タモツ、祝・生誕68年
今月の24日になると、この私、タモツがこの世に生まれて、やっとのことで68年経つ。
後、2年で70歳だ。
父は勝次で母はハナ、祖母はナミ。
3兄弟の一番年下の末っ子だ。
生まれたというのは、昭和23年(1948)のことだ。
昭和34年9月の伊勢湾台風で、稲田に、畳ほどの岩や私の体ほどの大きさの石が流れ込んで、我が家の田は甚大な被害を被った。
5歳上の長男は、父や母と共同で元通りに修復した。
祖母も手伝った。
長男は中学生次男は小学生だった。
私だって小さな石や樹木を拾って、傍の小川に流した。
それ以外は、父や母の周りで遊んでいた。
世間の人から、ヤマオカさんのお家は神聖家族だと、言われていた。
昭和20年(1945)8月15日を、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とし、全国戦没者追悼式を主催している。
この日を終戦記念日、終戦の日とされている。
私はこの日から3年後に生まれたようだ。
父の兄(叔父)が東南アジアでの戦闘の果てに、インドネシアで罹った悪病に苦しみ、帰還2年目に亡くなった。叔父の人の好さには、風聞で聞かされるごとに、悔しさがこみ上げた。
叔父さんの人並の立派さが私の誇りであった。
独身のまま亡くなったことが、何とも言えない。
父は、数少ない田畑を耕しながらも、銀行から借りた費用で、農地を2倍に広げた。
人力以外、鋤(すき)や鍬(くわ)、鎌(かま)だけの貧しい農民だったが、私が大学に行く頃には、人並み以上の農機具を揃えていた。
この昭和23年の1年間を、備忘のために大事件をネットで知ったことだけでも、ここに列記しておこう。
★昭和23年=1948年 子(ね)の年だ。
1月 帝銀事件(椎名町支店) 行員12人毒殺
2月 朝鮮民主主義人民共和国 設立宣言
3月 第1回NHKのど自慢始まる
4月 東宝争議始まる
済州島 四・三事件
5月 10歳の美空ひばりデビュー
「母子手帳」配布される
6月 昭電事件
13日、作家・太宰 治 玉川上水で情死
7月 第14回オリンピック・ロンドン大会開催
(日本の参加は不許可)
8月 大韓民国 樹立宣言
9月 アイオン台風 死者・2838人
全日本学生自治会総連合 結成
暮らしの手帖 創刊
本田技研工業設立
日本人身保護法施行
10月 110番設置
11月 極東国際軍事裁判判決
7人に絞首刑
12月 GHQ 岸 信介らA級戦犯19人を釈放
2016年9月11日日曜日
2016年9月4日日曜日
寂しい夜の、読書欄です
寂しい夜の、読書欄です
寂しい夜の、私の「楽しみ読書欄」とは、こんなものだ。
この稿は、未だ未だ出来上がってはいないが、少しでいいから、公開してくれよとの声にこたえた。
前回に述べたかったが、書けなかったその読書とは、こんな本のことだ。
この本は、私のお抱(かか)えの本屋(ブック オフ)で、購入した。
購入総額は、お小遣いの一部でまかなえている。
本の内容について、著書のなかの文章をお借りしたので、宜しく了解していただきたい。
この稿は、今日の今日までの原稿に過ぎません。
よって、明日からも、ドンドン追加しますので、気長に御付き合いください。
-------------------------------------------
① 「推定脅威」 未須本有生(みすもと ゆうき)・文芸春秋
スクランブル飛行中の自衛隊航空機が墜落した。
はじめ事故原因はパイロットの単純な操縦ミスとされていたが、航空機メーカーの技術者たちは、どこか不可解なものを感じたようだ。
この影には、防衛省と航空機メーカーが相対する、脅威の正体が、暴露されていく。
「デビュー即日本一の航空小説」=石田衣良
「航空機についての知識に圧倒される。これは強い」=北村 薫
② 「化生の海(けしょうのうみ)」 内田康夫・新潮社
観光地紹介をメインにした出版局の記者が、知り合いの不幸にどうしても納得できず、死者が 行きがった道を、自ら車や船を利用して、忘れ去られていた犯人を捕まえる。
不幸を受けた側からのささやかな応援も、記者にはありがたかった。
講談社によると、「化生」とは、ーーー
①(仏教語)四生の一つ。母胎や卵からでなく、自らの業力(ごうりき)によって超自然的に発生すること。または、そのもの。諸天・地獄の有情など。
②形をかえて現れること、化身。③ばけもの。変化(へんげ)
③ 「廃墟に乞う」 佐々木 譲・文芸春秋
仙道孝司は北海道、捜査一課の敏腕刑事だったが、任務がもとで患った病のため、休職を命じられていた。
幾ら病気だからと言われても、心身は覚めやらずだった。
ようやく回復してきた頃、かって札幌で起きた殺人事件と、同じ手口で、千葉でも性風俗に勤める女性が殺された。
仙道は、札幌で起こったこの事件もあいつの犯行か?と思いついた。
それから、仙道の行動が始まった。
先ずは、犯人の足を追って、旧炭鉱町に向かう。
それから、リゾート村、札幌の倉庫、競走馬生産牧場へだ。
警察手帳も銃も持たない休職刑事が 事件を見出す。
光と闇を駆け出したのだ。
④ 「しまなみ幻想」 内田康夫・光文社
「母は殺された?----」
瀬戸内の海に浮んだ、少女の「哀しき疑惑」。
この少女に果てしない情を感じた浅見光彦は、希望の光となれるのか!!
