関西テレビ制作の「発掘!あるある大事典」が、データーの捏造が発覚して放送が打ち切られた。ことの発端は、「納豆でダイエット」。過去にも、06年には「味噌汁で減量」、98年には「レタスで快眠」が取材事実を捏造していた可能性が濃厚との報道あり。研究者の言葉を捻じ曲げたり、実験結果を偽って、あらかじめ想定する結論に結び付ける手法は、みな同じ。
今回の『納豆でダイエット』では、納豆を買い求める人が急増、品薄で、店先から納豆が消えた。
そんな、バカなことが、と嘆いていた。制作するやつもバカなら、それを本気で電波にのせてしまう放送局も大バカだ。
放送された内容を、自分でも吟味しないで、言われたまま、放送されたまま、店に納豆を買いに行く。確かに納豆は体にいいから、いいけど。それにしてもだ、危険だ。
昔、テレビの前に群がる大衆を「一億 総白痴化」と言った評論家がいたが、巧いこと言ったものだ。新聞や本を読む場合は、目で文字の意味を考える。人によって、脳の思考回路を、ぐるぐる回るかひゅうっと素通りするかの違いはあるが、とにかく考える。時間がかかる、その分だけは考える羽目になる。テレビは、情報が直接、脳幹(脳味噌)のどこかへ飛び込んで、思考するイトマがない。視覚したものが、そのまま答(結論)になるのだ。
そんな、バカな、と嘆いていた。
今朝
4月で3歳になる愛孫のハルが、今、自分が食べているお茶づけを「これ、お相撲さんが、食べるんだよね」と言うではないか。
なんのこっちゃ、と娘に聞いたら、テレビのコマーシャルだそうだ。お相撲さんがお茶漬をおいしそうに食べているシーンがあって、茶漬けの商品名が連呼される。
孫も、危険に巻き込まれそう。
2007年2月2日金曜日
アーバンビルドの5ヵ年計画
こんなことまで、弊社は公開しちゃっていいのかな?と心配しながらも、敢えて公開することにした。
今後5ヵ年の事業計画の簡素化したものです。弊社のことを、何かと気にかけてくれる関係者の方々が、私の想定以上にいてくださる。
弊社の事業展開に対するアドバイス、事業内容のチェック、過去のこと、将来のこと、何でもいいですから、弊社に物申して、いただければこの上ない幸甚の至りでございます。
ちなみに、今期は28期です(平成18年9月1日~19.8.31)
計画策定の背景① 業容拡大に伴う組織の改編、内部統制の強化
② スタッフの増強と教育、スキルアップを図る
③ 各事業部の権限、責任の明確化
④ 外部専門家の導入
⑤ 社内情報の共有化システム
⑥ 業務内容の発信手法の拡大
課題
財務力強化、財務戦略の確立
管理業務の整備
関連会社の整備
上場に向けた社内整備
仕入れ情報ネットワーク 個人の営業力から組織力強化
商品化システム 安定生産性強化
今後5ヵ年の事業計画の簡素化したものです。弊社のことを、何かと気にかけてくれる関係者の方々が、私の想定以上にいてくださる。
弊社の事業展開に対するアドバイス、事業内容のチェック、過去のこと、将来のこと、何でもいいですから、弊社に物申して、いただければこの上ない幸甚の至りでございます。
ちなみに、今期は28期です(平成18年9月1日~19.8.31)
計画策定の背景① 業容拡大に伴う組織の改編、内部統制の強化
② スタッフの増強と教育、スキルアップを図る
③ 各事業部の権限、責任の明確化
④ 外部専門家の導入
⑤ 社内情報の共有化システム
⑥ 業務内容の発信手法の拡大
| アーバンビルド 5カ年計画 |
| 単位:100万円 | |||||||
| 28期 | 29期 | 30期 | 31期 | 32期 | |||
| 売上高 | 8,621 | 10,014 | 11,106 | 12,323 | 15,491 | ||
| PJ利益 | 727 | 920 | 1000 | 1,144 | 1,426 | ||
| 営業利益 | 351 | 509 | 539 | 622 | 844 | ||
| 要員 | |||||||
| 営業部 | 14 | 16 | 19 | 27 | 29 | ||
| 開発部 | 3 | 3 | 4 | 4 | 4 | ||
| 建築部 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | ||
| 販売部 | 3 | 3 | 4 | 4 | 4 | ||
| 管理部 | 5 | 5 | 5 | 5 | 5 | ||
| 売上 | PJ利益 | 売上 | |||||
| 100億 | 10億 | 150億 | |||||
課題
財務力強化、財務戦略の確立
管理業務の整備
関連会社の整備
上場に向けた社内整備
仕入れ情報ネットワーク 個人の営業力から組織力強化
商品化システム 安定生産性強化
2007年1月30日火曜日
星野の仙ちゃん、球界改革もたのみます。
北京五輪・星野ジャパン船出
燃える男
闘将
25日、星野仙一・前阪神(60)の08年北京五輪出場を目指す野球の日本代表監督就任が正式に決定した。その記者会見での会見内容と、星野新監督の、記者に笑顔で応えている写真が載っていた。
コーチを、田淵幸三、山本浩二、大野豊の3人に要請しているとのようだ。
星野新監督の顔が青年のようにピカピカに輝いている、その顔に目が釘付けになった。今の心情を少年の気持ちのようになったと、話したとも書いてある。なんちゅう、こっちゃ、サンタルチア だ。
「少年のような気持ち」になった、なんて。よくぞ、ぬかして(言って)くれたなあ。私は、目蓋が熱くなって、新聞を握る手が震えた。つい、弛んだ口からご飯粒を、こぼしてしまった。瞬間、犬のツバサがご飯粒をパクリ、ご相伴にご満悦。
この記事を見つけたのは、毎朝幸せ気分が大いに高まる、朝飯中のことだった。
何じゃ、このオッサンは。何で、こんなに嬉しそうな顔ができるのだ? 星野さんを、最後にテレビ等で観たのは、阪神球団のゼネラルマネージャーを辞める発表記者会見だった。体の、不調を訴えていた。表情は曇っていた。会見後、会場から去る星野さんの背中が、非常に寂しげだった。
女房に、あの時は大変辛そうだったよね、と聞いたら、彼女は「あれはねえ、気分の問題だったようだよ」と、なんとも冷静なコメント。
年齢が60歳と、記してあるではないか。還暦だ。私も、後2年経てば、還暦です。
団塊世代の定年退職が、全国的に昨年頃から始まった。弊社にも、社内で最初に還暦を迎える川出のオヤジがいる。川出のオヤジは、今、脂がのりのりで、旬。働き盛りだ。謙虚な人柄故、若い奴らには絶対負けません、とは決して言いませんが。コンピューターを自在に操り、作業の質と量は抜群だ。
星野さんと、弊社の川出のオヤジは、団塊世代の生き方の見本を示してくれている。同輩・後輩には、ありがたいお手本だ。
それに、コーチ陣の人選に、心憎い配慮。よくも、あの方々を選んでくれましたね、私は非常に嬉しいのです。私が、好きだった人、私に、失望ばかり与えた人、私をいつも奮いたたせてくれた人。
星野さんには、何故、こんなにもファンが多いのだろうか? 少し思い巡らせてみよう。
中日時代には、投手として監督として、あの、憎(ニック)らしい巨人を相手に、全力で戦ったイメージが、脳裏から離れない。
ON全盛時代、巨人は前人未踏の9年連続日本一に輝いた。私、アンチ巨人にとっては、地獄だった。10連覇を阻止したのは、中日だった。中日の投手陣の要が星野投手で、その年の沢村賞の栄誉を受けた。さぞかし星野さんは、気持ちよかったことでしょう。
私は、いまだに、巨人に対してだけは、嫌悪感を持っています。華麗なプレーを見せてくれた長島茂雄さんに対しても、彼の非凡な才能には喝采を送ったが、それ以外、何も魅力を感じない。人間的魅力を何も感じない。彼の言動、チンプンカンプンだ。
