2012年1月4日水曜日

頂点はゆずれない、女子サッカー

いきなり朝日新聞(20120101)のはからいだ。

昨年のW杯ドイツ大会に続き、今年のロンドン五輪でも金メダルを狙うサッカー日本女子代表「なでしこジャパン」、と最大のライバルになるのが五輪3連覇を狙う米国だ。

急成長を見せている川澄奈穂美(26)と、世界の点取り屋と言われる米国のアビー・ワンバック選手(31)が、紙上での対談をした。

ワンバックさんは王者・米国チームで一番コワイ選手だ。川澄さんは昨季のなでしこリーグで得点王になり、最優秀選手にも選ばれた。

二人のコメントを紙上から乱暴に部分的に抜粋した。

ワンバック~

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過去2大会でも優勝しているので、ロンドンでも金メダルを防衛したい。まずは五輪予選を勝ち抜かなければならない。今は、予選突破が一番の目標です。現世界王者の日本が一番のライバルになる。それからスウエーデンも、私たちと同様フジカルが強くスピードもある。

日本は過去10年間、決定力さえあれば侮れないチームになると言われ続けてきた。でも、ゴール前やペナルティエリア内では礼儀正しくしているようで、シュートも打たないし、リスクも冒さなかった。そんな中で、点を取ろうと意気込む若手が出てきた。それが日本のチームを変えたのではないか、と思う。

緊張に打ち勝つことが大事になる。W杯決勝の前半では何人かの選手が緊張していて、最初の20分間までにものにしておくべきチャンスを決めることができなかった。今度は最初から強く激しくプレーしたい。

 

川澄~

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日本は世界のFWと比べると、1人で打開する力はまだ足りない。その代わりにチームとしてかみ合っている。みんなが献身的にチームのためにプレーできる。

ワンバック選手はすごいだけではなく、「いい人オーラ」も出ている。W杯決勝で日本が勝った後、悔しいはずなのに、沢さんのところに行って、「あなたを誇りに思う」って伝えていた。あのスポーツマンシップはすごいし、かっこいい。

なでか負ける気がしなかった。なんでだろう。根拠があるわけではないんですよ。延長戦でワンバック選手に勝ち越し点を決められた後、永ちゃん(永里優季)と2人でキックオフをしました。私が「このくらいの方が楽しいよね」って言ったら、永ちゃんも笑いながら「うん」と言ってました。最高に楽しかった。疲れなかったし、ずーっと試合をしていたいと思った。不思議な感覚でした。

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それにしても、なんちゅうことだ。

勝ち越されて、それでも川澄と永里が「このくらいの方が楽しいよね」、「うん」と会話を交わしてしてキックオフをしたなんて、俺にはどうしても考えられないことだ。余裕ではない、火事場の糞力? 開き直りでもない、これって、ちょっと奇妙すぎる。私たちが不思議千万な感慨に陥るのは極、当然だとしても、当の本人たちが不思議な感覚だったとは、全く不思議だ。こんなことは、今まで聞いたことがない。

そして、なでしこは猛烈に反撃に出た。そして神業(かみわざ)的な沢のシュートが生まれて、同点に並んだ。この沢のシュートは、右足のアウトサイド。蹴ったボールは、アメリカの守備陣の選手の腰部分に当たって、コースを変えた。アウトサイドのキックだったので、相手はコースを抑えられなかった。それに、スピードのあるボールが腰辺りにきたら、どうしても避けられない。当然、キーパーもコースを読めなかった。

あの時は、彼女等は純粋に戦うことを楽しんでいたのだ。

対談から少し外れるが、あのドイツW杯決勝戦のPK戦で日本が勝利した瞬間、日本チームは一斉にベンチに走り出したが、独り、アメリカの健闘を讃えるために、敗戦に打ちひしがれるアメリカチームに寄り添った宮間あやの姿や、今回のこの紙上対談で知ったことだが、ワンバックが沢に、「あなたを誇りに思う」と祝したことに、スポーツの持つ凄さ、崇高さを感じる。

万感!!スポーツの魅力に圧倒された試合だった。

2012年1月2日月曜日

雑煮に初挑戦だ

鎌倉の鶴岡八幡宮への初詣を終えて自宅に戻った。缶ビールを飲んで焼酎を何杯か飲んで、寝て目が覚めた。年は家に戻る前から変わっている。酒の酔いが冷め切らないまま、ようく確認したら、今日は正月の1月1日の元旦なんだ、その10:30だ。