来島海峡から飛び降りた母の死に、疑問を持った少女。
偶然、彼女と知り合った浅見は、その死の真相を調べるため、しまなみ海道へ向かう。
美しき海と島々がおりなす”海道”で、浅見がみたものは!?
浅見と少女の考え道理のことだった。
⑤ 「瑠璃の海」 小池真理子・集英社
副題に、究極の恋の道行く、とあった。
この男の中で壊れてしまいたい。
究極の愛のかたちが呼ぶ、圧倒的な感動。
拡がる共感の声。
バス事故で夫を失った三十代半ばの萌。
娘を失った作家・遊作。
突然の悲劇に結びつけられた二人は、
同じ孤独の淵で愛し合い、終末へと向かう。
運命に弄ばれ、静かな絶望に彩られた愛の行く方は如何に?
⑥ 「孤舟(こしゅう)」 渡辺淳一・集英社
定年退職して始まる本当の孤独!
バラ色の第2の人生のはずが、待っていたのは、夫婦関係と親子関係の危機。
人生最大の転機をいかに乗り切るか!?
主人公の威一郎は、広告会社の大手の会社を、ほぼ1年半前、満60歳になったところで定年退職した。
それから、娘は出て行き、妻だって娘の世話をやくと言って、出て行った。
主人公は一人きりになって、何か有意義な生活をおくれないか、と模索した。
そこで、この本の物語は始まる。
此処で今日これから逢う相手は、先日、デートクラブで約束した女性である。
名前は、小西佐智恵、27歳のオフイスレディだ。
⑦「落第坊主を愛した母」 遠藤周作・海竜社
没後10年記念出版
小学校も中学も不成績で、周囲の者や親戚の人たちから馬鹿にされるばかりか、学校の先生からも馬鹿あつかいを受けて、自分でも俺はほんとに馬鹿ではないかという劣等感に悩まされた。
そうした時に、母は、「お前は一つだけいいところがある。
それは文章を書いたり、話しをするのが上手だから、小説家になったらいい」と、言ってくれた。
遠藤順子(本文より)
遠藤の兄は灘中四年から(昔の中学は五年制)に入学し、一高の二年で(昔の高校は三年制)東大に合格するというような秀才でした。
ところが主人のほうは零点ばかり。
成績順でAからDまでに組み分けされていた灘中では、遠藤正介の弟だからということで一年はA組でしたが、二年B組、三年C組、四年五年はD組という有様でした。
親戚中から周作は仕様がない、仕様がないと非難される中で、母一人がいつも主人をかばってくれたということです。
ですから、主人のファン第一号は間違いなく遠藤の母だと思っています。
「周ちゃんは大きいことをする人間になる」といつもいつも言ってくれたそうです。
「おふくろがいなかったら俺はぐれていただろう」と自分でもよく述懐していました。
寂しい夜の、私の「楽しみ読書欄」とは、こんなものだ。
この稿は、未だ未だ出来上がってはいないが、少しでいいから、公開してくれよとの声にこたえた。
前回に述べたかったが、書けなかったその読書とは、こんな本のことだ。
この本は、私のお抱(かか)えの本屋(ブック オフ)で、購入した。
購入総額は、お小遣いの一部でまかなえている。
本の内容について、著書のなかの文章をお借りしたので、宜しく了解していただきたい。
この稿は、今日の今日までの原稿に過ぎません。
よって、明日からも、ドンドン追加しますので、気長に御付き合いください。
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① 「推定脅威」 未須本有生(みすもと ゆうき)・文芸春秋
スクランブル飛行中の自衛隊航空機が墜落した。
はじめ事故原因はパイロットの単純な操縦ミスとされていたが、航空機メーカーの技術者たちは、どこか不可解なものを感じたようだ。
この影には、防衛省と航空機メーカーが相対する、脅威の正体が、暴露されていく。
「デビュー即日本一の航空小説」=石田衣良
「航空機についての知識に圧倒される。これは強い」=北村 薫
② 「化生の海(けしょうのうみ)」 内田康夫・新潮社
観光地紹介をメインにした出版局の記者が、知り合いの不幸にどうしても納得できず、死者が 行きがった道を、自ら車や船を利用して、忘れ去られていた犯人を捕まえる。
不幸を受けた側からのささやかな応援も、記者にはありがたかった。
講談社によると、「化生」とは、ーーー
①(仏教語)四生の一つ。母胎や卵からでなく、自らの業力(ごうりき)によって超自然的に発生すること。または、そのもの。諸天・地獄の有情など。
②形をかえて現れること、化身。③ばけもの。変化(へんげ)
③ 「廃墟に乞う」 佐々木 譲・文芸春秋
仙道孝司は北海道、捜査一課の敏腕刑事だったが、任務がもとで患った病のため、休職を命じられていた。
幾ら病気だからと言われても、心身は覚めやらずだった。
ようやく回復してきた頃、かって札幌で起きた殺人事件と、同じ手口で、千葉でも性風俗に勤める女性が殺された。
仙道は、札幌で起こったこの事件もあいつの犯行か?と思いついた。
それから、仙道の行動が始まった。
先ずは、犯人の足を追って、旧炭鉱町に向かう。
それから、リゾート村、札幌の倉庫、競走馬生産牧場へだ。
警察手帳も銃も持たない休職刑事が 事件を見出す。
光と闇を駆け出したのだ。
④ 「しまなみ幻想」 内田康夫・光文社
「母は殺された?----」
瀬戸内の海に浮んだ、少女の「哀しき疑惑」。
この少女に果てしない情を感じた浅見光彦は、希望の光となれるのか!!
