2012年5月1日火曜日

尖閣諸島

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20120418朝日朝刊より。

東シナ海に浮かぶ尖閣諸島(手前から南小島、北小島、魚釣島)=10年9月25日、沖縄県石垣市、朝日新聞社本社機から、竹谷俊之撮影

 

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20120418朝日朝刊 ワシントンで講演する石原知事=釆澤嘉高撮影

20120417 石原慎太郎・東京都知事が米ワシントンで、突然、尖閣諸島をの購入計画を発表した。

都は、購入費を全国から募るという。当然、歳入の主たる税金をその購入資金には充てられないとの認識だろう。中国との領有権で争っているこの島を購入するとぶち挙げたのは、石原新党立ち上げの景気づけか?、自らの求心力を高めるための思惑か。島の所有者は知事の知己(ちき)で、所有者から打診を受けていたようだ。橋渡しは、山東昭子参院議員だ。

そしたら、今度は藤村修内閣官房長官が必要ならそういう発想のもとに国が進めることも十分あり得ると、記者会見で語った。国有地化だ。だが、政府内では足並みが乱れている。手続き上は混迷することは必至だろう。でも、所有を求めるなら、何も、遠く離れた東京都よりも、国が求めるのが本筋だ。

石原知事には、こんなことに手を煩わすことなく、早期にやってもらいたいことが山ほどある。先ずは防災、明日にでも、首都圏直下型地震に襲われるかもしれないではないか。弱く、年老いた、貧しい人たち対策は進んでいるのか。幸せな老後、若者に仕事。防犯、環境、ゴミ問題、至急に取り組まなければならない課題は多い。

中国外務省は、古来中国の領土であり、中国は争いのない主権を有していると従来の主張を繰り返したが、その発言は抑制的だったと記事にはある。

そんな記事を読んでいたら、20120418の朝日新聞に『教えて!尖閣諸島 その歴史と成り立ちは?』を見つけ、これは、今後の尖閣諸島問題の推移を見るに必要な基礎知識だと思ったので、マイファイルした。

この時系列の日本の実効支配の状況を読む限り、他国から領有権を脅かされることはない。日本国が実効支配している限りは、個人が所有しようが東京都が所有しようが、関係ないように思うのだが、果たして、中国側の主張の内容が如何なものか聞いてみたい。

以下は、新聞記事そのままを転載させてもらった。

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20120418朝日朝刊より。

 

外務省、沖縄県石垣市などの資料から

1872年  琉球王国が廃止され、琉球藩に

1879年  沖縄県の設置

1895年  内閣が魚釣島などに標杭設置を決定。領土に編入

1896年  民間人に魚釣島など4島を貸与。その後、カツオブシ製造などを始まる

1932年  民間人に4島を払い下げ

1940年  現地事業が閉鎖され、無人島に

1945年  沖縄戦。米軍占領下

1972年  沖縄返還

2010年  中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突

 

沖縄本島、中国・福州からそれぞれ約400キロの距離にある尖閣諸島。面積3,82平方キロメートルと最大の魚釣島(うおつりじま)と、1平方キロメートルに満たない久場島(くばじま)、南小島(みなみこじま)、北小島(きたこじま)、大正島(だいしょうじま)の計5島と岩礁群からなる。

諸島のある沖縄県石垣市によると、1884年に福岡県出身の古賀辰四郎氏が魚釣島を探検。95年1月には明治政府が沖縄県の所轄として標杭を立て、日本領とすることを決定した。

翌96年、古賀氏は魚釣島など4島を30年期限で無償貸与を受ける認可を受け、古賀商店八重山支店を開設。羽毛やリン鉱石の採取、カツオブシ製造などの事業を展開。最盛期は約250人が暮らした。

古賀氏の死後、親族が事業を継承。1932年に魚釣島、久場島、、南・北小島の4島の有償払い下げを受けたが、40年に事業継続を断念。尖閣諸島は無人島となった。その後、4島は第三者に譲渡され、現在はさいたま市の男性とその親族が所有している。

このうち、魚釣島と南・北小島の3島には2002年度から政府が賃借権を設定。政府に無断で第三者が上陸することはできなくなった。「島の平穏かつ安定的な維持、管理」(内閣官房)を目的としており、年に計2450万円の賃料を支払っているという。

