2013年4月15日月曜日

痛車、断捨離、デスゴール

初めて目にする言葉が、20180407の日経新聞の記事中にあった。新しい言葉は世相を敏感に、巧く表すものだ。

先ずは、1面の「春秋」のなかにあった「痛車(いたしゃ)」だ。

春秋の記事そのもので、この痛車を説明させてもらう。アニメやゲームのフアンが、美少女キャラクターのイラストが自分たちの手で大きくあしらったマイカーを指すーー。トヨタグループが今月、ある人気作品の「公式痛車」を発売した。アニメ「ガールズ&パンツァー」は、茨城県大洗町を舞台に架空の女子高校の日々を描く。ここに登場する生徒の姿がドアやボンネットにずらりと並ぶ。カーナビには主人公の声を採用。マニアのひそかな遊びが各地での集会を通じて広がり、大手企業を動かした。発売初日、予約サイトは希望者殺到でダウンしたそうだ。

 

次は、文化面にあった阿木耀子(あきようこ)さんの「断捨離ベタ」の中の「断捨離(だんしゃり)」だ。

思い切りよく物を捨てられる人を尊敬する、で始まる小論のなかで、断捨離の大切さやもたらす効果、断捨離できない自分の性格や生き方、実生活を、苦笑気味に著していた。断つ、捨てる、離れるの合成語だ。

 

後は、私にとっては初めてでも、世間では普通に使われている言葉だ。つくづく世間知らずだと実感する。アットランダムに。

「デスゴール」

これは、どの新聞だったか憶えていないが、目に留まった瞬間、インパクトのある言葉だ。ネットで調べてそんなことがあるのか、と面白かった。サッカーに関しては、それなりの知識人を自認しているが、知らなかったことが残念だった。ジュビロ磐田の前田遼一選手がシーズンの初ゴールを決めた相手チームが、翌年J2に降格するというジンクスが生まれた。その初ゴールのことをデスゴールという。07年甲府、08年東京ヴェルディ、09年千葉、10年京都、11年山形、12年ガンバ大阪だった。そして先日の6日、浦和がこのゴールを食らってしまった。だが、今年の浦和はそう簡単には崩れそうもない。

 

聞き慣れてきた「リフレ」は、「リフレーション」の略。

最近では、毎日のように新聞でもテレビでも頻繁に使われている。デジタタル大辞典にお世話になった。不況時に生産活動が停滞するとき、インフレの発生を避けながら金利の引き下げや財政支出の拡大などにより景気を刺激し、景気回復を図ること。代表的なものは1933年以降、米国で採用されたニューディール政策である。安倍晋三首相による「アベノミクス」の三本の矢の一本目の矢は大胆な金融政策。第二の矢は機動的な財政政策、第三の矢は民間の投資を引き出す成長戦略。これらの三本の矢が、リフレにつながるかどうかだ。

 

子どもでも知っている「サイバー攻撃」。

インターネットやコンピューターシステムなどの「サイバー空間」を通じて、政府や企業、個人を標的に攻撃を仕掛けること。対象先のシステムに不正に侵入し、機能を損ねたり、機密情報を盗んだりして混乱に陥れる。エストニアが2007年に大規模な攻撃を受け、脅威が知られるようになった。今年に入って、米メディアを狙った攻撃が続出。中国要人のスキャンダルを報じたニューヨーク・タイムズなどが被害を受けた。米セキュリティー会社のマンディアントは2月に公表した報告書で「中国政府や人民解放軍の関与はほぼ間違いない」と結論づけた。(20130109の日経新聞より)

このようなサイバー空間の攻防を米メディアは、「クール・ウォー」と読んでいる。米国と旧ソ連による、かっての東西冷戦「コールド・ウォー」を意識した言葉だ。

 

「クール・ジャパン」

知恵蔵2013にお世話になった。日本独自の文化が海外で評価を受けている現象、またはその日本文化を指す言葉。当初は主に秋葉原に代表されるようなマンガやアニメ、渋谷や原宿のファッションなど、ポップカルチャーを指していたが、食材や伝統工芸、家電など広範囲にわたった文化を指すようになってきた。米が外交政策誌にアメリカのジャーナリストが「日本は文化のスーパーパワー」と書いたのが「クール・ジャパン」の発端と言われており、クールは冷たいという意味ではなく、洗練された、感じがいい、かっこいい等の意味で使われている。

