2013年9月1日日曜日

’13夏休みの久十浜海岸

九十浜海水浴場

上から見下ろした九十浜海水浴場

林間遊歩道の入り口

駐車場から海水浴場に向かう林間遊歩道。行きは下りで楽ちんだったが、戻ってくるときはキツかった。

 

先日20130818、19、我が家の夏休み最後の大企画、九十浜(くじゅうっぱま)海水浴場に1泊2日で、行って来た。伊豆下田の須崎の御用邸の裏側にあたる所、こじんまりとした海水浴場だ。駐車場と監視、売店は、地元の須崎地区が運営しているようだった。入江になっていて波がない。周辺の岩場には、幾種類もの魚が泳いでいるのが見えた。南洋でよく見かける濃い青色の魚が多くいた。公衆用のトイレの排水が、一部地表に溢れて悪臭をはなっていた以外は申し分のない海水浴場だ。

宿泊は外浦海岸の近くのクリフサイドホテル。建物は少し古いが、オーナーが実に気さくな方で、私はこのホテルが気に入ってしまった。海を眼下に見下ろせる立地は申し分ない。次女の勤めている会社の健康保険組合とこのホテルは契約していて割安に利用できた。

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クリフサイドホテル       

 

孫の晴は一度海に入るとどんなことがあってもでてこない。私も一度はちょこっと泳いでみたが、それだけではつまらない。砂浜で横になって、いつまでも、ぼんやり眺めているのには耐えられない。

こんな無聊(ぶりょう)を慰めるには、自らの行動で自らの楽しみを見つけるしかない。

20年ほど前、子どもが小さかった頃、毎年、葉山の森戸海岸に行っては、遊泳区域から少し離れた名島まで、子どもを浮き輪に入れて泳ぎながら引っ張っていった。島までは、1キロか1、5キロ離れていた。名犬・ゴンもゴムボートに乗せて連れて行った。渡し船もあるが、誇り高い私には金を払ってまでも乗れるわけがない。潮の流れが強く、行きは順調に進めたが、帰りは大きく流され、来たときよりも倍近く泳いだ。

そんな懐かしい日々を思い出しながら、一人砂浜で寝そべっていた。が、やはり、ここでも、浜から少し離れたところに島があって、むずむずと、ジッとしていられなくなって、島に向かって泳ぎたくなった。

足が立たなくなった所から、300メートルほど泳ぎ出たところで、いつものようにスムーズに進まないことに気づいた。水を掻く腕の力が弱ったのか、水を煽(あお)る足の力が弱ったのか、何かが可怪(おか)しい。体型が流体としてふさわしくなくなってきたのか。焦れば焦るだけ、頭は混乱する。クロールで進みたかったが、方向が確認できないので、顔を上げて前を見定めて泳ぐ古式泳法(小堀流)を使った。腕は抜き手で足はあおり足? あおり足は、平泳ぎのときの足の要領だ。この泳ぎ方はスピードが出ない。それでも、30分後にはやっとのおもいで島に着いた。たどり着くことができても、帰りは、流されないように近くの岩場沿いに泳ごうと決めていた。弱気になった。まだ、この時点では、私が老化による体力の減少って奴に気づいていなかった。

監視人は、泳いでいる私に向って、遊泳区域から出ていっては駄目ですよ、と拡声器で警告していたようだが、私にはその声は届かなかった。監視台の前のパラソルに陣取っていた私の家族は、ジジイのことらしいと気づいたけれど、知らんぷりを装った。

島からは陸地の様子が判然とは見えないが、監視員の望遠鏡には私の履いていた黄色いブーツがよく見えていたようで、やっと島に着いたわ、今岩によじ登っているぞとか、仲間と話していたようだ。

それにしても、疲れた。島の屹立する岩にしがみついて、この疲れが、老いというものなのか、と、はたと考えた。老いたか!! 私は本当?に確実?に老人になったようだ。普段、ひと様には、初老の域に達しました、なんて言っているが、もう既に本格的な老人になり下がっているのだ。