久場島については、1972年から駐留米軍が訓練に使えるような防衛省が男性の親族と賃貸借契約を結んでいる。米軍は射撃場として使用しているといい、同省は賃料を公表していない。大正島は国が所有している。

ペットの販売に物申す

 

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20120406の朝日新聞で、ネットによるペットの売買においてトラブルが続出しているとの記事を見つけた。

購入直後に死んだり、外見が紹介写真と違ったりするケースが後を絶たない。国民生活センターは「実際に業者やペットと対面してから購入を検討するように、また環境省も対面販売を義務付けるなど規制強化の検討を始めたとの記事だった。ここまでは、新聞の記事のままだ。

この記事に、私は触発された。

頭の隅っこで眠っていた考えが目を覚ましたのだ。といっても、全然、上の記事とは異なる内容だが、以前からずうっと考えていたことを吐露してみたい。

それは、以前から思い続けてきたのだが、ペットをお金で売買することに、どうしても納得できないのだ。

全ての動物においては、どうなんだ?と問われると、私の主張が容易に破綻することは、解り過ぎている。ここは、とりあえず、ペット動物について言及する。

他人さまの意見を聞かせて欲しい。

私の娘は、ペットショップの店頭で2年間も売れなくて、その結果なのか、自閉症になってしまった犬を只で貰ってきた。シー・ズーだ。娘の家から我が家にやってきて数年、やっと落ち着いて生活している。もう1頭の犬は、ミニチュア・ピンシャーだ。彼は、母親の出産後、1週間ほど経った後に、忘れたように生まれてきた。体重は超軽く、ちゃんと育つか不安だったのだろう、店の人から只でいいからあげるよ、と言われて貰ってきた。

2頭とも、今は老境、でもすこぶる健康だ。私たちとは縁があったのだろう。

そして、私は今、事情があってアパートで一人暮らしをしている。友人が猫を保護したので、面倒見てくれないかと頼まれ、内容を理解しないまま承諾してしまった。その猫には、排泄機能障害があった。私のアパートに来て1日目、2日目、部屋の床はウンコ、オシッコまぎれ。室内には悪臭が立ち込めた。それでも、3ヶ月後、なんとか極度の不愉快に至らないで共生できるまでに、猫の体も少しは快方、私の方は知恵と辛抱を身に付けた。この猫は、人間の虐待によって危害を受け、障害を持つことになったのだろう。元々、良家で暮らしていたようで、行儀良く、上品なのだ。それが、どうして? そこは謎だ。

今回の本論に戻る。ペット動物をお金で売買することに、どうしても抵抗を感じるのだ。

街で多く見かけるペットショップや、ネットによるペット動物の売買を、この世の異常事だ、と言い切るのは無謀なことだろうか。檻に入れられた動物に値札が付いて、お客さんは品定めをして買う。こんな取引って、お互い恥ずかしくないのか。実に、前近代的だ。

もうかると思えば何にでも手を出す銭(ぜに)ゲバ走狗は、何処にでもいる。そんな奴等をのさばらせてはいけない。お客さん、あなたの文化度の低さをさらしているようなもんだぜ。

ペットと暮らしたい、ペットをお世話したい、と思ったときに成り立つ良好なシステムが欲しい。そのシステムが確立して、社会で広範に稼動することを願う。

もしも、もしも、私のこの気持ちを理解ができる方は、前の方で書き込んできた私の希望を、文章化してくださいな。

2012年4月30日月曜日

猫さんの五輪出場に思う

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20120325 タレントの猫ひろし(本名・滝崎邦明)(34)が、次のロンドン五輪にカンボジア代表として出場が決定したと、同国のオリンピック委員会のワット・チョムラーン専務理事が明らかにした。

五輪の陸上では、参加標準記録を突破した選手が1人もいない国・地域は、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる「特例」があるそうだ。

へえ!!そうなんだ?と、新聞記事を読んで思った。が、そのうち、関心は薄れていた。会社で、みんなに聞いても、誰もが、どうでもいいようだった。日本では珍しいが、海外では外国籍を取得してメダルをとった選手はいく人もいる。