来島海峡から飛び降りた母の死に、疑問を持った少女。
偶然、彼女と知り合った浅見は、その死の真相を調べるため、しまなみ海道へ向かう。
美しき海と島々がおりなす”海道”で、浅見がみたものは!?
浅見と少女の考え道理のことだった。
⑤ 「瑠璃の海」 小池真理子・集英社
副題に、究極の恋の道行く、とあった。
この男の中で壊れてしまいたい。
究極の愛のかたちが呼ぶ、圧倒的な感動。
拡がる共感の声。
バス事故で夫を失った三十代半ばの萌。
娘を失った作家・遊作。
突然の悲劇に結びつけられた二人は、
同じ孤独の淵で愛し合い、終末へと向かう。
運命に弄ばれ、静かな絶望に彩られた愛の行く方は如何に?
⑥ 「孤舟(こしゅう)」 渡辺淳一・集英社
定年退職して始まる本当の孤独!
バラ色の第2の人生のはずが、待っていたのは、夫婦関係と親子関係の危機。
人生最大の転機をいかに乗り切るか!?
主人公の威一郎は、広告会社の大手の会社を、ほぼ1年半前、満60歳になったところで定年退職した。
それから、娘は出て行き、妻だって娘の世話をやくと言って、出て行った。
主人公は一人きりになって、何か有意義な生活をおくれないか、と模索した。
そこで、この本の物語は始まる。
此処で今日これから逢う相手は、先日、デートクラブで約束した女性である。
名前は、小西佐智恵、27歳のオフイスレディだ。
⑦「落第坊主を愛した母」 遠藤周作・海竜社
没後10年記念出版
小学校も中学も不成績で、周囲の者や親戚の人たちから馬鹿にされるばかりか、学校の先生からも馬鹿あつかいを受けて、自分でも俺はほんとに馬鹿ではないかという劣等感に悩まされた。
そうした時に、母は、「お前は一つだけいいところがある。
それは文章を書いたり、話しをするのが上手だから、小説家になったらいい」と、言ってくれた。
遠藤順子(本文より)
遠藤の兄は灘中四年から(昔の中学は五年制)に入学し、一高の二年で(昔の高校は三年制)東大に合格するというような秀才でした。
ところが主人のほうは零点ばかり。
成績順でAからDまでに組み分けされていた灘中では、遠藤正介の弟だからということで一年はA組でしたが、二年B組、三年C組、四年五年はD組という有様でした。
親戚中から周作は仕様がない、仕様がないと非難される中で、母一人がいつも主人をかばってくれたということです。
ですから、主人のファン第一号は間違いなく遠藤の母だと思っています。
「周ちゃんは大きいことをする人間になる」といつもいつも言ってくれたそうです。
「おふくろがいなかったら俺はぐれていただろう」と自分でもよく述懐していました。
2016年8月30日火曜日
俺は気まま、だ!!
俺は気まま、だ!
今、貴方はどんな花を見たい?
そンな質問に応えて、
私は、今の今、あの事だって?さり気無く話すことができる。
私の命でさえ、奪おうとした悔しい事故のことだ。
4~5mの高所から落ちた怪我の後遺症も、今では誰にも、何の色気もなく話せるのかと聞かれたら、それはそれは当然でしょ、と言いながらも、悲しさはつきまとう。
そんな我が身でも、歯を食い縛って、何とか生きてゆかなければならない。
それも、有意義に活動的に、そして今まで以上に活発的に。
誇りをもって活きたい。
そんな私が、日々生きていくための力不足にこれらの小説を読んでいる。
情けない奴ザ、とお笑いください。
この本については、余りにも多くて次回にお任せください。
今日のことは、、、、、、?
明日のことは尚更、誰にだって、何が起こるか解らない。
我が身のどこかに、どんな種類の花が、何色で咲くの?
香りは? ーーーー、そんなこと、解らないってことだ。
昔、世界は隈なく戦争に追い込まれた。
「不思議な大砲」と思い込んでいたモノが、原子爆弾だった。
私たちの国の、広島と長崎に落下された。
落下したのは、
広島は1945(昭和20年) 0806 午前08:15
長崎は同年 0809 午前11:02。
沢山の人が亡くなり、それを機に大儲けをした奴や会社や国がある。
実家の周りでは、傷痍に戦死、殺人に廃墟、犠牲者の大量発生。
孤児、夫や子供の戦死による家庭崩壊。
多国間に紛争と紛議、果てに血だらけの闘争。
戦禍は、多種多様、、、、幾らでもある。
生命や財を無くすること、そのことが、未来を悲しいものにした。
実家周辺の農民は心も体も、国益に馳せるどころか、撃ちのまれた。
何が起こるか? それは何が原因だったのか?
それで、結果的に何が、どうなるのか?
