2018年9月14日金曜日

トランプ氏は壊し屋か

20180912(木) 朝日新聞・オピニオン

耕論/オピニオン&フォーラム
トランプは壊し屋か
同盟国を批判し、北朝鮮やロシアの強権指導者と親密を誇示。
トランプ米大統領は自由で開かれた国際秩序の「壊し屋」か。見方が異なる米国の識者3人に聞いた。


国際秩序の維持 無頓着
ロバート・ケーガンさん 米ブルッキングス研究所上級研究

58年生まれ。米国の価値観を世界に広めるためには軍事力行使も辞さない新保守主義(ネオコン)の論客

トランプ外交と向き合うには、彼が「何を信じるか」だけではなく「何を信じないか」を理解することが大切です。

第2次世界大戦後、歴代の米大統領は戦前の危機を繰り返さないよう、民主的な価値観や法の支配、開かれた通商を基盤に国際協調を重んじる「リベラルな国際秩序」を築く決断をしてきた。
しかし、トランプ氏は、この仕組みが米国自身に恩恵となることをまず信じていません。歴史的な経緯や各国の国民感情などにも無頓着です。

信じる物差しは損得勘定。
それも米国ではなく「自分」にとって得かどうかです。
さらに重視するのは「歴代の米大統領は(外国に)だまされて金を巻き上げられた。私なら彼らと取引ができる」というイメージをいかに支持者に印象づけられるか。

対北朝鮮では「もう心配無用。彼らの核・ミサイルの脅威を私が取り除いた」。
プーチン大統領との首脳会談は「対ロ関係を自分が修復した」と自賛しています。

現実は逆です。
北朝鮮はトランプ氏のおかげで国際的孤立から一歩抜け出し、プーチン氏は米欧関係にくさびを打ち込むのに成功した。
でもトランプ氏にはどうでもいいことなのです。

そんな外交でも、与党の共和党内からほとんど異論が聞こえてきません。
同党支持者の8割以上がトランプ氏を応援しています。
11月の上下院の選挙で再選を期す候補は彼と一戦を交えたくない。
共和党内で支持を得ないと予備選に勝てないからです。

こうした状況から、「リベラルな国際秩序」の先行きに私は悲観的です。

そもそも秩序の維持には費用がかかり、労力も多大でした。
保護主義に陥らないように開かれた経済システムを作る。
紛争を抑え込むために米軍が前方に展開する。
そうやって米国は秩序安定の重しの役目を果たしてきました。
冷戦後はそうした国際秩序のありがたみも薄れています。

今の米国は1920年代と似ています。
国際連盟に参加せず、国際社会での責任を投げ出しました。
社会に非寛容な空気が蔓延し、次第に保護主義を求める機運が広がりました。

世界は再びジャングルの様相です。
混乱のツケはいつくるでしょうか。
早いかもしれません。

各国はどうすべきか。
「米国との特別な関係」を信奉する国、米大統領との個人的関係を築くのに腐心する政治指導者は、トランプ氏にハシゴを外されるかもしれません。
日本は多国間外交が機能するという実績を積み重ねてほしい。インド、オーストラリア、韓国など地域の民主国家との絆を深めることも重要です。

あとは米国が国際秩序の担い手に復帰することに望みをつなぎましょう。

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国益追求の現実主義者
ニーアル・ファーガソ米スタンフォード大シニアフェロー


64年、英国生まれ。ハーバード大教授などを経て現職。金融史が専門。保守視点の政治評論でも知られる。

「トランプ流」を真に理解したければ、米国の政治分野の知識人と主要メディアのジャーナリストだけには話を聞かない方がいい。
彼らは米国の中核部分から遊離しています。
トランプ氏自身が既成秩序を揺さぶる意図を明確に持ち、国民もそれを期待して彼を選んだのです。
だから主流派には「とんでもない人物」と映るのは当然でしょう。

たしかにトランプ氏は知識人ではありませんが、ツィートやくだけた言葉の奥にある本質に目を向けるべきです。

二つの根本的な変化が米国で起きつつあります。
まず好調な経済。
景況感は良好で、投資が目に見えて増えています。
失業率も最低に近い。

もう一つが外交分野。
彼は他国(のリーダー)の弱点をかき分ける巧妙な能力を備えています。
過去1年はそれで成功を収めてきました。

例えば、相応の防衛費を負担していない欧州の「弱み」をさらけ出しました。
中国との通商紛争では、彼らの方が対米貿易に依存している弱み。
北朝鮮は「炎と怒り」の言葉を用いた軍事攻撃の脅しに対抗できない金正恩の弱み。
こうしたものをさらけ出し、米国の国益を追求してきました。