初老とは老年に入りかけた年頃で、辞書では「40歳の異称」とある。私はこの9月で65歳、老人福祉法では65歳からは老人と呼ぶようだ。

島の狭い平らな岩に腰かけて、上部を見上げると、今にも負いかぶさってきそうな岩に身震いした。岩が崩れてきて、こんな所で一人死(ひとりじ)にしたくない。慌てて、島を後にした。帰りは岩場沿いに泳いで帰ったが、これが楽しかった。潮に流されるのが怖かったのだ。小さい魚やたまには大きな魚が、目の前を泳いでいた。浅瀬で伊勢海老を捕まえようとして手の平を挟まれた。結婚式の料理にでてくるあの海老の4分の1ぐらいの大きさだった。

監視員は、私の戻りを確認していたようだ。浜に戻って砂の上に横たわったが、全身、疲れでクタクタ。監視員から、何らお咎(とが)めを受けなかった。監視員の寛容さに感謝。

ホテルのオーナー推薦の近所の魚料理屋で食事、刺身が美味しかった。お酒も旨かった。腹いっぱい食った。次女と晴は魚大盛りの丼(どんぶり)、竹ちゃんと家人は魚大盛りのラーメン。私は刺身でお腹がいっぱいになりました。

そして翌日、一日じゅう過ごした浜は、昨日に増していい海水浴場だった。

実は宿泊したホテルのオーナーに、翌日過ごすための相談をしたところ、この浜を教えてくれた。名もなき浜だ。ホテルの向かいの道路を横切って、細い急坂を海に向って下りてください、そこには、狭いけれど砂浜があって岩場もあります、十分楽しめますよ、と教えてくれた。

教えられた通り、そこは、秘境と言うには無理があるが、ひと目を避けるようにあった。昨日の九十浜の10分の1の縮小版。駐車場がないので、地元の人以外寄りつかない。私らの隣には、地元の漁師の娘さんが、東京でダンスをやっている恋人を連れてきていた。そんな秘境?だから、鮑(あわび)その他の密漁が絶えないのだろう、漁協の人が頻繁にパトロールしていた。

海水浴客は我ら以外、8人ばかり。次女の夫・竹ちゃんは、ホテルのオーナーから借りた釣竿で魚釣りに没頭。家人と晴は海に入ってぷ~か、ぷ~かのマンボー状態。私は波打ち際で昼寝、打ち上げられた土佐衛門だ。昨日の疲れが取れない。

老いは止まらないことを確認した、夏休みの一日だった。

2013年8月28日水曜日

桜の森の満開の下

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19:30~

「桜の森の満開の下」

東京演劇アンサンブル ブレヒトの芝居小屋

 

坂口安吾/作

広渡常敏/脚本・演出

池辺晋一郎/音楽

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(左)は山賊の公家義徳さん、(右)は共同代表・志賀澤子さん/帰国公演の挨拶でした

 

この芝居は三回目の観劇になる。

この芝居の舞台装置や道具を担当している入江龍太氏が、前回観に来た時に裏方の苦労話を面白可笑しく話してくれた。最初に屏風を突き破って、主人公が現れる。この屏風を予備のものを含めて、毎日新しく張り合わせることや、凄まじい量の白い紙の花吹雪を、毎日毎日準備するだけでも大変な労力と時間がかかる、、、などなど。大量の花吹雪に模した紙吹雪は、公演前に団員らが自宅で毎夜、鋏で切り刻んでくれたものだ、いい話だ、それでも、桜の花のように見せるために、一部には薄い紙のものが含まれている。その紙は高価なのよ、と言っていた。静かにひらひら散る花と、吹き荒れる花吹雪とは、ちゃんと、物を変えていた。

前回観に来たとき、私は龍太の友人でもあるマサカツを次回必ず連れてくると約束したのだった。龍太はマサカツにも観てもらいたいような素振りを見せたのを私は見逃さなかった。そんな訳で、今回は、付き合いが45年になるマサカツと一緒に観た。

タイミングよく、マサカツ夫婦が0811に、我が家の新築祝いに来てくれた。その機会にこの観劇に彼を引き連れて行くことを思いついたのだった。

桜の森の満開の下で、妖しげに美しい女と山賊の怪奇な物語が繰り広げられる。作者・坂口安吾は説話をモチーフにした。大学時代、ちょっとした坂口安吾ブームがおこった。文庫本で「堕落論」「日本文化私観」を読んだ。学生時代、多少イカレテイタ私には、読後はスカッとした。私はその時代、太宰から織田作、安吾、田中英光、檀一雄を夢中に読んでいた。