布団の中でまどろみながら、今年最初の日の朝食は、どうしても雑煮でなければならない、と考えた。ようし、雑煮を作るぞと意気込んだ。が、毎年正月に用意されたものを食することはあっても、具体的に、自ら作るということになると、何をどうすればいいのか、咄嗟には思いつかず、じっくり整理しながら考えた。年末に特別な食事の準備はしていなかった。

鎌倉からの帰途、空は曇っていたが、今、朝陽が部屋の奥まで差している。

サントリー ザ・プレミアム モルツ黒ビールのプルトップを開けた。新年を祝って、会社のスタッフに、会社を支えてくれている皆さんに、先輩後輩友人たちに、それぞれの家族に、そして私自身にも乾杯!! 格別、うまい。

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明けまして、おめでとうございます。今年もよろしく。声を出さずに大きく吼(ほ)えた。

調理を前に風呂に入って、湯上りに、スポーツウエアーの上にセーターを、その上に母校のサッカー部のユニフォームを着た。気合を入れたのだ。これ、私のいざというときの儀式だ。それから、ちゃちゃん、ちゃちゃん、ちゃちゃちゃあ~ん、ちゃ ちゃ ちゃん ちゃ~ 母校の校歌を口ずさんだ。

さて、冷蔵庫の中の在庫は? 倉庫にしているパイプスペースの中には何があったか? スープは各地で色々あるようだが、私が育った田舎(京都府宇治田原町)では白味噌仕立てだ? 味付けはいつも使っている昆布とかつおのだしの素で大丈夫だ。

主たる具は根菜だなあ、じゃが芋、人参、里芋、大根はある。早速、カレーのときのようにカットして鍋に入れた。暮れに使わなかった鱈(たら)の切れ身も入れた。牛蒡(ごぼう)があったのに見逃した。水を入れて煮出したが、この作業を始めてから、どうしても気になってしょうがないことは、汁(つゆ)をどうするかだった。取り掛かった時は、漠然と澄まし汁をイメージしたが、白味噌がちらちらして納得できない。雑煮を正月に作るなんて、予定になかったから白味噌は買ってない。だからといって、代用に普通の合わせ味噌を使うと、ありふれた味噌汁になりかねない。

白い汁のイメージから豆乳を思いついた。料理を一休みにして、豆乳を近くのスーパーで買ってきた。煮上がってきた鍋を覗いて物足りなさを感じたので、明日の晩飯用のおでんから、さつま揚げとがんもどき、はんぺんを適当に取り出して加えた。そこに焼き豆腐も入れて、牛乳も少し入れた。

塩とだし、豆乳を入れて加熱。切り餅を入れて電源を切った。豆乳は煮込むと分解してしまう。見た目は、立派な白味噌仕立ての雑煮のようだ。味は抜群、味付けは手馴れているんだ。

どうでしょう、私のお雑煮は?

ご飯は生家から送られてきた玄米だ。

写真を撮っておけばよかったが、失念した。見た目は、酒粕(さけかす)汁のようでもあった。

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白味噌お雑煮をお分かりにならない方のために、京都・九重味噌製造さんのネット広告の「白味噌お雑煮」を拝借しました。白味噌を購入の際には、是非、九重味噌製造さんのものをお買い求めください。

2012年1月1日日曜日

「X’mas」って、なんだ?

仕事で移動中の車の中、急に思いついて運転中の中さんに、中さんよ、クリスマスが何で「X’mas」なの? それにXって一体何や、と疑問をぶつけた。

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(Wikipedia  キリストの降誕のお祝いに東方の三博士が来訪した様子を描いたカード)

中さんは、奥さんも子どもたちもクリスチャンなのだ。彼は無宗教。彼は何かと知識が豊富で、私が日常疑問をもったことに、いつも的確に答えてくれる。それに英語が堪能だ。今回もいつも通り、彼に不躾(ぶしつけ)に疑問をぶつけた。

ところが、何でも明解に答えてくれる中さんが、暫らくの沈黙の後、何なんでしょうねと言いながら、自分のパソコンで調べだしたら、色んなことが解りだした。私たちが今まで大きな過ちをおかしていたことに、今さら気づいた。

