昨夜、夢をみた。夢の中で、私は法廷にいた。
裁判所は、広い草原の丘の上にたった1棟だけ、ぽつ~ンと建っていた。周辺には、住宅も牧舎も建物は何もありません。深い霧に包まれていた。昼間なのに、建物の灯りが外に少し漏れていた。
私は被告席に、傍には、私の会社のスタッフが浮かぬ顔をして座っていた。裁判官がたった一人、真正面の席に座っていて、その前には書記官の女性がいて、コンピューターを前に、議事録をとっているのでしょう。原告は右側に、被告は左側に、裁判官と向かい合うように座っていた。電灯は点されているのですが、部屋の中なのに靄(もや)がかかっていてお互いの顔がぼ~っとして、輪郭がはっきりつかめない。
私は会社の代表者として出席している。被告席に座らされているなんて、どうしても実感が湧いてこない。私が育った長閑な田舎では、けっして豊かではなかったが、泥棒も人殺しも、そんな悲しい事件など起こったことがない。他人を騙すなんてことも、聞いたことがない。他所では凶悪な犯罪が日常的に起きているんですよ、と聞かされても嘘だと思っていた。そんな山間谷間の田舎で育った私が、こともあろうに、被告席に座っているなんて、一体、何が起こったと言うのだ。私が、私の会社が何をしでかしたというのだろう。亡くなってしまったけれど、父や母が、こんな私を見たら、戸惑うことだろう、こんな席に座るためにお前を育てたわけではない、と叱りながら悲嘆にくれるだろう。
原告は、何かを主張していた。口角に泡を吹かし、髪を振り乱し、大いに息巻いているようだが、薄いカーテンの向こうにいるようで、ぼんやりとしか見えない。私には何を主張しているのかさっぱり理解できない。確かに言葉を発しているのでしょうが、私の耳には、理解できる言語としては、届いてこない。頭を抱えて何度も考えた。一体全体、私が、私の会社が何をしたと言うのだろう。
原告は自分が受けた損害や被害を裁判所に訴え出て、裁判官がその罪の深さや償いの量を見計らって、被告に課すのが裁判なのでしょう。被告には、思わぬ重い罰を下されることもあるし、予期せぬ罪から解放されることだってある。
裁判官は静かに、私の顔を心配そうに見ていた。
原告は5人だった。2人は中年の女性で3人は男の大学生でした。誰もがかって見たことのある面々だったが、どこで会ったのか憶えていない。大学生が、裁判に訴えているのは、ただ、単に学習のためなのだろうか。原告になって、裁判を持ちかけたのには理由がある筈なのに。
中年の女性たちには、楽しい家庭があるのでしょう。大学生には、勉強して有為な社会人になって欲しいと願うばかりだ。
裁判官の表情が見えない。意思の通じない長い抗論がだらだら続いたが、どうしても争点がはっきりしないのです。争点が噛み合わない。原告が訴えている内容が、被告である私には理解できないのです。
そうこうしていると、私にはさっぱり理解できない理由が解ってきた。それは、原告自身に損害や被害に対する認識が薄いのだろう。薄いからこそ、私に、被害を及ぼした張本人に対して、訴える力が弱いのだ。又、訴えている内容にも後ろめたい思いがあるのではないだろうか。ズバッと核心をついてこない。
裁判官が口を開いた。裁判官の表情に赤みがさしてきた。
「この事件については、私が判決を出す前に和解を薦めたいのです。が、両者はいかがかな。あなたたちが、和解への作業を進められないようでは、私には考えがあります」。私は依然として訴えられた内容が解せないので、判断しかねていた。
突然、原告に向かって、裁判官の口が爆裂した。「私の法の裁きの前に、神の裁きを受けて来て下さい。そうしたら、もう一度審理することにしましょう。原告と被告人、いかがですか」。
私たち原告と被告は、裁判官の忠告に従って、早速神の裁きを受けるための準備に入りました。
尿意を感じて、私は目が覚めたのです。