2015年10月19日月曜日

雪虫って、何だ?

20151019の2、3日前の朝日新聞。北海道で雪虫が砂霰のように流布したことを、社会面で知る。霰のようだ。瞬間、脳に矢が刺さった。何だこれは? という疑問だ。こんなに稀有なことを、面白、可笑しいと思って文章にしてみたが、いつものヨウな普通の程度?だ!

嵐のような激しさで視界を狂わせ、道を行きかう人々や自動車の往来が大変だったという内容だ。

ネットで知った「雪虫」に関連する写真をここに掲示させてもらった。体長5ミリ程度で綿で包まれたように見える。白腺物質を分泌する腺をもっている。雪虫という呼び方は北国での呼び名だ。満67歳まで生きてきたのに、こんな生き物を見たのは初めてだ。


雪虫が肩で休憩 4.11.2013 雪虫 境内で撮影した雪虫 雪虫

          境内で撮影した雪虫  雪虫

雪虫   雪虫  実家なう。こいつは雪虫っぽいなー

 

 境内で撮影した雪虫 境内で撮影した雪虫  雪虫

今年は雪虫くん達の様子から暖冬らしい('-'*)           雪虫   

雪虫     雪虫 

 

以下の文章はネットで得たものです。

雪虫の一種(トドノネオオワタムシ) 雪虫(ゆきむし)の具体的な種としては、トドノネオオワタムシリンゴワタムシなどが代表的な存在である。

アブラムシは普通、のない姿で単為生殖によって多数が集まったコロニーを作る。しかし、秋になって越冬する前などに羽を持つ成虫が生まれ、交尾して越冬のために産卵する。この時の羽を持つ成虫が、物質を身にまとって飛ぶ姿が雪を思わせるのである。アブラムシの飛ぶ力は弱く、風になびいて流れるので、なおさらに雪を思わせる。 北海道では初雪の降る少し前に出現したりする(と感じられることが多い)ことから、冬の訪れを告げる風物詩ともなっている。

2015年10月16日金曜日

デットマール・クラマーが逝く

誰にも悲しいことはある。社会からいろいろ学ぶが、困苦をよい師友として学ぶことが最も有益である、とミラーは言った。

父母、母、子供や孫など身内に近い人の逝去や隣人、友人、お世話になった恩師が亡くなることほど悲しいことはない。今年、スポーツ界についても、いいこと悲しいことが多く報道された。私などは、天賦の才によって、女性遍歴に身狂いしたわけでもない。苦しいことに、私にだって穏やかに済まされないこともある。

今日は、クラマーさんが亡くなったことを、我がブログで触れたい。

今日は20151015。後2か月過ぎれば今年も終わる。来年のことを考えましょうよ、こんな具合に日が過ぎている。余り言いたくないことだけれど、悲しいこともあった。この稿では、元日本代表コーチ クラマーさんの死去のことを取り上げたい。現在までのサッカーの入り口を、力を込めて作り上げてくれた。日本のサッカーの父。私の中学から高校時代のことだ。

虚ろな頭をジュワジュワいじりながら今年1年を思い出した。スポーツ好きの私にとって、好(い)こと、嬉しいこと、やった!! ことは多い。でも、流石にそれだけでは収まらないのが世の中だ。高校時代、勉強する前に、先ずはクラマーさんのサッカー教本を読んだ。私には難しかったけれど、技術的にはそんなに無茶なことはなかった。基本技術、戦法が多かった。その彼のことだ。サッカー関係者が彼のことを、ナンダ、カンダと敬意をもって語るのに、つられてしまったのかどうか? 私までクラマー信者になっていた。ドイツにはゲルマン魂がある。君たち日本人にも貴重な大和魂があるではないか、と励ました。

以下は、朝日新聞から~(朝日新聞の田中基之氏の記事)=日本のサッカーは今、世界の舞台で戦えるようになった。男子はワールドカップ(W杯)と五輪に2大会連続出場。女子は,2011年の(W杯)で優勝。その始まりはクラマーさんの来日だった。日本代表のコーチになったクラマーさんは基本技術を徹底的に教えた。選手がうんざりするほどインサイドキックを繰り返させた。日本代表の指導では精神性や人間性の大切さも説いた。「大和魂」という言葉を使って選手たちを鼓舞した。