 

「必死のパッチ」

関西地方で使われている言葉。「一所懸命」を表す最上級的表現。パッチをはく時間もない程の必死さや、パッチ姿であることを忘れる程の必死さを表す。阪神球団の選手でよく使う選手がいるそうだ。私は、今日20130415の朝、阪神球団のルーキー藤波投手が初勝利のインタービューで応えているのをテレビで観て初めて知った。

 

「サジェスト機能」

「サジェスト機能」というのは、インターネットの検索サイトで調べたい言葉を入力すると、補足の情報が自動的に表示される機能。
補足の情報の表示は、過去の膨大な検索結果を機械的に処理し、検索する人が何を調べたいか推測する形で行われ、入力の手間を省いたり、関連情報を探しやすくしたりするためなどに利用されている。 このことについて、20130417の天声人語の一部を以下に転載させてもらう。ある男性の場合、その名前をを入れると犯罪がらみの言葉が併せて表示される事態になった。あたかも男性がその犯罪にかかわったかのような中傷記事が検索に引っかかり、容易に読まれてしまう。これは男性への名誉毀損である。東京地裁は一昨日の判決でそう認め、グーグルに表示の指し止めを命じた。男性の代理人の富田寛之弁護士は「表示は自動的、機械的にされるものだが、グーグルにも責任があると認めた点で画期的」と評価する。

 

その後も、続々と知らない言葉が目に入ってきた。

 

「マンセッション」と「ウーマノミクス」

20130419の天声人語よりその一部を転載させてもらった。「マンセッション」という言葉があるのを最近知った。英語で男性と不況(リセッション)をかけ合わせた造語である。男性の失業率が女性のそれより高い状態をいう。日本はいま「男性不況」にある。「ウーマノミクス」という言葉もある。女性と経済(エコノミクス)を組み合わせている。女性の就業率をもっと高めていけば、GDP(国内総生産)も増えていくはずだという発想である。

2013年4月11日木曜日

ハコベと鶏と祖母

私と経営責任者の中さんとは、此の頃、異常?!に力を入れているのが、商品化する戸建の中古住宅の外周りの整理整頓と美装だ。内部においては、関連のリフォーム会社が担当しているが、私と中さんとでできることはないかと考えた結果だ。

ある現場のリフォームの出き上がりをチェックをした際に、二人は雑草を取って汚れた塀に水を掛けて拭き掃除をした。その時に中さんがコンクリートの擁壁を高圧洗浄をやってみたらどうでしょう、と提案してきた。

早速、高圧洗浄機を購入してからは、全ての物件の建物の内部以外のコンクリート擁壁や駐車場、建物の外壁の高圧洗浄を主に中さんが担当して、私の方は生垣や庭木の剪定、混みいった樹木の間引き伐採、庭の除草を行うように、自然にそのような役割分担になった。好み通りに仕事を選べば、それこそ、効率の良い成果が得られるもんだ。

今はすっかり春だが、冬でも暖かい日が数日続くと、庭や空き地の地表に急に小さな草の芽が現れる。最初に目に入るのがハコベだ。春の七草の一種、馴染みの草だ。可愛い、小さな芽は何処にでも点々と生えてくる。大きくなっても、背は30センチまで、群れを作って小さな白い花をつける。生家の畑にも沢山生えて、除草したものを畦道(あぜみち)などに積んでおくと、いつの間にやら元気に根を張っていることがある。農家にとっては厄介な雑草である。

今、私は仕事として、その小さなハコベの茎を鍬で切る。大きなものは両手で引き抜く。ビニール袋に入れて、産業廃棄物として処分している。一本も残らず除草することに、草の神様に叱られそうな気がしないでもないが、新しく購入したお客さんとは、調和のとれた草と人間の関係を築いてもらいたい。私のイーハトーブの果樹園では、引き抜いた草や刈った草は、果樹の肥料になっている。決して、捨てることはない。