陸上のある種目では、1位から4位までが、国は違えども、全ての選手が国籍変更組みだったことがある。元の出身国はケニアだったりナイジェリアだった。

でも、何で、猫がカンボジアなんだ。そして、猫の記録が飛び抜けてもいないのに、そんなことをしてまで、オリンピックに出たいと思う本意は何か。

私にとって猫は、日本にいる多くのマラソンランナーのなかでも、早い記録を持っている1人のランナーぐらいの認識だ。それよりも、猫のために出られなくなるカンボジアの選手のことを気の毒に思う。

そしたら、20120414の朝日新聞に「猫ひろし 五輪ピンチ」の記事が目に入った。以下細字は、当日の新聞記事のまま。国籍変更選手の国際大会出場資格に関する国際陸連(IAAF)の規則に抵触する恐れが、今回のIAAFの規則の変更で、出てきたそうだ。

 

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昨年までは、国を代表して国際大会に出た経験のある選手が原則、国籍変更後3年を経過しないと新しい国を代表して出られないという規則だけだった。

しかし、最新のIAAF競技規則第5条2項には代表経験のない選手に対しても、、国籍取得後1年を経ないと出場できないという規則が加わった。ただ、現地に1年以上継続して住んでいるか、IAAF理事会が特別に認めた場合は、例外として代表になれる。

 

このように新しくできた規則に照らし合わせて、今、IAAFはカンボジア陸連に問い合わせ中だそうだ。

そんな最中に、猫に強力なライバルが出てきたのだ。

同国のヘム・ブンティン選手が先のパリ・マラソンに出場して、猫のベスト記録よりも7分も早い記録をたたき出した。ネット情報によると、ヘム・ブンティン選手は、走行中腹痛に襲われ、トイレに駆け込み、1分25秒もロスタイムしてしまった。

結論。

猫は自らの意志で、カンボジア代表としてオリンピックに出場することを辞退すべきだ。実力で、猫よりも好タイムの選手が同国から現れたことで、何も、国籍まで変更して同国の代表選手として出場する意味がなくなった。邪(よこしま)な言い方を許してもらえれば、大概の人は、猫が芸能人としての自分の商品価値アップのためで、カンボジアのことなんて何も考えていない、と思っているだろう。私は、そのように考えている。事実、そんな目論見かもしれない。

猫さん、視点を変えよう。国籍を日本からカンボジアに変えたことで、猫には思いもよらぬ、仕事の領域がぐうんと広がるように思うのだが、どうだろうか。普通、なかなか、そう簡単に国籍を変えられるものではない。お笑い芸人だからこそ、両国の友好の架け橋のために働ける仕事は多彩だ。生まれ育ててくれた日本、何故だか国籍変更に応じた不思議な国、カンボジア、縁が生まれた両国のために、マラソン以外で頑張って欲しい。

例え、同国の代表選手として出場しても、自身に不本意な思いだけが残る結果になること間違いない。だって、オリンピックに出場するには自己タイムが悪過ぎる。2月の別府大分マラソンでは2時間30分26秒で、50位だった。ちなみに、今回のロンドン五輪の参加標準記録は2時間15分。

お笑いを職業にしている猫さん、お笑いは常に何もかもが平和な状態にあってこそ、その職業の役目は発揮されるものだ。お笑い芸人には揉め事は不似合いですぞ。ちょっとでも早い目に、辞退する旨の真情を吐露すれば、カンボジアからも当然日本のファンからも、親しみをもって歓迎されるだろう。

さらなるお笑い芸人としての飛躍に、期待したい。

辞退することこそベストな選択だと思う。

2012年4月24日火曜日

初めての拘置所訪問

20120424 横浜拘置所で総合受付の前に立ったのは、10:08頃だった。

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弊社が保有していたアパートの元住民が、刑事事件を犯して、横浜拘置所に勾留されている。その彼に面接してきた。彼はナイジェリア人だ。アパートの部屋にあった荷物は、弊社の地下室に一時的に預かっている。預かっている荷物の中の靴の中に、お金を忍ばせてあるというので、刑事裁判を担当した弁護士立会いのもとに探したら、彼が言う通り、靴の中から、お金がでてきた。