クリスマスは、イエス・キリストの降誕を祝うキリスト教の祝日だ。「神の子が人となって生まれてきた」ことを祝う。

だから、無宗教の我々の誕生日には、ケーキにローソクを立てて、ハッピー、バースデイ、ツー、ユウって合唱するが、クリスチャンたちは12月25日に、ハッピー、バースデイ、ツー、Jesus(ジーザス)って歌うらしい、と聞いた。成る程と首肯。

クリスマスの英語表記はChristmasで、「Christ(キリスト)のmas(ミサ)」だ。

そして、Xmasとも表記する。このときのXはChristの略字で、X’masのような英語はない。

Xmasの文字を見た日本人の誰かが、この綴りにはどうしても納得ができなくて、何かが抜けて、何かが欠けて、間違っているんではないかと思い込んだ。そいつは、アポストロフィの「’」を入れて、X’masを勝手に作り出した。それからは、ご覧の通りだ。子どもの頃、百貨店の装飾や商店街のショーウンドウなどでも、X’masは使われていた。

X’masは実に日本人的な細工の産物だった。これは一連の和製英語と考えた方がいいようだ。そのことに、今まで疑問を持ったことはない。

序に言わしてもらえれば、年末のこの時期のLEDの光を使ったイルミネーションことだ。

大型で大量のイルミネーションが各地の商店街や大通りを、不思議な空間に変えて、非日常感を楽しませてくれている。それはそれなりに面白い企画なのだ。

そこで、ちょっと勘違いしたオッチョコチョイも出てきた。静かな住宅街の中で自分の家の周りに実に下品な仕掛けをしているのを見受けることが多くなった。嫌が上にも見せ付けられて、暴力的とは言わないが、その光の装飾は個人主義的過ぎるぞ。可愛い、ホッとするような飾り付けなら兎も角、下品の上塗り競争だ。これも先に書いたX’masと同様、間違っています。

友人にそんな話をしたら、今年はそれでも大人しい方だよ、この2,3年の調子で増えていったら、俺だって怒り出すところだった、と言うではないか。

自分の家の中なら、如何様に何をしようが勝手 なのです。気をつけましょ。

2011年12月31日土曜日

湯たんぽに、驚き

私がこの冬を迎えるのに、暖気をとる方法は、酒を飲むか、厚着をするか、風呂に入るかの三つしか方法がなかった。

エアコンは初夏、電器量販店で格安(48,500円)のものをチラシを握り締めて買ってきたが、東日本大地震による福島原発事故の影響で節電を求められ、ここにきて生活費の節約という抜き差しならぬことも加わって、ほとんど使っていない。だけど、寒さは厳しくなるばかりで、此の頃は、ちょっとは使わざるを得ない。それども、1日に2時間以上は使っていません。

そんな日々、冬至のことだ。100円ショップにうどんの乾麺を買いに行った際、店先のワゴンに山のように積んで置いてあった湯たんぽを見つけた。プラスチックのちっぽけな物だった。こんなもので役に立つのかな、と半信半疑のままレジを通した。湯は、たったのコーヒーカップ1杯分しか入らない。真っ赤でハート型。湯たんぽを納める厚手の布でできた巾着風の袋つきだ。

今まで湯たんぽを使ったことはない。子どもの頃は、タドンの入ったコタツだった。

100円なら、騙されたと思っていれば、諦めやすく、嫌になっても捨てればいい、と安易に考えた。

ところが、この小さい湯たんぽが効(利)くんだ。

湯たんぽは中国語では「湯湯婆」と書くらしい。婆は妻のこと。妻を抱いて寝ると温かいことから、このような字並びになったのだろうか。学研社の新国語大辞典には『「たんぽ」は「湯婆」の唐音』とあった。漢字の先輩国、中国は正直だ。「たんぽ」と平仮名ではよく解らない。

就寝前、10時に湯を入れて布団に忍ばせておくと、私の起床時間の4時までは温かい。建物には断熱工事は施され、使っている布団や毛布はかってよりも保温能力はいいのだろうが、それにしても4時まで保温を維持できるのには、感嘆した。私の当初の目論見を、完全に翻したのだから。

夜明け、その微(かす)かに残った温かみに触れると、気分までホッとする。室温は低いのに、何故か、顔が緩む。

そして、今月の26日、横浜市瀬谷区本郷で取得した中古住宅の残置物の撤去に行って、その家の押入れに丁寧に仕舞ってあった湯たんぽを見つけた。昔懐かしいブリキの湯たんぽだ。残置物は以前の所有者が放棄したもので、頂くことにした。これだけの大きさなら相当の熱量を長く持続するのだろう、と想像した。