何かいいことでも、あるのか。
話を変えよう。
この15年間に、可愛がっていた犬が3頭亡くなった。
そのどれもが、病気のしらない健康モノだった。
15年前には、ラブラドール。
30日前には、シーズン。
1週間前には、ミニチュアピンシャー。
どの犬も亡くなる3日前から、体の動きが少なく、息が弱まって目動きも穏やかになったかなあ、と思ったすぐ後に、静かに息を引き取った。
3頭とも、我が家の家族みんなに見守られた。
私の頭が、少し可笑しくなっているのは、この犬たちの死なのだろうか。
そして今日、近所のラブラドール・ダナが死んだ。
我が家の犬のように接するほど、とんでもなく可愛い奴だった。息子・シュンの飼いたさの熱望に、親父さんが負けたのは16年前だった。
それじゃ、気まぐれに。
天気のことでも考えようか。
俺って、能天気か!!
天気ブログって奴だ?
この俺さまのいい加減な奴仲間と同じ、面白くないブログだ!!!
雷、雪? 霰か?
晴れるのか? 雨が降るのか?
晴れたら? 雨だったら? つまらぬ曇り空?だったら。
空?それとも天気ブログか?
このように考えていたって、一体、どうなるの?
気温は暑くなるのか、冷ややかになるのか。
暑くなったら? 冷ややかになったら?
日射の加減に熱量は?
濃いのか? 薄いのか?
相(あい)変(かわ)らぬモノだったら、いったい、どうなるの?
この俺さまは、一体、どうなるの?
そんなことを考えたって、結果的に予定と違っても、私の命の在りようは、何も関係なしに存在するザケのこと、と腹を括(くく)っても、しょうがないことだ。
今、貴方はどんな花を見たい?
そンな質問に応えて、
私は、今の今、あの事だって?さり気無く話すことができる。
私の命でさえ、奪おうとした悔しい事故のことだ。
4~5mの高所から落ちた怪我の後遺症も、今では誰にも、何の色気もなく話せるのかと聞かれたら、それはそれは当然でしょ、と言いながらも、悲しさはつきまとう。
そんな我が身でも、歯を食い縛って、何とか生きてゆかなければならない。
それも、有意義に活動的に、そして今まで以上に活発的に。
誇りをもって活きたい。
そんな私が、日々生きていくための力不足にこれらの小説を読んでいる。
情けない奴ザ、とお笑いください。
この本については、余りにも多くて次回にお任せください。
今日のことは、、、、、、?
明日のことは尚更、誰にだって、何が起こるか解らない。
我が身のどこかに、どんな種類の花が、何色で咲くの?
香りは? ーーーー、そんなこと、解らないってことだ。
昔、世界は隈なく戦争に追い込まれた。
「不思議な大砲」と思い込んでいたモノが、原子爆弾だった。
私たちの国の、広島と長崎に落下された。
落下したのは、
広島は1945(昭和20年) 0806 午前08:15
長崎は同年 0809 午前11:02。
沢山の人が亡くなり、それを機に大儲けをした奴や会社や国がある。
実家の周りでは、傷痍に戦死、殺人に廃墟、犠牲者の大量発生。
孤児、夫や子供の戦死による家庭崩壊。
多国間に紛争と紛議、果てに血だらけの闘争。
戦禍は、多種多様、、、、幾らでもある。
生命や財を無くすること、そのことが、未来を悲しいものにした。
実家周辺の農民は心も体も、国益に馳せるどころか、撃ちのまれた。
何が起こるか? それは何が原因だったのか?
それで、結果的に何が、どうなるのか?
何かいいことでも、あるのか。
話を変えよう。
この15年間に、可愛がっていた犬が3頭亡くなった。
そのどれもが、病気のしらない健康モノだった。
15年前には、ラブラドール。
30日前には、シーズン。
1週間前には、ミニチュアピンシャー。
どの犬も亡くなる3日前から、体の動きが少なく、息が弱まって目動きも穏やかになったかなあ、と思ったすぐ後に、静かに息を引き取った。
3頭とも、我が家の家族みんなに見守られた。
私の頭が、少し可笑しくなっているのは、この犬たちの死なのだろうか。
そして今日、近所のラブラドール・ダナが死んだ。
我が家の犬のように接するほど、とんでもなく可愛い奴だった。息子・シュンの飼いたさの熱望に、親父さんが負けたのは16年前だった。
それじゃ、気まぐれに。
天気のことでも考えようか。
俺って、能天気か!!
天気ブログって奴だ?
この俺さまのいい加減な奴仲間と同じ、面白くないブログだ!!!
雷、雪? 霰か?
晴れるのか? 雨が降るのか?
晴れたら? 雨だったら? つまらぬ曇り空?だったら。
空?それとも天気ブログか?
このように考えていたって、一体、どうなるの?
気温は暑くなるのか、冷ややかになるのか。
暑くなったら? 冷ややかになったら?
日射の加減に熱量は?
濃いのか? 薄いのか?
相(あい)変(かわ)らぬモノだったら、いったい、どうなるの?
この俺さまは、一体、どうなるの?
そんなことを考えたって、結果的に予定と違っても、私の命の在りようは、何も関係なしに存在するザケのこと、と腹を括(くく)っても、しょうがないことだ。
2016年7月24日日曜日
可笑しなことが、いっぱい
可笑しなことが、いっぱい
この平和な世の中、いいことばっかりだと思ってきた私にも、ヘエエ?と思われる、可笑しなことが、いっぱいあることに気づいた。
でも、これらは、人の生きざまについてだ。
ヤマオカさん、そんなことにワーワーゴチャゴチャ言うものでもない。といわれそうなのだが、言いかかった口もとの皺はゆるみません。
何もこのページをもって描くこともないと思われるだろうが、仕方がない。
私自身の生活が余りにも穏便だからか、街中で不思議だなと思うことが良く見かける。
☆バスの中での小さな子供と親父。
昨日7月24日の帰途のことだ。時間は17時25分頃。
幼稚園児の二人の子供が、大きな声で、それも動物園のライオンのように悪戯(ふだけて)いた。
一緒にいるのは、40歳そこそこの親父。
延々と続いた。
何回も何回も、同じ悪戯をして、騒ぎまくった。
親父は、毅然としたお叱りをしない。
俺の頭のシンは切れそうだった。
何故だ?
