2010年6月20日日曜日

菅新首相誕生

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20100605

朝日・社説

菅新首相誕生/「市民」の力量が試される

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歴史的な政権交代を選んだ民意に、今度こそ応えることができるのか、極めて重い責任を引き継いだ。

民主党の新しい代表に菅直人・副総理兼財務相が選ばれ、衆参両院の本会議で新首相に指名された。

菅新首相の登場には、昨年の政権交代にひけを取らないくらいの歴史的な意味合いを読み取ることができる。

新首相を表現するキーワードは、「市民」である。

団塊の世代に属する菅氏は学園闘争や「市民運動」を経て政界入り。婦人運動で知られる市川房枝氏を参院議員に担ぎ出したことで知られる。

 

「田中派」の系譜絶え

1996年、鳩山由紀夫氏とともに旧民主党を結成したときのキャッチフレーズも、「市民が主役」だった。

地縁血縁、企業や団体を集票基盤としてきた自民党は「抽象的な幽霊」(中曽根康弘元首相)などと「市民」を目の敵にしたが、十数年を経て、そのトップランナーが首相に上り詰めた。日本政治の新たなページである。

菅氏は普通のサラリーマン家庭に育った。過去4代、そろって1年前後で政権を放り出してしまった安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山の各氏は、いずれも首相経験者の子や孫だ。

戦後の歴代首相は政治家一家の出身か官僚出身者が大多数であり、この点でも極めて異色の出身といえる。

鳩山氏、小沢一郎前幹事長の「ダブル辞任」と菅氏の登場は、「政治は数、数は力、力はカネ」という自民党旧田中派、旧竹下派の系譜が完全に断ち切れたことも意味する。

鳩山氏は早くから「クリーンな政治」を掲げた政治家だが、もともとの出発点は旧田中派である。その嫡流だった小沢氏とともに、政権交代後も「政治とカネ」の問題にまみれたのは歴史の皮肉な巡り合わせだった。

菅氏の現実主義者の側面も見逃せない。民主党を政権を狙いうる政党にするため自由党との合併を実現した。

 

のしかかる日米合意

今回の代表選は本来、鳩山政権の失政を総括し、民主党が出直しの足場を固める機会だった。ところが、鳩山首相の退陣表明のわずか2日後に実施するという拙速ぶり、そんな選挙戦を通じ「世代交代」を訴えた中堅の樽床伸二衆院議員より、厚相として薬害エイズ問題に取り組んだ実績や党代表を2回つとめた経験のある菅氏が選ばれたのは、当然の結果ともいえるだろう。

菅政権に立ち止まっている余裕はない。沖縄県の米海兵隊普天間飛行場の移設をめぐる迷走で揺らいだ日米関係の再構築は差し迫った課題である。

副総理として内閣の要にいた菅氏はこの問題にだんまりを通していたが、これからはそうはいかない。名護市辺野古への移設を決めた日米合意と、これに猛反発する沖縄の民意がさっそく重くのしかかる。事態打開への戦略と陣立てを早急に固めないと、再び政権を揺るがす事態にも発展しかねない。

月末にはカナダで、G8、G20サミットという首脳外交の舞台も控える。

今後の経済財政運営の基本となる成長戦略と中期財政フレーム、財政運営戦略は月内の策定に向け、大詰めの時期を迎えている。参院選に向けたマニフェストの練り直しも急務だ。

次々と直面する政策課題を、いかに的確に着実に処理していくか、かぎを握るのは、菅新首相を支える官邸中枢の顔ぶれや、各閣僚以下政務三役らの総合的な「チーム力」だ。

それをうまく築き上げることができるかどうか。菅政権が久々の本格政権として安定した政策遂行に取り組めるかどうかは、まずここで試される。菅氏は内閣の要となる官房長官に仙石由人国家戦略相の起用を決め、党務を担う幹事長に枝野幸男行政刷新相をあてる方針だ。「脱小沢」の決意の現われだろう。と同時に人事には政策への精通や実行力、官僚の掌握力など多様な力量が考慮されなければならない。週明けの組閣が菅政権の将来を左右するといっても過言ではない。

 

「政策一元化」の実を

鳩山政権で失われた政策実行力や統治能力を取り戻すには、「政策決定の一元化」の立て直しも急務だ。

菅氏は小沢氏が廃止した政策調査会を復活させる意向を明らかにした。

政策をめぐり、政府だけでなく与党内でも闊達な議論が行なわれ、政策に反映されるのは当然だ。そもそも政権奪取前の構想では、党政調会長が国家戦略相を兼務し、党幹事長も入閣することにより、一元化の実をあげることになっていた。組閣と党役員人事という構想実現の好機を逃してはならない。

社民党の離脱で揺らいだ連立の枠組みをどうするかも考えどころだ。

菅氏は国民新党代表の亀井静香郵政改革相と会談して連立継続を決め、郵政改革法案の速やかな成立で合意した。民営化の方向を根本的に見直す法案を乱暴に扱ってはいけない。廃案にし仕切り直すべきだ。

重要な政策課題をめぐって、連立相手の主張をどこまで受け入れるのか。連立解消の分岐点はどこか。政党間協力や国会での合意形成の新たな手法を工夫しつつ、再考すべきだろう。

参院選は民主党政権9ヶ月の中間評価とともに菅政権に対する事実上の信任投票になる。失敗を反省し、生まれ変わった姿を国民に見せられないと、厳しい審判は避けられない。