そして、100円ショップで買ってきたものと、今回の本格的昔からお馴染みのブリキのを比較を試みた。

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左がブリキ製の湯たんぽで、縦30センチ

湯たんぽを使おうと思い立った最初の動機は節電から、それから金欠へと重点は変わっていくが、何よりも維持費が安価でなければナラン、それに使い勝手だ。試した結果、100円ショップものの方が優秀だった。100円ショップものはなんてたって簡便で、効果の方も温熱においても引けをとらない。その点、ブリキの方はと言えば、お湯を別途沸かさなければならない、それも少し多い目に、そして布で包むのだが、これには多少は手がかかる。ストーブやコンロの直火で温めることも可能だが、これは大層過ぎる。

どこに保温性の秘密があるのだろうか。容器は多種類あって、密閉されていることはどの種類も同じ。要は水の保温性を最大に活かして、容器には余り関係ないようだ。とりあえず保温性の高い布で包むことだ。

適度に温かく、乾燥しない。中国人が表意文字とした”湯湯婆”を、なるほどと納得した。

快適だ。

2011年12月29日木曜日

新しい会社が、仲間入り

 

私と25年来の付き合いのある不動産会社の経営者・淳さんが、廃業するというので、その会社を譲り受けることになった。

社歴は約20年、地道に仕事をされてきたが、数年前に胃がんを患い、完全回復したとは言え、健康上の不安は消えず、経営を断念されることになった。それで、弊社がその引き受け手になった。

私の年齢ぐらいの経営者のなかには、事業承継について悩んでいる経営者が多いと聞くが、私について言えば、常々承継しなくてはならない事態に至っても、困らないように備える習性が、身についている。創った会社は永遠でありたいと強く願うからだ。経営者も働く仲間も同じ願いだ。

譲渡してくれた友人と、譲受された私どもは極めてスムーズに事務手続きを済ませ、来春からの新規営業活動の準備に入っている。商法、会社法、税法、宅建取引法の法定手続きのことだ。

この会社には、金融機関からの支援も得られそうだ。新しいスタッフを新規採用することで、厚生労働省から補助金が出そうだ。その手続きも準備中だ。営業ノウハウは、長年、積み重ねてきているので、心配御無用。

それで、前の経営者から社名を変更して欲しいと申し出があったので、この年末年始の休暇中に決めようと思っている。これは、山岡の専管事項だ。幾つかの思いつきはあるが、そのストックの中でも、これっかなと思っているのが、「アルファ」だ。

私を懇意にして下さっている東京1部上場会社の社長さんが、約15年前にその会社の関連会社として設立して命名されたのが、アルファハウジングだったのです。この会社とも長く付き合いをさせていただいたが、その会社は発展的に親会社に吸収合併されてなくなったのだ。その会社の社名が頭から離れなかった。

アルファは、ギリシャ語のアルファベットの最初の1字で、大文字はA,小文字はα。英語表記ではALPHAだ。

ヨーロッパで用いられている代表的な文字は「ローマ文字」「ギリシャ文字」「ロシア文字」の3つだ。そして、ローマ文字はギリシャ文字がローマで手が加えられ、ローマ文字になった。ロシア文字も親はギリシャア文字だ。

それでは、頭がアルファなら、その次は、並みな発想ではハウスとかハウジングなのだろうが、我々はビルドに、ここでもう一度踏ん張ってみたい、と思っているのだが、皆の意見も聞かなくっちゃイカンなあ。

弊社が扱う商品には、必ず我々の叡智を集約、工夫を凝らした”ビルド”を加わえて付加価値を発生させている。そして、多くのユーザーに円滑に流通させることだ。

2011年12月28日水曜日

柏レイソル

本日、28日から弊社は年末年始の休暇に入った。一人会社に出て、マイコンピューターを整理していたら、原稿のまま投稿していない、この原稿を見つけて、随分遅れての公開をした。この当時、きっと何かで忙しかったのだろう。

サッカーのJリーグ1部(J1)は3日、今季の最終節があり、柏レイソルが初優勝した。

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J1優勝を決め喜ぶ柏の選手たち=3日夕、さいたま市緑区の埼玉スタジアム 西畑志朗撮影

J2からJ1に昇格した1年目で優勝したチームは史上初めてのことだ。首位でこの日を迎えた柏は埼玉スタジアムで浦和レッズに3-1で快勝し、23勝8敗3分けで勝ち点72で逃げ切った。