私は直ぐ後ろの席で、この野郎たちにいつ注意をするべきなのか、悩んでいた。
そのうち、前の席のオバアチャンが、自分の帰りで席を立ったとき、静かに注意をした。
先ずは子供に、その次には親父に対してだった。
子供をいい子に育てるためには、親こそが大事なのですよ。
気をつけてくださいね、、、、、、静かな口調だった。
私だって、終着駅でこの親父に、子供も大事、大人も大事ですね、と念じた。
言い過ぎだっただろうか。
この横浜市交通局の106号の運転手の言葉遣いが、丁寧で気が利いていることにも、感謝している。
運転中でも、中ほど(通路の中ほどのこと)にお立ちのお客様は、少し後ろの方にお詰めください。
もう少し、みなさんをお乗せしたいのです。
右に回ります、左に回ります。
道路の面が荒く、バスが揺れます。
☆バスのなかでのオバサンの振る舞い。
バスの真っ先の席に座っている長髪のお姉さんのことについて、話したい。
運転手さんの隣の席だ。
顔も見ないこのオバサンの容姿が気にいって、恥ずかしながら、視線が留まることが多かった。
そして、5分、10分経ったころから、彼女が両手で自分の髪をとぎだしたか。
事がよほど許せば、振れることだって許してもえもらえる事態だって、生まれる、かもしれない。
ところが、事態じゃ急にあらぬ方に進んだ、。
髪の毛をコシコシ手で「トグ」ことを、「とぎだした」とは、間違いですか。
唯、それだけなら気も済むところだが、このオバサン、ちょっと下品過ぎるのだ。
両手で髪をこすりながら、出てきた抜け毛やゴミを通用路に捨てる。
このことを、何回も何回もやっても、飽きないどころか、気が済みそうにない。
こんな女が、居て堪るかと思ったが、流石にクレームを言えなかった。
☆バスの運転手さんの振る舞い。
横浜市交通局
先日三浦半島を営業の拠点にしているバスに乗って、非常に嫌な想いをした。
ところが、私が一番仕事や私事でお節介になっているのが、横浜市交通局の106号のバスだ。
このバスの運転にかかわっている運転手さんのなんて、気の利いたことヨ、と大きな声で叫びたくなって、この項は始まる。
運転手さんは、体の不自由な人や老人たちに対する心配りには感動した。
この私だって、見かけには痛みなんて誰も想像はつかないだろうが、運転手さんによく見分けられた。
足を痛めている私が、座席に着くまで、よ~く待ってくれた。
足が痛くて、速く歩けないのを見破り、ゆっくり席を見つけて、座って下さいね、丁寧な言葉遣いだった。
この平和な世の中、いいことばっかりだと思ってきた私にも、ヘエエ?と思われる、可笑しなことが、いっぱいあることに気づいた。
でも、これらは、人の生きざまについてだ。
ヤマオカさん、そんなことにワーワーゴチャゴチャ言うものでもない。といわれそうなのだが、言いかかった口もとの皺はゆるみません。
何もこのページをもって描くこともないと思われるだろうが、仕方がない。
私自身の生活が余りにも穏便だからか、街中で不思議だなと思うことが良く見かける。
☆バスの中での小さな子供と親父。
昨日7月24日の帰途のことだ。時間は17時25分頃。
幼稚園児の二人の子供が、大きな声で、それも動物園のライオンのように悪戯(ふだけて)いた。
一緒にいるのは、40歳そこそこの親父。
延々と続いた。
何回も何回も、同じ悪戯をして、騒ぎまくった。
親父は、毅然としたお叱りをしない。
俺の頭のシンは切れそうだった。
何故だ?