バックに巨人球団がいて、読売新聞社がその巨人球団の株主で、そのオーナーが、正力某から悪名高い渡辺恒夫氏に、そして現在の滝鼻氏に代ってはいるものの、その巨人球団の体質は、スポーツとしての野球の根源も理解しないで、興行的感心・打算のみで球界を牛耳ろうとする企業体質が、イヤなのです。
それも、自球団だけの利得を優先させ、他球団を見下すやりかたは、ヤクザチックでもあるぞ。よって、巨人球団から輩出される有名人が、何を仰っても信用することはできません。
そんな巨人に、全身敵意丸出しで戦った。
コミッショナーも可笑しい、オーナー会議もオカシイ、唯、選手会だけは、真剣に明日の野球を考えている。
そんな、変な球界が心配でしょうがなかった矢先に、星野新監督の情報が入ってきた。星野さんは、私がグダグダ言っていることについては解っていただけると、確信しているのです。全日本の監督になって、成果を出していただきたい。そして、腐った球界の一部のボスに目を覚まさせて欲しい。
星野さんは、選手、監督、解説者、球団フロント、夫、父、傍観者、市民、をやってこられた。全てが、お見通しだ。
恵まれない子供達に、選手を支える奥方さまに、心配りをする星野さんには、野球界のゴタゴタや、改革しなければならないことが、痛い程感じておられると思う。球界の未来の理想像も見えているはずです。
球界へのご意見番になって欲しいのです。ヤクザチックな、球界悪餓鬼を追い払って欲しいのです。こんなゴロツキに球界が殺されかねないのです。
このことについては、後日改めてお願いしたいと思っている。
2007年1月26日 朝日
闘将の手腕 みせどころ (山田佳毅)
ユニホームーを脱いで3年あまり、22日には60歳になった。「自分を育ててくれた野球に恩返ししたい」。星野氏にそのチャンスがようやく来た。
いかに選手に普段の実力を出せるかが手腕の見せどころだ。ベンチのいすを蹴り上げたかと思うと、殊勲の選手を強く抱きしめる。感情を素直に表し、周りのやる気を引き出してきた闘将には最適の役といえる。
グラウンドの外でも、準備に抜かりはなかった。04年のアテネ五輪はテレビの解説者として赴いた。「いろいろ勉強させてもらっているよ」。そう電話で話す声は弾んでいた。この日、予選で戦う韓国、台湾チームについて問われると、「8割くらいのデーターはもう出している」と明かし、驚かせた。
ホームページや自分の言葉で「日本よ、しっかりしろ」とゲキを飛ばす。「もっと日の丸を意識してもいい」と、選手には伝えるつもりだ。中日、阪神の監督時代は3度、4勝で決まる日本一に挑み、いずれもかなわなかった。初期決戦をいかに戦うのか。
数日 後
星野全日本新監督に、北京五輪の健闘をお願いした。ついでに、いい成績をあげてもらって、それから、野球を愛するファンのために、球界のゴタゴタ整理の旗振り役を任じて欲しいと思って、拙文をだらだら書き綴った。そんな直後に、社説に取り上げられていたので、転載させていただいた。
2007年1月29日 朝日 社説
「お飾り」はいらない プロ野球
プロ野球が組織と運営の見直しに動き出した。半世紀以上も前にできたプロ野球協約に基づく仕組みは、現状に対応できなくなっている。改革は遅すぎるほどだが、それにしても及び腰に見える。改革の最大の狙いは、球団間の利害に引きずられ、思い切った手が打てない現状を変えることだ。そのためには、協約で「野球組織を代表し、管理統制する」となっているコミッショナーの役割や権限を明確にすることが必要だ。
コミッションーは、ずっと外部から招かれていて、04年2月に就いた11代目の根来泰周氏は法曹界の出身だ。東京高検の検事長や公正取引委員長を務めた。
歴代のコミッショナーのなかには協約通り、真剣に球界の刷新に取り組む人もいた。しかし、オーナーに煙たがられて成果を上げられなかったこともあり、多くは、功なり名を遂げた人による「お飾り」という印象が強い。
招くほうも招かれる方も、それでよしとしてきたのが近年の実情だ。しかし、これが04年に起きた球界再編やスト騒ぎの混乱を増幅したのは間違いない。
刷新案では、経営部門と紛争の処理部門を分けて独立させる。経営方針の決定は新たに設ける「最高運営会議」が担い、その議長をコミッショナーが務める。一方、コミッショナーが指令や裁定を示してきた球団や選手間の紛争解決は、第三者機関に任せる。
これが実現すれば、従来のコミッショナー像は大きく変わる。
疑問なのは、コミッショナーが会議の議決権は持たない方向で検討されていることだ。これまでオーナー会議では、オブザバーでしかなかったコミッショナーが、議事を進行するようになるのは前進かもしれない。しかし、権限がなければ、会議に伴う作業をこなす「事務局長」のような役回りにならないか。また、この会議には球団の代表に加え、親会社の代表も含める考えのようだ。メンバーが増えるほど、責任の所在はあいまいになりがちだ。
スター選手は、大リーグに流れ出し、野球人気は低迷している。ドラフトの裏金に代表される経営の不透明さや、一部の人気球団を除けば赤字が続く体質を改めるのは容易ではない。
この危機を乗り越えるには、個々の利害を超え、球界全体の将来をにらんで行動できるようなコミッショナー制度が必要だ。企業の最高経営責任者(CEO)のような存在である。
米国の野球やバスケットボールなどの大きなプロスポーツは、それが原則になっている。
刷新案の骨格は根来氏が作り、先日のオーナー会議で承認された。これを基に協約の改訂作業が始まり、年内にも改定される見通しだ。
コミッショナーが弱ければ、プロ野球全体も弱くなるという覚悟で、球界は臨んで欲しい。
燃える男
闘将
25日、星野仙一・前阪神(60)の08年北京五輪出場を目指す野球の日本代表監督就任が正式に決定した。その記者会見での会見内容と、星野新監督の、記者に笑顔で応えている写真が載っていた。
コーチを、田淵幸三、山本浩二、大野豊の3人に要請しているとのようだ。
星野新監督の顔が青年のようにピカピカに輝いている、その顔に目が釘付けになった。今の心情を少年の気持ちのようになったと、話したとも書いてある。なんちゅう、こっちゃ、サンタルチア だ。
「少年のような気持ち」になった、なんて。よくぞ、ぬかして(言って)くれたなあ。私は、目蓋が熱くなって、新聞を握る手が震えた。つい、弛んだ口からご飯粒を、こぼしてしまった。瞬間、犬のツバサがご飯粒をパクリ、ご相伴にご満悦。
この記事を見つけたのは、毎朝幸せ気分が大いに高まる、朝飯中のことだった。
何じゃ、このオッサンは。何で、こんなに嬉しそうな顔ができるのだ? 星野さんを、最後にテレビ等で観たのは、阪神球団のゼネラルマネージャーを辞める発表記者会見だった。体の、不調を訴えていた。表情は曇っていた。会見後、会場から去る星野さんの背中が、非常に寂しげだった。
女房に、あの時は大変辛そうだったよね、と聞いたら、彼女は「あれはねえ、気分の問題だったようだよ」と、なんとも冷静なコメント。
年齢が60歳と、記してあるではないか。還暦だ。私も、後2年経てば、還暦です。
団塊世代の定年退職が、全国的に昨年頃から始まった。弊社にも、社内で最初に還暦を迎える川出のオヤジがいる。川出のオヤジは、今、脂がのりのりで、旬。働き盛りだ。謙虚な人柄故、若い奴らには絶対負けません、とは決して言いませんが。コンピューターを自在に操り、作業の質と量は抜群だ。
星野さんと、弊社の川出のオヤジは、団塊世代の生き方の見本を示してくれている。同輩・後輩には、ありがたいお手本だ。
それに、コーチ陣の人選に、心憎い配慮。よくも、あの方々を選んでくれましたね、私は非常に嬉しいのです。私が、好きだった人、私に、失望ばかり与えた人、私をいつも奮いたたせてくれた人。