Ryuichi Sugiyama and Dettmar Cramer 1964.jpg

東京五輪でアルゼンチンに勝ち、杉山隆一選手(左)らと喜ぶクラマーさん(右)=1964年10月14日、駒沢競技場 没年月日2015年年9月17日(満90歳没)。

日本代表対ベトナム代表でのクラマー(右側)、左は長沼監督)

1964の東京オリンピックでは、日本代表はアルゼンチン代表を破るなどでベスト8の成績を残した。任期を終えたクラマーは、帰国にあたって5つの提言を残した

  1. 強いチーム同士が戦うリーグ戦創設。
  2. コーチ制度の確立。
  3. 芝生のグラウンドを数多く作り、維持すること。
  4. 国際試合の経験を数多く積むこと。代表チームは1年に1回は欧州遠征を行い、強豪と対戦すること
  5. 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置く

2015年10月12日月曜日

気難しい!! 憂愁な秋

ヒガンバナ・ヒガンバナ科の多年草

記事はネットよりいただいた=高さ約40センチ。田の畔や土手などに生える。葉は線形。秋に、花茎の頂部しべの長い赤花が多数咲く。白花のものもある。鱗茎は有毒だが、薬などに利用。

鱗茎には有毒な分子が含まれていて、それを食した人は中毒を起こすことが多い。私の田舎では、無縁仏の周りにはこの花が多く植えられ、小動物たちの人骨への侵入を防いだ。

 

この写真はネットでお借りした。無数に並ぶ無縁仏。

 

秋、秋、、立秋そして晩秋へ。  楽しい秋であって欲しい。

初秋、私には楽しいばかりではなく、憂愁なモノもある。昔から、女心と秋の空とよ~く言われてきた。秋の天気は、女の気持ちと同じように移り気だという? 娘さんを前に、ここまで言って、いいのか?

男は、恋心(?)が変化しやすいというが、これは、言い換えれば、先天的に色好みなんだよ、尻の何処かと?鼻の下?が長いだけのことなんだ。だから、、、浮気や不倫に手も足も滑りやすい。

 

秋の夜、女は情緒的って言うが、これも本当なのか。女は情報を気分でキャッチする。それから、本能的に行動する。頭を使ってこねくり回す前に、女体(にょたい)が自然に動き出す。それって、私には解りにくい。危険だ、ぞ。ヒガンバナの花言葉に教諭される言葉があるかもしれない、が、浮かばない。

 

男からデートの声がかけられた時、「好きでもない奴だけれどオーケーしちゃった」、そんなことが女にはよくあるらしい。

これに対して、男は「お前のことが好きだから、デートしたいんだ」であり、「二人きりで遊びたいなあ」、これは女を恋人にするのが夢だと言うことだ。直接的、直覚的、強制的、果てには獣客的だ。

だから、男は「好き」という前に、メールや電話などでアプローチする。

 

この男が、本物かどうかを確かめるためにデートの求めに応じる。自覚自省の秋時雨(しぐれ)。そのデート中、その男がどうこうよりも、胸騒ぎがしたか? 愉しかったか? 笑わせてくれたか? を評価する。

女はちょっと可笑しいのかも、シレン、ワ。

2015年10月8日木曜日

想起したのは、田舎の池?

 

今は秋を想う。昨夜、うたた寝(ね)の果てには郷里の池だった。

ネットで得た写真を使わせてもらった。

昨年の事故の高次脳機能障害か? 秋を彷彿することは少なくなってしまった。先天的に貧しい頭脳のせいか!!、、、、矢張り、秋に思いつくのは、生まれ故郷での聖なる?「池」だった。それまでは、東京の学校に通うまで過ごした京都府綴喜郡宇治田原町での生活のささやかなことが、私の心と体を支えてくれた。

生家は2代続きの茶と米を作る専業農家だった。昨夜、頭に浮んだのは、風に靡く豊富な稲穂と赤蜻蛉(とんぼ)、広大な丘陵を空のように海のように茶芽をとぞろかせる畑、その中を、思いっきり走りまくった。働き者の父は祖父から得た農地を借金をして、2倍近くに膨らませた。

これから筆記するのは、そんなことではない。繰り返す。私の頭脳は誰よりも誰よりも悲器だ。その結果、1回の入試で受からず2回でも駄目で、それでも、3回目で高田馬場に通うことができるようになった。

