2013年12月22日日曜日

望郷編その1、お月さま

20131212の深夜、横浜から観光バス会社=オー・ティー・ビーが主催する深夜バスで京都に、それから、寝屋川に住む大学時代の友人の銀さん宅で、奥さん手作りの温かい味噌汁をいただいて、待望の故郷、京都府綴喜郡宇治田原町に帰った。銀さんが車で送ってくれた。お世話になった人が亡くなってから、唯、仕事が忙しいと言うだけの理由で、長く墓参りをしていないことに気づいたのだ。父母、祖母、伯母と伯母の母? 伯父、妻の父。

中学校を卒業して一度も出席したことのない同窓会にも出席した。スケジュールを思いっきり調整した。

途中の浜名湖のサービスエリアで、トイレを済ませて眺めた湖上の月は優しかった。これって、誰かの顔に似ているなあとじっと眺めていたら、アンパンマンが浮かんだ。昨夕、横浜で眺めた月の光は穏やかだった。

そして翌日の13日、高校時代のサッカー部の後輩の家を出て、同窓会に向かう夜道で見た月は赤い月だった。同窓会の散会後、3人だけの2次会をやろうと、少し離れたスナックに連れてゆかれる車の窓から眺めた月は、冷たい夜を昼間のように明るく照らしていた。

高校生の頃、夜道を歩くときは何故か守屋浩の「僕は泣いちっち」をよく歌った。恋人を追いかけて行くわけではないが、きっと、東京にいるだろう、未だ見ぬ恋人との邂逅を夢見ていたのだ。その道を車で走りながら、昔のように私は口ずさんでいた。

僕の恋人 東京へ 行っちっち
僕の気持を 知りながら
なんで なんで なんで
どうして どうして どうして
東京がそんなに いいんだろう
僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち
淋しい夜は いやだよ
僕も行こう あの娘の住んでる 東京へ

 

そこにきてこの記事だ。無粋な私のこの一両日の月のことを想った。

 

20131217

朝日・天声人語

忙しく年が暮れる師走の夜空を眺めて、「徒然草」の兼好法師が書いている。〈すさまじきものにして見る人もなき月の寒けく澄める、二十日余りの空こそ、心ぼそきものなれ〉。現代語なら、荒涼とした月が寒々と澄んだ光を放つ二十日過ぎの空はもの寂しい、といったほどだ。

おぼろに潤む春の月。涼しく光る夏の月。さやかな秋の月。それらとは違って冬の月には凄(すご)みがある。今夜は晴れ間があれば、北風に磨かれたような満月が、きりりと空に浮かぶはずだ。

約400年前、自作した望遠鏡でガリレオが初めて観察した天体が、やはり冬の月だった。完全無欠で鏡のような球体と信じられていた表面に、幾多のクレーターを見つけた驚きを自著に記している。

そのガリレオも眺めたことがあったろうか、今では「虹の入江」と名のつく平原に、中国の無人探査機が着陸に成功した。米国と旧ソ連に続く3カ国目になる。ゆくゆくは人を送り込む計画というから、技術力は侮れない。

未来の資源への期待ゆえか、昨今、改めて月に目が注がれているという。科学の進歩とともに神話や俗説は葬られてきた。月の都はなく、地球から見えない裏側に結集して侵略をもくろむ異星人もいなかった。といって、地球人同士の縄張り争いになるようでは困る。

月夜のロマンからはほど遠く、「権益確保」なる言葉が登場する昨日の本紙記事だった。知ってか知らずか、手つかずのあばた面(づら)は天空で「寒けく澄める」光を静かに放っている。