2017年10月28日土曜日

衆院選で勝ったのは何か



20171025の朝日新聞・朝刊で、細川護煕(もりひろ)・元首相と濱野智史(さとし)・社会学者、大宅映子・評論家の三氏が10月22日に行われた衆院選にて「勝ったのは何か」について発言していた。

その記事をここにそのまま転載させてもらった。私と三氏とは何もかも、ほぼ同感だった。
選挙が始まった時に感じたのは、何故、今に衆議院選挙なんだということだ。国民の大多数が悩み抜いている課題があるのか? あったとしたら、それは何なのか。
どの党の誰に投票していいのか解らない。自民党も希望の党も維新の会もこころ、社民、共産、公明のどの党も公約がいい加減? ハッキリしない、迎合、都合主義そのままだ。
にわかに結成された希望の党? これは貧困過ぎた。
立憲民主党は票を伸ばした。

国難突破解散って? 何が国難なんだ。安倍首相が考えている国難以外に、いっぱい国難が多い。このことについて、どの党もしっかりした発言がない。
平たく言えば、国民に言われるだけ言われた大義なき選挙だ。
本当に選挙をやらなくてはならない事柄がない。国会において、真剣に討議しなければならないことをいい加減に済まし、何だかんだと言って解散だ。これでは、選挙戦は面白くない。

そうしたら、野党のシッチャカメッチャカで、自民党に台頭できるまで票を集められなかった。 衆院選は自民党が大勝した。
安部内閣支持の一方で、不支持も多いと伝えられる。これは、何故?
野党分裂も情けない。新党を結成したのに、その党是さえできないまま闘った。そんな新党に公約なんか制定できない。

勝った自民・公明両党に安心して任せられない。野党だって、本当に負けたわけではない。
幸いにして、私が投票した候補者は当選した。彼が所属する党は思い切り勝った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
改革の機熟してはいない

細川護煕さん 元首相

誰が勝ったのか、よくわかりません。そもそも何のための解散だったのかがわからないのですから。森友、加計問題の追及から逃れると共に、野党第一党の党首交代などの混乱に乗じ、選挙を有利に運ぼうという安部晋三首相の魂胆が見え見えの暴挙でした。後世、憲政史の汚点と批判されかねません。

首相は憲法改正を目指すようですが、改憲に進む環境が整ったわけではないでしょう。公明党もまだ慎重に構えているし、簡単にはいかない。そもそもなぜ今やらなければならないのか。機が熟しているとは全く思いません。安部さんは本当に用心深くやっていかないと、ここでつまずきかねませんよ。

大義なき解散は実は野党にとって好機でした。(東京都知事の)小池(百合子)さんが希望の党の代表に就任した直後の一瞬は風が吹いたのですが、その後の混乱が台なしにしてしまいました。小池さんが昨年の知事選で大勝できたのは、彼女が自民党に排除されたことを見て、有権者が味方になってくれたからでした。にもかかわらず、今回自分が排除する側に回ってしまいました。それではうまくいくわけがありません。おごりがもたらした結果でしょう。

そもそも新党を設立するときはまず事務所を立ち上げ、スタッフを集めないと選挙などできません。私が日本新党を立ち上げた当時の状況を、一緒にいた小池さんは見ていたはずなのに、生かされていませんでした。
民進党や希望の党の騒ぎで、野党は何をごちゃごちゃやっているのかと有権者の失望を招いたことも大きかったでしょう。前から頼りにならないと思っていたところにますます不信感が募った。これは自民党にしかない、という空気が強まったのでしょう。

唯一の救いは、枝野(幸男)さんの立憲民主党が野党第一党の地位を得たことでしょう。安部自民党がおざなりにしている、個人の権利や自由や平和を大切にする戦後保守の伝統につながっています。中道から寛容な戦後保守までを含みうる幅広さ、包摂力を持っています。1993年の最初の選挙の際に埼玉・大宮に応援に行った時は全く人が集まらず、「この人、大丈夫か」と思いましたが、今回花が開いたのだからこの機に飛躍してもらいたいですね。ただ、政権をとるには、自民の穏健な保守中道勢力とも連携する必要があるでしょう。

今回の自民党の勝利は、細川内閣で導入した小選挙区制によるものでした。政権交代が実現するように小選挙区があっていいと思いますが、比例区との比率は現在62%対38%。当初案は50%ずつでした。多様な民意を反映させるためにはやはりイーブンが適当で、できるだけ早く改正すべきです。
(聞き手・磯貝秀俊)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昭和の利益誘導なお強固

濱野智史さん 社会学者

そこそこ若い世代の一人として、勝ったのは「昭和」だと私は思います。昭和時代に自民党が作り上げた、地元や業界への利益誘導に元づく集票システムを超える政治基盤が、本当にはないんだな、ということがむなしく確認できました。そういう意味では死後なお、田中角栄が勝っているのかもしれません。