このハコベを見ると、必ず祖母のことを思い出す。子供の頃、このハコベを鶏の餌にするために、タモツ、ハコベを見つけたら採ってきてヤ、と常に言われていた。ハコベは只で容易に手に入る飼料だった。鶏の管理は祖母の担当。古米や麦、稗(ひえ)、豆類、貝殻、トウモロコシなどと混ぜて餌にしていた。卵の殻を丈夫にするために、シジミの殻を石の上で金槌で細かく砕いた。卵は貴重な栄養食材だったので、鶏は大事にされていた。ひよこの時には、ハコベをすり鉢で擦って練り状態にしてあげていた。

飼っていた鶏が、自分が産んだ卵を嘴(くちばし)で突っついて食べることがある。その場合、電球を厩舎に入れておくと、電球を卵と間違って突っつき、その硬さに懲りて、本物の卵には手を出さなくなる。祖母の知恵に私は感心した。

思い出は思い出を追いかける。

ひよこを孵化させることも、祖母の仕事だった。雄と雌を同居させておくと、ある時期になると交尾して有精卵を生む。この卵はひよこになるよと教えられたけれど、よく解らなかった。一度に4、5個の卵を抱いていた。抱卵から1ヶ月ぐらいだと思っていたが、この稿を綴るにあたって調べたら、21日目ぐらいに孵化するとあった。

縦横50センチ、高さ30センチぐらいの、上部に開け閉めができる扉と前面には顔を出せるぐらいの隙間を設けた箱に、親鳥を入れて抱卵させる。鶏舎の中でも抱卵することが可能だが、踏み潰すこともあるので、箱に入れて親鳥の姿勢を強制した。箱は父が作った。

2013年4月10日水曜日

野性が、吼(ほ)える

20130407、日曜日。

横浜市西区で仕入れた物件を商品化するには住宅の本体にくっついている倉庫を取り壊した方がいいと思った。この解体を私が独りでやると決めた。私には自信があった。一人では大変でしょうからと、いつもは営業の管理業務をしている藤さんが協力を申し出てくれた。工事を専門に担当している登坂さんは、本気で心配してくれた。

解体する部分は6畳ほどの倉庫だ。社外に発注するのは簡単だ、それに廉く早くやってくれる優秀な解体業者にも恵まれている。でも、この程度の仕事なら、私がやればいいのではないか、と前々から考えていた。他のスタッフには手が届かない仕事かも知れないが、私には別に大した仕事ではないように思えた。こういうことになろうかと想像していたのだろう、5年程前から、手元に大型のハンマーとバールを用意していた。

藤さんには、樹木の伐採、雑草の除草をしてもらった。

この倉庫の外壁はALCパネルだ。Autoclaved Lightweight aerated Concrete(高温高圧蒸気養生された軽量 気泡コンクリート)の頭文字をとってALC板とか、ALCパネルと呼ばれている物で、見た目には頑丈そうだ。メーカーは旭化成。

この仕事に取り掛かる前から、この外壁の処理方法だけは未解決の課題だった。最悪の場合は、材質そのものはそれほど硬いものでないので、ハンマーで細かく壊すしかないと考えていたが、もう少し効率的な方法はないものか、と思案していた。でも所詮、木造の小屋だ、大した量ではない、何とかなるわい、と腹を据えていた。

倉庫の内のALC板を支える木造の軸組みは、当初建てた大工さんが相当慎重な人だったのだろう、丁寧な仕口による組み立てを施してあった。当然、作るときには壊されるとは思わずに手がけたはずだから。作る作業の手順と壊す作業の手順は逆なので、主要な柱は後回しにして、力のかかり具合が小さい間柱や垂木や筋交いを壊していくしかない。

しっかり組み込まれている軸組みを、ハンマーやバールで破壊していった。叩かれたショックでできた隙間にバールの先を差し込み梃子(てこ)のようにして隙間を広げ、組み合わされている材木を外していく。その、ハンマーやバールを思いっきり打ち振るときに、私の体に眠っていた野性がムラムラと湧き起こるのだ。全身をしなやかに作動、ハンマーやバールの作用点に無駄なく合理的に打ち振るう。私の野性は吼える。秘めていた私の野性もなかなかのもんだ。顔から背中から、汗がびっしょり。