星野さんには、何故、こんなにもファンが多いのだろうか? 少し思い巡らせてみよう。
中日時代には、投手として監督として、あの、憎(ニック)らしい巨人を相手に、全力で戦ったイメージが、脳裏から離れない。
ON全盛時代、巨人は前人未踏の9年連続日本一に輝いた。私、アンチ巨人にとっては、地獄だった。10連覇を阻止したのは、中日だった。中日の投手陣の要が星野投手で、その年の沢村賞の栄誉を受けた。さぞかし星野さんは、気持ちよかったことでしょう。
私は、いまだに、巨人に対してだけは、嫌悪感を持っています。華麗なプレーを見せてくれた長島茂雄さんに対しても、彼の非凡な才能には喝采を送ったが、それ以外、何も魅力を感じない。人間的魅力を何も感じない。彼の言動、チンプンカンプンだ。
バックに巨人球団がいて、読売新聞社がその巨人球団の株主で、そのオーナーが、正力某から悪名高い渡辺恒夫氏に、そして現在の滝鼻氏に代ってはいるものの、その巨人球団の体質は、スポーツとしての野球の根源も理解しないで、興行的感心・打算のみで球界を牛耳ろうとする企業体質が、イヤなのです。
それも、自球団だけの利得を優先させ、他球団を見下すやりかたは、ヤクザチックでもあるぞ。よって、巨人球団から輩出される有名人が、何を仰っても信用することはできません。
そんな巨人に、全身敵意丸出しで戦った。
コミッショナーも可笑しい、オーナー会議もオカシイ、唯、選手会だけは、真剣に明日の野球を考えている。
そんな、変な球界が心配でしょうがなかった矢先に、星野新監督の情報が入ってきた。星野さんは、私がグダグダ言っていることについては解っていただけると、確信しているのです。全日本の監督になって、成果を出していただきたい。そして、腐った球界の一部のボスに目を覚まさせて欲しい。
星野さんは、選手、監督、解説者、球団フロント、夫、父、傍観者、市民、をやってこられた。全てが、お見通しだ。
恵まれない子供達に、選手を支える奥方さまに、心配りをする星野さんには、野球界のゴタゴタや、改革しなければならないことが、痛い程感じておられると思う。球界の未来の理想像も見えているはずです。
球界へのご意見番になって欲しいのです。ヤクザチックな、球界悪餓鬼を追い払って欲しいのです。こんなゴロツキに球界が殺されかねないのです。
このことについては、後日改めてお願いしたいと思っている。
2007年1月26日 朝日
闘将の手腕 みせどころ (山田佳毅)
ユニホームーを脱いで3年あまり、22日には60歳になった。「自分を育ててくれた野球に恩返ししたい」。星野氏にそのチャンスがようやく来た。
いかに選手に普段の実力を出せるかが手腕の見せどころだ。ベンチのいすを蹴り上げたかと思うと、殊勲の選手を強く抱きしめる。感情を素直に表し、周りのやる気を引き出してきた闘将には最適の役といえる。
グラウンドの外でも、準備に抜かりはなかった。04年のアテネ五輪はテレビの解説者として赴いた。「いろいろ勉強させてもらっているよ」。そう電話で話す声は弾んでいた。この日、予選で戦う韓国、台湾チームについて問われると、「8割くらいのデーターはもう出している」と明かし、驚かせた。
ホームページや自分の言葉で「日本よ、しっかりしろ」とゲキを飛ばす。「もっと日の丸を意識してもいい」と、選手には伝えるつもりだ。中日、阪神の監督時代は3度、4勝で決まる日本一に挑み、いずれもかなわなかった。初期決戦をいかに戦うのか。
数日 後
星野全日本新監督に、北京五輪の健闘をお願いした。ついでに、いい成績をあげてもらって、それから、野球を愛するファンのために、球界のゴタゴタ整理の旗振り役を任じて欲しいと思って、拙文をだらだら書き綴った。そんな直後に、社説に取り上げられていたので、転載させていただいた。
2007年1月29日 朝日 社説
「お飾り」はいらない プロ野球
プロ野球が組織と運営の見直しに動き出した。半世紀以上も前にできたプロ野球協約に基づく仕組みは、現状に対応できなくなっている。改革は遅すぎるほどだが、それにしても及び腰に見える。改革の最大の狙いは、球団間の利害に引きずられ、思い切った手が打てない現状を変えることだ。そのためには、協約で「野球組織を代表し、管理統制する」となっているコミッショナーの役割や権限を明確にすることが必要だ。
コミッションーは、ずっと外部から招かれていて、04年2月に就いた11代目の根来泰周氏は法曹界の出身だ。東京高検の検事長や公正取引委員長を務めた。
歴代のコミッショナーのなかには協約通り、真剣に球界の刷新に取り組む人もいた。しかし、オーナーに煙たがられて成果を上げられなかったこともあり、多くは、功なり名を遂げた人による「お飾り」という印象が強い。
招くほうも招かれる方も、それでよしとしてきたのが近年の実情だ。しかし、これが04年に起きた球界再編やスト騒ぎの混乱を増幅したのは間違いない。
刷新案では、経営部門と紛争の処理部門を分けて独立させる。経営方針の決定は新たに設ける「最高運営会議」が担い、その議長をコミッショナーが務める。一方、コミッショナーが指令や裁定を示してきた球団や選手間の紛争解決は、第三者機関に任せる。
これが実現すれば、従来のコミッショナー像は大きく変わる。
疑問なのは、コミッショナーが会議の議決権は持たない方向で検討されていることだ。これまでオーナー会議では、オブザバーでしかなかったコミッショナーが、議事を進行するようになるのは前進かもしれない。しかし、権限がなければ、会議に伴う作業をこなす「事務局長」のような役回りにならないか。また、この会議には球団の代表に加え、親会社の代表も含める考えのようだ。メンバーが増えるほど、責任の所在はあいまいになりがちだ。
スター選手は、大リーグに流れ出し、野球人気は低迷している。ドラフトの裏金に代表される経営の不透明さや、一部の人気球団を除けば赤字が続く体質を改めるのは容易ではない。
この危機を乗り越えるには、個々の利害を超え、球界全体の将来をにらんで行動できるようなコミッショナー制度が必要だ。企業の最高経営責任者(CEO)のような存在である。
米国の野球やバスケットボールなどの大きなプロスポーツは、それが原則になっている。
刷新案の骨格は根来氏が作り、先日のオーナー会議で承認された。これを基に協約の改訂作業が始まり、年内にも改定される見通しだ。
コミッショナーが弱ければ、プロ野球全体も弱くなるという覚悟で、球界は臨んで欲しい。
2007年1月24日水曜日
伊勢神宮に御参りしてきました
神様、私は決して神頼みは致しません。
神様には、我々の行動を静かに見守っていただければ、それだけで、いいのです。
1月17日 伊勢神宮にお参りしてきた。
我社は女性を除く社員全員、1月5日に、例年通りに新年の挨拶をそこそこに、寒川神社にお参りをした。お参りを終えるやいなや、会社に戻って、出前のつまみで酒をたらふく飲んで、各自、今年の抱負を語り合った。
翌日から、激しい実業の世界に突入。三々五々、情報を求めて散った。仕事の開始です。
私には、課せられた重要な仕事があったのです。伊勢神宮に会社を代表して参ることです。
休日を利用しての参拝だから、社員を同行させるには、気がひける。飯つき、泊まりつき、ただし運転つき、で喜んで参加してくれるハルタさんが、去年同様付き合ってくれた。
ハルタさんのドライブさばきは、私の仲間では珍しく、慎重派。安全運転です。でも、どういう訳か、交通違反の累積点数がレッドゾーンらしいのだ。
昨年初めて参拝した。
伊勢神宮の規模の大きさに度肝を抜かされた。参拝者の多さにも驚かされた。どの神殿にも、昨年、無事に仕事を乗り越えられたことの報告と感謝。今年も、大過なく過ごせることを祈願した。