田舎では、用水池の3年から4年に一度の競(せ)りがあった。その競りの目的は、雑魚を採りつくろうこと、それに合わせて清掃をやってもらうためのものだった。初秋の寒さを感じながら、2000坪ほどの池の水を全部放水して、中の魚を採るのが楽しみだった。この競りの入金額が、池や用水路の整備金やその他に遣う重要な資金源でもあったようだ。

この入札者に私の兄が勤めていた会社も参加して、見事に落札。能天気な私も参加させてもらって、楽しんだ。どこまでももぐって進むので、膝から腰まで、挙句の果てには胸くらまで、泥に身を弄びながら魚を追った。目の前を魚が足掻いた。鮒、鯉、鰻、ウグイ、ゴリ、泥鰌、魚の種類は多彩だ。その魚を我が家にも一部を置いてくれた。こんなことが、私には嬉しいことだった。

ちょっと違った吟秋の楽しみを、書いてみたかった。

2015年10月3日土曜日

10月の花は、りんどう

 

秋、、、♭、なのに♯、、ギターやら太鼓やらがブーチャカぶーちゃか。 加齢のせいか? 日が経つのを早く感じる。10月になっちゃえば今年も終わり、、、、来月になれば、来年のことを考えなければならないワイ。脳は未だに高次脳機能障害って奴だ。こんなことを、このように考えるのは、矢張り、去年の事故による因果関係だろう、か。

慣れない文章を綴って我流のブログを作って気休めしていたのだが、苦労が絶えない。それでも、10月には何をネタに始めるか、と思いだしたのだが、筆が運べない。

50年ごろ前の秋の頃、高校2年生の時に味わった九州への修学旅行。当時、舟木一夫の歌で流行っていた「修学旅行」(作詞・丘灯至夫 作曲・遠藤実)にりんどうの花が出てきて、その花を本気で見たく思っていた。現実に目の前にしたときは、嬉しかった。恋煩いをする女の人に会えたような雰囲気。京都府立城南高等学校。

外輪山の大観峰から見たカルデラと阿蘇五岳

外輪山の大観峰から見たカルデラと阿蘇五岳

都会の花形御三家の舟木一夫の歌に、私のような田舎者がよくぞ惚れたもんだ、と思う。恥かしがらずに打ち明ける、友達と撮った写真には、胸や頭にりんどうをかざしたものが幾つもあった。そのりんどうの花に、ロマンを秘めていたのだろう。

 

りんどう(竜胆)

リンドウ 

リンドウ(竜胆)とは、リンドウ科リンドウ属の多年生植物である。古くはえやみぐさ(疫病草、瘧草)とも呼ばれた。

湿った野山に自生する。花期は秋。花は晴天の時だけ開き、釣り型のきれいな紫色で、茎の先に上向きにいくつも咲かせる。高さは50センチほど。葉は細長く、対生につく。

かつては水田周辺の草地やため池堤防などにリンドウの草花がたくさん自生していたが、それは農業との関係で定期的に草刈りがなされ、草丈が低い状態に保たれていたためだった。近年、そのような手入れのはいる場所が少なくなったため、リンドウをはじめこれらの植物は見る機会が少なくなってしまい、リンドウを探すことも難しくなってしまっている。

生薬リュウタン(竜胆)の原料の1種である。

★ネットで得た情報をこのまま頂いておく。
・秋の代表花。
 山道でもよく見かける。
 ラッパ形で筒形。5裂する。
 紫や青色のものが多いが、
 白やピンク色のものもある。
・花は日光を受けると開き、
 夜は閉じる。
 雨や曇りの日は閉じたまま。
 (品種によっては
  ずっと開かないものもある)。

・根が薬用になり、
 苦味健胃剤として
 広く使われている。
・各国で薬草として
 昔から重用されてきた。


・漢名の「龍胆」の音読みの
 「りゅうたん」が
 いつの間にか
 「りんどう」になったらしい。
 この草の根が胆汁のように苦く、
 その苦みが特別強いので、
 最上級を表す龍の字を冠して
 名づけられたとも、また、
 ただ単に龍の胆のように苦いから、
 との説もある。


・切り花としてよく見かけるのは、
 「蝦夷竜胆(えぞりんどう)」や
 「御山竜胆(おやまりんどう)」を
 園芸品種化したもの。

・9月13日、10月23日、
 11月25日の誕生花
・花言葉は
 「正義と共に、勝利を確信する」
        (竜胆)
・長野県と熊本県の県花(竜胆)

2015年9月15日火曜日

外人にも、お叱りが必要?

