2012年12月30日日曜日

2012年(平成24年)の重大ニュース

2012年もあとわずか、古紙回収に出すために新聞を片付けていて、今年の重大ニュースを記事にしたものを見つけた。朝日新聞の20121222のものだ。私にとっては、静かに無難に過ごせた珍しい1年だった。このように過ごせたことに感謝している。

この新聞記事を勝手にダイジェストして、私が加筆した。

 

1位 山中伸弥教授にノーベル医学生理学賞。

iPS細胞の作製に成功、再生医療実現へ道を開いた。知らせを受けたとき「洗濯機を直していた」と話すなど、人柄やユーモアにも注目が集まった。手術が下手で「ジャマナカ」と呼ばれたり、研究費用を集めるため、マラソンに挑戦したり、親しみを覚えた。iPS細胞は人工多能性幹細胞のこと。名前は出てこないが、実験を支えてきた助手さんの教授に慕う言葉が忘れられない。これからこそ多くの患者さんを救えるように頑張りたいなんて、嬉しいことを言ってくれる受賞者だ。

 

2位 東京スカイツリー開業。

世界一高い634メートルの自立式電波塔。私はこの高さを6(む)3(さ)4(し)と憶えている。義母が来浜の際、孫とアスファルトに仰向けに寝っ転がって、真っ下から見上げた。迫力に吃驚した。施工は大阪の通天閣にも携わった大林組、施主は東武鉄道。ドレスの裾を広げたような華麗で優美な女性的東京タワーに、空を突き刺すような、大地から飛び出しそうな(男)性的東京スカイツリーーだ。近未来のイメージですね、とは弊社の経営責任者の中さんの弁。

 

3位 金環日食、国内で25年ぶりに観測。

5月21日、天体ショーに日本じゅうが沸いた。横浜は未明に雨が上がって、何とか見えたようだ。私は早朝、鶴見へ仕事に行って会社に戻る途中で時々、車を停めて空を見上げたが、残念なことに見ることができなかった。日食グラスや遮光フィルターを使って観測しないと日食網膜症になることを知った。ダイヤモンドリングも確かめられたらしい。

 

4位 尖閣諸島を国有化。 5位 中国で反日デモ激化。

9月11日の国会で3島を20億5千万円で国が地主から購入することを決定した。島の歴史を知るきっかけになった。中国と台湾が領有を主張している。日本は1895年に閣議で沖縄県に編入することを決めた。その後日本人が入植し、鰹節の製造が現地で行われ、最盛期には99戸248人が暮らしたが、1946年に無人島になった。

日本国が購入したことで中国が反発、中国国内で反日デモが激化、日本製の商品を扱っている店や、日本のデパート、スーパーマーケット、コンビニが襲われた。日中国交正常化40周年の年に対立を生み、双方に政治的、経済的にダメージを受けたことは皮肉なことだった。中国国内の貧富の格差が進んでいることが、デモを増長させたのではないかともいわれている。

 

6位 群馬・関越道でバス事故、7人死亡。

4月29日、居眠り運転の高速バスが防音壁に激突、バスが縦から二つにぶった切られた。事故に遭ったバスツアーは金沢・富山ー関東間の片道旅行代金は3000円台だった。

私も、この1、2年廉いからといって、京都へ行くのに再三利用した。缶ビールを飲んでウトウトしているうちに到着、時間も有効につかえて、廉い、便利だが、危険が潜んでいた。クワバラくわばら。

この運転手は自己の所有するバス4台の営業用ナンバープレートを今回の長距離バスの催行会社の陸援隊名義で取得し、独自の屋号で営業し、中国観光客向けのバスツアーを主催していた。これは、当然違反行為だ。

 

7位 ロンドン五輪・パラリンピックでメダル多数獲得。

メダルは過去最多だったが、金メダルが少なかったようだ。女性、特に女性の団体競技が記憶に残った。女子アーチェリー、女子バドミントン、女子バレーボール、サッカー女子なでしこジャパン、男女の水泳陣、女子卓球、女子レスリングだ。