手を合わせて、お祈り中、社員の全ての名前と顔を頭に浮かべた。喜多方の先輩から、お祈りの作法として、教わった通りにした。家族の全ての名前と顔も浮かべた。会社の電話番号、住所、フャックス番号、車の番号、車種、ありとあらゆる、思い浮かぶものは、なんでもかんでも頭に浮かべて、無事に一年間を過ごせますように、と祈ってきた。
又、喜多方の先輩から、「ヤマオカ、参道の真ん中を歩くな、真ん中は神様が歩かれるのだ」と。私は、忠告通り、ぎりぎりの側を歩いた。
私には強い誓いがあるのです。神様には、神頼みを決してしません、と誓っているのです。そういう事態には、ならないように予知、察知能力を研鑽しながら、避けるようにしなければならない。このことを業務の遂行上、一番留意しているのです。
神様には、静かに、健闘する我々の行動を、見守ってさえいただければ、それでいいのです。神様、気長にお付き合いください。神様には、絶対、負担をかけません。
経理部長の澤大さん、私、今年は命がけで仕事しますから、来年は、今回のビジネスホテルではなく、風呂に入れて、浴衣に着替えて、一杯お酒をいただけて、ゆったり寝られる空間さえあれば、いくら質素でも十分ですから、そんなことを考慮して予約してみてくりゃさんせ。つつましく生きたいと思う私の本性を、よくご存知でしょ。古くても構いません、豪華は身に合いません。けっして、上等・高級を求めてもいません。仕事を頑張りますさかいに。
外宮・内宮・猿田彦神社を参ってきた。そのそれぞれの神社のことを紹介することにする。
伊勢神宮は日本人のふるさとといわれ、「お伊勢さん」「大神宮さま」とも呼ばれてきた。正式名称は「神宮」といい、宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)、山田原にある豊受大神宮(外宮)の両神宮を中心に14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管舎がある。
天照大御神をおまつりする「内宮」は、皇室の御祖先神として尊ばれ、また、国民の総氏神と仰がれています。
豊受大御神をおまつりする「外宮」は、五穀豊穣、衣食住の守り神としてあがめられている。
猿田彦神社は~
ものごとの最初に現れ、万事最も善い方へ、“おみちびき”になる大神です。建築、方除け、災難除け、海運、事業発展、五穀豊穣、大漁などに御神徳があるといわれている。一見怖そうな神様ですが、実はシャイで女性に弱いとか、、、、海で溺れてしまうあたりも憎めないエピソードです。(当 神社の発行パンフより、転載させていただいた)
神様には、我々の行動を静かに見守っていただければ、それだけで、いいのです。
1月17日 伊勢神宮にお参りしてきた。
我社は女性を除く社員全員、1月5日に、例年通りに新年の挨拶をそこそこに、寒川神社にお参りをした。お参りを終えるやいなや、会社に戻って、出前のつまみで酒をたらふく飲んで、各自、今年の抱負を語り合った。
翌日から、激しい実業の世界に突入。三々五々、情報を求めて散った。仕事の開始です。
私には、課せられた重要な仕事があったのです。伊勢神宮に会社を代表して参ることです。
休日を利用しての参拝だから、社員を同行させるには、気がひける。飯つき、泊まりつき、ただし運転つき、で喜んで参加してくれるハルタさんが、去年同様付き合ってくれた。
ハルタさんのドライブさばきは、私の仲間では珍しく、慎重派。安全運転です。でも、どういう訳か、交通違反の累積点数がレッドゾーンらしいのだ。
昨年初めて参拝した。
伊勢神宮の規模の大きさに度肝を抜かされた。参拝者の多さにも驚かされた。どの神殿にも、昨年、無事に仕事を乗り越えられたことの報告と感謝。今年も、大過なく過ごせることを祈願した。
手を合わせて、お祈り中、社員の全ての名前と顔を頭に浮かべた。喜多方の先輩から、お祈りの作法として、教わった通りにした。家族の全ての名前と顔も浮かべた。会社の電話番号、住所、フャックス番号、車の番号、車種、ありとあらゆる、思い浮かぶものは、なんでもかんでも頭に浮かべて、無事に一年間を過ごせますように、と祈ってきた。
又、喜多方の先輩から、「ヤマオカ、参道の真ん中を歩くな、真ん中は神様が歩かれるのだ」と。私は、忠告通り、ぎりぎりの側を歩いた。
私には強い誓いがあるのです。神様には、神頼みを決してしません、と誓っているのです。そういう事態には、ならないように予知、察知能力を研鑽しながら、避けるようにしなければならない。このことを業務の遂行上、一番留意しているのです。
神様には、静かに、健闘する我々の行動を、見守ってさえいただければ、それでいいのです。神様、気長にお付き合いください。神様には、絶対、負担をかけません。
経理部長の澤大さん、私、今年は命がけで仕事しますから、来年は、今回のビジネスホテルではなく、風呂に入れて、浴衣に着替えて、一杯お酒をいただけて、ゆったり寝られる空間さえあれば、いくら質素でも十分ですから、そんなことを考慮して予約してみてくりゃさんせ。つつましく生きたいと思う私の本性を、よくご存知でしょ。古くても構いません、豪華は身に合いません。けっして、上等・高級を求めてもいません。仕事を頑張りますさかいに。
外宮・内宮・猿田彦神社を参ってきた。そのそれぞれの神社のことを紹介することにする。
伊勢神宮は日本人のふるさとといわれ、「お伊勢さん」「大神宮さま」とも呼ばれてきた。正式名称は「神宮」といい、宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)、山田原にある豊受大神宮(外宮)の両神宮を中心に14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管舎がある。
天照大御神をおまつりする「内宮」は、皇室の御祖先神として尊ばれ、また、国民の総氏神と仰がれています。
豊受大御神をおまつりする「外宮」は、五穀豊穣、衣食住の守り神としてあがめられている。
猿田彦神社は~
ものごとの最初に現れ、万事最も善い方へ、“おみちびき”になる大神です。建築、方除け、災難除け、海運、事業発展、五穀豊穣、大漁などに御神徳があるといわれている。一見怖そうな神様ですが、実はシャイで女性に弱いとか、、、、海で溺れてしまうあたりも憎めないエピソードです。(当 神社の発行パンフより、転載させていただいた)
2007年1月20日土曜日
ゴンは、専守防衛主義犬でした
名犬ゴンは、専守防衛主義に徹した。
昨日、ゴンの犬仲間のH君とその保護者が、我が家にゴンの状態を看に来てくれた。ゴンは既に骨壷のなかに入っていることに、残念・無念と、保護者は悔しがった。
H君も、ちょっと何かが違うぞ、と察しているようだった。その顔が何かしら、淋しげに思えたのは、俺だけかな。
そこで、話題になったのが、ゴンの日常の生活態度が平和主義者然としたもので、相手に攻撃を仕掛けるようなことは見たことないですね、と言うことだった。
そう言われれば、小型犬なら幾ら嫌らしく付き纏っても、こつこつゴンの体を舐めまわしても、全然意に介しない。大型犬が近づいてきても、危険を感じさせない奴には、無関心。
不意に大型の乱暴犬に出くわす時もあったが、ゴンは、相手の動きをしっかり見続けながら、何か起こったときには、いつでも、どうにでも動ける態勢で、沈着冷静、相手が通り過ぎるまで見届ける。
けっして、自分からは絶対にしかけない。
この、ゴンの振る舞いこそ、平和を維持する基本的な秘訣があるように思われた。
関係閣僚等の失態が暴露され、下降気味の安倍支持率。
安倍総理は人気挽回を狙ってなのか、自民党大会においては当然、機会あるごとに、日本国憲法の改正(何が改正なのか、よくわからんが?)を叫ぶ。
何故? どうして? どのように変更したいの?
