2012年7月24日火曜日

漆(うるし)にかぶれた!!

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ハゼノキ

先日、イーハトーブの果樹園の雑草を刈っていた時に、漆の木に触れてしまった。子どもの頃からこの木を「ウルシの木」と呼んでいるが、一般的にはヤマウルシと呼ぶらしい。ハゼノキではと考えたが、そうでもない。ヤマウルシだ。柿や栗、梨に桃に蜜柑などの果樹があるイーハトーブの中で、唯一雑木と言えば、このウルシの木だった。

漆器などに使う漆を採集する木は、どんな樹木なのだろうか、その漆の木のことは知らないが、樹皮からヘラで漆を採集している写真は見たことがある。大きな木からだった。今、俺様にウルシかぶれをさせた木が、漆器に使う漆を採れる木なのか?違うのか? それが分からない

子どもの頃からの経験で、このウルシの木に触ってはいけないことは、常識として体得していた。ところが、暑くて、下を向いたままの作業で、このウルシの木を漆とは気づかずに他の雑草と同じように葉っぱを握りしめた。でも、その時は、それほどマズイことをしたとは思わず、そのままにしておいた。

家に帰ってビールを飲んでいたら、二の腕や膝のあっちこっちが急に痒(かゆ)くなってきた。気付いた時には、皮膚がかぶれた状態で、赤く腫れ上がっていた。痒くて、痒くてしょうがない。子供の頃は、何も薬を付けないで、耐えるだけ耐えて、そして自然に直した。この痒みの原因はウルシだと直ぐに気付いた。経験を踏まえて、ここは耐えることだと、今20120724も我慢している。

そんなことを面白可笑しく、我が神聖なブログに書くこともないのではないかとも考えたが、ちょっと待てよ、職場のスタッフの中に、ウルシかぶれの経験を持つ人が居ないようなら、やはり、こんな経験も今後の皆のために、書くべきだと決めた。

学術的にはアレルギー性接触皮膚炎と言うらしい。樹液に含まれるウルシオールなどの成分がかぶれの原因らしい。

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ハゼノキ

私にウルシかぶれをさせた当の張本人は、まだイーハトーブに繁茂しているので、そいつの正体を写真に撮って、そのうち紹介させてもらいます。

秋には、このウルシの木は真っ赤に紅葉する。紅葉する山野で、赤色のリーダーは断トツにウルシの木で、彼女の存在は格別に鮮やかだ。

佐藤のこの喜びは?

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20120708 朝日・朝刊・スポーツ

後半31分、先制ゴールを決めた広島・中島(中央)は佐藤(右)、森脇に祝福される

 

Jリーグ2、3位争いだ。

この写真は 、7月7日に行われたジュビロ磐田戦において、サンフレッチェ広島がMF中島浩司が後半31分に決勝点を奪った時の写真だ。その後、後半48分にも広島の森崎浩司が得点して2-0で磐田に勝った。この新聞記事の写真はスクラップにして、何度も確かめて、、、そして捨てられない。

写真に向かって右には佐藤寿人(ひさと)。この究極のストライカーが好きだ。身長170センチ体重67キロ、ちょうど私の体躯と同じだ。小さな体で、瞬間的にスピードを上げてボールに近づきワンタッチでゴールに絡む。そしてきちんと得点を積み上げている。

私がサッカーをやっていたその少し前までは、広島は全国でも屈指のサーカー県だった。サッカー王国だった。頂点は東洋工業(現・マツダ)。県内のどの高校も全国的にトップレベルだった。その当時のサッカー狂いが、今、老後、悠々自適の生活を楽しんでいる。その元サッカー狂いたちは、今でもサッカーを観る目は厳しいだろう。そんな環境の中で、期待に応えるように戦えば、自ずからいい結果が出る。今から半世紀前のサッカーの盛んな都道府県は、広島、静岡、埼玉が3強、大阪、京都、東京が続いた。地域限定版だった。

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佐藤寿人

 