 桜の森の満開の下 010   桜の森の満開の下 013

龍太とマサカツ〈左〉、共同代表・入江洋佑氏とマサカツ〈右〉

 

(あらすじ)

昔、鈴鹿峠に山賊が住んでいた。或る日、都から来た旅人の身ぐるみをはがして殺し、連れの女を自分の女房にした。その女は、山賊が家に住まわせていた七人の女房を、殺させた。一人だけを女中係に残した。

そのうちに、女房が都を恋しがり、山賊と都を目指した。都では、女房は山賊が狩ってきた首を弄(もてあそ)び、もっとたくさんの生首を狩ってくるようにとしむける。だが、そんな生活にも飽きたニ人は都を後に、山に戻ることにした。

山賊が女を背負って山に戻り、満開の桜の森にさしかかったが、山賊は避けることもなく、桜の吹雪に吹かれながらその下を通った。

その時、山賊が後方に見たものは、背負っていた女房が醜く鬼と化した姿だった。そして鬼と化した女房は、山賊の首を締めあげた。絡み合いながら、鬼と化した女を殺す。

しばらくすると、鬼は元の女房に戻って、花びらにまみれて死んでいた。いつの間にか、女房は花びらに、女房を探す山賊も花びらの中に消えてしまって、ただそこには、冷たい風が吹いているだけ。

プレーするのは監督ではない

20130826の私のブログ、「吉か凶か? J1大宮監督解任」と、同じ内容を朝日新聞きってのサッカー識者、潮氏が記事にしていたので、ここに転載させてもらった。内容は、首位からの転落、そして5連敗、その責任をとらされて、J1大宮のベルデニック監督が解任されたことだ。

先の私のブログで、この解任劇の腑に落ちない気持ちを下手な文章でゴタゴタ綴った。

そこにきて、この新聞記事だ。いままでも、私のサッカー観と潮氏のサッカー観とは、割りと違和感がない。信頼している記者だ。

 

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朝日新聞・スポーツ

編集委員・潮 智史

 

最初の驚きはいま、数多くの「?」で埋め尽くされて「いる。

J1の大宮が監督交代に踏み切った。ベルデニック監督の解任発表は10日のセ大阪戦で5連敗した後だが、その約1ヶ月前の連敗が始まる前に当時ヘッドコーチだった小倉新監督と就任を前提に話を進めていたことがわかっている。

しかし、この時点でチームは首位を走っていた。まるで、解任理由として連敗を待っていたかのようにも見えてしまうのだ。

前監督は、昨今の残留争いをくぐり抜け、開幕ダッシュで21戦無敗記録につなげた。本人でなくても、「勝たせる監督が一番ではないのか」と理解に苦しむ。クラブは「チームの一体感が保てていない」と効果的に監督を切り、選手と日本人スタッフを選択した。

解任後も負けは止まらず、24日の柏戦でクラブワースト記録に並ぶ七連敗。前監督の息が詰まるような指導からの解放感は選手にはない。首位からの急降下ぶりにも「?」が浮かぶ。「ベンチに誰がいようとプレーするのは自分たちだ」と腹をくくれる選手が何人いるだろうか。

小倉監督への待望論は選手にも強かった。しかし、オシム、岡田と日本代表監督の下でコーチを務めた47歳は選手が自ら動き出すチームづくりを目の当たりにしてきた。

「自分たちで取り組むのは厳しいことなんです」。初采配の柏戦も1点差を追う終盤に細かい指示は出さなかった。口を開けて待つ選手に何かを授ける関係では、チームは成長しないことを知っている。

13位に終わった昨年の人件費約17億8700万円はJ1で5番目に高い。毎年繰り返す残留争いにも今回の監督交代にも、ハングリーさに欠けるクラブの体質が透けて見える。

野党再編を目指すって、何を?