内村航平らの男子体操陣。

「(北島)康介さんを、手ぶらで帰すわけにはいかない」。

個人では、レスリング男子フリースタイル66キロ級で米満達弘金メダル。男子レスリングの金メダルは24年ぶり。ボクシング男子ミドル級で村田諒太金メダル。男子ボクシングの金メダルは、東京五輪で桜井孝雄が獲得してから48年ぶり。女子重量挙げ48キロ挙げ48キロ級三宅宏実が銀メダル、重量挙げでは女子で初めてのメダリスト。

 

8位 京都・祇園で車暴走、7人死亡。

京都東山区の祇園には、義妹夫婦が京都料理をを出すお店を経営している。この事件?この事故現場のすぐ傍だ。京都市東山区の四条通大和大路の交差点を入ったところ。4月12日、京都の呉服店に勤める容疑者が起こしたひき逃げ事故だ。さぞかし、当時は大変だっただろうと思う。7人死亡と聞くが当の車の運転手も死亡したと聞いたが、全員の死亡者数はどうなんだろう。

加害者は10年前に起こしたバイク事故が起因するてんかんの持病があったとあるが、そのような症状を持つ人を採用する側が前もって聞いていればこの会社の社長は入社を認めたのだろうか。隠した、言えなかったからこそ、こんな事故に連なったのではないか。事故を起こしても自らの責任と負担において解決するなら入社を認めるなんてことも考えられるが、、、、、私はどう判断しただろうか?自らかかえる障害や持病を、気楽に話せて、それを理解し合える社会になって欲しいと思う。

 

9位 大津いじめ事件で中学を捜索。

20111011(昨年)、大津市内の中学2年の男子生徒が、いじめを苦にマンションから飛び降り自殺をした。滋賀県警は、当初、遺族側が出そうとした被害届を受理しなかった。校長や教育委員会はいじめが直接の原因とは思えないなどと記者会見していたが、連日報道されるうちに社会問題としてクローズアップされた。学校が生徒に行ったアンケートでは、記名をしてもしなくてもいいと言われていたのに、記名をしていじめがあったと答えたのが100件もあった。それにもかかわらず、校長、教育委員会はいじめが直接の原因だったとは考えられないと言い張っていた。教育委員会を見直すべきだ。

そして、今月27日、県警は遺族が刑事告訴した同級生3人のうち、当時14歳の2人を暴行と器物損壊、窃盗の3容疑で書類送検した。刑事罰に問われない当時13歳の1人を児童相談所に送検した。

この種の事件を聞かせられる度に得る感慨は、教師や校長、教育委員会や地方の公共団体の教育に携わる担当課の、何とも言えない考慮に欠けた言動の空しさだ。実に腹立たしい。

 

10位 オウム真理教元信徒3人を逮捕、起訴。

特別手配されていた平田信、菊地直子、高橋克也の3被告がそれぞれ逮捕、起訴され17年に及ぶオウム捜査は終了した。オウム真理教とは1980年代後期から1990年代中期に、麻原彰晃が救済の名の下に日本を支配をすることを目論み、外国での軍事訓練、軍事ヘリーの購入、自動小銃の密造、化学兵器の生産して教団と敵対する人物の殺害や地下鉄サリン事件など無差別テロを実行した。一連の事件で29人が死亡している。

かって、1970年か71年、河出書房発刊の高橋和己作品集の「邪宗門」を読んだ。その時、まさかこんなアホなと思っていたことが、よく似た状況で具現したのが不思議だった。高橋和己氏はこんな事件が起こることを予見していたのだ。三島由紀夫氏だって、角度は違えども同じようなことを考えていたのではないのか。

 

11位 消費増税法が成立。

今年8月10日、消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法が参院本会議で、民主、自民、公明の3党などの賛成多数で可決。現行5%の消費税を2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げる。

施行の付帯条件に経済の動向はついているが、弊社のような業種には影響が大きいと心配している。前倒しの需要に対応するための準備を整えたい。今月の30日の日経新聞には、住宅購入者には負担を減らすために給付措置を来年度の税制改正に盛り込むとあったが、どんなことを検討してくれているのやら。前倒しの需要が終った後の冷え込みが怖い。しっかりとした経営を心がけたい。

