2011年7月31日日曜日

美しいゴール聡明さに興奮

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蓮實重彦 (36年生まれ。東大教授、教養学部長、総長を歴任。著書に「スポーツ批評宣言」など。フローベル作品の評論を来年刊行予定)=鈴木好之撮影

徒然(つれづれ)なるままに、今回のなでしこの活躍で、気分が好くなることばかりの寄せ集めを試みた。協力していただいた皆様には感謝。今日は、曇り、時々雨の日曜日。ハブ あ ナイス デイ、 だ。

ドイツで開かれていた第6回FIFA女子ワールドカップは、20110717(開始は、日本時間18日 03:30)に決勝戦が行なわれ、なでしこジャパンが強豪アメリカ合衆国を前後半1-1、延長戦で2-2、PK戦で、日本がアメリカに勝って初優勝をした。

この試合の興奮が、私の中で未だにくすぶっている。何回も何回も、事あるごとに思い出しては、ニンマリと幸せな気分に浸っている。この幸せな気分は一体どこからくるのだろうか? 日本は先手を取られ、必死に追いかける、耐えてやっと我慢して追いつく、そして再度放され、またまた喰らいつく。最後は、なでしこの名の如く、しなやかに、エレガントに大番狂わせを演じてくれた。世界の人々を震撼させた。サッカー強国のアメリカの国民に悲鳴をあげさせた。

終始アメリカは、王者の誇りを賭けて戦った。戦後、アメリカ選手の口から出るなでしこジャパンに対する賛辞を、涙なしでは聞くに耐えられない。準々決勝でなでしこジャパンに負けた、開催国ドイツも国をあげてなでしこジャパンの初優勝を祝ってくれた。

この試合に感動した最大のインパクトは、先ずは日本が勝ったことは当然のことなのだが、何といっても両チームがフェアなプレーに徹していたことだ。双方のチームの選手同士が、世界一を競うに相応しく、互いに尊敬し合ってプレーしていたことが、観る者にも心地良かった。

大野選手が前線に飛び出した時にオフサイドをとられたことや、試合終了寸前に岩清水がペナルティエリア付近で一発退場のレッドカードを受けても、日本は実に気品高く、審判の判断を受け入れた。私にはこの判断について一家言(いっかげん)の用意はあるが、この場では触れない。男子の試合なら、血気の余り、不用意な振る舞いや言辞でもって、聖なる戦いがつまらないものになり下げることがないことはない。その通り、不幸なことが度々あった。

審判は、多少ジャッジの乱れはあったが、選手とのコミュニケーションはきちんと取っていた。試合の流れをよんでいた。全般に、説得力のある審判だった。

 

☆ ここで、一息つきましょう。

アメリカではこの試合をどのようにテレビ中継されていたのか、興味深いブログを見つけたので、ここに紹介しよう。

テレビ放映中に、解説者がなでしこジャパンについて話していたことを、前参議院議員の田村耕太郎さんが、自分のブログで著しているのを目に留めた。その文章のなかから、なでしこに関わるコメントだけを抽出させていただいた。この解説者は勿論、アメリカのメディアではフェアネスの精神でもって、なでしこジャパンを称賛し続けた。

・大野が前線に飛び出してボールを受けたプレーが、審判からオフサイドの反則を取られたことについて、「なんてことでしょう。大野は完全なオンサイドだった。これはあり得ない審判のミスだ、審判は試合を止めるべきではなかった」。

・日本人として一方的に攻め込まれているシーンでも、「日本守備陣の最後のプレッシヤーがアメリカ攻撃陣の詰めの正確性を脅かしている」。

・「後半は日本の時間では日の出の時間となる。後半は日の出る国が上がってくる」。

・鮫島選手が元東電所属であることを紹介し、「彼女は練習どころではなかったはずだ。しかし今、祖国復興の希望を背負い懸命にプレーしている」。

・宮間の同点弾で1-1、テレビの解説者は傷心のためか、一瞬言葉を失うが、、、「最後まであきらめない素晴らしいゴールだ。誰がこんな素晴らしい脚本を書いたのか」。

・「5月の親善試合では、アメリカはノースカロライナで日本に2連勝した。しかし、今の日本は全く違うチームに進化した。5月の日本代表はまだ震災のショックを引きずっていたようだ。今や、震災に苦しむ日本を勇気づけられるチームに成長した」。

・日本の勝利が決まると、「震災に苦しむ国に、いい知らせをもたらすために奮闘した日本女子代表のファイティングスピリットにはアメリカは勝てなかった」。

・「日本チームは技術があり、チームワークにすぐれ何より気品にあふれていた。大会を通じて、最もスペクトされてきたチームだ。オメデトウ、ジャパン」。

ーーーさすがに、この解説については、翌日の18日付けのニューヨークタイムズ紙では「キャスターや解説はどちらの味方だったのかわからない」と批判っぽい論説を喰らったらしい。 

 

アパートで、準々決勝のドイツ戦、準決勝のスウェーデン戦、そして決勝戦を、それに関連したニュースも含めて、You-Tubeの動画ニュースで繰り返し観ては楽しんでいる。