彼の魅力は、なんてたって懸命にゴールを追い求めることだけれど、性格が又無茶苦茶良い奴だそうだ。

Wikipediaでの紹介を借りるまでもないが、ここは敬意を表して拝借する=真面目で、人の悪口を言わない、誰に対しても優しい性格。非常に礼儀正しく常にクラブのサポーターへの感謝の心を忘れず、現所属の広島だけではなく、過去に所属した千葉、C大阪、仙台への感謝の念をしばしば口にする。

そんな彼のことを、新聞と少しテレビを観るだけの情報の少ないなかで、私はひたすら彼を応援している。もう少しマスコミで騒がれてもいいのではないか、私の偽らない気持ちだ。日本代表の試合は全て観ているので、このチームに招集がかかるといいのだが。

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中島浩司

その次に写真の中央にいる中島浩司のことだ。この男のこともこの写真を観て、いろんな思いを彷彿とさせるものがある。新聞では、「苦労人が試合を動かした」とあって、彼の紹介記事が続く。

2002年シーズン後に仙台から戦力外通告を受け、トライアウトで市原(現・千葉)へ。オシム元監督に心酔、使われた。その千葉も08年オフに戦力外に。広島に移籍し、昨年までに3年連続で30試合超出場。転んでも、ただでは起きない男だ、と。

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森脇良太

広島生まれの広島育ちだ。サンフラッチェ広島のジュニアユースからユース、トップチームに順調に昇格した。2006年に出場機会を求めて愛媛FCへレンタルされたものの、復帰後はレギュラーに定着。表情に愛嬌があって、広島の女性ファンを鷲掴みにしていると聞くが、納得だ。

こんな連中が、広島の原動力なのだろう。これからが、正念場だ。

2012年7月22日日曜日

日米野球不平等条約だ

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20120721 朝日・朝刊・社会

会見でWBC不参加を表明する新井貴浩選手会会長(右から2人目)ら=日刊スポーツ

 

内容の嘘っぽいワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に労組日本プロ野球選手会は参加しないことを、全会一致で決議した。よかったと思う。当然だと思う。

この大会がスタートする前に、大会の趣旨を主催側からきちんと説明があったのだろうか。過ちは、アメリカからの持ちかけに理解しないまま参加したことに始まる。日本野球機構(NPB)はマンマとアメリカにのせられたのだ。この大会は、FIFAサッカーワールドカップ(W杯)のように、世界一を真に競う大会ではないのに、あたかも世界一を競うような大会名を振りかざされた、これに騙された。日本野球機構(NPB)事務局の生半可な理解で話は進んだ。読売新聞系は異常にはしゃいでいた。出場資格国や予選方法、その他をアメリカが一方的に決めてスタートしてしまった。正直者の日本は、考えられる限りのベストメンバーで臨んだが、アメリカチームはそうではなかった。二番手、三番手の選手で編成されていた。

米大リーグ機構(MLB)と大リーグ選手会が出資して作った運営会社を利用して、シーズンオフに、日本野球を餌にサイドビジネスに走っているだけのことだ。根はここにある。利益の配分が余りにも不公平な内容になっているのも大いに不満だ。日米野球不平等条約にいつまでも易々(やすやす)と付き合えるか。これらは、前回の開催中に指摘され問題化していたにもかかわらず、顧みず、改善の要求もせず、労組日本プロ野球選手会の了解抜きで、参加することを決めたとしたら、選手会が怒るのは当たり前のことだ。

根が真面目な日本代表チームは、やるときには、やる。本大会では、真剣に戦って過去2回行われて連覇した。そして、日本国中盛り上がった。が、それは空花(あだばな)だったことに、選手たちは気づいた。喜んでいたのは、特定の商売人だけだった。

オーナー会議に列席する精神の貧困な連中は、野球文化を高めるどころか、華を萎(しぼ)めることしかできない。悲しいけれど、日本の球界をこんなオーナー会議がリードしている。例えば、陰のオーナー・ナベツネなどは話題づくりをして、自社の新聞をちょっとでも多く売ることしか考えていない。崇高なスポーツのスも理解していない。加藤良三コミッショナーは幽霊だから、イザと言うときにいつも消えていく。当てにならない男だ。選手会の怒りは、このように選手やファンのことを考慮しないオーナー会議やコミッショナーにあることを、早く、あなた方は気づきなさいよ、だ。