ALC板と屋根の小屋組みを支えている主要な柱だけを残して、初日の解体仕事は終了して、藤さんが樹木を伐採しているのを手伝った。彼はフウフウ言いながら奮闘していた。煙草なんか止めて、酒だけにしておれば、そんなにバテルこともないよ、と忠告した。煙草は、肺から肝臓、心臓、何もかも煙にしてしまう。酒は百薬の長だ。心にも潤いを与えてくれる。

翌日、登坂さんに現場まで車で送ってもらって作業に入った。登坂さんはくれぐれも気をつけてくださいね、と去って行った。道路の向かい側でも住宅の解体作業が始まっていた。今日の私の仕事のノルマは屋根のカラーベストをはがして、ルーフイング、コンパネを取り除く、そして、ALC板を細かく壊さないで、撤去する方法を決定して、明日の最終解体に備えることだった。一方のみに倒せるように準備を整えて、セイ~ノで押し倒せばいいかと試案していた。幸いに、道路の反対側は、解体中で、迷惑をかけることはない、絶好のチャンスだ。

壊す作業は雑念を削(そ)ぎ落としてくれる。

天井を取り壊して、屋根も全部取り外した頃に、経営責任者の中さんが、鴨居で行う打ち合わせのために私を現場に迎えに来てくれた。ヤマオカさん、お疲れさんですと言いながら、目は向かいの解体現場を凝視していた。中さんは、満面に笑みを浮かべて、重機を操作するオヤジさんに、私の解体現場を指して、このALC板をちょっとつまんでもらえないかなあ、と言いだした。そんなこと頼んでいいのかと戸惑い、悪いなあとも思い、私は俯(うつむ)いたままだった。

オペレーターのオジサンはいいですよと、寸分(すんふん)待たずに、重機のツマミの先をぐう~んと私の現場まで伸ばして、捕まえて引っ張った。ものの1分で壊れて崩れ落ちた。柱とALC板を重機でばらばらにしてくれた。隣地との境のものは、養生も防護柵もないので、そこはあなたたちでやってくれ、と言って自分たちの仕事に戻った。あっという間の出来事に私の心は不意打ちを食らって、乱れ、意気消沈。野性は萎(な)えた。頼んでから終了までがたったの10分ぐらい。中さんと腕のいいオジサンに感謝、重機の迫力に感服。複雑な心境を味わいつつも、ホッと安堵したのも事実だ。

私は心を鎮めるように後片づけをした。中さんが解体屋さんに何やらお礼の品物を渡していた。

2013年4月8日月曜日

象徴的な一日だった!!

20130406 土曜日。朝早くから雨が降って、その後は曇り空。午後は気象庁の予報通り、春の嵐で、強風をともなう強い雨となった。昨日から、今日の行動を、雨が降ろうが槍が降ろうが、経営責任者の中さんと私は、強い意志を持って決めていた。

10時半までは私用で休みを頂いた。

野良猫を保護して、健康チェック、避妊、去勢して人間との共同生活にある程度までは慣らしてから、インターネットや人伝(ひとづて)で里親募集を行う。そして、希望してくれた里親さんに預けるというボランティア活動をしている友人がいて、綱島の里親希望者宅まで、兄妹猫らの搬送の手伝いをした。私は搬送だけを協力している。活動そのものに理解はしているし、また活動している人を尊敬もするが、私は、まだまだ世間はこの活動に対して認識が低い。

猫らを届けた先のお家(うち)では、おばあさん、娘さんといってももう娘さんでは? それに小学2年生か3年生の男の子が、温かく迎えてくれた。祖母、娘、孫のようにうかがえた。小さな家ですからね、と言われていたけれど、なんのなんの、建物は古かったけれど、家の外回りや家の中は、綺麗に整理されていて、里親希望者は几帳面な方だ。職業柄、物件の内外を観察する癖がついている。猫慣れした一家で、ボランティアの友人は安心していた。