未整理の新聞のスクッラプを整理しなくちゃイカン、なんて思いながら、知らず知らずのうちに、スクラップ記事を、夜の更けるのを気づかずに読み直しているのです。

朝日新聞の記者が二人の学者から、今回のなでしこジャパンのW杯優勝について、聴取したものが文章化されていた。一人は東大教授の姜 尚中(カン サンジュン)さんともう一人は元東大総長の蓮實(はすみ)重彦さんのものだった。姜さんのは、「ナショナリズムと無縁の感動」と題したもので、この方にも感心させられた部分が多々あったが、今回は、蓮實氏分を拝借することにした。読み直した後も気になって、このような文章は、やはりマイファイルにしておきたくなった。

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20110726 朝日朝刊

耕論 

2011年のフットボール (オピニオン)

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決勝戦で私が引きつけられたのは、米国のミッドフィールダー、ラピノーの動きでした。彼女が自陣から前線に上げた長い縦パスにモーガンが素早く反応し、熊谷をかわして先制点を決めた。この意表をついたボールの動きに、「そうか、こんなゴールを見たかったのだ!」と、思わず興奮しました。あのボールの動きの美しさをどうか思い出していただきたい。あれこそがサッカーの爽快さです。

それに比べると、日本の得点は美しくなかった。1点目は宮間がここしかないという場所に走りこみ、敵の混乱を突いてボールを冷静に流し込みました。「この選手はただ者ではない」と驚嘆したが、爽快さは感じられませんでした。

沢の2点目も、流れるような動きの中でのゴールではなかった。何度も練習した宮間とのサインプレーでしょうが、それを決勝戦で決めた沢はさすがというほかありません。しかし、言葉は悪いかも知れませんが、どさくさ紛れの1点みたいな感じで、二度と起きない軌跡でしょう。

 

他国に思いはせ

私は、4対2ぐらいで米国が勝てた試合だったと思っています。逆説的ですが、途中出場の多かったラピノーをあえて先発させたことが、米国の敗因のような気がします。ラピノーはパスの出し手として、今大会で無類の才能を発揮していました。米国が、日本のパスサッカーを潰す刺客として彼女を送り込んだのです。当初はそれが機能して、日本は何度も攻め込まれましたが米国のシュートはバーやポストにはじかれた。序盤で試合を決めようと焦ったことで、かえってリズムを崩してしまったのです。PK戦での勝敗は、アクシデントのようなもの。日本が勝った試合と言うより、米国が自滅した試合でした。

一方、日本代表は今大会のどこかで「負ける気がしない」という思い込みを共有したのではないでしょうか。それは紛れもなく沢と宮間の力です。本来なら悲壮感が漂うはずの岩清水レッドカード一発退場が、妙に明るくチームを落ち着かせたのもそのためでしょう。ただ、日本代表が突出した強さを持っていたわけではなく、優勝は出来過ぎだと思います。

国を挙げて喜ぶのはいい。だが、W杯を「日本の優勝」とだけ捉えると、国際的なイベントが国内問題にすり替わってしまう。参加国の中には北朝鮮も赤道ギニアもいました。仮に彼女らと当たったらどんな戦いになったか。他の国々の選手たちはどんな動きをしたか。そこに思いを致した方が、私たちの世界は豊かさを増すのではないでしょうか。

 

騒ぎすぎないで

ここで声を大にして言いたいのは「騒ぎすぎて、彼女らをつぶしてはいけない」ということです。来年はオリンピックを控えているのだから、内外の所属チームに戻って、プレーの質を高めることに専念させるべきなのです。

私がサッカーを見るのは、選手たちの思いがけない動きに驚き、爽快感を覚えたいからです。準々決勝のドイツ戦での丸山のゴールにはしびれました。沢の浮かせたパスを追ってあの勢いで走り込み、難しい角度から右足でゴール左すみに蹴りこむ。誰もが「ああいう形で点を取りたい」と夢見ていながら男子でも失敗するプレーを、あの舞台で実現させた丸山の動きの聡明さには驚きました。

私はNHKで解説をしていた川上直子さんが日本代表だった頃、ちょんまげのように結った髪を揺らして右サイドを駆け上がっていく姿にひかれて女子サッカーを見るようになりました。現代表の川澄のひたむきな走りも、それに劣らぬ魅力です。男子と比べてスピードやパワーは劣りますが、男子の極端なラフプレーやつぶし合いに見られるような悲惨さはありません。「ボールを相手に与えず味方に預け続けることで、見る者を驚かす」というサッカーの理想型は、むしろ女子の方に残っているのではないでしょうか。

敵味方を問わず彼女たちの動きの美しさを味わって欲しい。勝利の瞬間に歓喜の輪に加わらずに、米国選手たちと健闘をたたえ合った宮間の謙虚さにふさわしく、スポーツを語らねばなりません。

私が日本選手で一番期待しているのは決勝戦の終盤、残り数分で出場した18歳の岩淵です。彼女はたぶん、「自分が世界で一番ドリブルがうまいのだから、相手が自分からボールを奪おうとすればファウルするしかない」と思い込んでプレーしている。その自信にあふれた動きを見ているのは、何ともすがすがしい体験です。沢は人間として最高レベルの選手ですが、岩淵には人間を超えた、動物めいたものを感じる。日本代表の弱点は自信あふれるストライカーの不在ですが、彼女はそうなる可能性を秘めている。

(聞き手・太田啓之 金重秀幸)