この3日まで、3チームが優勝の可能性があった。2連覇を狙った2位名古屋は新潟に勝って2位。ガ大阪は清水に逆転勝ちして3位。柏は、来季のアジア・チャンピオンリーグ(ACL)で初めて出場権を獲得。名古屋とガ大阪も出場が確定した。

8日に愛知・豊田スタジアムで開幕するクラブワールドカップに開催国枠で出場する。

20111204の朝日新聞の記事から、今季の最終戦になった浦和との試合内容等を抜粋して転載させてもらった。後日のためにマイファイルしておきたい。写真も全て西畑志朗さんが撮影して紙上に掲載されたものを、盗撮しました。スマン、ご協力有難う御座いました。

柏レイソルの前身の日立(製作所)サッカー部には格別の想いがあるのです。

40余年前、私は大学のサッカー部に所属していて、月に1度か2度、日立サッカースクールで子どもたちにサッカーを教えるアルバイトをしていた。大学の先輩でコーチでもあった吉さんが、このスクールの現場の責任者だったのです。アルバイト料は約3時間で、交通費込みで5000円程もらった。この額は確かではないが、比較的短時間の割には高額だったように思う。この収入は私にとって、垂涎(すいえん)、値千金だった。胸に黒字でHITACHIと書かれた黄色いユニフーム、黄色いパンツ、黄色いストッキング。

又、当時日立サッカー部の常設のグラウンドは吉祥寺で、私たちのグラウンドは東伏見だった。まさに隣近所だ。監督の高橋幸辰さんとコーチの胡崇人さんが、私たちの大学の先輩だったので、その親近感は深かった。そんな関係で、東伏見のグラウンドでは、公式の試合がない限り、毎週練習試合をした。1本30分の試合を何本も、暗くなるまでやった。当時、日立サッカー部は「走る日立」の準備期間だったように思われた。

今回の柏レイソルの試合運びを観ていると、それからの日立サッカー部の全盛時代の動きを彷彿させるものがあった。そのように観たのは、私一人だったかもしれないのだが。そんなことを思い出しながら、焼酎を何杯も飲んでしまった。三菱重工や、古河電工、ヤンマー、東洋工業(マツダ)、藤和不動産よりも、日立に郷愁を覚えるのだ。

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堅守浸透  危機の芽摘む

指揮官「レギュラーは11人じゃない」

柏3ー1浦和

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(前半38分、柏・橋本22は2点目のゴールを決め喜ぶ 西畑志朗撮影)

ここ2試合、途中出場に回っていた茨田(ばらだ)が先発に名を連ねた。ネルシーニョ監督は「守備もいいが、攻撃力のある選手」と起用の理由を明かす。

その茨田が試合を決める3点目を挙げた。J1初ゴール。20歳のボランチは大事な試合で決定的な仕事をした。

久々の先発や、途中交代で起用された選手が活躍してチームを救う。今季、柏で何度も繰り返されてきた光景だ。

ネルシーニョ監督の口癖は「レギュラーは11人じゃない」。日々の練習から選手の動きをつぶさに観察する。調子のよしあし、精神状態など鋭く見極め、出場選手を決める。誰一人としてポジションを約束された選手などいない。全力で練習に取り組まなければ、昨日の先発は明日の控えだ。

きつい練習で鍛えられたスタミナは抜群。運動量が落ちがちな後半16分以降の得点は全65点中半数を超える34点に達した。

選手全員が戦術を理解しているのも特長だ。特に守りの意識は高く、この日、浦和に打たれたシュートはわずかに4本。ピンチを未然に防ぐ試合ができた。

殊勲の茨田はいった。「誰が出ても同じサッカーができる」。優勝を決める試合でも新しいヒーローが誕生し、浦和を圧倒した。柏らしい試合で初栄冠を手にした。

(有吉正徳)

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(後半31分、柏・茨田(中央)は3点目のゴールを決め、ベンチに向かって駆け出す)

 

昇格1年目の衝撃

J1昇格初年度に優勝。史上初の衝撃をどう受け止めればいいのか。

まず思い浮かぶのは、サッカー界では存外に難しい「継続は力なり」という言葉。2009年7月に就任したネルシ-ニョ監督はJ1残留の使命を果たせず、J2降格。

結果が出なければ監督のクビをすげ替えるのはサッカー界の日常だが、「目指すサッカーは間違っていない」とフロントは監督を続投させた。

監督、選手、フロントが同じ方向を向いたチームは強い。昨季、J2で36戦2敗と独走して自身を深めた。格下が相手だから1戦ごとに目先を変えず、主体的にチーム作りを遂行できた。昇格1年目としては一昨季も広島が4位、昨季もセ大阪が3位と躍進した。J2の舞台をうまく利用してチームの土台を築き上げてJ1に乗り込んだのだ。

