2012年11月26日月曜日

サッカー、ゴール判定機導入

シュートを放ったボールがゴールに入ったかどうか、ボールがゴールラインを完全に過ぎたかどうかは、両チームのプレーヤーや関係者だけの問題ではなく、直接間接的に、いや、三次元的四次元的?に、膨大な人々にに影響を与えることになる。試合は常に真剣勝負。勝負に賭けた結果の勝ち負けは厳然だ。

学生時代にはしょっちゅう、それから親父になってからは子供のサッカー大会において、主審や線審を何度もやってきた。どんな試合にも審判をやるときには、真剣に取り組んだ。線審の際にはタッチラインの上がり下がりの移動を最良に心がけた。主審の目の届かないところでのプレー、タッチライン際でのプレーのチェックなど。

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ここからが本日の課題のゴール判定に関してだ。

主審よりも線審の方にこそ、微妙なオフサイドの判定や、とりわけ、試合を決定づけるボールがゴールラインを割ったかどうかを見極める重要な役がある。ボールがゴールのバーやポストに当って地面に叩きつけられ、そのときにボールが着地したポイントが、ゴールラインの外か内か、ラインを踏みつけたのか、また、ゴールラインを前にしてゴールキーパーと数人のプレーヤーが倒れて絡み合い、ボールが見えない状況になっても、最後にはきちんとボールの行末を見届けなければならない。線審の立ち位置次第では正確を期せない。審判の任は過酷だ。

プレーヤーだったとき、誤った判定をくだされるのが絶対嫌だった。間違った判断をされた時には、許せないと怒った。選手の動きに邪魔され止むを得ない状況での判断ならしょうがない、と諦めることはできても、動きの下手な審判に間違った判定をされるほど悔しいことない。

ゴール判定機を備えることには大いに歓迎するところだが、鍛錬された審判の生身の目も信じたい。

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朝日・朝刊

スポーツ

編集委員・忠鉢信一

 

ゴール判定機12月初導入

クラブW杯 2会場の割り振り決定

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微妙なゴール判定を機械によって行う「ゴールラインテクノロジー」(GLT)が、12月に日本であるサッカーのクラブワールドカップ(W杯)で正式に導入される。このGLTについて、磁気センサーを埋め込んだボールを使う「ゴールレフ」が日産スタジアムで、6台のカメラで集めた光学的な情報でボールの位置を判断する「ホークアイ」が豊田スタジアムで採用されることが30日、分かった。

サッカーの得点は、ボール全体が完全にゴールラインを越え、ゴールの中に入ると認められる。「ゴールレフ」はゴール内に機器を取り付けて磁場を作り、センサーの入ったボールの位置を確認する。テニスの4大大会でも用いられている「ホークアイ」はゴールラインなどに沿った位置にカメラを設置し、ボールの位置を把握する。いずれも機械が「得点」と判定した時に電波を使って主審の時計に合図を送る。最終的な判定は主審が下す。

GLTは、2010年W杯南ア大会で誤審が問題となったことから、導入に向けた動きが進んだ。①1秒以内に判定を審判に知らせる、②審判以外に判定を知らせない③正確さ、といった基準を満たした「ゴールレフ」と「ホークアイ」が今年7月、サッカーのルールを決める国際サッカー評議会(IFAB)に承認された。FIFA主催大会で使われるのは今回のクラブW杯が初めて、イングランドなど欧州の主要リーグも導入の方向だ。

それぞれ2千万円近いとされる設置費を今回はFIFAが負担。サッカーの質を保証する仕組みとFIFAは導入の意義を説明する。一方、欧州サッカー連盟(UEFA)は人が判定することのこだわり、ゴール近くに追加副審を配置する審判5人制を欧州チャンピオンズリーグなどで採っている。

2012年11月24日土曜日

怖い、党首たち

自民党の新総裁に選ばれてからの安倍晋三の言動は、いささかハシャギ過ぎの感ありだ。衆院選を前にその危険度は増している。危ないと心配し、怖いと感じるのは私だけではない筈だ。

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日銀法を改正して、政府が日銀の機能に深く関与(連携)できる仕組みを作って、物価の上昇が目標数値に達するまでは、無制限に大胆な金融緩和を誘導すると発言した。どこの国においても中央銀行の独立性は重視され、政府が深く関わるのは主要国では中国だけだ。