他人様に声をだしてまで話せないちい~ちゃなこと。ネズミの心臓?猫の屁のようなものだ。先月8月3日の昼ごろ、JR横須賀線に乗っていた時のことだ。

外人夫婦とその夫婦の子供と思われる小さな男の子と女の子、彼らの激しい言葉のやり取りとやんちゃな行為を止めてくれるように、英語で細やかなお願いをした!!これには根性がいった。

横須賀駅からの上り、東逗子駅までのことだ。何十年か前のように、鬼畜米英!糞!垂れ!!なんて、酷(ひど)い言葉で罵るつもりはない。私は、日本人らしい、厳(おごそ)かで優美な言(こと)の葉(は)で表現したい、と思って、チョコチョコ。

2つの車両は静かな人ばっかりだったが、衣笠駅で乗っかってきた当のグループは後ろの車両の隅っこに、私は前の方の車両の一番の隅っこ、彼らとは一番遠い場所に座ったことになる。太宰治さんの短編の娯楽本を読んでいた。彼の本を長閑に読むときほど、幸せを感じることはない。ところが、そんなに幸せだった私の澄んだ頭に、カチ~ん、ツ~ン カチ~ンと詰まらぬものが入り込み、幸せが何処かにすっ飛び、悲しい事態を生むのではないか、と、、、、、、

私の働いていた場所は、横須賀駅のもう1駅久里浜駅寄りの衣笠駅から歩いて40分のところにある、弊社の社有物件。その中古住宅の庭から生えた草刈りを終えての帰りのことだ。暑い太陽光線に射され、全身の筋肉はフラフラ、精神はそれ以上にくたばっていた。建物は古風で山村風、商品としては申し分なし。

客の気分をシッチャかメッチャカにさせる、彼達の行為を気にしている人が増えてきた。戦勝国なんだから、外人のいい加減な言辞や行為は、いいじゃんか!と諦めることはできない。そこで、私にできることは、拙(つたな)い英語でも遣り繰りして、おしゃべりを避けてもらうか、声を小さくしてもらうことだ。そんなことを主張する日本人だって、マルマル皆が行儀の良い人ばかりでないことは、十分承知している心算なんだが、昨今は気の利く大人が多く、むやみやたらな子育ては少ない。

one do”es talk in a lound voice in a compartment.(私流には、車室のなかでは大きな声で、喋るもんじゃ、ネエー、なんだけど?どうかな?)。

もう一つ、外人に言いたいことがあるんだけれど、今日は、ここまで。

2015年9月11日金曜日

どん底

(パンフレットの表現をそのまま利用させていただいた。)

  

「われらは、ひとしく恐怖欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利する

 

時代を超え、国境を越え

人間の願いをのせ

くりかえし、くりかえし上演されてきた

ことばといのちあふれる”名作”に

アンサンブルが挑む

 

「そこには、死がある、恋がある、縊死がある、温情、かっとう、嫉妬、猜忌(さいき)、奸策、あらゆる人生の要素がアリーーー(岩波文庫 解説より)」

 

20世紀初頭、ロシアでは、何千万人もの人々が餓死線上をさまよい、農民は都市へ流れ込み、あふれる失業者は、貧民窟へ落ち込んでいった。泥棒、売春婦、イカサマ師、「元」役者、「元」貴族、「元」職人、汚辱の日々から逃れられない男と女ーーーー。抜け出す術を持たない「夜の宿」の住人の前に、ある日、流浪人ルカが現れる。自身の尊厳を知らぬ住人たちにルカが持ち込んだのは、希望か、はたまた絶望かーーーー?

人間とは何か?人間らしいとはどういうことか?