日本はもともと、外圧でもないと変化の起きにくい島でした。黒船が来たから仕方なく近代化し、形だけ民主主義をやり始めたけれど、革命のあったフランスや南北戦争のあった米国のように、過酷な歴史を経て有権者に根づいた意識もない。だから日本の政治は、「民主主義ごっこ」のような一種の借り物でした。

戦後、その「民主主義ごっこ」を日本流の利益分配システムに仕立て上げたのが、自民党であり角栄でした。その結果、組織票か、地元でずっと応援しているから、という利害と惰性中心で、政策は二の次という支持基盤が強固になりました。都市型無党派層の私から見ると、今回の結果は既得権益に頼る地方の人々が作り上げた分配システムの勝利にしか見えないのです。

今回は、それに代わる投票行動の流れをつくりうるインターネット選挙の活用もみられました。結党まもない立憲民主党がツイッターやユーチューブを使って支持を伸ばし、一定の成果は見られた。でも、あれだけ盛り上がっても獲得したのは55議席で、自民の284議席には到底及ばない。そしてネット全体の状況をみれば、批判の応酬や炎上ばかりで、今後まともな言論プラットフォームとして機能する道筋は見通せません。

さらに、自民党以外に現実的に政権を担える勢力もなく、「仮に北朝鮮と戦争になっても、日米で連携して負けないで」と思って投票した人も意外に多かったはず。「投票して何かが変わるわけでもないだろう」というニヒリズムから棄権する層が多かったという要素も加わり、自民党が大勝しました。

少子高齢化が進む日本は、抜本的な手を打たないと、今後は国として国際競争力で「負ける」一方になりかねない下り坂の状況にあります。だから中国は、変わろうとしなかった日本をみて、「勝った」と安堵しているかもしれない。2020年以降は、日本はおそらく今の延命措置のままでは立ちゆかなくなる。

そうなると若い世代の中には選挙の棄権どころか、日本人をやめようかな、といった感覚が強まりかねないと思います。ネット時代は、映画やプログラミングの能力があれば国際に関係なく仕事ができる。若者が「変われない昭和のシステム」に絶望して日本脱出を始める前にこの政治へのニヒリズムを何とかしないと、本当にまずいと思います。
(聞き手・吉川啓一郎)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
政策後回し敗れた「未来」

大宅映子さん 評論家

戦後これほどぐちゃぐちゃな選挙はなかったのではないでしょうか。公約、候補者、テレビなどメディアのすべてがぐちゃぐちゃ。結果、有権者は政策の良し悪しより政権の安定を選んだだけです。

自民党候補に入れた有権者たちも、自民党は支持するが安部さんを信認したわけではないでしょう。独善的で、「日本のエネルギーは多様性、ダイバーシティーから生まれてくる」と言いながら、多様な価値観や生き方を排除し、異なるものは威嚇までする安部さんの手法に、否定的な保守の人は少なくない。

先の都議選で「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言ったのが象徴的ですが、ヤジにはヤジでやり返すのは、とても日本国の総理大臣のあるべき姿ではありません。要は人間ができていない、大人になりきれていないし、なろうと研鑽を積んでいるようにも見えません。

開票が進む中、安部さんは苦虫をかみつぶしたような表情で、「やったやった」というような高揚感を感じませんでした。しかし、本音なのかは大きな疑問符がつきます。国会で森友・加計問題が追及されれば、またぞろ、ムキになって反論するでしょう。

立憲民主党が躍進したことを評価する人たちがいますが、だからといって、自民党政権の対抗軸に枝野さんたちがなる図式は見えません。今度の選挙で評価できることがあるとすれば、寄り合い所帯だった民進党の区分けがはっきりできたことだけです。

小池さんが「排除いたします」と言ったことが批判されますが、いずれは、違いをはっきりさせなければならないことでした。むしろ、前原代表が唱えた希望の党への合流を民進党が満場一致で承認したことこそ、最も信じられない出来事でした。主義や信念の違いを度外視して、単に議席を維持できればいい、という議員根性が露骨でした。

議員のご都合主義、浅ましさが、有権者にはっきり示されたことで、一瞬希望の党に吹きかけた「風」がなぎ、逆風になって返ってきました。

今回ほど政策の是非が論じられなかった選挙もありません。安部さんは「国難突破解散」とぶち上げましたが、北朝鮮情勢も少子高齢化も、ずっと前からわかっていたことです。大体、危機だったら選挙で外交を2週間もお留守にしていいわけがありません。

一方で、借金が1千兆円もありながら安部さんは高齢者の福祉を削らずに子育ての資金を拡充すると言いだし、野党は消費税増税を凍結すると言い出す大衆迎合ぶり。これを正面から批判しないテレビにも大きな責任があります。

今回、勝者はいません。むしろ解決すべき課題を放り出したことで、未来の日本が敗者として刻まれた選挙です。
(聞き手 編集委員・駒野剛)