「物価上昇率を2~3%を目標」にすると言ったが、公約では2%に下げた。「建設国債をできれば日銀で全部買ってもらいたい」との気違い染みた発言には、さすがに、党内からは慎重論ならぬ安倍心配論が飛び出し、石破幹事長は火消しに躍起。

そして、憲法を改正して、集団自衛権を行使できるようにする。自衛隊を国防軍として位置づけるという右派的主張。予算の支出抑制策が図られないまま、防災の名の下に展開しようとしている公共投資、国土強靭化推進。消費増税でもまだ足りないと言われているのに、先ずは金をばら撒きたいらしい。財政の悪化が一段と厳しくなるのは必至、国民に負担の分かち合いを求めざるを得ない状況にありながら、策の一手は「生活保護の給付水準の10%引き下げ」のみだ。

こんなに威勢よくハシャギ過ぎる安倍晋三自民党総裁が怖い。

そして、他にも怖い奴が二人居る。日本維新の会の代表・石原慎太郎(前東京都知事)と代表代行・橋下徹(現大阪市長)の両氏だ。

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そんなに怖い二人のうちの一人、石原慎太郎氏のことを20121123の日経新聞・春秋氏は捉えて記事にした。もっともだと思うので、ここにマイファイルさせてもらう。石原氏は自ら自分のことを、暴走老人なんていっているが、正に暴走中だ。危ない老人だ。

橋下氏の怖いことについては、あらためて取り上げたい。この男も可笑しい。

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20121123

日経新聞・朝刊

春秋

石原慎太郎さんは「言葉の人」だ。それも自らの思想信条をほとばしる言葉にまかせて口に出すから、東京都知事をやっていたこの13年余りにも物議をかもしたこと数限りない。「三国人」発言や「ババア」発言に眉をひそめていた世間も、やがて受け流すようになった。

「まあ、シンタローだからねえ」。石原さんにだけ許される、こんな不思議な空気ができあがったわけだ。ご本人もこんど国政政党の党首になったというのに、この環境をフル活用したいらしい。「日本も核保有のシュミレーションをすればいい」とか「日本は米国の妾(めかけ)で甘んじてきた」とか、やっぱりの暴走ぶりである。

こういう発言を「歯に衣(きぬ)着せぬ物言い」などと持ち上げる風潮がある。周辺国の圧力が増すなかで、溜飲が下がると喜ぶ人もいる。しかし考えてみれば、もう「シンタローだからねえ」では済まないはずだ。衆院選の結果によっては総理に担がれる可能性さえある政治家の、かくも激越なる言葉を黙過するのはむずかしい。

言葉をほとばしらせてやまぬ人といえば、石原さんを日本維新の会の代表に迎えた橋下徹さんを忘れてはなるまい。野合批判の絶えぬ合併劇だが、石原節炸裂のさまを見れば橋下さんの狙いもわかる。今後は自らの言葉との激情二重奏を聞かせたいのだろう。耳を塞がず熱狂もせず、その響きをじっくり反芻するとしよう。

2012年11月23日金曜日

プロレス観戦

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20121118の夜。

横浜市中区長者町にある某生保会社のビルの大ホールでプロレス観戦した。

プロレスリングFREEDOMS(プロレスリング・フリーダムス)という新団体が主催する興行だった。聞けば、プロレス業界には色んな団体があって、それぞれに遠近の関係を持ちつつ人材を交えて興行しているらしい。

会場に入ると、出場予定のレスラーたちがティーシャツやプロレスグッズを売っていた。怖い受付係たちだ。招待を受けた私たちには代表者から、何でもいいから品物を買ってくれと言われていた。我ら仲間はよく理解していたが、私には不向きな品物ばかりだった。

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代表者の佐々木貢

 

次女の仕事仲間がこの団体の代表者の知り合いで、次女家族と私、孫の友達家族も招待された。観客の表情や服装はちょっと異質で慣れない雰囲気。若い人が多く、私のような60以上の齢(よわい)の人は居なかった。入場者のほとんどが男性で、女性は約4分の1。服装は色の濃い柄物、それを際立たせるようにガ体?の大きい人が多かった。それは、男女に共通して言えた。