選手たちは本当の意味での世界大会を望んでいる。

NPBやコミッショナーが、参加するように説得するとあるが、その前にやらなくてはならないのは、不平等条約の改訂か解消だよ。

この大会に参加するのがいいのか、辞退した方がいいのか、選手会は随分苦しい選択だったと推量する。だが、心配は無用だ、ファンは選手会の決議を断固支持する。私も支持する。球団の編成問題が発生した時も、選手会の意向は多くのファンに支持され、結果、選手会の望む通りに収まった。

今は野球に関心が薄れてしまったが、新聞のスポーツ欄で在阪球団の活躍の記事だけを追っていた時のお馴染みの新井貴浩(阪神)が選手会会長だ。頑張ってや!! 今こそ、アメリカから投げられた球を、「空に向かって打ち」返してくれ!!

 

20120721の朝日・朝刊の記事から。

社会面。

労組日本プロ野球選手会は20日、大阪市内で臨時大会を開き、来年3月に開催予定の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への不参加を決議した。日本野球機構(NPB)は昨年12月のオーナー会議でWBC参加を決めているが、選手会が不参加を表明したことで、日本の出場は現時点では難しい状況になった。

米大リーグ機構(MLB)と大リーグ選手会が出資して作った運営会社で、大会主催者のWBCIが、参加チームのスポンサー料やグッズのライセンス料をすべて吸い上げる大会構造について、プロ野球選手会は一貫して反発していた。第3回大会へ向けて、選手会は昨年7月、スポンサー料などの日本代表への帰属をWBCIに要求し、条件が見直されなければWBCへ参加しないことを表明。その後もWBCIから具体的な返答がなかったため、今回の議決に踏み切ったという。

選手会の新井貴浩会長(阪神)は「5年後、10年後の野球界のためを考えての、苦渋の選択だった。全会一致で決議した」と語った。

一方、NPBは近く選手会と話し合い、参加するよう説得する方針。

 

スポーツ面。

選手会がついに最後のカードを切った。不参加は野球ファンの失望を招く危険を伴うだけに、極めて重い決断といえる。

「WBCはファンも楽しみにしていたし、選手も楽しみにしていた」と新井会長。それでも不参加を決めたのは、「参加国の権利を犠牲に運営される大会で、このまま参加することは将来の日本の野球に負の遺産を残す」という理由だ。

WBCの実態は大リーグによる「招待試合」。大会収入の半分以上は、「日本マネー」といわれるが、利益の66%を大リーグ側が独占し、日本野球機構(NPB)への配分は13%しかない。

NPBは「現実路線」で、侍ジャパンの常設化で新たなビジネスを模索している。その成果をもとにNPBは選手会の説得に動く方針だが、現状では難しいとみられる。選手会の示す参加条件は、WBCIが代表チームの権利を各参加国に戻すこと。もしこの点が見直される可能性があれば、日本が参加する道は残されている。選手会関係者も、交渉の余地がまだあることを否定していない。

WBCIが選手会の主張をすんなり受け入れるとは思えないが、日本からの収入を大きな柱としていることも事実。第3回大会では1次ラウンドに加えて、2次ラウンド2組のうち1組分が日本で開催される予定だ。日本が不参加となれば大会への影響は計り知れない。昨年、WBCI首脳は「仮に日本が参加しなくても、大会は予定通り開催する」と話したが、現状をどう判断するか。選手会が強気に出られる理由もまた、このいびつな運営構造にある。

(吉村良二)