一万円札数枚と、100ドル紙幣数枚だった。

このお金を本人に渡したくて、横浜拘置所に行った。初めての単身での拘置所入りだ。場所が場所だけに、ちょっと緊張気味。

総合受付のオジサンはいかにも拘置所の受付らしく、ぶっきら棒だった。面接カードに必要なことを書き込んだ。携帯電話は持っているかと聞かれ、持ってますと答えたが、それ以上何の指示もなかったので、持っていますがどうすればいいんですか?と聞き返したら、聞かれたことだけ答えればいいんだ、とのことだった。

そこのボックスに携帯電話を入れて、鍵は自分で持っているように。

こっちに来なさいと言われ、敷地内に歩を進めた。飛行場で行なう搭乗前のボディチェックと同じことを、全身、前から後ろから、何かの探知機を当てられた。カバンの中もチェック。このオジサンは、俺を犯罪人と同じ扱いをする、実に不愉快だった。

大学を目指して40余年前に上京する前夜、母は私に忠告した。実家はお兄ちゃんが頑張っているので、偉くならなくてもいい、お金持ちにならなくてもいいが、警察のお世話にだけはならないでくれ、と。以来、お縄頂戴的な行為には、手を染めていないし、足を踏み入れてもいない。

あなたは、此処、初めてか?と聞かれて、びくびくしながら、ハイっと答えた。

敷地内を奥の方に移動して、いよいよ本格的に面接の受付をした。受付の反対側には、差入用の品物の売店があった。売店と言っても、60センチ角の窓口があるだけで、品物が店先に陳列しているわけではない。多分、この売店で買える品物は限定されているのだろう。

受付窓口の横の壁には、面接者に対する注意書きが張ってあった。手真似合図をしたり、暗号や隠語を用いないこと。共謀やあおり、そそのかしをしない。ビデオやカメラ、パソコン、録音機能付きのラジオ、危険物、動物を持ち込まない。外国語を必要以上に使わない、などなど。

他に、許可される未決差入品と受刑者差入品が別々に書いてあった。違いは判らなかった。未決とは未決囚のことだろう。

面会3号室に入ってください、と案内された。メモ用紙の持ち込みの許可を得た。透明ガラスを挟んで、私と元住民は対峙した。元住民側の部屋の広さは3畳ほど、斜め後ろに刑務官がメモ用紙を膝に置いて控えた。物を置いたり、書き物ができるように、20センチ幅のテーブル状の台がしつらえてあった。ガラスの下部には、10センチの幅で穴が適度に空いたボードがはめられていて、その穴から互いの声が聞こえる。

元住民は、私の顔をよく憶えていて、懐かしく思ったようだ。

此処に来た目的の伝えるべきことは、見つけたお金を此処に持ってきたこと、いつか、君の手元に届くだろう、ということだった。体に気をつけて、刑務官の言うことを、ちゃんと聞くんだぞ、と先輩らしく注意した。

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面会を終えて、差入れの受付に行った。差入れの品を書くカードを渡された。差入れするのはお金で、一万円札数枚と米ドル紙幣数枚だった。ここから、拘置所の対応が腑に落ちなくて、此処に書き留めて置きたくなった。それほど、不思議なことが続いたのだ。

差入れの品が、お金と物品によって、カードが違った。ここで、先ず驚かされたのは、此処では日本のお金はお金として預かりますが、米ドル紙幣はお金としてではなく、物品としてお預かりすることになります、とのことだった。

へえ、そうなんだ! ここでは米ドルはお金ではないんだ。

私が差入れた一万円札数枚の領収書だけは呉れた。上に貼り付けてあるのがそれです。宛先は山岡保、発行者は、横浜拘置支所歳入歳出外現金出納官吏 所属出納員、担当者の名前はなかった。領収書でなくて預り書でいいんでは、と言ったが、これでいいんです、とのことだった。

何で、領収書なんだろう?

