2007年7月13日金曜日

社長、会社をどうしたいのですか?

T監査法人と、今後の会社運営についての打ち合わせ中、「社長、あなたは会社をどののようにしたいと、思っているのですか」と聞かれた。最近、よくこの質問を受けるのです。この質問を受ける度に、とくに我が社の社員に対してこそ、答える必要があるのではと考えた。

私たち役員(山岡・中村・小見)に共通の思いがある。

それは、苦しい過去、とりわけバブルでひどい痛手を受けたにも拘わらず、くたばらずに、ここまで頑張ってこられたことで、信念を体得した。その信念というのは、次の三つのことです。

①二度と、会社の屋台骨がおかしくならないようにすること。絶対、潰れない会社にすること

②ピンチに陥っても絶対、あきらめないこと

③常々、向上心をもつこと

④会社は各方面の人々、機関に支えられて機能していることを認識する。

この信念を念頭において、我が社の会社運営にあたりたい。

そのためには、常々、社会が求めている商品、サービスを果敢に提供し続けることだろう。過去を鑑み、将来を見据えた商品作りということになるのだろう。需要の先どりと、言い換えられるかもしれない。会社は、材料の仕入から、企画、加工、資金調達、販売の過程において、たくさんのサポーターたちに支えられていることに感謝しなければならない。また、全ての社員が、自分の会社を誇りに思えるような会社にしたいのです。誇れるとは、どういうことだろうか。安定しているだけではない筈だ。給料がいっぱい貰えたら、それなら誇りに感じられるの?そうじゃない筈だ。誇りに感じるとは、社員一人ひとりが、全てのことにおいて満足し、将来に対しても夢と希望がもてることをいうのだろう、と判断している。

会社の将来に、夢と希望がもてるとは、社員が会社と共に楽しく「成長する」ということと、歩調を合わせることになるだろう。それでは、社員の成長とは、なんどや、ということになる。社員の成長とは、能力と人格の成長だ。そのためには、社長始め役員が、会社の将来を見据えて、多くの情報を入手し、分析し、学習して、研鑽、間違いの無い運営の舵取りをしなければならない、と覚悟してる。

我が社に結集した者たちは、私も同様だけれども、過去に挫折したり、失敗をしたり、何かで調子が狂ったり、辛い経験を重ねてきた者ばかりです。その集団を、個性豊かな優秀な集団に成長させたい。同業者たちに対しても、お客さんにこそ、秀逸な企画を提案できるスタッフになって欲しい。さすが、と思わせる実務者になろう、なります、ならせます。

社内は、心温まる者たちの世界にしたい。

どうしても、この手の話になると、「私自身の生い立ちから今に至るまでの道程において、身についた私の人生観」を、どうしても抜きにしては考えられない。

百姓の家に生まれて、米やお茶の生産農家としての喜びや苦労を知った。三男坊として育ったことで、自由奔放と無手勝流の面白さを知った。、二浪したことで、躓く悔しさと、そのことに耐えることの重要さと、やらなければならないことは、やらなければ終わらないということを知った。ドカタでは、肉体労働の気持ちよさと、金を稼ぐ楽しさ、共同作業の仕方と工夫を学んだ。

大学サッカーのチャンピオンチームに入部したことで、最高のレベルを目指す、崇高なチャレンジ精神と気概、日常の勤勉な生活と、激しい訓練のたゆまぬ努力の必要を知った。優秀な先輩・同輩・後輩に愛されたことで、チームの動力であるエンジンは、人間の輪が核爆発を起こしているのだという実感を得た。チームメイトと同じ釜の飯を食ったことで、同じ目的を持った集団としての仲間意識、相互扶助とチームに貢献する喜びを学んだ。メッチャクチャ頑張ったことで、頑張ればいい成果が伴ってくるという必然を経験した。ヘタでも、練習さえしっかりやれば、何とかなることを知った。サボルことは、自滅行為だということも習った。サッカーのデフェンスを担当したことで、危機を察知する能力、危機から脱却する能力、危機脱却後の攻撃態勢ヘのチームの再編成、相手布陣の攻めどころを見極める能力を身につけた。読書したことで、人間というのは何じゃ?の難解を悟った。

学生デモに参加して、世界が、全人類が平和に暮らせる世の中になって欲しいと願った。暴力の空しさも知った。力は、団結することで、連帯することで実を大きく結ぶことを知った。民主主義を守る社会、恵まれない人に光を当てる社会、差別のない社会、戦争の起こらない世界を、本当に願った。公害を知って、企業が悪にもなることを知った。

社会人になってからは、野放図な上司に仕えたことで、自らの発意による行動で、自分らしい成果を生み出す悦びを知った。世界一の資産家といわれたオーナー会社に勤めて、その会社のコンプライアンスの欠如で、オーナーはもろく経済界から放逐されたことで、会社と経営者の実業社会における厳しさを知った。電鉄系不動産会社に移籍になって、取引で一番大事なのは安全だということ、そのためには多くの知識が必要だということも解った。勉強しなければならないと理解できた。

結婚したことで、妻を必ず幸せにすることを決意した。我が夫婦に子供が生まれたことで、子供たちをきちんと育てることを決意した。子供たちの将来が、幸せに恵まれることを祈った。子供を戦争などに送りこまなくてはならないような国を絶対作ってはいけないと誓った。母と父を亡くしたことで、人間として一人前にならなければならないと自覚した。

バブル経済をまともに受けてもピンチを乗り越えたことで、絶対諦めてはならないこと、与えられた環境のなかで、やれることは全てやることの必要を知った。社長が率先してクレーム対応をしたことで、顧客を徹底的に大事にしなければならないと、身に沁みて感じだ。息子と同年代の社員が入社してきて、こりゃ本気で教育しなきゃいかんな、と決意した。

上のどれもが、私という人間を作り上げている原子です。

我が社の業務の指針は次の通りです。

 ア、弊社の得意とする分野、そのソフトとハードを先鋭に特化する。              

 イ、アから派生する二次的分野で、他社に例の無い商品を作る。

 ウ、社会が求めているもの(社会から求められているもの)の分野での商品化を促す。

 エ、弊社の拡大分野、様子見分野、余地あり分野を見極める。

 オ、社員教育を徹底的におこなう。

 カ、顧客第一主義を貫く。