2013年8月28日水曜日

桜の森の満開の下

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20130827

19:30~

「桜の森の満開の下」

東京演劇アンサンブル ブレヒトの芝居小屋

 

坂口安吾/作

広渡常敏/脚本・演出

池辺晋一郎/音楽

  桜の森の満開の下 003     桜の森の満開の下 009

(左)は山賊の公家義徳さん、(右)は共同代表・志賀澤子さん/帰国公演の挨拶でした

 

この芝居は三回目の観劇になる。

この芝居の舞台装置や道具を担当している入江龍太氏が、前回観に来た時に裏方の苦労話を面白可笑しく話してくれた。最初に屏風を突き破って、主人公が現れる。この屏風を予備のものを含めて、毎日新しく張り合わせることや、凄まじい量の白い紙の花吹雪を、毎日毎日準備するだけでも大変な労力と時間がかかる、、、などなど。大量の花吹雪に模した紙吹雪は、公演前に団員らが自宅で毎夜、鋏で切り刻んでくれたものだ、いい話だ、それでも、桜の花のように見せるために、一部には薄い紙のものが含まれている。その紙は高価なのよ、と言っていた。静かにひらひら散る花と、吹き荒れる花吹雪とは、ちゃんと、物を変えていた。

前回観に来たとき、私は龍太の友人でもあるマサカツを次回必ず連れてくると約束したのだった。龍太はマサカツにも観てもらいたいような素振りを見せたのを私は見逃さなかった。そんな訳で、今回は、付き合いが45年になるマサカツと一緒に観た。

タイミングよく、マサカツ夫婦が0811に、我が家の新築祝いに来てくれた。その機会にこの観劇に彼を引き連れて行くことを思いついたのだった。

桜の森の満開の下で、妖しげに美しい女と山賊の怪奇な物語が繰り広げられる。作者・坂口安吾は説話をモチーフにした。大学時代、ちょっとした坂口安吾ブームがおこった。文庫本で「堕落論」「日本文化私観」を読んだ。学生時代、多少イカレテイタ私には、読後はスカッとした。私はその時代、太宰から織田作、安吾、田中英光、檀一雄を夢中に読んでいた。

 桜の森の満開の下 010   桜の森の満開の下 013

龍太とマサカツ〈左〉、共同代表・入江洋佑氏とマサカツ〈右〉

 

(あらすじ)

昔、鈴鹿峠に山賊が住んでいた。或る日、都から来た旅人の身ぐるみをはがして殺し、連れの女を自分の女房にした。その女は、山賊が家に住まわせていた七人の女房を、殺させた。一人だけを女中係に残した。

そのうちに、女房が都を恋しがり、山賊と都を目指した。都では、女房は山賊が狩ってきた首を弄(もてあそ)び、もっとたくさんの生首を狩ってくるようにとしむける。だが、そんな生活にも飽きたニ人は都を後に、山に戻ることにした。

山賊が女を背負って山に戻り、満開の桜の森にさしかかったが、山賊は避けることもなく、桜の吹雪に吹かれながらその下を通った。

その時、山賊が後方に見たものは、背負っていた女房が醜く鬼と化した姿だった。そして鬼と化した女房は、山賊の首を締めあげた。絡み合いながら、鬼と化した女を殺す。

しばらくすると、鬼は元の女房に戻って、花びらにまみれて死んでいた。いつの間にか、女房は花びらに、女房を探す山賊も花びらの中に消えてしまって、ただそこには、冷たい風が吹いているだけ。