私は直ぐ後ろの席で、この野郎たちにいつ注意をするべきなのか、悩んでいた。
そのうち、前の席のオバアチャンが、自分の帰りで席を立ったとき、静かに注意をした。
先ずは子供に、その次には親父に対してだった。
子供をいい子に育てるためには、親こそが大事なのですよ。
気をつけてくださいね、、、、、、静かな口調だった。
私だって、終着駅でこの親父に、子供も大事、大人も大事ですね、と念じた。
言い過ぎだっただろうか。
この横浜市交通局の106号の運転手の言葉遣いが、丁寧で気が利いていることにも、感謝している。
運転中でも、中ほど(通路の中ほどのこと)にお立ちのお客様は、少し後ろの方にお詰めください。
もう少し、みなさんをお乗せしたいのです。
右に回ります、左に回ります。
道路の面が荒く、バスが揺れます。
☆バスのなかでのオバサンの振る舞い。
バスの真っ先の席に座っている長髪のお姉さんのことについて、話したい。
運転手さんの隣の席だ。
顔も見ないこのオバサンの容姿が気にいって、恥ずかしながら、視線が留まることが多かった。
そして、5分、10分経ったころから、彼女が両手で自分の髪をとぎだしたか。
事がよほど許せば、振れることだって許してもえもらえる事態だって、生まれる、かもしれない。
ところが、事態じゃ急にあらぬ方に進んだ、。
髪の毛をコシコシ手で「トグ」ことを、「とぎだした」とは、間違いですか。
唯、それだけなら気も済むところだが、このオバサン、ちょっと下品過ぎるのだ。
両手で髪をこすりながら、出てきた抜け毛やゴミを通用路に捨てる。
このことを、何回も何回もやっても、飽きないどころか、気が済みそうにない。
こんな女が、居て堪るかと思ったが、流石にクレームを言えなかった。
☆バスの運転手さんの振る舞い。
横浜市交通局
先日三浦半島を営業の拠点にしているバスに乗って、非常に嫌な想いをした。
ところが、私が一番仕事や私事でお節介になっているのが、横浜市交通局の106号のバスだ。
このバスの運転にかかわっている運転手さんのなんて、気の利いたことヨ、と大きな声で叫びたくなって、この項は始まる。
運転手さんは、体の不自由な人や老人たちに対する心配りには感動した。
この私だって、見かけには痛みなんて誰も想像はつかないだろうが、運転手さんによく見分けられた。
足を痛めている私が、座席に着くまで、よ~く待ってくれた。
足が痛くて、速く歩けないのを見破り、ゆっくり席を見つけて、座って下さいね、丁寧な言葉遣いだった。
2016年7月23日土曜日
暑気払いを、どうするの?
暑気払いを、どうするの?
暑気払いを、どうするの?
今日は、20160723。
土曜日、雨は降っていないが曇り空。
昨日、今日に明日、雨と気温に気をとられ、矢鱈、周到に、この暑気払いのことをよく考えるようになった。
今日は、仕入れ予定物件を数件見て、まだまだ見なくちゃいけない物件が控えている。
私は自動車の後部座席でうんだりして乗せてもらっているだけだから、疲労度は俄然少なくてすむ。
が、運転している社長さんは、さぞかし苦しいだろう。
何故なら、この俺様は、今まで、68歳になるまで、寒さや暑さに苦しんだことがないからだ。
でも、私の周りには暑さ惚(ぼ)け、寒さ嫌いが余りにも多いのに、驚いている。
言っておきますが、私は今まで、気温その他で気をもんだことはない。
苦しくないのだ。
大学時代、4年間朝から晩まで、グラウンドで走ったり蹴ったり、猛烈な練習に耐えてきた。
そこで皆さんに、暑さ、寒さについて、もっと頑張れないものですか?と聞きたかった。
「暑さ」と言ったって、日々の太陽のうねりが作る雰囲気=熱気球が、暑い体を先ずは冷やし、冷やすことでカロリーを消費させる。
こんなこと、よくよく解りきっている。
正確には、「暑気払い」とは、人によって対処は違うけれど、暑い夏に冷たい食べ物や体を冷やす効果のあるものを食べて、体中の熱気を取り除こうとすることだ。
薬がなかった時は、暑くなった体を漢方の飲み薬で癒し、冷えた体に鞭を打った。
でも、恐れることなかれ、体温は正常でも、水や塩の変調によって、いわゆる「暑気あたり」になることだってある。
怖ろしい軽薄な行為は避けたい?
正確には、体温調整中枢の機能が障害され、発汗が止まり、体温の異常な上昇をきたすのが特徴だ。
この暑気払いとは、この忌み深い糞暑気を、意味深く慎重に、積極的に引き払おう、とすることだ。
暑気払いを、どうするの?
今日は、20160723。
土曜日、雨は降っていないが曇り空。
昨日、今日に明日、雨と気温に気をとられ、矢鱈、周到に、この暑気払いのことをよく考えるようになった。
今日は、仕入れ予定物件を数件見て、まだまだ見なくちゃいけない物件が控えている。
私は自動車の後部座席でうんだりして乗せてもらっているだけだから、疲労度は俄然少なくてすむ。
が、運転している社長さんは、さぞかし苦しいだろう。
何故なら、この俺様は、今まで、68歳になるまで、寒さや暑さに苦しんだことがないからだ。
でも、私の周りには暑さ惚(ぼ)け、寒さ嫌いが余りにも多いのに、驚いている。
言っておきますが、私は今まで、気温その他で気をもんだことはない。
苦しくないのだ。
大学時代、4年間朝から晩まで、グラウンドで走ったり蹴ったり、猛烈な練習に耐えてきた。
そこで皆さんに、暑さ、寒さについて、もっと頑張れないものですか?と聞きたかった。
「暑さ」と言ったって、日々の太陽のうねりが作る雰囲気=熱気球が、暑い体を先ずは冷やし、冷やすことでカロリーを消費させる。
こんなこと、よくよく解りきっている。
正確には、「暑気払い」とは、人によって対処は違うけれど、暑い夏に冷たい食べ物や体を冷やす効果のあるものを食べて、体中の熱気を取り除こうとすることだ。
薬がなかった時は、暑くなった体を漢方の飲み薬で癒し、冷えた体に鞭を打った。
でも、恐れることなかれ、体温は正常でも、水や塩の変調によって、いわゆる「暑気あたり」になることだってある。
怖ろしい軽薄な行為は避けたい?
正確には、体温調整中枢の機能が障害され、発汗が止まり、体温の異常な上昇をきたすのが特徴だ。
この暑気払いとは、この忌み深い糞暑気を、意味深く慎重に、積極的に引き払おう、とすることだ。
2016年7月17日日曜日
哀しい梅雨のこころ? 哉(かな)!