そこが見えてこないのに、何故、改憲だとか、加憲だとか、気楽に言うのだろうか。
新聞・放送などでは、政府・与党の発言がとりあげられる機会は多く、そして大きく取り扱われる。なんだか、世の中の大半が日本国憲法の改正をあたかも望んでいるような、報道のされ方に、疑問をもっていました。
私は、護憲派の誠実かつ過激な一人です。体制側言論人に抗して、護憲派の皆さんは、声を大にして、踏ん張って欲しいと思っています。
そんな折、朝日新聞 私の視点 ウイークエンド(2007年1月13日)での 平川克美氏(リナックスカフェ社長)の憲法改正についての主張が、動揺する私の心を、安心させてくれた。
9条 「理想論」で悪いか
国論を二分するような政治的な課題というものは、どちら側にもそれなりの言い分があり、どちらの論にも等量の瑕疵があるものである。そうでなければ国論はかようにきっぱりと二分されまい。国論を分けた郵政法案の場合も、施行60年を迎えて近頃かまびすしい憲法の場合も、重要なのはそれが政治課題となった前提が何であったかを明確にすることである。
政治は結果であるとはよく言われる。仮に筋の通らぬ選択をしたとしても、結果において良好であればよしとするのが政治的な選択というものだろう。ただし結果は結果であって、希望的観測ではない。米国のイラク介入の結果を見るまでもなく、しばしば自分が思うことと違うこと実現してしまうのが、人間の歴史というものである。
その上で、憲法改正の議論をもう一度見直してみる。戦争による直接の利得がある好戦論者を除外すれば、この度の改憲問題は反対派も賛成派も平和で文化的な国民の権益を守るという大義によってその論を組み立てている。
9条をめぐって護憲派は、広島、長崎に被爆の体験をもつ日本だからこそ、世界に向けて武力の廃絶を求める礎としての現行憲法を守ってゆくべきであると主張し、改憲派は昨今の国際情勢の中で国益を守るには戦力は必須であり、集団的自衛権を行使できなければ、国際社会へ応分の責任を果たすこともできない、と主張する。
なるほど、どちらにもそれなりの正当性があり、等量の希望的な観測が含まれている。しかし将来起こりうるであろうことを基準にして議論をすれば、必ず両論は膠着することになる。
では、確かなことはないのかといえば、それは戦後60年間、日本は一度も戦火を交えず、結果として戦闘の犠牲者も出していないという事実がこれにあたる。政治は結果と効果で判断すべきだというのであれば、私は、この事実をもっと重く見てもよいのではないかと思う。これを国益と言わずして、何を国益と言えばよいのか。
「過去はそうかも知れないが、将来はどうなんだ」と問われるであろう。現行の憲法は理想論であり、もはや現実と乖離しているといった議論がある。私は、この前提には全く異論がない。その通りだ。確かに日本国憲法には国柄としての理想的な姿が明記されている。理想を掲げたのである。そこで、問いたいのだが、憲法が現実と乖離しているから現実に合わせて憲法を改正すべきであるという理路の根拠は何か。
もし現実の世界情勢に憲法を合わせるのなら、憲法はもはや法としての威信を失うだろう。憲法はそもそも、政治家の行動に根拠を与えるという目的で制定されているわけではない。変転する現実の中で、政治家が億段に流されて危ない橋を渡るのを防ぐための足かせとして制定されているのである。当の政治家が、これを現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人が、刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい。
現実に「法」を合わせるのではなく、「法」に現実を合わせるというのが、法制定の根拠であり、その限りでは、「法」に敬意が払われない社会の中では、「法」はいつでも「理想論」なのである。
昨日、ゴンの犬仲間のH君とその保護者が、我が家にゴンの状態を看に来てくれた。ゴンは既に骨壷のなかに入っていることに、残念・無念と、保護者は悔しがった。
H君も、ちょっと何かが違うぞ、と察しているようだった。その顔が何かしら、淋しげに思えたのは、俺だけかな。
そこで、話題になったのが、ゴンの日常の生活態度が平和主義者然としたもので、相手に攻撃を仕掛けるようなことは見たことないですね、と言うことだった。
そう言われれば、小型犬なら幾ら嫌らしく付き纏っても、こつこつゴンの体を舐めまわしても、全然意に介しない。大型犬が近づいてきても、危険を感じさせない奴には、無関心。
不意に大型の乱暴犬に出くわす時もあったが、ゴンは、相手の動きをしっかり見続けながら、何か起こったときには、いつでも、どうにでも動ける態勢で、沈着冷静、相手が通り過ぎるまで見届ける。
けっして、自分からは絶対にしかけない。
この、ゴンの振る舞いこそ、平和を維持する基本的な秘訣があるように思われた。
関係閣僚等の失態が暴露され、下降気味の安倍支持率。
安倍総理は人気挽回を狙ってなのか、自民党大会においては当然、機会あるごとに、日本国憲法の改正(何が改正なのか、よくわからんが?)を叫ぶ。
何故? どうして? どのように変更したいの?
そこが見えてこないのに、何故、改憲だとか、加憲だとか、気楽に言うのだろうか。
新聞・放送などでは、政府・与党の発言がとりあげられる機会は多く、そして大きく取り扱われる。なんだか、世の中の大半が日本国憲法の改正をあたかも望んでいるような、報道のされ方に、疑問をもっていました。
私は、護憲派の誠実かつ過激な一人です。体制側言論人に抗して、護憲派の皆さんは、声を大にして、踏ん張って欲しいと思っています。
そんな折、朝日新聞 私の視点 ウイークエンド(2007年1月13日)での 平川克美氏(リナックスカフェ社長)の憲法改正についての主張が、動揺する私の心を、安心させてくれた。
9条 「理想論」で悪いか
国論を二分するような政治的な課題というものは、どちら側にもそれなりの言い分があり、どちらの論にも等量の瑕疵があるものである。そうでなければ国論はかようにきっぱりと二分されまい。国論を分けた郵政法案の場合も、施行60年を迎えて近頃かまびすしい憲法の場合も、重要なのはそれが政治課題となった前提が何であったかを明確にすることである。
政治は結果であるとはよく言われる。仮に筋の通らぬ選択をしたとしても、結果において良好であればよしとするのが政治的な選択というものだろう。ただし結果は結果であって、希望的観測ではない。米国のイラク介入の結果を見るまでもなく、しばしば自分が思うことと違うこと実現してしまうのが、人間の歴史というものである。
その上で、憲法改正の議論をもう一度見直してみる。戦争による直接の利得がある好戦論者を除外すれば、この度の改憲問題は反対派も賛成派も平和で文化的な国民の権益を守るという大義によってその論を組み立てている。