観客の中に、お揃いのマスクを被った父親と息子と思われる二人がいた。プロレスファンのこの親子はきっとこの団体のレスラー神威のファンなのだろう。

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孫(小学2年生))の友人の妹、3歳。将来は有望な女レスラーか。

 

全体的な内容は、30年ほど前に観たプロレスと終始余り変わっていなかった。団体名が表しているように、「自由をその手に」をキーワードにして、自由奔放なハチャメチャな試合を売り物にしている、と教えられた。

場外乱闘や、パイプ椅子を使って殴りかかったり、パイプ椅子の上に投げ飛ばしたり、これらは、私がテレビでプロレスを見出した50年前から変わっていないお馴染みの手法だ。贔屓(ひいき)のレスラーの名前が黄色い声やドスの利いた声で飛び交う。

50年前の毎週金曜日の夜、10チャンネル(読売テレビ)、8時は必ずテレビの前に陣取った。スポンサーは三菱グループ。力道山や吉村道明、グレート東郷、遠藤幸吉が、外国人レスラーと勇敢に戦っていた。一癖も二癖もある外国人レスラー、悪役や巧者、だれもが魅力的だった。

大きく投げ飛ばす時のために、床は衝撃を和らげるような構造になっている。殴る時や蹴りつける時には相手を気遣い、動作は派手だが、本気ではない。当たり前だ、本気に素手で生身を殴ったり生身をシューズで蹴ったりしたら、それはプロレスではない。パイプ椅子で殴りかかる時は、自分の手を椅子と一緒に相手の体に当てて、衝撃を少なくしていた。

でも、どのレスラーの背中にも傷跡の多さには驚いた。金網でリングを囲っておこなう試合の歴戦の記録だろうか。彼らは体を張って生きている。

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オカマのレスラーが出てきて、相手を押し倒して馬乗りにキスをしようとしたり、組み合ったところでもキスするパインちゃん、パインちゃんが身に纏っているコスチューム?にはパインナップルが大きく描かれていた。笑わせてくれた。

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パインちゃん

 

戦いに少し絡むだけの70歳を超えた爺(じい)ちゃんレスラーがいた。試合後、私服に着替えて観戦していたこのレスラーは、傍目には普通のオジイサンだった。

飛び入りがあれば、リングに上がってもいいと思ったが、、、、、ちょっと無理な発想だったようだ。

その後、みんなで会食をした。

2012年11月20日火曜日

危険な離合集散。第三局?

民主党は、2009年の衆院選で圧倒的に勝利して政権交代した。そのときの選挙戦では、マニフェストにばらまき政策を並び立て、政権を取れば財源はなんとでもなる、と豪語した民主党の首脳部。経費を削り、税負担を増やし、既得権を減らすことが当面の課題だったのに。政権奪取後、掲げたマニフェストはことごとく実行できずに頓挫した。

この民主党は、野合による選挙互助会だった。その後、政策、党の方針がまとまらず、未熟なまま戦った先の参院選で敗れ、ねじれ国会になり政治は停滞した。

この選挙互助会なる民主党も、ここにきて分裂しだした。純化作業、進行中だ。

そんなことを考えていたら、先の通常国会で野田佳彦首相と安倍晋三自民党総裁との党首討論で衆院の解散宣言が飛び出し、それからが実に面白いのだが、尻に火が点いたように、雨後の筍、色んな党が次々に生まれ、新旧の党が14とか、15とかになった。そして、今度はそれらの党と党が、小異を捨てて大同につこうではないか、と第三極の形成、勢力増大を狙って、イシハラ狸やハシモト狐が郎党を組んで跋扈跳梁。カワムラ鼬鼠(いたち)は、党名が雑だとかセンスがないとか言われて仲間から追い出された。数日前には、イシハラ狸とカワムラ鼬鼠は仲良く揃って連携か合流するとかで記者会見していたのに。「疑わしきは罰せず」に無罪を勝ち取った絶滅危惧種の小沢カワウソも、仲間狩りの夜襲をかけているようだ。