2012年7月19日木曜日

今度は、アンノウイモだ

昨日は猛烈に暑かった。今日20120718も猛暑が予想された。

今日は水曜日で、水曜日は営業部の定休日。

具体的に追われている仕事を抱えているわけではないが、それでも、私は会社に出る心算でいた。そのために、早朝、暑い日差しになる前の6時過ぎに、イーハトーブの果樹園の伸びた草を刈り始めた。このような作業は農家育ちの私にはお手の物だ。隣家との境界線上に、草が覆いかぶさっていた。刈り取った草は、肥料になるので敷地の隅っこに盛った。夢中で草を刈り終えた時には、既に9時を過ぎてしまって、全身汗びっしょり、頭髪の先っちょから、パンツから靴下まで濡れた。

9時半に、会社に電話して管理部のスタッフに出社しないことを伝えた。

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アンノウイモ(安納芋)

それから、アンノウイモの苗を10本植えた。アンノウイモを漢字では安納芋と書く。種子島にある安納地区から最初の種芋を得たことからアンノウイモと呼ばれるようになった。元々、種子島で青果用として栽培されていて、昨今、本州でも栽培されるようになった。生の状態で糖度16、調理の仕方次第では40前後まで上がるらしい。糖度の割にはカロリーが低く、焼いた後に冷やしても、アイスクリーム感覚で味わえる、とは宣伝文句だ。

先週、友人の農婦に提供した手伝いのお返しに頂いた苗を、植え付ける機会がなく、今日になってしまった。農婦が私にくれる際、お・い・し・い・よ、との言葉が脳の味覚中枢を直撃、全身が感応した。すかさず、ニタッと、収穫後のことまでイメージしてしまった。苗を貰って今日までの間、アンノウイモの生命力の強靭さに驚かされた。その苗を小さな器に水を入れて、玄関前に放置しておいたら、日々、その葉が勢いを増してきた。

植えた場所は、何とか蜜柑と洋ナシの隙間の土を掘り起こして、臨時の畑にしたものだ。開墾だ。元は建物の敷地だったので、掘り起こせば石ころやら瓦がごろごろ、けっして、この土は野菜向きではないだろう、と思いながら、しかしアンノウイモの生命力に期待した。

そして今夕、このアンノウイモの苗をさらに10本もらった。今日の昼、イーハトーブを去り際にもう少し開墾しておいたのだ。農婦に頼めば、もう少しくれるだろうと予想していた。どうも私の嗜好は、葉モノではなく芋類のようだ。近いうちに、仕事を抜け出て植えつけるしかない。

農婦から、霜が下りる頃まで、掘り起こさない方がいいらしいと教えられた。じっくり熟成させると糖度が上がる。ならば、拙者の口に入るのは、晩秋か初冬だ。

他に、沢山の野菜に混じって、ツルムラサキをくれた。私にとって、初めて目にした野菜だ。茹でてオヒタシにした。納豆のようなオクラのようなネバリがあって、美味しかった。体には良さそうな食べ物だ。ありがとうございました。

 

それでは、放課後の勉強です。

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★芋の苗(蔓)を見て、高校の時に学んだ蘭学者の青木昆陽さんを思い出した。8代将軍吉宗の享保の改革に登場する。米が十分ではなかったので、代用品として芋の栽培を奨励した人だ、と思っていたら、そんな単純なことではなかった。

本棚から受験に使った『日本史精義(培風館) 著者・下村富士男』を取り出した。それによると(文章は一部割愛)ーーー、幕府は、農民に副業として商品作物の栽培を奨励し、それにより新たな財源を得ようとした。菜種・櫨(はぜ)などを栽培させ、青木昆陽に甘藷を小石川楽園、江戸城内吹上に試植させ、関東で栽培させた。このような殖産興業の政策が、農家の年貢負担能力を増し、年貢の増徴のねらいがあった。

昔も今も変わらない、増税をしかける幕府と政府、増税に苦しむ農民や市民。

2012年7月16日月曜日

子供も大人も悪い!!

