった。それは一言で言えば、絶対者の恩寵による至福状態にある詩人である。中原は、この理想を歌い、説くことに強い使命感と確信を抱いていた。同時に、自分がそのような詩人にならなければならなかった運命について、鋭敏な自覚を持っていた。至福を願った中原は、それだけ現実に閉じ込められ、人間であることに傷ついていたのである。

 春日狂想           中原中也



愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。 

愛するものが死んだ時には、それより他に、方法がない。 けれどもそれでも、業(?)が深くて、なほもながらふことともなつたら、  奉仕の気持ちに、なることなんです。   奉仕の気持ちに、なることなんです。   愛するものは、死んだのですから、  たしかにそれは、死んだのですから、  もはやどうにも、ならぬのですから、   そのもののために、そのもののために、 

 奉仕の気持ちに、ならなけあならない。 奉仕の気持ちにならなけあならない。



奉仕の気持ちになりはなつたが、さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前より、本なら熟読。そこで以前より、人には丁寧 。

 テムポ正しき散歩をなして  麦稈真田を敬虔に編みー          

 まるでこれでは、玩具の兵隊、  まるでこれでは、毎日、日曜。  

神社の日向を、ゆるゆる歩み、  知人に遇えば、にっこり致し、

  飴売爺と、仲良しになり、鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、 

 まぶしくなったら、日陰に這入り、  そこで地面や草木を見直す。

  苔はまことに、ひんやりいたし、  いはうやうなき、今日の麗日。 

 参詣人等もぞろぞろ歩き、   わたしは、なんにも腹が立たない。 

 『まことに人生、一瞬の夢  ゴム風船の、美しさかな。』  

 空に昇って、光って、消えてー  やあ、今日は、ご機嫌いかが。 

 久しぶりだね、その後どうです。  そこらの何処かで、お茶でも飲みましょ 

 勇んで茶店に這入りはすれど、  ところで話は、とかくないもの。

  煙草なんぞを、くさくさ吹かし、  名状しがたい覚悟をなして、-  

戸外はまことに賑やかなことー ではまたそのうち、奥さんによろしく、

  外国に行ったら、たよりをください。  あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

  馬車も通れば、電車も通る。  まことに人生、花嫁御寮。  

まぶしく、美しく、はた俯いて、話をさせたら、でもうんざりか?  

それでも心をポーツとさせる。 まことに、人生、花嫁御寮。

 3

 ではみなさん、

喜び過ぎず悲しみ過ぎず、

テムポ正しく、握手しませう。

つまり、我等に欠けてるものは、実直なんぞと、心得まして。 

 ハイ、ではみなさん、ハイご一緒にー  テムポ正しく、握手をしませう。