小異を捨てて大同につくと言っても、掲げていた項目はどれも小異ではない。大事(おおごと)だ、原発、消費税、FTT(環太平洋経済連携協定)どれも重要な項目ばかりだ。昨日20121119、ハシモト狐が街頭演説で叫んでいるのをテレビで観た。「大事なことは政策ではない。組織を動かす行動力こそが大事なんだ」と、これって、本気かよと不思議な気がした。太陽の党と日本維新の会が合流したことで、元の日本維新の会の原理原則が破綻して、破れかぶれのシッチャカメッチャカ。新党・みどりの風の党首が、恋愛期間もおかないで、いきなり狐と狸が結婚しよう、というのには無理があるのでは、と話していた。

20121120の日経新聞の社説でも、これらの動きを警告している。政党とは、同じ価値観を持つ政治家が、権力の獲得と維持をめざして集まる結合体だ。理念や政策の旗を横に置き、もっぱら権力を求めて動いているとみられるとき当然批判はあって然り、と著した。

こんなすったもんだは、必ず禍根を残すことになる。民主党のこの3年ちょいの政権運営の醜態を繰り返すな。

話は少し変わる。マニフェストという言葉が今では普通に使われているが、日本語で長年親しんできた選挙公約でいいのではないか。漢字の方がよく意味が理解できる。強く美しい国を目指すなら、日本語で選挙公約だ。

そうしたら、やっぱり、ここにも賢者、天声人語氏が現れた。天声人語氏の文をここにマイファイルさせてもらった。

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朝日新聞・天声人語

髪形をいじるのは心機一転の表れでもある。日本維新の会の橋下徹氏が、おでこを出す正統「保守型」に変えた。この勝負髪で衆院選に挑むという。37歳上の石原慎太郎氏を新代表に迎え、しおらしく従う覚悟らしい。

合流は第三極の受け皿を広げ、既存政党や官僚支配への不満をさらう狙いとみえる。両氏の合意文書には「強くてしたたかな日本をつくる」と表題がついた。「弱くてお人よしの日本」は耐えがたいと。

片や石原氏に気を使い、「原発ゼロ」の語は消えた。政策より大同団結、小異は捨てたと言うが、コーヒーと紅茶を混ぜたようなドタバタ感が漂う。色が似ていればいいというものではない。

なるほど、コーヒー党、紅茶党の独自色より、候補者の調整が先に立つのが小選挙区制だ。野合との批判に、石原氏は「民主党や自民党が人のこと言えるのか」と反発、橋下氏も「趣味嗜好まで同じなら北朝鮮」と開き直る。

とはいえ、地方分権や行政効率に重きを置く橋下氏の現実主義と、米中なにするものぞの石原流がどう混じり合うのか。みんなの党や減税日本とも組むとなれば、昔の民主党顔負けの「選挙互助会」だ。

石原氏がほれたと公言する橋下氏は、政界でいう「じじごろし」に違いない。新代表を最強のリーダーと持ち上げ、ヘアスタイルを変えた。「何が目的か分からない年の差婚をした、したたかな女のように」。きのうの東京紙面にあった、山本貴代さんの見立てに納得した。その縁の吉凶は知らない。

森光子さんを悼む

 森光子

「放浪記」の上演を2017回記録した女優・森光子さんが、20121110に亡くなったことを新聞で知った。享年92歳。

このお芝居を観てない私には、下町の銭湯屋さんを舞台にした「時間ですよ」の利発なお母さん役の森光子さんに親しみを覚えた。

20年程前に東京駅で、仕事の関係者と思われる数人に囲まれている森光子さんを横目に通りすがったことがある。彼女の周辺だけ、まるでステージに立ってスポットライトを浴びているときと同じように、華やかな雰囲気をムンムンさせていた。着物から出ている手や顔の部分は、白蝋(はくろう)のように真っ白で、人間様のものとは思えないほどだった。

20121116の日経新聞・文化で評論家の矢野誠一さんが、「波瀾の昭和婦人像を体現」のタイトルで、森光子さんの女優としての一生を短い文でまとめられている記事を見つけた。矢野誠一さんの文章を読んで彼女の概略がつかめた。感得することは多く、早速、ここにマイフアイルさせてもらった。

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「放浪記」最終幕で寝入る林芙美子を演じた(2005年、東京・芸術座)