10:40出社。

それから中さんと私は、スタッフが仕入れを検討している中古住宅の下見に出かけた。現場は、栄区長沼、藤沢市湘南台、藤沢市藤沢本町、茅ヶ崎市松風台、茅ヶ崎市中海岸。弊社が商品化するのに、ふさわしい物件かどうかの選定、と商品化する場合の条件を検討する。今日は5件だけれども、平均すると二人は月に100件近くを見て回っている。車の走行距離は月に3000キロから4000キロ。

先月は華々しく商談がまとまって充実した月だったが、今月はまだまとまった契約が通常の月よりも少なく、1週間が過ぎて、気をもみ始めた。そんな時には、どうするかって?、学生時代、サッカーの試合で負け戦(いくさ)が続いたときに必ずやることは、走りこみを徹底的にやって基本的な技術の反復練習に精を出す、そして基本的な戦術、戦法をメンバーが互いに確認し合う、そして勝ち試合のイメージを取り戻すことだった。

中古住宅の下見を終えて、中さんは、やっと商品化になった茅ヶ崎の物件の家の周りの洗浄に出かけた。私は茅ヶ崎のもう一つの現場の生垣や庭木の剪定、庭の雑草の除草を行った。雨が強烈に降りだした。雨合羽を着ているので肌着まで濡れないはずだが、どこからか肌に沁みて来る。時間の経過とともに、気が重苦しい。それでも、中さんが自分の仕事を終えて、私を迎えに来てくれるまでは、できるだけ沢山やり遂げようと、一所懸命に働いた。

験(げん)を担ぐわけではないが、困ったとき、悩んだときに、私がとる行動は、意味もなく無我夢中に何かに耽(ふけ)ることだった。何かに夢中で耽った暁には、何かが見え出す。今は、特別に困った状態ではないが、不安を抱えた私を追い込もうとする影法師を払って気を落ち着かせたい。雨がどんどん強く降る。安全靴の中にも雨が入ってぐじゅぐじゅだ。夢中で、雑草を引き抜いた。

迎えに来てくれた中さんも、気分は高揚していた。帰途、善行までの車中、中さんが弊社の事業の商談が、昼過ぎからいくつも始まりましたと報告をくれた。「ほんま」か? と聞き質(ただ)したが、どうやら、本当らしい。先程までの、雨の中での頑張りが蘇(よみがえ)る。

駅の傍のコンビニでビールを買おうか、日本酒を買おうか商品棚の前でしばらく悩んだ。アルコール37度700ミリリットルのブッラクニッカが費用対効果が一番、レジを済ませて店を出る前に栓を開けてしまった。駐車場の片隅、人目を忍んで空腹にラッパ飲みで一口、胃袋がウイスキーで温かく包まれた。ホロ酔いだ。余り格好の好(い)い様ではないことは、解りきっています。そして、もう一口ラッパ飲みして壜をバッグにしまった。

プラットホームでは、女子高校生の同じ運動クラブの仲間と思われるグループが、線路を挟んで大きな声で話していた。内容はよく解らなかったが、若くて元気な女子高校生がまぶしく見えた。その様子を見ていて、初老のオジサンも頑張っているサカイに、お前らも頑張れよと心の中でエールを送った。私も楽しくなった。

2013年4月7日日曜日

日銀、新たな量的緩和

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パネルを使って説明する日銀の黒田東彦総裁=4日午後、東京都中央区、遠藤啓生撮影

 

日銀の新たな量的緩和が始まった。

アベノミクス3本の矢のうち、第一の矢と言われている「大胆な金融緩和」を狙い、日本銀行に乗り込んだ黒田東彦(はるひこ)総裁が、いきなり新たな量的緩和策を打ち出した。安倍晋三首相にとって、待ちに待ったこの時だ。早速、「見事に期待に応えていただいた」と高い評価をした。黒田氏から思い通りの金融緩和策を引き出したことになる。

さてこの先はどうなるんじゃ?

