20131016の朝日・天声人語に触発されて、この文章を綴り始めた。
私が此処に住み始めてから、新聞の朝刊が配達されるのはぴったり4時だった。私の一日の活動を始める時間とうまい具合に合致して、この時間に配ってくれることに非常に感謝していた。以前に住んでいた所では7時過ぎだった。
ところが、どういう訳か、新聞屋さんの都合か、配達する人の都合か、2ヶ月前から5時前後の配達になった。まあ、それでも、文句をつける理由にもならないし、しょうがないか、それならばそれで、慣れればいいんだと諦めていた。
そして10日程経った或る日、ゴミ出しに玄関を開けたその時に、偶然、新聞配達のオジサンに出くわした。ご苦労さん、ありがとう、と新聞を受け取って顔を見合わせた瞬間、オジサンは「この頃少し遅いでしょ、大丈夫、明日から順番を変えて、今まで通りの時間に入れましょ」と、私が、あっそう、と、それ以外口にする前にそれだけ言って、去(い)ってしまった。
オジサンは、私が1時間遅れて配達されることに不満を持っているように感じたのだろうか? そのことに文句を言おうとして、配達する自分を待ち構えていたのではないか、と勘ぐったのだ。私、そのようには微塵も考えていなかったのに、でも、今では、オジサンの早トチリに感謝はしているんだが。
そして今朝、大型の台風26号が関東に接近、4時は暴風雨だった。新聞はいつもの新聞受けではなく、雨がかからない庇が深く窓の格子の奥まったところに挟んでおいてくれた。オジサンの粋な計(はか)らいだ。
そして、今日は水曜日、弊社の営業部の定休日、私は出社するつもりで最寄の相鉄線弥生台駅に向かったが、突風が持続しているので、暫くは運行を見合わせます、とのこと。仕方なく自宅に戻って、この文章を綴ることにした。
20131016 朝日・天声人語
「いつの日も 真実に 向き合う記事がある」を今年の標語にして新聞週間が始まった。高らかな理念も、しかし、新聞配達という仕事なしにはありえない。日本の新聞の95%は戸別に配達され、それを全国の37万人が担っている。今日のような朝は、とりわけ頭の下がる思いがする。
同時に、どうか無理せずにと祈りたくなる。大型の台風26号は、ちょうど新聞が届く未明から朝に本州に近づく。「苦労に報いるコラムを書いているか」と自問したくなるのはこんなときだ。
日本新聞協会が毎年募集する「新聞配達のエッセー」を読むと、ねぎらいを寄せてくださる読者は多い。青森県の長山和寛君(15)は、3・11の翌未明に、凍てつく道を歩いて届けてくれた若いお兄さんが忘れられないと書いていた。
配達員も思いをつづる。長野県の豪雪の村で、早く起きて自宅前に道を作ってくれるおじいさんがいる。道路から離れた家々では、道端に冬用の新聞受けを出してくれる。人々の温かさで続けられている、と村山由美子さん(62)は感謝を記す。
社会をゆさぶる調査報道も、キャンペーンも読者に届いてこそである。バイクの音、新聞がポストに落ちる音で一日が始まる人は多い。届けるという行為の素朴さが、夜明けの匂いを連れてくる。
今朝は多くの地域で嵐をついての配達となるだろう。その安全を願うのに自社も他社もない。お手もとに届いた新聞は、皆さんの前で少しほっとした風情かも知れない。人の心を映すように。