声を掛けてくれたS住販のH君には仕事上でお世話になったこともあるので、無碍には断れなかった。我々の業界は、建設業界とともに今、たいへん苦しい環境下にある。そのなかで、当社が、今まで何をどう考えてやってきたのか、ハッキリ言って「苦しいばかりの請負人」みたいなことばかりだったのですが、他人(ひと)の苦労話も、皆さんにはいい勉強になるのでは、と思いつき勇気をもってやってきました。
以下は、その際のレジメです。
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横浜で一番元気な会社、アーバンビルドの山岡です。
(080804)
*一回目のバブル
若さにまかせて、勢いでやっていた。未熟なままだった。その結果、その勢いが仇になった。でも若かった我々には屁でもなかった。生き地獄を笑いながら(嘘!!)耐えられた。
*そこで、今度は会社を、A=「社員、顧客、協力会社、関係会社、支援者、株主のために、いい会社」にしようと決心した。
絶対潰れない会社を作ってみせるぞ、と力んだ。トーマツ監査法人にも調査をお願いした。
*だが、一回目のバブルを本気で真剣に反省しないまま、二回目のバブルに突入してしまった。一回目のバブルをやっとのことで、乗り越えたと思ったときに緊張の箍(タガ)が緩(ゆる)んだ、そのときが慢心の始まりだった。頑張れば、なんとかなった。そのなんとかなった状態で、仔細を省みず夢中で働いたのがまずかった。ここが、甘かった。
*二回目のバブル
現在、苦戦中だ。
そこで再び学習したことは、
①会社には、できるだけ多くの自己資本を確保すること。
②自動的に、自己資本が確保できるシステムを確立すべきだ。
③価格変動リスク、流動性リスクの回避を経営の一番重要なチェック事項にする。
*再び、振り出しに戻った。
そこで、今度こそAに「いかなる変化にも耐え得るホンモノの会社」をプラスした会社作りを目指すべきだと強い意識を持っている。もう逃げ場はない。年齢的にも、困難な作業だけれども、経営者ならば当然だ。厳しく律していかなければならない。
*人は、金は、モノはーーー。
◎山岡の人生観、価値観によって会社はその姿を見せる。
農家の三男坊、運動会・学芸会大好き少年、浪人時代とドカタ稼業、早稲田大学サッカー部の4年間、クラス討論会から革マル、反米反帝反戦反知識人反権力、読書遍歴、友人、国土計画の幹部候補と堤義明、根性のない経営者との確執、根性のある経営者との邂逅、いいオジサン、親が死んで孫が生まれる、左派系経営者、会社は誰のモノ、
夜は右派(酒)系粋人でありたい。