9条をめぐって護憲派は、広島、長崎に被爆の体験をもつ日本だからこそ、世界に向けて武力の廃絶を求める礎としての現行憲法を守ってゆくべきであると主張し、改憲派は昨今の国際情勢の中で国益を守るには戦力は必須であり、集団的自衛権を行使できなければ、国際社会へ応分の責任を果たすこともできない、と主張する。
なるほど、どちらにもそれなりの正当性があり、等量の希望的な観測が含まれている。しかし将来起こりうるであろうことを基準にして議論をすれば、必ず両論は膠着することになる。
では、確かなことはないのかといえば、それは戦後60年間、日本は一度も戦火を交えず、結果として戦闘の犠牲者も出していないという事実がこれにあたる。政治は結果と効果で判断すべきだというのであれば、私は、この事実をもっと重く見てもよいのではないかと思う。これを国益と言わずして、何を国益と言えばよいのか。
「過去はそうかも知れないが、将来はどうなんだ」と問われるであろう。現行の憲法は理想論であり、もはや現実と乖離しているといった議論がある。私は、この前提には全く異論がない。その通りだ。確かに日本国憲法には国柄としての理想的な姿が明記されている。理想を掲げたのである。そこで、問いたいのだが、憲法が現実と乖離しているから現実に合わせて憲法を改正すべきであるという理路の根拠は何か。
もし現実の世界情勢に憲法を合わせるのなら、憲法はもはや法としての威信を失うだろう。憲法はそもそも、政治家の行動に根拠を与えるという目的で制定されているわけではない。変転する現実の中で、政治家が億段に流されて危ない橋を渡るのを防ぐための足かせとして制定されているのである。当の政治家が、これを現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人が、刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい。
現実に「法」を合わせるのではなく、「法」に現実を合わせるというのが、法制定の根拠であり、その限りでは、「法」に敬意が払われない社会の中では、「法」はいつでも「理想論」なのである。
2007年1月19日金曜日
久々に、母校の試合の応援に行った
14日、国立競技場に、久々に母校の試合の応援に行った。サッカーの全日本大学選手権の決勝戦があったのです。母校・早大と上位定位置でお馴染みの駒大との対戦でした。とにかく、試合を観るなんちゅうのは、本当に久しぶりだった。栄光の歴史に輝く我がチームが、1部から2部落ちになるかもしれないので、OB等、関係者に応援のための緊急集合がかかったことがあった。今から10年程前のことだ。その時、私は、経済地獄の真っ最中だったけれども、なんとか参加した。その後、息子の参加した高校の試合だけです、試合ちゅうのを観に行ったのは。今回、決勝戦だということになれば、話は違う。いかにモノグサな俺だって、虫唾が走る? じっとしていられなくなって、青ちゃんに乗せて行ってよとせがみ、近所の子供・シュンちゃんを誘い、観戦に行こうか、行くまいかと悩んでいた後輩マサカッチャンを強引に誘い、頭の中100% 本格的応援モードに入った。私には、計算があった。来てくれた奴等には、必ずいい気分を味わってもらえる筈だ、と自分なりに勝利を期待していた。
私は、昔使っていたユニフオームを着て、応援した。母校の応援旗を会社に置き忘れたのが、悔やまれた。
ところがじゃ、どうしたことじゃ。
結果は無惨な1-6の完敗に終わった。内容は、新聞記事が的確に伝えているので、朝日新聞(2007年1月15日 朝刊 スポーツ欄)記事を転載させていただいた。
パワーで技ねじ伏せる 駒大 早大を圧倒
力の駒沢に技の早稲田。そんな図式の対戦は駒大の力強さが完全にまさった。迫力あるセットプレーが、タレントをそろえ速いパス回しが得意な早大を押し切った。
象徴的な存在だったのがFW巻。ロングボールにはポストとして積極的に絡んでいき、前線からの献身的な守備で相手DFを圧迫する。前半6分、FKからのこぼれ球を押し込んで先取点をあげると、同34分にも左CKから得意の頭でねじ込んだ。「いいところにボールを運んでくれたチームメイトに感謝する」
後半早々にも、MF小林の追加点で、追いかける早大に気概をそいだ。ゴールラッシュの6得点で3連覇に花を添えた。
3連覇は史上4校目の快挙だ。「うちがやっていることは毎年変わらない。サッカーは体と体がぶつかるゲーム。練習から競り合いを怖がらないチームを作ってきた。」と秋田監督。FW原も「3連覇がついてきた感じ」と振り返る。
「粘り強く体を張ったプレーが勝利につながった」と秋田監督。来季も同じスタイルで、前人未踏の4連覇を狙う。
私の観戦記
高さで負けた。
頭で負けた。何も頭脳の話ではない。ヘッディングで、気力とくに闘争心、競り合い局面で3-7の比率で負けた。サッカーでは足も、頭も、腕以外の体は全て、ボールを繋ぐ道具であって、どれも等しく重要なのです。足からの出球は、相手に防御体制を組みし易い。スーパースターは別ですよ、彼らは、敵が予測できないパスを、足技巧みに味方に配することができる。が、このことは、ワールドカップ級のハナシだ。
キーパーも高い位置でのパンチングが弱かった。手を使えるのだから、誰よりも高い位置でボールに触れることが可能、その仕事をきっちりこなさなくてはならない。高い位置でのパンチを決行するときは、どんなことがあろうが、ボールに必ず触ること。そして、できるだけ確実に、できるだけ強く、できるだけ遠くへ、安全圏に、ボールを追いやらないといけない。だって、キーパーには唯一手を使える特権が与えられているのですから。
又、ヘッディングやキーパーのパンチは、思わぬコースにボールが進行する。それからチャンスが生まれることが多いのです。そういう思わぬできごとの連発が、サッカーがこれほどたくさんの人に愛されるようになった原点ではないかと、私は思っている。
又、デフェンスの連携プレーが悪く、結果的に最終守備ゾーンがズタズタに引き裂かれた。守備的プレーヤーだった私は、激しい屈辱を味わった。これが、本当の力なら恥ずかしい、と真剣に思う。
監督の勉強不足だ。
大榎監督は、個人的にも好きな人物だし、よくやってくれていると、日々感謝している。人工芝になった際、何か部として必要なものがあれば、微力ながら協力したいと申し出したときにも、私に表した態度は十分立派なものでした。学生の話もよく聞く、話のよくわかるも兄貴分らしい。先輩・ご長老の話に敬意を込めて聞く態度は、並みの男ではないことを、ようく、証明している。
2部から1部に這い上がって、そのままの勢いで、この大学選手権の優勝決定戦まで駒を進めてきた。選手は頑張っただろうし、指揮官もよくチームをまとめてきたな、と賞賛しつつ感謝している。ここまでの一戦一戦が大変だったことも、十分想像できる。
でもだ、そこでだ、戦略に甘さがあったのではないのか?
