2017年10月10日火曜日

『(新釈) 走れメロス』

2007年3月に発行された森見登美彦の『〈新釈〉走れメロス他四編』の『〈新釈)走れメロス』を読んだ。発行は祥伝社。購入したのは約15年前。
この本は私の宝の在庫品だ。

   新釈走れメロス 他四篇

太宰治のメロスとの一番の違いは、主人公の走る理由だ。
メロスは制限時間内に行って帰ってくることを目的にしているが、芽野はまったく逆だ。逃げ切ることが肝心、それが目的だ。当然、こういう目的だってあるだろう、と気ままに読みだした。

メロスは処刑されることになっていた。王様に無礼なことをしたので、その罰として自らの命を差し出した。
ところが芽野は、図書館警察の長官から「ブリーフ一丁で踊ることから逃げることを選んだ。

久々に大学に行った芽野は、学園祭のため講義が休みであることを知る。京大での話だと思ったが、この時代に学園祭なんて言葉を使ったのだろうか。
所属する「詭弁論部」が、部室を奪われたことに激怒し、図書館警察の長官に文句を言う。

屁理屈を言う人、よくわからない理論を言う人の集まりが詭弁論部だ。このような道を選んだ物好きたちの流刑地と言われていたかもしれない。


長官は「ブリーフ一丁で踊るなら部室を返してやる」と提案する。
この長官の思惑は何だったのだろうか。長官にも長官しか解らない理屈があったのだろう。
何をぬかす長官め。
よく理解できないことを聞かされた芽野は、「姉の結婚式に出席する」と嘘をついて京都の街を逃げ回る。何故、このような嘘であると直ぐに判る嘘をついたのだろうか。そして、友人の芦名は身代わりに拘束された。芦名の心境は如何だったか。

こんな部活に所属しているのだから、芽野は「約束を守らないことが友情の証」だと考え、ブリーフ踊りから逃げ切ることだと考えた。
ところが、芦名は「期待を裏切ることが友情」なんて、すごく奇妙な友情の形だが、「これこそが俺たちの友情だ」と考えていた。
こういう気配りも、やはりきっと友情的なのでしょう。

芽野には姉がいないことを、身代りの親友・芦名は知っていた。
このことを知った長官は、何が何でも芽野を徒(と)っ捕(つか)まえて、真実を知りたがった。それ以上に、芽野に交わした約束を守らせようと躍起になる。

芽野をブリーフ一丁で、ステージで踊らせるんだ。

身代わりで残された芹名から、芽野が嘘をついていることを知った長官は、なんとしても野を捕まえて約束を守らせようとした。
この芽野探しの探偵ごっこが、この物語の半分。電車やバス、走歩での追いかけっこは、命がけのように凄まじいものだった。

逃げ切っただろうと思いだした頃、長く会っていなかった彼女に、偶然久しぶりに会った。その折、彼女のアパートでの仕種に騙された。長官の仲間に拘束され、そして長官のいる大学の構内に連れていかれた。

嫌がる芽野はステージに上がり踊る。そして何故か、芹名も踊る。

友情で結ばれた芽野、芦名、長官の三人は、明るい照明の中、優雅に黙々と踊り続けた。
踊りの後、誰も見ていないステージの上で三人は、顔を突き合わせ赤面した。
この赤面した者たちは、友情について解り合えた

図書館警察の長官は、クライマックスでこう語ります。
「お前たちのやりたいことがようやく分かったよ。友情とは僕が考えていたよりも不可解で、決して一筋縄でいくものではなかったのだね。でもそれは僕が本当の友というものを知らなかったからだ。そこで一つ頼みがある。どうか、僕も仲間に入れてくれないか」

『新釈 走れメロス』は理解するのが困難でありながら、でもそれは間違いなく本物の「友情の物語」であるのだ。

それにしても、難しい物語だった。