世の金融の仕組みについての知識が全く乏しい私だけれど、少なくとも、新聞の記事の範囲内程度までは、理解度を深めておく必要がありそうだ。

20130405の朝日新聞・朝刊の1面と2面の記事から関係する部分をそのまま転載させてもらった。一番関心があるのは、この新たな緩和策が、デフレ脱却の期待が高まる円安と株高を招き、結果、成功のシナリオを描かれるか、失敗のシナリオに終わってしまうか、だ。

以下は新聞記事のまま。

☆新たな量的緩和策の骨子

・金融市場調整のために操作する目標を従来の無担保コールレート(短期金利)からマネタリーベース(日銀が流すお金の量)に変え、年間約60兆円~70兆円増やす。

・買い入れる長期国債の満期までの期限を3年から40年にのばし、残存期間の平均を3年弱から7年程度までのばす。

・株価指数に連動する投資信託(ETF)を年1兆円、上場不動産投資信託(REIT)を年300億円に買い入れ額を増やす。

・2%の物価安定の目標の実現を目指し、安定的に持続するために必要な時点まで金融緩和を継続する。

・金融緩和のために国債を買う資金枠の「基金」を廃止し、通常の金融市場調整で国債を買う「輪番オペ」と統合する。

・長期国債の買い入れ額の上限を銀行券発行残高以下にする「銀行券ルール」を一時的にやめる。

 

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先ずは1面の見出しだ。

資金供給2年で2倍/日銀、新たな量的緩和/過去最大130兆円投入/必要な策全て講じた/長期金利は最低更新

日本銀行は4日、黒田東彦総裁の就任後初となる金融政策決定会合で、新たな量的緩和策の導入を全員一致で決めた。日銀が金融機関に流すお金の量(マネタリーベース)を2年で過去最大となる130兆円分増やし、規模を2倍にする。2001年から08年まで続けた量的緩和の4倍近い量を投入し、歴史的な金融緩和に踏み出す。

日銀が、金融政策の主眼を、政策金利を動かすやり方から、市場に流すお金の量を調節するやり方に変更するのは06年3月以来だ。

日銀が重視する(マネタリーベース)は紙幣など現金と当座預金の合計で、昨年の12月末時点で138兆円。日銀はこれを13年末に200兆円。14年末に270兆円まで増やす。過去13年でようやく2倍になったが、今後は2年で一気に2倍にし、過去最大を更新する。

長期国債は現在の2倍の月7兆円のペースで買い、長期国債の保有額は12年末の89兆円から、14年末には2倍の190兆円に増やす。

日銀は今回、国債の買いすぎを防ぐ自主ルールの「銀行券ルール」は一時凍結した。事前に予想された「廃止」ではなく凍結にとどめたことで、過剰な買い入れをしないよう一定の配慮をみせたものとみられる。

 

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そして2面の見出しは、決意の緩和 大胆船出/暮らし好転?両刃(もろは)の剣/政権味方、素早い転換

黒田総裁は国際や投資信託をどんどん買って、日銀が市場に流すお金(マネタリーベース)を2012年末時点の138兆円から、14年末に270兆円まで増やすという。日銀が流すお金が2倍になると、一体何がおこるのだろうか。

マネタリーベースとは、日銀が金融機関に流すお金のことだ。金融機関はそれを元手に、企業や個人に貸すので、お金はぐるぐる循環し(信用創造)、金融機関以外の民間部門が持つお金の総額(マネーストック)は約1100兆円に達している。

日銀は、この金融機関の元手となるお金を2倍にし、民間に出回るお金の量を1100兆円から、さらに大きくするのが狙いだ。

それは私たちの生活にどのような影響をもたらすのだろうか。黒田総裁が期待しているのは、3種の効用だ。

まず、国債を大量に買えば、全ての金利の指標になる国債の金利が下がる。住宅ローンや企業の借り入れ金利の低下につながる。長期固定住宅ロ-ン「フラット35」の金利は、「21年以上35年以下」が年1.80~2.75と、すでに過去最低水準だ。新たな緩和策の発表後、4日の東京市場では国債金利が過去最低になった。住宅ローン金利はさらに下がりそうだ。お金を借りて設備投資する企業が増える可能性もある。

2番目は、大量のお金を流し込まれた金融機関が貸し出しを増やすことだ。多くの金融機関はこれまで、企業にお金を貸しても返済してもらえずに損をするリスクがあると考え、安定してもうかる国債の保有を増やしていた。しかしさらなる緩和で国債の金利は下がり、もうけは減る。むしろ緩和による経済活性化に期待して貸し出しを増やす可能性がある。