前回の「教委会こそ、曲者だ」の続きだ。

大津の中2の生徒がいじめを苦に自殺した問題で、当初は学校側も教育委員会も、いじめそのものを認めなかった。そのうち、いじめがあったことは認めたが、いじめと自殺には因果関係は認められないとしてきた。ところが、市長が、被害者の両親が訴える損害賠償の裁判において、いじめとの因果関係を認め、実態が明らかにされた後に、和解したいとコメントした。

警察が、市や学校の捜索に入った。刑事事件として、学校や教育委員会の杜撰(ずさん)な調査ではなく、司直による本格的な調べに入った。そこで、こんな悲惨な事件を起こしてしまうような日常的な生活環境を誰が作ったのか、それを望むべき環境に改善するにはどうすればいいのか、誰もがそのように思向する。

そこで、前回の「教委会こそ、曲者だ」で、加害者と思われる生徒が本当に加害者だったら、きちんとその子たちにお灸を据えなくてはナランし、同時に、この問題に関係した人たちは勿論、その周辺の人たちも等しく罪を負うべきだと記した。

そんなことを考えて文章を綴ったのだ。

そうしたら、20120716の朝日・朝刊の投書欄「声」に、今年の3月まで教員だった山梨県60歳の男性からの投書が目に入った。

以下は新聞記事のまま=(氏は、かって)担任時代には主任や管理職が頼りにならなくて、一人で警察に行った。管理職になってからは県の教委会も文科相も政治家も当てにならなかった。教員は人間的にはいい人がほとんどなのに、生活指導になると尻込みしてしまう者が多い。教員や校長は非難されるべきだ。だが、なぜ守れなかったのか考えるべきだ。

我々がいくら怒っても、いじめを助長しているのは我々、大人の精神風土にある。「子は親の鏡」というが、子供は大人の鏡であることを自覚するべきだ。

この元教員の文章は、現場を踏んでこられた人だけに、重みがある。このキーボードを叩いていて、私の義弟のことを思った。彼は、京都教育大学を卒業して京都市の公立中学校の図工の先生になった。たった2人の図工の教員を採用するのに、50人程受験した。2年連続で合格してやっと現場の教員になった。その後、生活指導に追われて約15年ほどで退職した。

京都には京都の事情(被差別問題)があって、彼は若手のやり手として、そのうちリーダーとして、昼間の授業に加えて深夜までの生活指導に奮闘した。ある家庭からある家庭へと話し合いに移動する、突発事故は頻繁に起こる、朝方帰宅することもしばしばだった。教育指導に費やす時間帯は大体が夜間だ。それでも、教員に対する世間の目は果てしなく厳しい。

あんなに頑張っていたのに何故、先生を辞めたの?と聞いたら、思慮深い彼は明言を避けて、腑に落ちない事が多過ぎたがそれらは何とか納得しようと努めたが、他の先生たちとの連帯意識が共有できなかったことについては悔しかった、そんなことを訥々(とつとつ)と語ったのを、思い出した。

2012年7月14日土曜日

教委会こそ、曲者(くせモン)だ

大津市で昨年10月、大津市立中学2年の男子生徒(当時13歳)が、自宅マンションから飛び降り自殺した問題で、滋賀県警は同級生3人が昨年9月に生徒に暴行したとの容疑を裏付けるために、11日夜、生徒が通っていた中学校と、市教委事務局が入る市役所を捜索した。

警察が学校に捜索に入るなんて最悪の事態だ。

前日の10日深夜、大津市の越直美市長はいじめがあったから亡くなったのだと思う、市の教育委員会の調査は全く信用できない、実態を徹底的に明らかにされた後に、遺族側と和解したいという意向を示した。

この市長の方針転換によってか、よらずか、警察の出動になった。世論の厳しい批判も後押ししたのだ。市や、県警本部にはメールや電話が殺到していたらしい。

生徒の両親は昨年10月と12月の計3回、大津署に暴行容疑の被害届を出していたが、犯罪事実が特定できないなどと受理されなかった。そこで、遺族側は市と加害者とされる同級生に対し、現在損害賠償を求める訴訟を起こした。現在、裁判中だ。市(教育委員会)も学校側も、裁判においては、いじめがあったことを認めたが、自殺はいじめと直接関係ないと主張してきた。