哀しい梅雨のこころ? 哉(かな)!
哀しい梅雨のこころ? 哉(かな)!
自ら克つ者は強し(老子)
梅雨の季節が続く、昨日に今日、明日もきっと、、、、
空は、真っ黒なジュウタンが拡(ひろ)がれたように、いつまでも変らない。
気温は、暑い、暑い、、、
すかっとしない頭の中は、この鬱陶しい季節そのものの関係だけではない。
そんなことは、絶対無い筈だ、と解りきっている。
でも、でもだ、十二分に解りきっているのだが、この鬱陶しさをなんとか、したい。
これ、私だけの信念ではない。
梅雨乗り越えの秘策を書面にでも、書き記しておきたいと想った。
気休めだ、と言えば、叱られそう。
ゴチャゴチャした不思議な頭の中に、老子の名言だけが、理由もなく浮かぶ。
恰も、全てを解決できそうに。
この名言は、自分の心の欲望に勝つ者ほど強いものはない、と言うことなんだが、それだけでは話が進まない。この名言は、著・野本米吉の「ことわざと名言辞典」からいただいた。
「法学書院」発行
私の机上の書だ。
これでは、曖昧過ぎる。
もっと、もっと、もっと丁寧に、豆粒を一つづつ箸で拾い上げるように、納得できるように話してくれませんか。
私の頭は、狂っているんです、ヨ。
この数日のように、降りしきる一つ一つの雨粒に、何か不思議なものが含まれているんではないか、とか。
天の神様までが、人間どもに苦羞や哀愁を与えようとしているのか。
雨粒のなかに、人間どもが嬉しくなるモノや楽しくなるモノが含まれているのか?
額に滲む汗までが、この俺を苦しめる。
今朝、会社までの徒歩中、思いついたことがある。
日常の生活や勤務において、そこで発生した、他人には言えない悲しいやり繰りが、会社や学校で、ゴミになりチリになり、狂わせているのではないか、と。
肉親たちの口吻、かって愛し合った男と女の愛の言葉に、二度と交わしたくない言葉。
はしたない言葉。
愛なんて忘れちゃった、老人や若者たちの極めて普段の生活から。
ヤクザな悪意極まりない悪態行為や、下品なナセル技(わざ)と交う怖い殺気。
このやるせなさが、人間の世界を行き交う。
それらの気風が、周りの人間まで狂わせる。
それも、梅雨の一現象なのかもしれない。
それらのモノが揉(も)まれ擦(こす)れ、果てに高度な化学?変化を起こして、人間たちが住みにくくさせられているのではないか。
ちょっとでも速く、この糞面白くない梅雨時期から逃げ切りたい。
哀しい梅雨のこころ? 哉(かな)!
自ら克つ者は強し(老子)
梅雨の季節が続く、昨日に今日、明日もきっと、、、、
空は、真っ黒なジュウタンが拡(ひろ)がれたように、いつまでも変らない。
気温は、暑い、暑い、、、
すかっとしない頭の中は、この鬱陶しい季節そのものの関係だけではない。
そんなことは、絶対無い筈だ、と解りきっている。
でも、でもだ、十二分に解りきっているのだが、この鬱陶しさをなんとか、したい。
これ、私だけの信念ではない。
梅雨乗り越えの秘策を書面にでも、書き記しておきたいと想った。
気休めだ、と言えば、叱られそう。
ゴチャゴチャした不思議な頭の中に、老子の名言だけが、理由もなく浮かぶ。
恰も、全てを解決できそうに。
この名言は、自分の心の欲望に勝つ者ほど強いものはない、と言うことなんだが、それだけでは話が進まない。この名言は、著・野本米吉の「ことわざと名言辞典」からいただいた。
「法学書院」発行
私の机上の書だ。
これでは、曖昧過ぎる。
もっと、もっと、もっと丁寧に、豆粒を一つづつ箸で拾い上げるように、納得できるように話してくれませんか。
私の頭は、狂っているんです、ヨ。
この数日のように、降りしきる一つ一つの雨粒に、何か不思議なものが含まれているんではないか、とか。
天の神様までが、人間どもに苦羞や哀愁を与えようとしているのか。
雨粒のなかに、人間どもが嬉しくなるモノや楽しくなるモノが含まれているのか?