柿沢未途議員

 

みんなの党の柿沢未途(みと)衆院議員が、23日、渡辺善美代表に離党届を提出した。

野党再編に向けて、解党.新党結成を模索するのは党の方針に反すると、代表から離党を迫られた、その結果によるようだ。民主党や日本維新の会の一部勢力との新党結成を目指していたそうだ。、

柿沢氏の父で元外相の弘治氏が、渡辺代表の父・美智雄自民党元副総理の側近だった縁があり、みんなの党に参加していた。今回の柿沢と同じ理由で、20130807には、両院議員総会で江田憲司氏が幹事長を更迭されていた。

先の参議院選挙では、各党が自党の政治理念や政策、マニフェストを国民に掲げて、戦いを終えたばかりだ。勝った党もあれば、負けた党もある、国民が審判した結果だ。選挙結果は自民党と公明党が大幅に議席を確保、自公の連立政権は安定、圧倒的多数を占めることになった。

この巨大与党に組していくには野党の結束がなければならん、野党の再編が必要だ考えている人は多いようだが、ちょっと待ってくれよ、と私は考える。

再編を目指そうとする各党は、ちょっと前の7月の参院選挙で、掲げて戦った自党の政治理念や主たる政策、マニフェストはどうするんだ。どうせ党内論議を徹底的に尽くさなかったものだから、簡単に宗旨替えしても平気の平左衛門ということか? 未成熟の党のまま野合してどうするの? 節操がなさ過ぎる。ごっちゃ混ぜ集団を作って、そこでも、また新しい政策を練るのだろう。

日本維新の会の共同代表の橋下徹氏も、再編後の新党結成を望んでいる。自分の党、日本維新の会はどうなってもいい、とコメントしている。

そんなことよりも、渡辺代表が主張するように、政策ごとに野党が連合を組む方が自然なのではないかと思う。

2013年8月25日日曜日

吉か凶か? J1大宮監督解任

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20130824 朝日新聞・スポーツ

監督を解任された後にサポーターと別れを惜しむベルデニック氏

 

20130824の朝日新聞・スポーツ欄の「順位より解任 大宮選択  J1では異例 前監督と選手の溝深く」の記事を読んで考えさせられた。よって、私も意見を言いたくなった。

記事の内容は、万年残留争いのクラブを上位に引き上げた監督のズデンコ・ベルデニック氏(65)を解任したJ1大宮が、小倉勉新監督を迎え、再出発する。この解任劇の裏には、強いリーダーシップで選手を縛った前監督と現場の意見を取り入れながらチーム作りを進めたいクラブ側との価値観の違いがあったということだ。

◇指揮官の功績=昨年6月に就任したベルデニック監督は降格危機にあったチームを救った。守備を立て直して残留させると、今季は昨年5月から今年5月まで続いたJ1記録の21戦負けなしを樹立。さらに、7連勝をマークして、チームを初の首位に導いた。
注目度も急上昇し、各メディアで大きく取り上げられた。知名度も高まり、観客動員も増え、取り巻く環境は激変。指揮官の母国スロベニアのメディアでも、チームの結果が取り上げられるほどだった。

◇ところが、ここにきて連敗、不満が噴出=裏で、チームは問題を内包していた。指導法などを巡り、指揮官とスタッフ、指揮官と選手に溝が生まれ始めていた。


ベルデニック監督は自分以外のスタッフが選手たちに直接アドバイスすることを嫌ったらしい。ここで注意すべきは、大宮の快進撃には、当時ヘッドコーチだった小倉テクニカルディレクター(TD)らの助言などが、大きな効果をもたらしたとしても、その内容をフロント陣が監督に配慮のないやり方の表現を使って、外部にコメントをしていたこと、この騒動の実態が想像できる。良質な助言は、監督の指導の下で活きた。監督とコーチの間の溝問題は、明らかにフロント陣による仕事だ。それが怠慢だった。選手とのことは監督任せが原則。選手と監督が一体感がとれなくなったとフロント陣は言っているが、選手たちは口を揃えて、一体感はあった、監督をリスペクトしていると述べている。

 この騒動の全てはフロント、岡本武行ゼネラルマネージャー(GM)、鈴木茂社長らが、球団の管理監督を十分果たさなかったことが最大の原因と思われる。社長やGMの責任を監督に転嫁しては卑怯、悲し過ぎるぞ。必死に戦っている監督を、フロントはどのように、関与、後押しをしたのだろうか。連敗が始まる前から、社長やGMは監督の交代を模索していたと聞くが、これが本当ならば由々(ゆゆ)しい問題だ。前監督は、燦然と輝く成果をあげていたではないか。この解任は、チームの和を優先した結果だというが、問題を誤魔化しているのが、見え見え。