ところが、市側は、17日に行われる第2回の口頭弁論で、因果関係を認める方向で調整に入った。テレビ、ラジオ、新聞や週刊誌等で全国的に知られるようになって、市側は二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなったのだろう。冷静になって、状況判断したのだろう。

自殺の6日後と、11月の2回にわたって全校生徒にアンケートを実施した。いじめに気づいていた生徒は「自分も見て見ぬふりをしていて、これも立派ないじめと気づいたときは、本当に申し訳なかった」、別の生徒は「今になって、『あの時、もっと真剣に受け止めて心配してあげればよかった』と後悔しています」と記した。

ここからは、大人の問題だ。大人の毅然とした態度を子供たちに見せないとイカン。

こんなことが許されたり、大目にみてもらおうとか、見逃してもらおうとか、うまくいけばお咎(とが)めを受けずに済むとでも思っている子供がいたら、これは容赦なくお灸を据えなければナラン。同時に、学校関係者、警察、教育委員会、市、この事件に直接関わった大人たちは勿論、周辺の大人たちもその罪を負わなければナラン。日本全国のいじめを受けている子供たちのために。

ところが、大津市の教育委員会の記者会見で、未だに、いじめと自殺との因果関係は認められないと主張、13日の市議会においては、飛び降り自殺を転落死亡事故と表現した。これじゃ、いじめをして知らん振りをしている生徒たちと何ら変わりないじゃないか。馬鹿な子供がそのまま教育委員会のスタッフになってしまった、みたいなもんだ。

教師や学校関係者だけではなく、全ての大人が、日常、熱く子供たちに、是を是、非を非とする指導をしていたならば、こんな悲劇は絶対生まれなかった。子供たち、特にいじめをした子供たちは、大人の甘い、ルーズな、けじめの悪い心構えを見抜いて、つい、付け上がってしまったのだ。直視せよ、こんな悲劇的な環境を作ったのは大人たちなのだ。子供は国の宝物なのだ。

記者会見の教育委員会のオジサンを見ていて、こんなオジサンに教育を任せられないと、強く感じた。今回の教育委員会のオジサンのドタバタ劇を見ていて、教育委員会の役割は? と疑問をもった。このことについては、近い将来、議論の余地大いに有りだ。

被害者の両親は、夏休みに警察が加害者と思われる子供たちから事情を聴取する際に、よくよく配慮してくださいと申し出ている。

2012年7月12日木曜日

ヒッグス粒子って、何よ?

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20120705の日経・朝刊

 

テレビも新聞も、ヒッグス粒子で大騒ぎだ。

だが、新聞の記事を一文字づつ吟味して読んでも、テレビの解説を目を皿のようにして、耳をダンボに、頭脳を澄ましても、私には、ほんの一部さえも、理解できない。チンプンカンプンなのだ。

全ての物質は、それ以上は分割できない17種類の素粒子で構成されていて、電子が1897年に、2000年までには16種類の存在が確認され、17番目が今回のヒッグス粒子らしい。

でも、いつまでも分からない解らないで、済ますわけにはいかないだろう。いつか賢い友人が私にもよく理解出来るように話してくれることを期待する。

ひとまず、20120705の日経・朝刊の記事の抜粋をマイファイルして、賢者の出現に備えるとしよう。

【ジュネーブ=藤田剛】欧州合同原子核研究機関(CERN)は4日、物の質量(重さ)の起源とされる「ヒッグス粒子」とみられる新しい粒子を発見したと発表した。2つの国際チームによる大型加速器を使った探索実験で、新粒子が99,9999%以上の確率で存在するとの結果を得た。年内にも、ヒッグス粒子と最終的に確認される公算が大きく、ノーベル賞級の発見となる。

 

CERNのホイヤー所長は同日、「ヒッグス粒子と(特徴が)合致する新粒子の発見に成功した」と述べた。新粒子がヒッグス粒子と確認されれば、宇宙の成り立ちの解明が大きく前進する。