踏みにじられ辱められた人々のあふれることばが通して見える、「人権」発見の黎明期、革命の予感。

いま、「人権は停止できる」と発言する首相を持つ国に生き、戦後最悪の暴挙がまかり通る土壌に生きる私たちは、問いかけられているーーーことばといのちについて。人間の尊厳について。

 

観劇日は20150910、公演は19:00~

「どん底」を公演する「東京演劇アンサンブル」とは、大学時代から親しくしてもらっている。15年ほど前に、この劇団の大部分を改造しなければならないことが発生して、私が社長をしていた会社も些少の寄付をさせてもらった。その際、劇団代表者の胸算用???か 、ヤマオカさんには、今後のお芝居の入館料をいただかないようにします、、、、。こうりゃ、私にとっても有難い算用だった。こんなに親しくさせてもらったのは、この劇団の社長さんと仲のいい脚本家が居て、その脚本家が私をすごく可愛がってくれたことから、始まっている。脚本家さんとのことは、20日あっても30日あっても済まされない。原稿用紙にしたら書き終えるまでに、半年はかかりそう。

話は少し変わりますが、この劇団の社長の奥さんと私の義母(妻の母)、北朝鮮に拉致された娘さんの母、元自民党幹事長の野中広務の妻が、京都にある旧制の女学校の同窓生だということも知った。

50年前、この類の小説をシッチャかメッチャカ、読み漁っていた。太宰治 織田作之助 坂口安吾 田中英光 壇一雄 ドストエフスキー トルストイ チェーホル 高見順の本に出てくる出場者は苦しくて、悲しくて、それでも簡単にはくたばらない、そんな主人公と私との共感に心が奪われた。

本日、この芝居を一緒に観にいこうと言ってくれたのは、私と劇団の社長、脚本家と付き合いの好い四羽の音? マサだ。今や、ソニーの下請けをメインに羽振りの良さを見せている。私の愛すべき友人の一人。昨年の私が受けた作業中の事故についても、よくぞそこまでと、感極まるほど心配してくれた。

 

作……M・ゴーリキイ

訳……神西清    演出……三由寛子    音楽……池辺晋一郎    装置……三木元太   照明……真壁知恵子

       

効果……大場神   衣裳協力……竹内陽子    宣伝美術……本多敬    舞台監督……三木元太    効果オペレーター…篠原祐哉

制作……小森明子・太田昭・辻尾隆子    制作チーム……TEE運営委員会    演出助手 ……奈須弘子・永濱渉

舞台監督助手……入江龍太・雨宮大夢・大橋隆一郎

 

ブレヒトの芝居小屋(西武新宿線 武蔵関)

東京演劇アンサンブル 東京都練馬区関町4-35-17  03-3920-4433  

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以下はインターネットで得た文章です。       

執筆当時のロシア社会の貧困層が描かれ、木賃宿を舞台に住人達の物語が展開される。本作には筋がなく、主人公もいない。アントン・チェーホフからの影響が指摘される。

ゴーリキーの戯曲は知識階級を描いた作品が多いが、本作はゴーリキーの物書きとしての初期作品に見られるルンペンプロレタリアーが描かれている。しかし、ゴーリキーの特色たるロマンティシズムの面影はほとんどなく、実写主義が全体を貫いている。本作はゴーリキーのルンペン時代を葬る挽歌、訣別の辞として知られている。

 

あらすじ

コストゥイリョフの妻ワシリーサは、夫から自由になることを画策する。ワシリーサは情夫ペーペルが、彼女の実妹ナターシャに惚れていることに目をつける。ナターシャは姉夫婦の家に居候していて、虐待を受けていた。夫を殺害すれば、妹と結婚させ300ルーブリを提供しようと申し出る。ナターシャは結婚することで虐待から逃れられることができ、ペーペル自身もコストゥイリョフに2度も牢屋に送られた仕返しをでき、ワシリーサは夫と別れることができ、皆が幸福になるという。ペーペルはワシリーサの誘惑にのり、コストゥイリョフを殺害する。ところが、ワシリーサはペーペルが殺したと訴える。騙されたと知ったペーペルはワシリーサを道連れにしようとし、ワシリーサから計画を持ち込まれたことをしゃべる。そうしてナターシャは姉と自分の夫となる人が、共謀して義兄を殺害したことを悟り、ワシリーサ、ペーペル、そして自分を牢屋に入れてくれと訴える。

ペーペルとワシリーサは捕まり裁判にかけられ、ナターシャは病院から失踪してしまう。彼女たちの叔父のメドヴェージェフは警察を首になっていた。犯罪を犯さないものも、貧困という牢獄から抜け出すことを夢見ながらも、抜け出せない。誰一人幸福になることがなく、どん底にいる市民たちは、歌と酒だけを娯楽に日々の生活を送っていく。