話を日本代表に換える。

今の日本代表が頑張っていることは認める、が、物足りなさを感じている人も、私だけではないだろう。この私のブログでも日本代表チームに辛口の意見を述べてきた。もう一(ひと)レベルアップするためには、脱皮するためには、何らかの方策が必要だと思う、と。

方策? 方策と言ったって、やることは変えることだ。チームの流れを変えるには、守備側に「異文化」の注入、「異能プレーヤー」の出現だと思っている。その者が変質者であって欲しいと書けば可笑しく理解されるかもしれないが、そのようなプレーヤーの出現を私は待っている。バランス感覚の良い監督ならば、受け入れ可能だ。今は、それをザック監督に望んでいる。

極論を言っているわけではない。従来と違った戦法や戦術で戦ったから、、、、監督がチームの一つひとつを変質させたから、、、、だから、J1大宮は飛躍できた。チームを変質させた前監督ベルデニック氏に、感謝を忘れてはならない。

日本代表の監督では、ハンス・オフト、フィリップ・トルシエ、イビチャ・オシムらが、それぞれに手法は違えども、日本人監督ではできなかった多くの要素を変質させてくれた。日本人監督らの、往々にして和をもって尊し精神では得られなかったことが、外国人監督らによって、高度な飛躍はまだまだ、だ、としても、強くなるための、勝つための理想的なイメージは描かせてくれた。ベルデック監督もその一人だった。

そんなことが、J1大宮のフロント陣は、どれだけ理解しているのだろうか。惜しい人材を失(な)くしてしまった。

2013年8月20日火曜日

はだしのゲン

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20130813 今日は昼間ずうっと、孫の晴と二人っきりで時間を過ごした。たまにはノンビリしようと、スーパー銭湯に誘ったら、僕温泉大好きと返答あり。その前に、晴が「キャップテン翼」を13巻ほど何とかオフの古本屋で売りたいと言うので、本を袋に詰めて持って行った。小学3年生の彼には、買うことには慣れていても、物を売ることの経験はない。保証人はジジイだ。勇気が求められる初めての行為、ちょっと緊張気味で、いつもの緩みっ放しの顔が、嘘のようにコワい。我らにとっては売却、彼らにとっては購入の価額の査定に時間がかかると言われ、それならばと、店内の本棚を見回っていて、この「はだしのゲン」を見つけた。話にはよく聞かされたが、私は読んだことがなかったのだ。今は8月、いい機会だ。

今、この漫画を晴と競うように読んでいる。子どもの頃、親から漫画を買ってもらった記憶はないので、今でも漫画を読むことに慣れていない。だからか、私にとって、漫画を読むのも気に入った文学書を読むのも心構えは同じ。一こま一こまを隅々まで確認して読むものだから、遅読になる。中岡一家の構成は、主人公の国民学校2年生の中岡元(ゲン)、原爆で亡くなった父・大吉(だいきち)、姉・英子(えいこ)、弟・進次、生き残った母・君江(きみえ)、海軍予科練に志願した長兄・浩二(こうじ)、次兄の昭(あきら)、原爆降下後生まれた妹・友子。進次と瓜二つの原爆孤児・近藤隆太も一時期一緒に暮らした。

まだ、物語の半ばまでしか読めてはいない。物語は激しく進んでいる。どのページにも、作家・中沢啓治の気概が溢れている。圧倒されっ放しだ。

漫画が、これほどまで人に、感動を与えるものとは知らなかった。広く読まれるべきだ。「はだしのゲン」は、いい漫画だと感心していたところだった。

その最中に、ネットで下のような記事を読んで、なんじゃ、この松江市教委の措置は? 何を考えているのだろうか? 市教委の狙いは何か?

 

以下、毎日新聞より。

漫画家の故中沢啓治さんが自らの被爆体験を基に描いた漫画「はだしのゲン」について、「描写が過激だ」として松江市教委が昨年12月、市内の全小中学校に教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが分かった。児童生徒への貸し出し禁止も要請していた。
松江市では昨年8月、市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出された。同12月、不採択とされたが市教委が内容を改めて確認。「首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断し、その月の校長会でゲンを閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。

現在、市内の小中学校49校のうち39校がゲン全10巻を保有しているが全て閉架措置が取られている。古川康徳・副教育長は「平和教育として非常に重要な教材。教員の指導で読んだり授業で使うのは問題ないが、過激なシーンを判断の付かない小中学生が自由に持ち出して見るのは不適切と判断した」と話す。