ステータス・クオ(現状)が膠着して物事が前進しないなら、現状そのものをひっくり返してしまおうという信念の持ち主なのです。

トランプ外交で「リベラルな国際秩序」が弱体化したと言われますが、その秩序自体が歴史的にはフィクション。
第2次大戦後の世界は冷戦下で、西側にあったのは米国の軍事パワーが支配した秩序にすぎません。

旧ソ連崩壊後に一時的には存在しますが、2001年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟まで。
あれ以来、中国の台頭を助けた「国際秩序」なるものにトランプ氏は異議を唱えているのです。

トランプ氏が多国間の枠組みにとって脅威だというのは言い過ぎです。
国連安保理を使いこなして北朝鮮制裁決議を実現しました。
北大西洋条約機構(NATO)も否定はしていません。

米国外交は理想主義とリアリズムの間で揺れ動いてきましたが、トランプ氏はリアリストです。
確かに彼の政治スタイルは異色ですが、中身よりスタイルばかりに注目が集まる昨今の風潮の方こそ問題です。
例えば中国とは関税をめぐる「取引ゲーム」を繰り広げているのです。トランプ政権が中国との本格衝突に突き進むとは私は思いません。

トランプ氏とつきあうのは難しい。
あんなに極端に自己中心的な人物と、良好な個人的関係を結べるという期待は捨てた方がいい。
日本に忠告したいことは一つ。大統領を支える高官を大切にして、「人」ではなく「政権」と関係を築くことです。

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協調枠組みもろくない
ジェイク・サリバンさん  米カーネギ国連平和財団上級研究員


76年生まれ。オバマ政権で副大統領の国家安全保障補佐官。大統領選でクリントン候補の外交顧問も務めた。

トタンプ氏が「米国第一主義」を振りかざしたぐらいで危機に直面するほど、国際秩序はもろくありません。

核拡散、温暖化、感染症など地球規模の課題解決に多くの国が共同で取り組む国際社会の「筋肉」は、20年以上かけて鍛えられてきました。
いきなり消滅するということはないのです。

経済、安全保障、人権などあらゆる点で全ての国々が同じルールを共有するような普遍的な国際秩序はまだ実現していません。
異なるルールを持ち、民主主義のレベルも様々な国々が一緒に課題解決のスタート台に立とうというのです。
物事を進めるのに混乱はつきもの。
ちょっとやそっとではぐらつきません。

トランプ外交には一貫した考え方があります。
「ひどい貿易で米国は損をしてきた」「同盟国は米国に『ただ乗り』している」。
ロシアは同盟国ではなく、貿易高もたかがしれています。
だから、トランプ氏はプーチン大統領を友人と遇しやすいのです。

トランプ氏は強権指導者や独裁者に親近感を抱く傾向があります。
歴代の米大統領と大きく異なる点です。
ただ分別を欠いた「同盟嫌い」はトランプ氏独特のもので、彼の支持者は必ずしもそう考えてはいません。
「米国には強い同盟が必要』「課題解決には国際協調が欠かせない」という考えは今も米国民には広く共有されています。

トランプ氏は米国の運営を家族経営と同じようにとらえているのでしょう。
親族に要職を任せたり、私的なアドバイザーを重用したり。
最近は自己流に拍車がかかり、周囲の助言にますます耳を貸さなくなっている。

それでもトランプ氏が共和党内で8割以上の支持を得るのは「私はあなたのために戦っている」とのメッセージを浸透させる能力にたけているから。
移民と戦う、中国と戦う、エリートと戦う。
個々の政策や品位を欠くツィートに賛同しなくても、「トランプ氏は自分の側にいてくれる」という感覚は強力です。

しかし秩序の担い手は国家だけではありません。
価値観を同じくする市民が国境を超えて連繋する動きが活発になっています。
パリ協定から離脱した米国では州知事、市長、さらに企業や市民組織、宗教団体までと、非国家のさまざまなプレーヤーが連携して温暖化対策の取り組みを強めています。

世界中の様々な場所で強権政治が広がる流れは確かにありますが、民主主義や法の支配、腐敗からの決別を求める逆の動きも起きている。

日本政府は価値観と原則において毅然とした立場を貫き、もし許されないふるまいがあれば断固として押し返してほしいと思います。

(聞き手はいずれもアメリカ総局長・沢村亙)