三つ目は、消費者や企業の間で、物価が上がるのではないかという「期待」を高めることだ。物価や地価が上がると信じる人が増えれば、値上がりする前にモノを買ったり工場や家を建てたりする人が増える。

でも、心配な点もある。円安による輸入品の物価上昇だ。日銀がお金をたくさん供給して、モノの量よりお金の量ばかりが増えれば、お金の価値が下がり、円安になる。

そうなると、日本では、さまざまな輸入品の値段が上がる。燃料を輸入に頼る電気料金は5月から家庭向けが月最大221円上がる。パンや菓子の原料の小麦粉は6月末から値上がりする。モノの値段が上がれば、消費が減る。そうすると企業の売り上げも減り、従業員の給料が減るという悪循環に陥りかねない。黒田総裁は「経済情勢を見ながら政策を調整していく」と話す。

デフレから脱却して物価が上がったが、生活が苦しくなったという不満が出始めれば、景気回復への期待が失望に変わる可能性もある(橋本幸雄)

2013年4月4日木曜日

国民栄誉賞って?

政府は20130401、元巨人監督の長嶋茂雄(77)と巨人や米大リーグのヤンキースで活躍した松井秀喜(38)の師弟のコンビを、プロ野球の発展に貢献したとして二人に国民栄誉賞を授与することを決めた。

長嶋は、国民的スーパースターとして「ミスタープロ野球」と呼ばれ、今でもその存在は燦然(さんぜん)。プロ野球が好きになれない、特に巨人嫌いの私だけれど、王貞治、長嶋のことだけは関心を持ち続けた。長嶋には後光が射している、オーラを感じる、華があると表現されてきた。その通りだと思う。頭をひねってもひねりきれない数々の長嶋語録も、彼でなければただのアホの迷言として済まされるところが、敬意を持って扱われる。特別な人なのだ。偶然観ていたテレビの特番だったと思うが、魚の鯖(さば)のことを、う~ん、魚(うお)偏(へん)にブルーだっけ? とのコメントには腰を抜かした。

多くの国民が、王に国民栄誉賞が授与されてから、今度は長嶋だと思案しながら、何故長嶋がもらえないのかと批判を強め、いつもらえるのかと期待した。今回のやっとの受賞で溜飲を下げた長嶋ファンは多かっただろう。私もその一人、素直に祝福したい。

だが、松井の受賞についてはどうだろう。選手としての実績だけでは、米大リーグでのワールドシリーズでのMVPを獲得したことの評価が高いのは理解できるけれど、たかだかワールドシリーズだけのことではないか。シーズンを通してはさほど目立った活躍ではない。野茂英雄やイチロー(かって、受賞の打診があったが拒否した)に比べれは、そのインパクトは弱い。日本での活躍にしても、名球会入りさえ拒んでいる落合博満には遠くに及ばない。まあ、こんなことを言い出せば切りがないが。

最近の2011なでしこジャパンや2012吉田沙保里、2013大鵬の受賞にも、色々賛否はあったけれど、私は納得している。今までのスポーツ関係の受賞は、1977王、1984山下泰裕、1987衣笠祥雄、1989千代の富士、2000高橋尚子。くどく言うことを許してもらえるならば、先の受賞者と比べると、今回の松井の受賞は見劣りすることは否めない。だが、そのような判断は私の個人的なものだ。

国民栄誉賞の受賞者の選定も、受賞者を諸賢各氏が自分勝手に批判するのも、要は時の政権や個人の好き好きの問題だ。元々、そういう性格の賞なのだ。人気取りの安倍政権の仕掛けか、腹黒い超自分勝手なナベツネの策略か、なんて思惑してもしょうがない。

こんなことを考えて、当の本人、松井自身は今回の受賞をどのように考えているのだろうかと思っていた。同時に受賞する師と仰ぐ長嶋の残した個人記録と自分を比較して、余りにも差があり過ぎだ。

スポーツ報知に松井の賢明なコメントを読んで安心した。彼の人柄が愛される所以(ゆえん)だ。偉大とは言えないまでも、尊敬される優秀なプレーヤーだったことは間違いない。