 

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私が大学を卒業した翌年1973年から「週刊少年ジャンプ」で連載が始まった。原爆被害を伝える作品として、多くの学校の図書室には備えられ、教育現場の授業にも広く活用されている。会社のスタッフに聞いても、ほとんどの者が既に読んでいた。また、この漫画は約20カ国語に翻訳されている。ただの名作ではない、偉大な作品だ。必読書だ。

晴に、この漫画の表現が過激過ぎるという人がいるらしいけれど、お前はどう思うかと聞き質しても、怖いとか乱暴過ぎるとか、気分が悪くなったとは答えなかった。むしろ、質問の意図が解らなかったぐらいだった。それよりも、ゲンの妹・友子が誘拐されたことの方が彼にはショックだったようだ。今年の暮に、彼にも妹ができる予定なのだ。

女性の性器に瓶をつめる暴行シーンなど過激で残虐過ぎる描写が子どもたちに悪い影響を及ぼすのではないかとの意見に応えて、とった措置のようだが、子どもたちはそんな馬鹿ではない。旧世代、前時代的な、わからんチンによる判断だ。一教育委員会がこんなだいそれたことを、この程度の理由でこんな措置をとっていたとは、ナンタル(コッ)チア、サンタルチアだ。

お前らボケているのかと、ゲン(元)が、漫画の中から飛び出して殴りこみをかけてくる、覚悟をしておいた方がええですぞ、教育委員会の皆様、とりわけ教育委員長殿。市長さんのところにも、ゲンは棍棒を持って現れるかもしれませんぞ。

そろそろ、今日の二人のデイトも終わりだ。スーパー銭湯からの帰り路(みち)、歩いて2時間、二人は手をつないだり、コンビニに寄ってガリガリ君を食ったり、またしばらく歩いてはガリガリ君を食って、ぶらぶら、ぶらぶら、色んなことを話しながら歩いた。遠くに我が家が見えてから、ジジイは裸になる。そうだった! 中学校を卒業するまでは、夏の間、私は朝から晩まで「はだかの保っちゃん」だった。

2013年8月17日土曜日

本田、本気でチーム力を分析せよ

本田圭佑の画像

yahoo!より

 

日本代表のFW本田圭祐(27)=CSKAモスクワは、ウルグアイとの親善試合を終え、20130815所属するチームに合流するために成田空港を後にした。

その成田空港での本田の発言を聞き捨てるわけにはいかない。

ウルグアイ戦後、DF内田が守備的な意識を全員が持つべきだと発言したことに対して、それは違うと持論を展開。守備重視は(攻撃重視からの)後退かと問われると、「後退か、後退じゃないか分からないけれど、楽しくない」と言い切った、との発言をネットで知った。そこまで言うならば、日本代表の今の戦力での勝つイメージを語ってみてくれ。

本田君、君は少しいい気になってはいないか? そんなことをコメントできるのは、監督もしくは総合的に試合の流れを分析した者だけが言えることなんだよ。

今回の試合において君は、1アシスト1ゴールを記録したことをどの程度に理解しているの。3点も先取すれば、相手の攻撃や守備は緩んで甘くなるのは、君も解るだろう。そういう状況で、香川の得点のお膳立てをしても、君が頑張ってFKをゲットしても、それは後の祭りだ。香川は自分のゴールをどのように理解しているか知る由もないが、君は、何だか自分のプレーに満足ありげのようだ、が、結果的には、勝つための貢献ではなかった、ということだ。

でも、どこまでも、私は本田の可能性に期待する。君しか、この攻守の拙さを改善するために、選手を叱咤激励できて、日本代表チームを大きく舵(かじ)をとれるのは君しかいない。チーム全体のことを、キャップテンの長谷部やザッケローニ監督と分析を行って、一丸となって強く進むための大黒柱になって欲しいのだ。中田英寿にも、中村俊輔にもできなかったことを、君にはできる(可能)と期待する。 

他人事のように勝手なことを言っている場合ではないぞ、本田君。

結果的に勝つためには君が何して、アイツが何して、みんながどうすればいいのか。君ならそんなことを十分理解できているだろうよ。

リーダーシップを執れ。今や、かってとは違って理解度の高い選手ばかりだ。