 

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波瀾の昭和婦人像を体現

 

森光子は、林芙美子を演じた「放浪記」によって、この国を代表する舞台女優になった。前代未聞の2,000回という上演回数を記録したこの作品は、森光子を象徴するものであり、文化勲章受章を筆頭に、彼女のあらゆる栄誉、功績、そして評価の背景になっている。宣材などに印刷され「放浪記」というこの芝居のタイトルの脇に、小さく「林芙美子作品集より」とあり、これは文字通り同名の芙美子の出世作に描かれた、その生涯によっていることの、一応の舌代みたいなものだ。

ここに描かれた林芙美子の生涯、その大半が艱難辛苦につきているのだが、作・演出にあたった菊田一夫も芙美子に扮した森光子も、同じような自分の「放浪記」を持っていた。つまりこの作品は、菊田一夫の終生抱き続けた詩人たらんとする夢と志と魂が、林芙美子の一生涯を通して森光子に仮託され、森光子は見事にそれに応えてみせた。菊田一夫作「放浪記」は、林芙美子のそれを離れ独立した作品として、ひとり歩きしてみせたのである。

「放浪記」は1981年上演20周年を期し三木のり平が演出にあたったことで、あらたな変貌をとげたのだが、この芝居の凄い、いや凄かったのは、上演を重ねるごとに、舞台そのものが確実に成長していることを見せてくれたところにあった。自分も物書きとして成長してるかどうかが問われることでもあって、「放浪記」を観る度に、私は森光子から「あんた、少しは芝居の観方、上手くなった?」と、ささやかれている気持ちになったものである。

森光子を失ったいま、林芙美子、菊田一夫、そして三木のり平を加えて、この四人によって築かれた盤石な壁を、崩せる者の誰一人としていないのを痛感するばかりだ。これまで数えきれないくらいの舞台に、それも同じ作品にも何度となくふれてきた。けっして短くはない私の観劇歴のなかでも、こんな作品はあるものじゃない。「放浪記」に出会えたのは、劇評にたずさわる身であるなしにかかわらず、ひとりの人間としては仕合せだったと言うほかにない。

森光子は「放浪記」で林芙美子に扮したように、ほかにも実名実在の人物を舞台で演じている。上演順に記すなら、60年に菊田一夫の自伝小説の劇化である「がしんたれ 青春篇」で、18歳の菊田一夫に旅費を工面してやる林芙美子を演じ、61年初演の「放浪記」の伏線になっている。78年のお野田勇「おもろい女」で、一度は後継者として二代目襲名のはなしもあったようにきいている、稀代の女漫才師ミスワカサを、88年小幡欣治「夢の宴」で、家庭医薬品「わかもと」の創業女社長・長尾よね。91年小幡欣治「桜月記」で、いまや上方演芸を独占している感のある吉本興業の創設者吉本せいである。

この四人は作家、芸人、経営者として、それぞれ栄達をきわめもし、悲惨な目にもあっている。そんな世に知られた人物の、それも波瀾万丈の女の人生を、舞台に再体験してみせる女優冥利をもってなお、森光子はこの四人の婦人とほぼ同時代を共に過ごしてきたのだ。

つまりはこの四人が四人と同じように、森光子もまた昭和という時代をまるごと生きたというより生かされてきたのだ。物言わぬ、不確かきわまる時間の流れの持つ、厳しさ、残酷さ、恐ろしさと、しっかり向かい合い、したたかに生き抜いた婦人像を、自らの体験も下敷きにして演じてきた。森光子は昭和婦人像の貴重な語り部だったのだ。

森光子の描いた昭和婦人像には、見てきた四人の実在人物のように、なんらかのかたちで時代や社会に寄与したひとばかりではない。実在しない創作上の人物で、それも社会的な存在価値から言うなら、むしろマイナス要因を多分に有した女を演じて、これまた大いに魅力を発揮した。三本だけあげる。

76年藤本義一「千三家お菊」のタイトルロール。80年初演の小野田勇「雪まろげ」の温泉芸者・夢子。89年菊田一夫「花咲く港」による小野田勇「虹を渡るペテン師」の七化けお京。