そして、米100ドル紙幣数枚の差入れには、お金ではないので、領収書は発行できません、だった。でも、私は預けたのだから何らかの書類を貰っておかないと、後々貴所が受け取っていません、なんてことが起こったら、私はどうすればいいんですか、と食い下がった。せめて、私が書いた差入書の写しだけぐらいはくださいよ、と言っても、そんなものは出せません、とのこと。

受け取ったことを証明する書類は、発行しないし、コピーもくれなかった。

こんなことって、民間会社間の業務の世界ではあり得ないことだが、担当官たちは誰も、至って冷静だった。私は、よく解らない日本円だけの領収書しか貰えないまま、帰ることになった。

2012年4月23日月曜日

他人の気持ちは解らない

日経新聞のスポーツ欄に元西鉄ライオンズ、現在は野球評論家の豊田泰光さんの記事を読んで、ホッとした。

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米大リーグのレンジャーズの投手として初登板したダルビッシュ有投手が5失点ながらも初勝利をあげた。グラウンドを去るダルビッシュに、本拠地のファンはあたたかく、「デビュー戦としてはよくやった」とそんなニュアンスの拍手で見送った。

ところが、本人の心境は、こんな投球ではファンの期待に応えたことにならない。内心、忸怩(じくじ)たる思いがあったのだろう。5失点では面目ないと、自らの投球の不甲斐なさを悔いていたのだ。送られたファンの拍手に頭を上げて、手を振って、帽子を脱いで応えることができなかった。自分自身に納得できなかったのだ。

対戦相手のマリナーズのイチローがダルビッシュの後ろ姿を見ていて、気持ちはよくわかる、と同感していた、と他紙で知った。

もう一人は、ヤンキースの黒田博樹投手だ。開幕戦で9回途中まで無失点に抑えての降板に、観客席から賞賛の喝采を受けた。が、本人は「ワールドシリーズの最後の試合なら考えたかもしれないが」と言い、反応なく無表情でベンチに下がった。

ところが、二人の投手のことを新聞記事になった日の翌日のことだろう。06:15ころ、ニッポン放送の「朝ラジ」のパーソナリティー・高嶋秀武さんが、ダルビッシュや黒田に対して、新聞記事を根拠に、礼儀知らずだよなあ、日本人はどうして、こうなんだろう、黒田もそうだよな、なんで、観客に頭を下げて、応えられないのだろう、と力を込めて、喋っていた。下手なんだよなあ、表現するのが、と追い討ちをかけていた。こんなに応援してくれた観客に、何らかの感謝の表現をしないと失礼になる、とでも言いたいようだった。

この時間はいつも朝めし作成中、ニッポン放送を聞いている。

私は、この高橋秀武さんのコメントに違和感を感じた。本人が自分の投球に納得していないのだから、ええじゃないか、嬉しかったら喜ぶし、悔しかったら悔しい振りをするのが当たり前で、彼らは、嬉しくも何ともなかったのだから、ぶっきら棒だったのだ。それでええやん、ケ。選手には選手の思いがあって、観客は観客の思いがある、それで、ええやないか。

この放送があった日から数日後、201204??の日経新聞、スポーツ欄『”チェンジアップ” 帽子を脱がない覚悟』で、豊田泰光さんが、私の考えていたことを文字にしてくれていた。

この豊田翁とは2年前に、某生保の顧客招待会で、同じテーブルでご一緒したことがある。中西太や稲尾和久、面白い話をいっぱいしてくれた。お茶目な好々爺だった。彼の口から出る全ての話が興味深いものだった。

 

無愛想にみえようが、あれでいい。「俺はこんなものじゃない」という気持ちがあれば、ちょっとやそっとのことでは喜びを表さなくなる。それがプライドだ。

サンケイ時代に2試合連続で代打サヨナラ本塁打を放ったときは正直、私もうれしかった。しかし、あまりはしゃいでは安くみられるので、1人で飲みに行き、安い酒を注文した。「シャンパンで祝杯をあげたらしい」などの噂は必ず漏れ伝わるものだから、用心した。他人からみたらどうでもいいようなところに、プライドはある。

プライドを保つには日ごろの生活態度も重要で、あまりぺこぺこしては駄目だ。新人の年も、私はグラウンドの中でほとんど帽子を取らなかった。巨人の川上哲冶さんに会ったときも「こんにちは」と言っただけだったと思う。

先輩から「挨拶するときは帽子くらい取れ」と言われた。「それでヒットが打てますか。打てるなら先輩だっていくらでも脱ぐでしょう?」と言い返してやった。

妙にぺこぺこするやつが同期の仲間にいた。「おい、あの先輩にはさっきも挨拶してたぞ」と注意することも再三だった。その選手は2、3年でユニホームを脱いだ。シャッポを脱がないのにも意地と覚悟が必要で、そんなところから戦いは始まっている。

