今は秋を想う。昨夜、うたた寝(ね)の果てには郷里の池だった。
ネットで得た写真を使わせてもらった。
昨年の事故の高次脳機能障害か? 秋を彷彿することは少なくなってしまった。先天的に貧しい頭脳のせいか!!、、、、矢張り、秋に思いつくのは、生まれ故郷での聖なる?「池」だった。それまでは、東京の学校に通うまで過ごした京都府綴喜郡宇治田原町での生活のささやかなことが、私の心と体を支えてくれた。
生家は2代続きの茶と米を作る専業農家だった。昨夜、頭に浮んだのは、風に靡く豊富な稲穂と赤蜻蛉(とんぼ)、広大な丘陵を空のように海のように茶芽をとぞろかせる畑、その中を、思いっきり走りまくった。働き者の父は祖父から得た農地を借金をして、2倍近くに膨らませた。
これから筆記するのは、そんなことではない。繰り返す。私の頭脳は誰よりも誰よりも悲器だ。その結果、1回の入試で受からず2回でも駄目で、それでも、3回目で高田馬場に通うことができるようになった。
田舎では、用水池の3年から4年に一度の競(せ)りがあった。その競りの目的は、雑魚を採りつくろうこと、それに合わせて清掃をやってもらうためのものだった。初秋の寒さを感じながら、2000坪ほどの池の水を全部放水して、中の魚を採るのが楽しみだった。この競りの入金額が、池や用水路の整備金やその他に遣う重要な資金源でもあったようだ。
この入札者に私の兄が勤めていた会社も参加して、見事に落札。能天気な私も参加させてもらって、楽しんだ。どこまでももぐって進むので、膝から腰まで、挙句の果てには胸くらまで、泥に身を弄びながら魚を追った。目の前を魚が足掻いた。鮒、鯉、鰻、ウグイ、ゴリ、泥鰌、魚の種類は多彩だ。その魚を我が家にも一部を置いてくれた。こんなことが、私には嬉しいことだった。
ちょっと違った吟秋の楽しみを、書いてみたかった。