「他のJ1勢は何をやっているのか」という声も聞こえてくる。ACLで日本勢が準決勝にもたどりつけなかった通り、強豪と呼ばれるクラブが安定した力を発揮したとは言い切れない。最近は主軸が相次いで欧州に渡り、日本のクラブはチーム作りがますます難しくなっている。

ACLとの両立がなかった点で有利な面はあったが、柏は最後まで戦い方がぶれず、王者にふさわしいチームに成長した。現時点で日本代表ゼロのチームが攻守でよくまとまり、見ていて面白いサッカーを表現した。来年20年目を迎えるJリーグ全体にも大きな刺激になる。

(内海 亮)

 

 

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柏レイソルをJ1優勝に導いた

ネルシーニョさん(61)

優れた戦術家だ。劣勢をわずか一手で優勢に変えてみせる。8月の川崎フロンターレ戦は、その典型だった。2点リードされたところで一度に2人の選手交代を行うと、チームは勢いを得て、一気に3点を入れて逆転勝ちした。

時間があれば対戦チームのビデオを見ている。抑えるべき特長はどこか、弱点はないか。抜群の分析力が的確な戦術を生む。

「選手だった頃、何人かの偉大な監督の下でプレーできた。選手としての能力に限界があったが、それを補う方法を教えられた。今の私の基礎になっている」

本名はネルソン・バチスタ・ジュニオール。ブラジル・サンパウロ州で生まれた。現役時代のポジションは右サイドバック。しっかりした守備をベースにする柏のチーム作りは現役時代に培わされた。

冷徹な分析家でありながら気配りも細かい。選手たちから絶大な信頼を得る理由だ。北朝鮮代表の安英学(アンヨンハ)選手は控えに回ることが多く、今季はわずか2試合しか出場していない。それでも「選手を平等に見てくれる。ちゃんと練習をしていれば必ずチャンスをくれる」と話す。

Jリーグを率いるのはヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)、名古屋グランパスに続き、3チーム目だが、年間優勝は初めてだ。「1回で終わらないよう、これからも勝ち続けた」

(文・有吉正徳 写真・小川智)

 

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日経新聞

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柏革命/J1初制覇

意識変え器を整える  フロント改革、経営を効率化

編集委員・吉田誠一

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(Jリーグアウェーズで壇上に登場した柏イレブン)

2008年夏、柏から監督就任の要請を受けたネルシーニョが気にしたのは「どんな選手がそろっているか」ではなかった。交渉に当たった強化本部統括ディレクター小見幸隆に、「自分を支えてくれるフロントはそろっているか」と尋ねたという。

ネルシーニョは「チームとフロントが一体とならなければ勝てない」と考える。この思想がクラブに及ぼしたものは大きいが、それ以前の06年から柏はフロントの改革に着手していた。

「チームが勝てないのは会社の責任であると、全職員が認識することから始めた」と常務の寺坂利之は話す。「どんなにいい選手がいても、クラブの器が整っていなかったら、力を発揮してもらえない」

06年から支持者の声を聞く場として、サポーターズカンファレンスとイエローハウスを開催。クラブが抱える課題を洗い出し始めた。「サイン会などイベントが減っている」「子ども連れが観戦しやすい席を設けて欲しい」「芝の状態が良くないのでは」「強化担当者は成績不振の責任を取らないのか」---。

2ヶ月に一度のイエローハウスの参加者は30人以上のこともあれば、1人だったこともある。議事録は公式サイトで公開し、ほかに「ご意見メール」も受け付けている。すべての要望には応えられないが、クラブが取り組んでいることの成果の確認の場にもなる。

器の整備の軸は当然、経営基盤の強化になる。今期予算の収入は27億3000万円で、J1の中では中規模。寺坂は「収入を急激に増やすのは簡単ではない」と踏む一方で、「今期予算で17億7000万円のチーム人件費をなるべく高くしたい」と考える。