2012年4月21日土曜日

熊だって、自由になりたい

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20120421朝日・朝刊より。飼育施設から逃げ出し、射殺されたとみられるクマ。20日午後2時ごろ、猟友会員一条保さん提供

20120420 秋田県鹿角市八幡平の秋田八幡平クマ牧場で、熊が飼育施設から逃げ出して、女性飼育員2人を襲った。襲われた2人は、咬まれて即死という不幸な出来事だった。熊が、人間に牙(きば)を剥(む)いた。積年の恨みか?反逆に出たのでは、と直感した。

逃げたのは34頭のうちの6頭、敷地内の6箇所にある飼育施設のうち最大の施設で飼われていた。高さが4,5メートルほどの塀に囲まれているが、屋根はなく、雪が塀の上部付近まで積もっていた。この積もった雪の表面には熊の爪跡が残っていたことから、熊は、ここから、塀の外へ出たようだ。6頭は、地元の猟友会員に射殺された。

このニュースを聞いて、以前に考えていたことを思い起こした。

先ず、何で、クマ牧場なるものがあるのだろう?との疑問だ。

ちょっと前に、孫とよこはま動物園ズーラシアに行った。そこでは、生まれも育ちも違う動物たちが、なんとか、生まれ育った環境を再現して、自然のままに過ごせるような工夫を凝らしていた。それでも、当然、無理はある。

動物を檻の中に閉じ込めることは、動物の立場から考えれば、虐待されていることになり、人間が動物らを虐待しているのではないか、と考えるようになった。でも、それ以上は考えなかった。

そこに、今回の事件が発生した。

事実、今回、惨事があったクマ牧場の熊には十分な食糧を与えられず、雨露をしのぐ屋根もない悪い生活環境だった。第一、熊は集団生活を嫌う動物なのだ。熊たちには、相当なストレスがあったはずだ。

熊だって、望みもしないのに、見世物として、こんなコンクリートの塀の中で飼われたくない。おじいちゃんやおばあちゃん、お父さんやお母さんと一緒に、生まれて育った山野でのんびり暮らしたかった。そして、自由になりたい、自由に暮らしたい、人間による拘束から逃げたくなるのが、自然ではないのか。

咬まれて亡くなった人には気の毒だが、こんな施設を作って一泡吹かせてやろうと思った人こそ、熊に咬まればよかったのに、と言えば、私は善くない人間なのでしょうか。極端な言い方をしているのかもしれない。が、人間の都合で、動物と言えども拘束することは良くないと思う。このような施設がなくなること、作らないような気運が発生することを願う。

友人にこのような意見を言ったら、子どもを動物園に連れて行って、檻に入れられている動物を見れば、このように虐待するのが当然のように思ってしまうかもしれないよと言われた。それも一理ありだ。

近年、生(なま)血を一瞬に凍らせるような少年による凶悪事件が度々起こった。この少年たちの犯罪の兆しは、始めのうちは小動物の虐待で表れる。私の恐怖する白昼夢が、これ以上広がらないで欲しい。

キーボードを叩き終えたところで、サーカス団にいる動物たちのことに思い当たった。来月8日に、孫と二人で、小沢正原作のお芝居「目をさませ、トラゴロウ」を、練馬のブレヒトの芝居小屋に観に行くことになっている。その本の中のサーカス団の動物たちは、サーカス団の関係者から虐待を受けて、なんとか逃げ出して自由になった。

望みもしない衣装を身に纏い、スポットライトを浴び、人間さまの拍手や喝采を受ける動物たちは、鞭と飴によって強制的に鍛え上げられる。鮮やかな曲芸を、あなたは楽しめますか? 私にはどうしても楽しめない。

2012年4月20日金曜日

お騒がせな、鳩山元首相

鳩山由紀夫元首相が、またヘマをやってくれた。先のイラン訪問のことだ。

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鳩山元首相が、民主党や政府の要人から、イランに行くのは止めてもらいたい。そんな意見に聞き耳を持たず、行ってしまった。そうしたら、案の定、イランの思うド壷にはまってしまった。野田佳彦首相や藤村修官房長官は、行くなとは言えなくて、控えられた方がいいのでは、と言ったようだ。