千三家お菊は、あらゆる犯罪のなかで一番頭脳の求めらるのは詐欺だと嘯(うそぶ)き、詐欺師であることに誇りを持っている女だ。「雪まろげ」の夢子は気のいいお調子者で、その場を面白くさせようとのサービス精神から、ほんのはづみでついた軽い嘘が次の嘘を生み、また次の嘘と雪まろげのようにふくらんで騒動をまきおこす。七化けお京はその名のとおり七変化のペテン師。いずれにせよ世の中の役には立たないくせに、どこか愛嬌があって憎めない女ばかりだ。

昭和の終焉は、森光子の演じてきた女たちにとって居所を失わせたような気がする。そんな女たちを演じつづけて、森光子は女優の一期を終えた。

2012年11月16日金曜日

電車の座席に、苦悩する

毎朝の通勤時、電車の座席に座れた時は座れた座席のことで、空席がなく立っているときは、他人が座っている座席のことを考えてしまう。利用しているのは、相鉄・いずみ野線だ。

座席

3人席とか2人席と思われるシートならば、大柄な人たちでも想定された人数通りになんとか座れるが、6人席とも7人席とも思われる区分けのない長いシートの座席に座る時に戸惑うことが度々ある。

6人では余裕が有り過ぎる。普通の体型の人ならば、7人は十分に座れるそのシートに座るときに、私の苦悩は始まるのだ。

夕方は神経が緩んで、酒の酔いが回っていることもあるので、そんなことには無頓着なのだが、朝、精神はビンビンに高揚、周囲の環境の何もかもに注意が鋭い。

よくある場合は、高校生が大股開きに座って、携帯電話の液晶画面に夢中になっていることだ。1人でもこういう心ない者がいれば、当然想定されている人数が座ることはできない。ましてそのような人が2人もいれば、尚更だ。こういう状況に居合わせた俺は、どうすればいいのだろうと考える。尻を隣の奴にくっつけて、注意を促すぐらいしか策が思いつかないので、諸賢に知恵を求める。これから、寒くなって誰もが着膨れする。

自分がどれだけの幅をとって座っているか、その斟酌なしによくぞ座っていられるものだと感心する。相撲取りは、団体で移動する以外は立って、座っているのを見たことない。これは、自分の体の大きさを認識しているからだ。

車両によっては、6~7人席のシートでも、2、3人分ごとに天井から床までの手すりにもなる鉄棒によって、仕切られているものもある。これはいいと思う。座った座席の向かい側の列のシートはよく見えて、もうちょっと何とかならんのか、と歯軋りしたくなることが多い。

私を手こずらせる奴は他にもいる。

居眠って、こっくりこっくり揺れる人。周りに誰も座っていなくて、前後左右に揺れるのは大いに勝手だけれども、もたれかかられたり、頭が顔の傍まで揺れながら近づくのには閉口だ。妙齢の女性ならばイザ知らず、オッサンには勘弁してもらいたい。座席にバッグなどを置いての爆睡、シートの端の側壁に身を斜めにもたれて座りだらしなく寝入っている奴らだ。

昨日20121115、藤沢から湘南台まで乗った小田急の藤沢・江の島線の列車には、シートに一人一人の座席が少し凹んで作られていた。これなら、尻が大きくて少しはみ出しても、隣席まで侵害することのないように工夫されていた。一人分ごとに配色を変えているシートもあるそうだ。

2012年11月15日木曜日

銀杏、その④弾

こんなに仲良くなった銀杏のことを、思いつきのまま書き溜めておく。

銀杏は私にとって、下世話にいう艶(つや)やかな食べ物だ。銀杏を見ると、下品そのもの、イヤラシイ顔になってつい喜んでしまうのだ。銀杏を食うと、男としての精がつくと聞かされていたからだ。

今でも、串刺しなどの酒の肴として、時には茶碗蒸しに入ったものをいただく度に、そんなことを考えてしまう。

でもその根拠を求めて、何千冊も本を読んだり、何万人にも聞いた訳ではないが、どうしてもその理由を知る機会を未だに得られていない。

経営責任者の中さんが、どうも、そのことはこういうことのようですよ、と話したのは、銀杏が直接男性の性的エネルギーを生むのではなく、血行をよくすることで男性機能を高めて結果的に性欲を増すということらしいですよ、と。昔、中国の皇帝はいっぱい銀杏を食って、子宝に恵まれるように努力をなさった。毎夜、10~15粒食っているが、確かに血行がよくなることは実感している。鼻血ブーとまではいかないが。