額に滲む汗までが、この俺を苦しめる。
今朝、会社までの徒歩中、思いついたことがある。
日常の生活や勤務において、そこで発生した、他人には言えない悲しいやり繰りが、会社や学校で、ゴミになりチリになり、狂わせているのではないか、と。
肉親たちの口吻、かって愛し合った男と女の愛の言葉に、二度と交わしたくない言葉。
はしたない言葉。
愛なんて忘れちゃった、老人や若者たちの極めて普段の生活から。
ヤクザな悪意極まりない悪態行為や、下品なナセル技(わざ)と交う怖い殺気。
このやるせなさが、人間の世界を行き交う。
それらの気風が、周りの人間まで狂わせる。
それも、梅雨の一現象なのかもしれない。
それらのモノが揉(も)まれ擦(こす)れ、果てに高度な化学?変化を起こして、人間たちが住みにくくさせられているのではないか。
ちょっとでも速く、この糞面白くない梅雨時期から逃げ切りたい。
2016年7月3日日曜日
名犬ポン(った)が亡くなった
名犬ポン(った)が亡くなった
名犬ポン(った)が今朝6時、亡くなった。
この犬は、私の次女が犬屋さんでもらってきたもの。
犬種はシーズー 雄。
中国産といわれている。
年齢は16歳を過ぎた頃だろう。
三女が、機嫌を悪くした名犬を胸に抱えているうちに、呼吸が弱り、最後には息絶えた。
この1週間、特に肺炎が激しかった。
老衰での痛みも激しく、彼の寿命をソロソロかと、心配していた。
2頭いた犬のうちポン(った)が居なくなって、我が家ではツバ1頭になってしまった。
この犬種は、ミニチュア・ピンシャー。
いつか、その素晴らしい姿を紹介したい。
この犬は、次女にも大いに可愛がってもらったが、次女にも色々都合があって、我が夫婦が面倒をみることになった。
冥途に入った彼(ポンった)に、今更、失礼だと思うけれど、いただいた時は、頗(すこぶ)る情けない顔をしていた。
一見、とぼけた風体に間抜けた顔立ち。
次女が飼いだして間もなく、次女は自分の家を建てることになった。
ところが、次女の夫が犬や猫と一緒に住めない体の事情があって、私たち夫婦が飼うことになった。
でも、住まいの環境その他で、私たち夫婦ではなく三女が一緒に住むことを望んでくれた。
三女の家は、私の家のすぐ傍だ。
飼いだして間もなく、餌を用意したときの嬉しそうな仕種と顏立ちに、私は可笑しくなる程狂いだした。
犬よりも、私の方が嬉しかったのか?
散歩に外出するときは、満面に笑みだ。
全身を使っての大喜び。
嗚呼、この無上の可愛さよ!!
私にも、今後のこの子との一生に励んでみせる、そんな気概が高まった。
犬屋さんが言う悪口なんて糞食らえ。
「この子の欠点なんて知るものか」
俺の家族の一員だと腹を括(くく)った。

ネットでお借りした
体の具合の調子や、食事については、ほとんどが妻と三女が手をやいた。
犬は手をやいてくれる人には、誰だって気を許すものだ。
この犬は、次女の顏の広さだろう、馴染みの犬屋さんからいただいたモノだ。
このような言い方をすれば、私がいかにいい加減な奴だと思われるかもしれないが、残念だが、仕方がない。
ところがドッコイ、一緒に住めば住むほど、愛情は、、、、愛情は、、、、
根こそぎ深まるものだ。
健康だった!
焼却後に観たポン(った)の骨は、丸で真っ白で、神々しく感じられた。
参会者は
私と妻、それに妻の母
三女と夫とその長女
長女夫婦と二人の娘、長女と次女。
誰もが、ポン(った)のことを可愛がってくれた。
名犬ポン(った)が今朝6時、亡くなった。
この犬は、私の次女が犬屋さんでもらってきたもの。
犬種はシーズー 雄。
中国産といわれている。
年齢は16歳を過ぎた頃だろう。
三女が、機嫌を悪くした名犬を胸に抱えているうちに、呼吸が弱り、最後には息絶えた。
この1週間、特に肺炎が激しかった。
老衰での痛みも激しく、彼の寿命をソロソロかと、心配していた。
2頭いた犬のうちポン(った)が居なくなって、我が家ではツバ1頭になってしまった。
この犬種は、ミニチュア・ピンシャー。
いつか、その素晴らしい姿を紹介したい。
この犬は、次女にも大いに可愛がってもらったが、次女にも色々都合があって、我が夫婦が面倒をみることになった。
冥途に入った彼(ポンった)に、今更、失礼だと思うけれど、いただいた時は、頗(すこぶ)る情けない顔をしていた。
一見、とぼけた風体に間抜けた顔立ち。
次女が飼いだして間もなく、次女は自分の家を建てることになった。
ところが、次女の夫が犬や猫と一緒に住めない体の事情があって、私たち夫婦が飼うことになった。
でも、住まいの環境その他で、私たち夫婦ではなく三女が一緒に住むことを望んでくれた。
三女の家は、私の家のすぐ傍だ。
飼いだして間もなく、餌を用意したときの嬉しそうな仕種と顏立ちに、私は可笑しくなる程狂いだした。
犬よりも、私の方が嬉しかったのか?
散歩に外出するときは、満面に笑みだ。
全身を使っての大喜び。
嗚呼、この無上の可愛さよ!!
私にも、今後のこの子との一生に励んでみせる、そんな気概が高まった。
犬屋さんが言う悪口なんて糞食らえ。
「この子の欠点なんて知るものか」
俺の家族の一員だと腹を括(くく)った。

ネットでお借りした
体の具合の調子や、食事については、ほとんどが妻と三女が手をやいた。
犬は手をやいてくれる人には、誰だって気を許すものだ。
この犬は、次女の顏の広さだろう、馴染みの犬屋さんからいただいたモノだ。
このような言い方をすれば、私がいかにいい加減な奴だと思われるかもしれないが、残念だが、仕方がない。
ところがドッコイ、一緒に住めば住むほど、愛情は、、、、愛情は、、、、
根こそぎ深まるものだ。
健康だった!
焼却後に観たポン(った)の骨は、丸で真っ白で、神々しく感じられた。
参会者は
私と妻、それに妻の母
三女と夫とその長女
長女夫婦と二人の娘、長女と次女。
誰もが、ポン(った)のことを可愛がってくれた。
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