実験したのは、東京大学など日本の16の大学・研究機関も参加する「アトラス」と、欧米の(CMS)の2チーム。

CERNによると、、今年6月までの実験で、両チームともヒッグス粒子とみられる新粒子が存在する確率が99,9999%以上になった。昨年末の段階ではアトラスは約98,9%、CMSは約97%の確率で、「発見の可能性が高まった」としている。99,9999%という確率は物理学の世界での「発見」に相当するが、新粒子が予言されているヒッグス粒子とどこまで一致しているかを確認するため、今年いっぱい実験で詰める。

新粒子の重さは陽子の120倍と、これまで発見された素粒子(物質の最小単位)の中で比較的重かった。

宇宙の始まりである137億年前の「ビッグバン(大爆発)」で生まれた素粒子は、最初は質量を持たず光速で自由に飛び回っていた。ビッグバンの100億分の1秒後にヒッグス粒子が生まれて宇宙を満たしたため、素粒子は動きにくくなり、質量が備わったとされる。

実験では一周27キロの円形加速器で陽子同士を光速近くで衝突させ、ビッグバンを再現。ヒッグス粒子は瞬く間にほかの粒子に変化してしまうため、飛び散った粒子の中からヒッグス粒子の痕跡を集め、存在する確率を割り出していた。

▼ヒッグス粒子とは=どんなものも、どんどん細かくしていくと、最後はもう分割できない基本の粒(素粒子)にたどり着く。ヒッグス粒子はそのうちの一つで、1964年にピーター・ヒッグス英エディンバラ大学名誉教授が存在を予言した。ほかの素粒子が実験で次々と見つかる中、本当に存在するのか立証できていなかった。

ほかの素粒子のように物質を構成するのではなく、質量を与える役目を果たしたと考えられている。存在しなければ、あらゆるものが光速で飛んでしまい、宇宙の成り立ちが説明できない。欧米では「神の粒子」とも呼ばれている。

 

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20120707

朝日・朝刊

天声人語

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ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」は、遊覧飛行で眺めるほかない。人の目の高さから浅い溝が走るだけで、何を描いたものか分からないそうだ。世には大きすぎて見えないものがある。

万物に質量を授けるヒッグス粒子が見つかったと聞いて、ついにやったかと感涙にむせぶ人は珍しい。「世紀の大発見」はえてして我らの理解を超え、その大きさを知るのは、後世になる。

英国のヒッグス博士(83)が半世紀前に予言したこの粒子。宇宙誕生の瞬間、好きに飛び回る他の素粒子に水あめのように絡み、全体を落ち着かせたとされる。その動きにくさこそが質量だ。鈍重になった素粒子たちは寄り集まり水素などの原子、星や生命を生んでいく。

世界の物理学者は、欧州の巨大加速器でヒッグス粒子を探してきた。

天地創造に迫る旅である。彼らは「99,9999%以上の確率」でそれらしき粒子を見つけたという。あると予測された17の素粒子はひと通り確認されたことになる。

ただ、果てしなき時空を究める上で、この発見は始まりにすぎないらしい。地上絵でいえば、溝の何本かは見つけたが、空から全体像を眺めた者がいない段階か。宇宙の大方は未知に「暗黒」が占めるとされる。探求の旅に終わりはない。

ビッグバンから137億年、まさか「作品」の一つが正体に肉薄してくるのは、「神の粒子」もびっくりだろう。こよい七夕の銀河を思い浮かべて、人類もやるもんだと杯を重ねるのもいい。つまみは粒ウニか何かで。

 

20120706 日経・朝刊の春秋に、このようにも書かれていたが、それでも、私、解ったような?、分らないような?

宇宙が生まれた直後に万物に質量(重さ)をもたらしたというヒッグス粒子の役割がピンとこない。「人気者のあなたはパーテイーで大勢の人に囲まれ、動けない。取り囲む人がヒッグス粒子、動きにくさを質量と考えてください」。そんな例えもあるそうだ。分かったようなわからないようなーーーーー。