駒大はこの数年上位チームだ。常勝チームだ。結果、この大学選手権でも3連覇をゲットした。対戦相手は、そんな、大それたチームだったのだ。
ならば、過去の駒大のゲームの進め方、主力選手の個性を事前にどれだけ調査をしたのだろうか?と疑問をもった。駒大の監督さんは「粘り強く体を張ったプレーが勝利につながった」と仰っている。この言葉こそ、駒大の戦法を象徴しているように思われる。
1部復活1年目としては、超上出来なのですが、欲に限りはありません。多分今シーズンも、駒大は、駒大のやり方で頑張るでしょう。我がチームも、次回は、こんな負け方ではなく、立派に勝って欲しい。
早稲田の復活を、心から喜んでいます。できの悪かった、一先輩より。
2007年1月20日
先日の大学選手権の決勝戦における、我母校の戦いぶりについて、ちょっと偉そうに、ちょっと先輩ぶった批評をしたことを、気にしていた。
少し、気分が高揚していたのだろう、御免。
でも、~だ。大学の4年間は貴重な期間なのだ。
北海道から九州から、日本のアッチこっちから、東伏見のグラウンドを目指してやってくる部友たちとの邂逅。限られた期間、せいぜい、いくら長くても4年、1年先輩とは3年間、1年後輩とも3年間しか過ごせない。それも、この東伏見のグラウンドで、だ。そのかけがえの無さ、の意味を理解して欲しい。貴重な時間、機会を大事にして欲しいのです。
当日、応援席には先輩のクボタさんにも、卒業後、初めて会ったが、長い空白の期間なんて一瞬に吹っ飛び、37,8年前に即タイムスリップできる。J1リーグ ジェフ千葉の淀川社長にも会った。彼と私は同期だ。4年間一生懸命、寝食共に過ごした戦友でもある。
オシムさんが千葉の監督を辞めて日本の代表監督になったり、今シーズン終了時には阿倍が浦和に移籍問題などがあって、「いろいろ、大変だね」と言うと、「おお、そや、、、、、、、ところで奥さん元気か?」
グラウンドで過ごした者同士は、もう、何も、いらない。顔を見れば、何もかも、お見通しなのだ。
そしたら、昨日、WMWクラブ会報(シーズン終了号)が自宅に届いた。会報には、悔しさをばねに、来季も頑張るから応援をよろしくお願いします、と結んでであった。
その会報の表題の一文を紹介させてもらう。
悔しさをばねに
今年1年を振り返ってみると、9年ぶりに復帰した1部リーグでは、序盤でのつまずきもあり、5位という成績に終わりました。夏の総理大臣杯では、学芸の堅い守備を崩せずにベスト8でした。1年の集大成として迎えたインカレでは,12年ぶりの優勝を目指しての戦いとなりました。好調な攻撃陣を軸に決勝まで進出しましたが、駒大の前に1-6と大敗を喫し、準優勝となりました。この悔しさをばねに、来年度こそ王者復活を果たしたいと思いますので、応援よろしくお願い致します。
私は、昔使っていたユニフオームを着て、応援した。母校の応援旗を会社に置き忘れたのが、悔やまれた。
ところがじゃ、どうしたことじゃ。
結果は無惨な1-6の完敗に終わった。内容は、新聞記事が的確に伝えているので、朝日新聞(2007年1月15日 朝刊 スポーツ欄)記事を転載させていただいた。
パワーで技ねじ伏せる 駒大 早大を圧倒
力の駒沢に技の早稲田。そんな図式の対戦は駒大の力強さが完全にまさった。迫力あるセットプレーが、タレントをそろえ速いパス回しが得意な早大を押し切った。
象徴的な存在だったのがFW巻。ロングボールにはポストとして積極的に絡んでいき、前線からの献身的な守備で相手DFを圧迫する。前半6分、FKからのこぼれ球を押し込んで先取点をあげると、同34分にも左CKから得意の頭でねじ込んだ。「いいところにボールを運んでくれたチームメイトに感謝する」
後半早々にも、MF小林の追加点で、追いかける早大に気概をそいだ。ゴールラッシュの6得点で3連覇に花を添えた。
3連覇は史上4校目の快挙だ。「うちがやっていることは毎年変わらない。サッカーは体と体がぶつかるゲーム。練習から競り合いを怖がらないチームを作ってきた。」と秋田監督。FW原も「3連覇がついてきた感じ」と振り返る。
「粘り強く体を張ったプレーが勝利につながった」と秋田監督。来季も同じスタイルで、前人未踏の4連覇を狙う。
私の観戦記
高さで負けた。
頭で負けた。何も頭脳の話ではない。ヘッディングで、気力とくに闘争心、競り合い局面で3-7の比率で負けた。サッカーでは足も、頭も、腕以外の体は全て、ボールを繋ぐ道具であって、どれも等しく重要なのです。足からの出球は、相手に防御体制を組みし易い。スーパースターは別ですよ、彼らは、敵が予測できないパスを、足技巧みに味方に配することができる。が、このことは、ワールドカップ級のハナシだ。
キーパーも高い位置でのパンチングが弱かった。手を使えるのだから、誰よりも高い位置でボールに触れることが可能、その仕事をきっちりこなさなくてはならない。高い位置でのパンチを決行するときは、どんなことがあろうが、ボールに必ず触ること。そして、できるだけ確実に、できるだけ強く、できるだけ遠くへ、安全圏に、ボールを追いやらないといけない。だって、キーパーには唯一手を使える特権が与えられているのですから。
又、ヘッディングやキーパーのパンチは、思わぬコースにボールが進行する。それからチャンスが生まれることが多いのです。そういう思わぬできごとの連発が、サッカーがこれほどたくさんの人に愛されるようになった原点ではないかと、私は思っている。
又、デフェンスの連携プレーが悪く、結果的に最終守備ゾーンがズタズタに引き裂かれた。守備的プレーヤーだった私は、激しい屈辱を味わった。これが、本当の力なら恥ずかしい、と真剣に思う。
監督の勉強不足だ。
大榎監督は、個人的にも好きな人物だし、よくやってくれていると、日々感謝している。人工芝になった際、何か部として必要なものがあれば、微力ながら協力したいと申し出したときにも、私に表した態度は十分立派なものでした。学生の話もよく聞く、話のよくわかるも兄貴分らしい。先輩・ご長老の話に敬意を込めて聞く態度は、並みの男ではないことを、ようく、証明している。
2部から1部に這い上がって、そのままの勢いで、この大学選手権の優勝決定戦まで駒を進めてきた。選手は頑張っただろうし、指揮官もよくチームをまとめてきたな、と賞賛しつつ感謝している。ここまでの一戦一戦が大変だったことも、十分想像できる。
でもだ、そこでだ、戦略に甘さがあったのではないのか?
駒大はこの数年上位チームだ。常勝チームだ。結果、この大学選手権でも3連覇をゲットした。対戦相手は、そんな、大それたチームだったのだ。
ならば、過去の駒大のゲームの進め方、主力選手の個性を事前にどれだけ調査をしたのだろうか?と疑問をもった。駒大の監督さんは「粘り強く体を張ったプレーが勝利につながった」と仰っている。この言葉こそ、駒大の戦法を象徴しているように思われる。
1部復活1年目としては、超上出来なのですが、欲に限りはありません。多分今シーズンも、駒大は、駒大のやり方で頑張るでしょう。我がチームも、次回は、こんな負け方ではなく、立派に勝って欲しい。
早稲田の復活を、心から喜んでいます。できの悪かった、一先輩より。
2007年1月20日
先日の大学選手権の決勝戦における、我母校の戦いぶりについて、ちょっと偉そうに、ちょっと先輩ぶった批評をしたことを、気にしていた。
少し、気分が高揚していたのだろう、御免。
でも、~だ。大学の4年間は貴重な期間なのだ。
北海道から九州から、日本のアッチこっちから、東伏見のグラウンドを目指してやってくる部友たちとの邂逅。限られた期間、せいぜい、いくら長くても4年、1年先輩とは3年間、1年後輩とも3年間しか過ごせない。それも、この東伏見のグラウンドで、だ。そのかけがえの無さ、の意味を理解して欲しい。貴重な時間、機会を大事にして欲しいのです。
当日、応援席には先輩のクボタさんにも、卒業後、初めて会ったが、長い空白の期間なんて一瞬に吹っ飛び、37,8年前に即タイムスリップできる。J1リーグ ジェフ千葉の淀川社長にも会った。彼と私は同期だ。4年間一生懸命、寝食共に過ごした戦友でもある。
オシムさんが千葉の監督を辞めて日本の代表監督になったり、今シーズン終了時には阿倍が浦和に移籍問題などがあって、「いろいろ、大変だね」と言うと、「おお、そや、、、、、、、ところで奥さん元気か?」
グラウンドで過ごした者同士は、もう、何も、いらない。顔を見れば、何もかも、お見通しなのだ。
そしたら、昨日、WMWクラブ会報(シーズン終了号)が自宅に届いた。会報には、悔しさをばねに、来季も頑張るから応援をよろしくお願いします、と結んでであった。