それでは、ちょっと俗っぽい世界から普段の生活に戻ります。

イチョウの木に生った実の中の、果肉に包まれた種子のことを、我々は銀杏(ぎんなん)と美しい字を並べて呼ぶ。銀杏をイチョウと読むこともある。この銀杏を焼いて、焙って、殻を破って食する部分は、仁だ。

中高生時代に習った履修科目・「生物」の復習をしよう。植物は種子植物と胞子植物に大別する。そして種子植物には被子植物と裸子植物だ。イチョウは、裸子植物門でイチョウ鋼、この鋼でイチョウは唯一現存している種らしい。

中国原産で、落葉高木。針葉樹でも広葉樹でもない。このイチョウ、広い道路での街路樹は結構だが、狭い道路の街路樹はいただけません。イチョウには何の罪もないことだが、街路樹の選定には今さらながら気を遣って欲しいと思う。

雄株と雌株がある雌雄異株で、実は雌株にしか生らない。実が生るためには雄株の花粉が雌株の雌花に受粉しなければならないが、雄株の花粉は1キロ程度まで飛散するので、雌雄の株は直近に揃ってなくてもいいらしい。近からず、遠からずの賢明なやりかたを、どうしてイチョウまでが知っているのか。

銀杏づくりの作業に携わった者は、中さんと中さんの義弟、極くたまには奥さんも、私を含めて主要メンバーは3人だが、イチョウの実を直接触らないように常時ゴム手袋をしていたが、何かの拍子に素手で触ることもあって、3人3様に手に痒みを感じた。

銀杏かぶれ

ネットの記事から借用させてもらった。中さんのはこれ以上酷(ひど)かった。

 

この痒くなる成分は、ウルシやマンゴに含まれているのと同質のものだと、中さんが余りの痒さに皮膚科の診療所に行って、綺麗な女医さんから教わってきた。私は子どもの頃からウルシにはしょっちゅうやられていたのでさほど気にはしなかった。くれぐれも、マンゴに齧(かぶ)りつくときには慌てないで注意しましょう、と綺麗な女医さんからウインクをされながら、言われたとか。

20年ほど前のこと、初めて銀杏を作ろうとして果肉を素手でむいた。何も知らなかった。その時は、痒みは発生しなかったが、手のひらの皮が全部すっかりめくれた。

秘密を暴露しちゃおう~かな。実は今回、小用の際に大事なものを汚れた指でつまんで、先っぽが痒くなった。他人には言えぬこと、まして女医さんにはもってのほか、時間が経てば直ると信じて耐えた。

ところで、この「もってのほか」は「以っての外」と書くが、「思外」と書いたという説もあるらしい。

イチョウの木には雄の木と雌の木があるというのは、前の方で書いたが、種子としての銀杏にも雄雌があることを今回初めて知った。2面体が雄で、3面体が雌。銀杏の世界においてもメスは複雑で、オスは単純? そして生っている実の95~96%が雄で雌は3~4%の割合。雄の実からは雄の木が、雌の実からは雌の木が生える。木の外観や葉の形からは雌雄を見分けられない。

銀杏雌

雌の銀杏

 

銀杏雄

雄の銀杏

最後にどうしても触れておかなくてはならないことがある。命に関わる問題でもあるのだ。食べ過ぎに注意すること、特に小児には気をつかって欲しい。個人差はあるが、5~6個食っただけでも中毒を起こす人もいるらしいのだ、天の恵み、中さんの努力に感謝しながら慎重に食しましょう。

頑張って集めた銀杏を日頃お世話になっている人たちにお歳暮にして、差し上げようと考えていたのだが、誰かに、時間が経つと殻の中の食べる部分が萎(しな)びてきますよと教えられ、それならば、できるだけ早く食べてもらった方がいいのではと思って、予定変更。

希望者には喜んで差し上げますから、声を掛けてください。銀杏食って元気! 元気! 但し、数に限りがありますサカイにご了承ください。