何で、そこまで皆が反対しているのに、行きたがったのだろう。名誉欲、目立ちたがり屋、みんなに忘れられたくなかったの? それとも、彼特有の何かの使命感に駈られたのか。核開発について、イラン、シリア、北朝鮮は、世界じゅうの国が注目している国家だ。欧米が、特に米国が、一番危険な国家とみているのがイランなのだ。イスラエルの後ろ盾は米国だ。民主主義が成熟していない国家が、核を持つことほど恐ろしいことはない。

 

イランが発表した会談内容が、20120410の朝日新聞の記事になっていたので、そのまま転載させてもらう。

会談の真相は知る由もないが、イランの悪意に基づく捏造か、鳩山氏の言葉足らずによるミスか、イランがこの会談を利用したことは間違いない。今回のこのような事態は、誰もが懸念、危惧したことだった。

元首相と大統領の会談内容とは~

(大統領サイトから、英文抄訳) 大統領は、核兵器廃絶の必要性を強調したうえで、いかなる国も国の意思を他国に押しつけることはできないと語った。日本の首相は、IAEAはイランなど一部の国に二重基準を適用しており公正でないと批判した。

発表された「会談内容」が捏造で大変遺憾だと、記者会見で鳩山元首相は語った。そのいきさつをこれも、同じ朝日新聞の記事を転載させてもらう。

イラン側の発表にある「IAEAは二重基準」とは、核開発疑惑でイランやシリアが厳しく批判されているのに対し、イスラエルの核が承認されているのは「不公平だ」と主張してきたことを指す。イランの主張に日本の元首相も同調したということを強調する狙いがあるようだ。

ただ、鳩山氏は会見で「核不拡散条約(NPT)体制に入っていない核保有国が有利なのは承知しているが、非核の世界をつくる国際協力が必要だ」と述べたことを明かし、この発言が「二重基準」発言に使われた可能性も示唆した。

 

イランと日本は、首の皮一枚の「油」だけの経済交流。油だけだから、日本はイランに対して不思議なほど危機感はなく能天気なのだ。日本は米国とは立場が違うでは片づけられない、世界共通の問題だ。

鳩山氏は、民主党の元代表で元首相、現在は党の外交担当の最高顧問だそうだ。だから、政府としても頭が痛い。政府としての正式な外交行為ではないと、と言ってもね?

先の衆院選後のこと、時の幹事長だった小沢一郎は、小沢の肝いりで当選した新人議員ら大勢を引き連れて中国訪問したこともあった。恰も、自分の家来のようにして、自分の力を誇示したかったのだろう。この党は、何をしでかすかさっぱり、解らない。

この元首相に俺の怒りが再び湧き起こる。

先の衆院総選挙を民主党の代表として、党内論議も熟さないままの公約を並び立て、民主党は大勝した。全てはバラマキ政策だった。それからの政策のドンデン返し、未熟さゆえの国会運営の停滞、党内闘争の明け暮れ。二大政党の新しい枠組みで政策論争と期待したが、この政権交代は泥沼状態になってしまった。その先鋒が鳩山だ。首相の座を降りる際、総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでない、と議員を一旦は辞めると言った。私はホットしていたら、辞めるどころか、舌の根もか乾かないうちに色々出しゃばりだした。が、誰も聞き役にならないと知って、活動の領域を外交にした。外国では、元首相として扱ってくれるが、過去の愚・醜・失態を蒸し返すことはしない。

百害あって一利なしのこの男。1日50万円の子ども手当て男は、沖縄県民に対しても、どう思っているのだろうか。

地元後援会は、そんなくだらないことばっかりしてないで、北海道の選挙区に戻ってきなさい、と呼びかけたそうだが、この”宇宙人”には後援会員の言葉はどのように伝わったのだろうか。後援会員のみなさま、後援会離れをお勧めします。

鳩山さん、あなたは総理大臣を辞めるときに、総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでないと言い、政治から足を洗うが如く、述べたことを、もうお忘れなんですか。あなたが自ら感じられて、それからすっかり忘れてしまったようだが、政治は若い賢者らに任せて、大所高所からのご意見番はどうですか。

細川護煕元首相の爪の垢(あか)でも煎じて飲んでみては如何かな。