「ただただ恐縮しております。長嶋監督の受賞は日本中の方々が納得されると思いますが、私は監督に愛情を注いでいただき、20年間プレーすることができました。ですから、この賞もひとえに監督のおかげです。正直、現時点で自分が頂いてもいいのか、という迷いもありますが、今後、数十年の時間をかけて、この賞を頂いても失礼ではなかったと証明できるよう、これからも努力していきたいと思います」

 

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◆長嶋 茂雄=千葉・現佐倉高から立教大を経て1958年に巨人入り。天覧試合での劇的なサヨナラ本塁打などで勝負強さを発揮し「燃える男」の異名を取った。ソフトバンク球団会長の王貞治氏との「ONコンビ」で巨人の9年連続日本シリーズ制覇に貢献し「ミスタープロ野球」と呼ばれた。17年間で首位打者6度、本塁打王2度、打点王5度。セ・リーグ最優秀選手(MVP)にも5度選ばれた。巨人の監督も通算15シーズン務めリーグ優勝5度、日本一2度。77歳。

 

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◆松井 秀喜=石川・星稜高から93年にドラフト1位で巨人に入団。右投左打の外野手として活躍し、10年間で首位打者1度、本塁打王3度、打点王3度を獲得。セ・リーグ最優秀選手(MVP)に3度選ばれた。「ゴジラ」の愛称で幅広いファン層に支持された。03年に米大リーグ、ヤンキースに移籍し、09年のワールドシリーズでは3本塁打を放って日本選手初のMVPに輝いた。10年はエンゼルス、11年はアスレチックスでプレー。12年はレイズでプレーし、12月に現役引退を表明した。38歳。

2013年4月1日月曜日

一票の格差って?

 

20130327の朝日新聞・1面で、昨年12月の衆院選をめぐる「一票の格差」訴訟は、全国で、20120326までに全16件のうち15件の高裁判決が言い渡されたことが記事になっていた。

戦後一度もなかった国政選挙の無効判決が2件出たほか、一歩手前の「選挙は友好だが、違憲」との判決も11件と多数を占めた。 こうした結果になった最大の要因は、最高裁が2011年3月の判決で強く不平等状態の改善を迫ったのに、国会がこれに応えなかったことらしい。ここで、裁判所がレベルを上げて国会に文句をつけた。

最高裁は、地方に手厚く議席を配分する「1人別枠方式」が格差を生む要因だとして廃止を求め、最大格差が2,30倍だった09年選挙を「違憲状態」と指摘していた。 国会は、昨年11月の解散当日に「0増5減」の定数是正は成立させたものの、区割り作業が間に合わず、選挙は前回と同じ区割りで実施。格差も2、43倍まで広がった。

ここまで厳しい判決に対して、人気絶好調の安倍連立内閣といえども、さすがに見過ごすわけにもいかず、4月前半にも、判決を反映させた公職選挙法改正案を国会に提出方針のようだ。今までなら、今更かよ!と皮肉を込めるのだが、ここは世論に敏感に動く今の官邸の様子をうかがおう。

ここまで、記事の内容を理解できたが、ところで、私にはこの一票の格差と言われる、その基準が何なのか解らないまま、何となく新聞を読んでいたのだ。

そんな折、「一票の格差」のことがが20130329の朝日朝刊・1面記事に見つけたので、それを以下に転記させてもらって確認しておきたい。

小選挙区定数を「0増5減」する制度改革に伴う区割り見直し案を、衆院選挙区画定審議会がまとめた。その中に、一票の格差を知る内容があった。

見直し案では、「2010年の国勢調査で人口が全国最少の鳥取県を定数2に設定。新しい鳥取2区(人口29万1103人)を全国最少区と位置づけた」(「 」は山岡が加筆した)うえで、同区の人口を下回る選挙区や一票の格差が2倍以上となる選挙区の線引きを見直した。

それにしても、人口の最も多い東京16区(58万1877人)との格差は、1、998倍だ。やっと2倍以下にはなるものの、まだまだ一人一票にはほど遠いことになる。

ところで、参院選のことは話題になっていないが、どうなんだ?