「一般経費をできる限り削って、できれば30億円の売上げで、その70%をチームに投じられるようにしたい」。グッズ直営店の閉店で2000万円を削り、入場券の販路の限定で経費を半減。スカウト職をなくし、普及コーチを減らした。

一時的なサービスの低下の懸念はあるが、「まずはコンパクトで効率的な経営を目指す。その中でチーム人件費を高く保って、魅力あるチームをつくり、入場料収入を増やす。それから、おもてなしの質を上げていきたい」と寺坂は言う。

今春には親会社の日立製作所から日立柏サッカー場を譲渡してもらい、現物出資という形で1億円に増資し、債務超過を解消した。

日立専務の中村豊明の発案で、不動産鑑定士がスタジアムの評価額を10億円としたため、資本金を除く9億円は資本準備金とした。スタジアムは現在、3000席を増築中で、来春から1万5000人が入場できるようになる。

ネルシーニョは寺坂に「自分たちを卑下しないでほしい」と諭したという。かっての柏には「我々はこのくらいで十分」という中流意識があったかもしれない。その甘えを溶かしたことが出発点となり。「すべてはクラブのために」という使命感が生まれ、全スタッフの視線が一つに定まり、クラブの総合力が上がった。

 

最後まで優勝が可能だった名古屋は、新潟との最終戦において、一度も勝てなかったアウェーでスコアーは1点差の1-0だが、試合内容においては完勝した。名古屋らしい攻撃サッカーを貫徹した。ケネデイは19得点で2年連続の得点王になった。

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(最終節に勝利するも逆転優勝を逃し、悔しさをにじませる名古屋の選手たち)

 

もう1チーム、ガ大阪は清水に3-1で勝った。勝たなければ、ガ大阪に優勝の可能性は生まれなかった。そして勝った、が、優勝はできなかった。

10年間指揮を執った西野監督の表情は穏やかだった。78得点はリーグトップ。攻撃的な姿勢を貫いた西野サッカーの終演だった。

2011年12月24日土曜日

和田、匠の技に期待する

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写真は、Wikipediaより拝借

12月20日、ダルビッシュ有(25)は、ポスティング(入札)制度でテキサス・レンジャーズが交渉権を得たと発表された。日本が代表するピッチャーだ。最速156キロ。さどかし、契約交渉金は高額なんだろう。年俸も目が飛び出すほどの高額な筈だ。それは、それで結構なことだ。松坂や黒田のように直球主体の本格派投手だ。

ところが、どっこい、ここに和田毅がいる。

今シーズン、オリオールズに入団が決まった。小さなテークバックで球の出どころが見えづらい投法が、どれほどメジャーの強打者のタイミングを外せるか、我々の興味は増すばかりだ。

入団するオリオールズのチーム防御率が、昨シーズン、メジャー30球団で最悪だった投手陣の立て直しの役目がかかっている。求められ、望まれ、期待されている。

和田君よ、働く環境は十二分に用意された。やるっきゃないぞ。世の中の誰よりも君の成功を祈っている。

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朝日朝刊

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EYE/和田 匠の技で開拓を

編集委員/西村欣也

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彼の後ろに新しい道ができるのではないだろうか。ソフトバンクから海外フリーエージェント(FA)でメジャーリーグのボルティモア・オリオールズに移る和田毅のことだ。

速球の平均は135キロほどだ。メジャー基準には遠く及ばない。体も華奢(きゃしゃ)な部類だ。しかし、彼には他の投手にはない大きな武器がある。

左腕で、球の出どころが極端に分りづらい。これは早大時代、友人のトレーナーと徹底的に研究しつくして生まれたものだ、それまで、「怪物」といわれた江川卓が持っていた東京六大学記録通算443奪三振を大きく上回る476奪三振を記録した。

スピードガンの球速表示が低くても、三振がとれる、メジャーでは珍しいタイプの投手。だからオリオールズの入団会見で和田はきっぱり言った。「僕は空振りをとってきた自負がある」。

思い浮かべるのはボストン・レッドソックスのテイム・ウェイクフィールドだ。速球は130キロほどで、あとはナックルボールで三振の山を築いていく。ヤンキース時代の松井秀喜が最も苦手にしていた投手の一人だった。

「どうして打てないの」と松井にぶすつけに聞いたことがる。「だって、練習できないんですよ。だれもあんな球、投げられないんだもの」。

和田の出どころの見えない球も、他の投手にはまねできない。匠の技がメジャーでの新しい道を開拓してくれることを願っている。

 

 

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