その会報の表題の一文を紹介させてもらう。
悔しさをばねに
今年1年を振り返ってみると、9年ぶりに復帰した1部リーグでは、序盤でのつまずきもあり、5位という成績に終わりました。夏の総理大臣杯では、学芸の堅い守備を崩せずにベスト8でした。1年の集大成として迎えたインカレでは,12年ぶりの優勝を目指しての戦いとなりました。好調な攻撃陣を軸に決勝まで進出しましたが、駒大の前に1-6と大敗を喫し、準優勝となりました。この悔しさをばねに、来年度こそ王者復活を果たしたいと思いますので、応援よろしくお願い致します。
2007年1月13日土曜日
今夜は、ゴンと過ごす最後の夜だ
今夜は、ゴンと過ごす最後の夜だ
10日 朝、ゴンは逝った。そして、今夜(12日)がゴンと過ごす最後の夜だ。2月28日で13歳になる予定だった。できるだけ長く一緒に居たいと思って、火葬を可能な限り延ばしたが、ついに明日になった。
ゴンとお付き合いのあった人たちが、弔問に引っ切り無しに来て頂いている。ゴンが安置されている周りには、頂いた花束であふれている。ゴンが如何に、たくさんの人たちに可愛がられていたかが,大いに偲ばれる。
幸いにも、大病を患うことがなかったせいか、亡き骸だけを見ると、毛並みは綺麗に乱れることなし、年老いて死んだなんて、どうしても見えない。若々しく、今にも立ち上がるのではないか、と錯覚するぐらいだ。
生来の腸の弱さはあったが、そんなことは用心次第で、へっちゃらだった。が、近所の猫好きの姉さん(通称・猫ニャンおばさん)が、この俺様の目を盗んで、不思議なモノをあげてくれることだけは、時々俺様の頭を悩ました。人に吼えない犬だったけれど、この猫ニャンおばさんだけには、吼えた。言っておきますが、私は、猫ニャンおばさんのことを、とっても好きなのですよ、誤解のないように。
今朝、ツバサとポンタの散歩のために、二階から下りてきたら、一階の居間にゴンが安置されている、その傍に、三女のSがゴンに添い寝をしていた。
Sはゴンとの今生の別れを惜しんでいるのだろう。死に顔を見ているうちに、そのまま眠りについたのだろう。寒い冬の夜、彼女は、ゴンと過ごした楽しい思い出の数々を夢見ていたのだ。末っ子のSはゴンのことを弟のように、思っていたのだろう。
私が、夜遅く酔っ払って帰ったとき、暗い部屋の中で、ゴンと子供が会話していることに出くわしたことがよくあった。
子供達は、どの子も多感な年頃で、先生に話せないこと、親にも話せないことをいっぱい背負っていたのだろう。相談者は長女のときもあったし、長男のときも、次女のときも、三女のときも。私も愚痴を聞いてもらった。企業戦士の端くれ者(私)の発狂寸前の神経衰弱症をも癒してくれた。
話しかけられたゴンは、いつも真剣に聞き役を任じてくれた。聞き役のゴンの目は、マザーテレサのような慈しみ深い眼差しでした。どんな苦悩も、全て包み込んでしまいそうな、底知れない深さをもった目でした。
今、その目は、深く閉じられ、最期のときからどんどん落ち込んでいる。この世からの、旅立ちが始まったようです。
思い出は尽きない。あらためて、ゴンの紹介をさせて頂きたい
今夜は、ゴンと過ごす最後の夜だ。
明日は、火葬だ。
ゴン ありがとう。 感謝。
ゴンより~
ワン ワン 献花やお供え、ありがとうございました。
ゴンは、ワン みんなに可愛がられて、とっても幸せでした。
でも、もう少しは、ワン ワン みんなと遊びたかった ワン。
ヤマト一家,ダナ一家、カエデ一家、ユカちゃん、チョビ一家、和泉さん、小見さん、浅田君、溝呂木さん、コットンテールさん、田中君、ミッチャン一家、ヨシズさんのおばさんとお孫さん、松山のおばあちゃん、アツミちゃん、モモちゃん、ラブちゃん
名前も知らないおじいちゃん(毎日、見舞いに来て頂いた、ワン 優しいおじいちゃん。ワン さようなら。おじいちゃん。体に気をつけて、ワン 長生きしてください。 ワン)
たくさんの小学生たち!ゴンは、君たちが、とっても、ワン 好きだった。みんな、優しかった。ワン 楽しかった ワン。
逝って、ほぼ一ヵ月後の昨日(02 07)
マー君と保護者が遺骨に花を供えにきてくれた。マー君はゴンだけには甘えることができた。マーは、ゴンちゃんが居なくなって、淋しいそうです、と保護者は言っておられた。
(02 10)シュンが、今日はゴンちゃんの月命日だと言って、花を供えにきてくれた。中2のシュンが月命日なんて、オッサンくさいぞ、と言って笑った。
遺骨の前には、花が絶えない。どんどん増えていっている。
10日 朝、ゴンは逝った。そして、今夜(12日)がゴンと過ごす最後の夜だ。2月28日で13歳になる予定だった。できるだけ長く一緒に居たいと思って、火葬を可能な限り延ばしたが、ついに明日になった。
ゴンとお付き合いのあった人たちが、弔問に引っ切り無しに来て頂いている。ゴンが安置されている周りには、頂いた花束であふれている。ゴンが如何に、たくさんの人たちに可愛がられていたかが,大いに偲ばれる。
幸いにも、大病を患うことがなかったせいか、亡き骸だけを見ると、毛並みは綺麗に乱れることなし、年老いて死んだなんて、どうしても見えない。若々しく、今にも立ち上がるのではないか、と錯覚するぐらいだ。
生来の腸の弱さはあったが、そんなことは用心次第で、へっちゃらだった。が、近所の猫好きの姉さん(通称・猫ニャンおばさん)が、この俺様の目を盗んで、不思議なモノをあげてくれることだけは、時々俺様の頭を悩ました。人に吼えない犬だったけれど、この猫ニャンおばさんだけには、吼えた。言っておきますが、私は、猫ニャンおばさんのことを、とっても好きなのですよ、誤解のないように。
今朝、ツバサとポンタの散歩のために、二階から下りてきたら、一階の居間にゴンが安置されている、その傍に、三女のSがゴンに添い寝をしていた。
Sはゴンとの今生の別れを惜しんでいるのだろう。死に顔を見ているうちに、そのまま眠りについたのだろう。寒い冬の夜、彼女は、ゴンと過ごした楽しい思い出の数々を夢見ていたのだ。末っ子のSはゴンのことを弟のように、思っていたのだろう。
私が、夜遅く酔っ払って帰ったとき、暗い部屋の中で、ゴンと子供が会話していることに出くわしたことがよくあった。
子供達は、どの子も多感な年頃で、先生に話せないこと、親にも話せないことをいっぱい背負っていたのだろう。相談者は長女のときもあったし、長男のときも、次女のときも、三女のときも。私も愚痴を聞いてもらった。企業戦士の端くれ者(私)の発狂寸前の神経衰弱症をも癒してくれた。
話しかけられたゴンは、いつも真剣に聞き役を任じてくれた。聞き役のゴンの目は、マザーテレサのような慈しみ深い眼差しでした。どんな苦悩も、全て包み込んでしまいそうな、底知れない深さをもった目でした。
今、その目は、深く閉じられ、最期のときからどんどん落ち込んでいる。この世からの、旅立ちが始まったようです。
思い出は尽きない。あらためて、ゴンの紹介をさせて頂きたい
今夜は、ゴンと過ごす最後の夜だ。
明日は、火葬だ。
ゴン ありがとう。 感謝。
ゴンより~
ワン ワン 献花やお供え、ありがとうございました。
ゴンは、ワン みんなに可愛がられて、とっても幸せでした。
でも、もう少しは、ワン ワン みんなと遊びたかった ワン。
ヤマト一家,ダナ一家、カエデ一家、ユカちゃん、チョビ一家、和泉さん、小見さん、浅田君、溝呂木さん、コットンテールさん、田中君、ミッチャン一家、ヨシズさんのおばさんとお孫さん、松山のおばあちゃん、アツミちゃん、モモちゃん、ラブちゃん
名前も知らないおじいちゃん(毎日、見舞いに来て頂いた、ワン 優しいおじいちゃん。ワン さようなら。おじいちゃん。体に気をつけて、ワン 長生きしてください。 ワン)
たくさんの小学生たち!ゴンは、君たちが、とっても、ワン 好きだった。みんな、優しかった。ワン 楽しかった ワン。
逝って、ほぼ一ヵ月後の昨日(02 07)
マー君と保護者が遺骨に花を供えにきてくれた。マー君はゴンだけには甘えることができた。マーは、ゴンちゃんが居なくなって、淋しいそうです、と保護者は言っておられた。
(02 10)シュンが、今日はゴンちゃんの月命日だと言って、花を供えにきてくれた。中2のシュンが月命日なんて、オッサンくさいぞ、と言って笑った。
遺骨の前には、花が絶えない。どんどん増えていっている。
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