 

12位 国内の原発、42年ぶり稼働ゼロ。

日本国内にある55基の原発は全て稼働がストップした。東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第一原発は廃止工事中だが、使用済み核燃料の除去はまだ見通しが立っていない。だが、関西地区の夏の電力需要に応えるために、安全と判断された関西電力大飯原発は7月再稼働した。ところが唯一稼働を始めたこの原発の施設の地下に断層があることが判明して、それを活断層かそうでないか、学者、専門家が現地調査を繰り返しても、いつまで経っても原子力規制委員会の結論が出ない。来春になるという。

政府の下した再稼働の必要性とは、暮らしの安心・安全を守る必要という観点と経済的な必要という観点、この両面から判断したとのことだ。世論は、先の衆院選挙でも国民の大半は原発ゼロを望んでいるが、29日安倍晋首相は就任後は初の視察先に福島第一原発を選び、民主党が掲げた1930年代の原発ゼロの目標について、「希望の段階では直ちに政策になっていかない。責任ある原子力政策を進める」と見直す考えを明らかにした。脱原発は遠のいたようだ。

12月30日には、安倍晋三首相はテレビのインタービューで原発の新増設を認める可能性を示唆する発言を繰り出した。

 

13位 オバマ大統領再選。

11月6日投票の大統領選は即日開票され、民主党のオバマ大統領が(51)が、共和党のロムニー候補(65)を破り、再選を果たした。選挙戦でオバマ大統領は経済成長に中間所得層の底上げが不可欠と主張。自動車産業の救済や医療保険改革など1期目の成果を訴えた。さらに、富裕層には増税などによる「相応の負担」を求め、中間所得層には手厚い減税を実施すると訴えた。そして、中間所得層に支持を広げた。

そして再選後。年明けにかけて減税失効と歳出削減が重なる「財政の崖」の回避に向かって民主・共和両党と会談し、法案の年内成立をめざしている。年内と言ったって、今日は大晦日だ。

 

14位 パソコン遠隔操作で4人誤認逮捕。

私のようなアナログ人間には理解できない事件だ。犯人がネットを介して他者(5人の男性)のパソコンを、本人が知らないうちに、遠隔操作型コンピューターウイルスに感染させて不正な指令を出す。この遠隔操作で襲撃や殺人などの犯罪予告を行ったサイバーー犯罪。そんな馬鹿なことが、現実にあり得る不思議さを噛みしめている。私の頭脳はまだ現実に追いついてない。知らないうちに私だって、逮捕されかねない。

 

15位 石原慎太郎前都知事が辞職、新党結成。

石原慎太郎はいい加減な奴だ。居丈高で、木で鼻をくくるものの言い方。東京都は財政的に稀に豊かだからこそ、何もしないでも、失政を犯しても居られたのだ。でも、そろそろ逃げ時と考えていたのだろう。横浜前市長の中田宏氏と同じケースだ。やばくなったから、辞める。東京都知事職をそうやすやすと投げられても困るんだ。失政に対する十分な説明がないことに都民は怒りをもっと露わにすべきだ。

昨年4月、一時は3期目で東京都知事の退任を表意しながら、結局は立候補して当選、4期目だ。選挙をするには莫大な公費が要ると聞く。翌年の今年10月知事を辞職して新党を結成すると表明、たちあがれ日本を改称するかたちで太陽の党を結成。国政参加を目指す。

この間、自分のことを気楽に暴走老人とか言っているが、貴方の給料を支払っていたのは真面目な納税者の都民なんだよ、と匕首(あいくち)を突きつけたい。平沼郁夫氏と共同代表に就任。失政に対する十分な説明もない。そして翌月の今月、日本維新の会に合流、代表に就任、代表代行は橋下徹(大阪市長)。衆院選にて国政復帰。主義主張の異なるボス同士が、狡猾な下心を秘め握手、その場しのぎ、賢明な市民は全て御見通しだった。かくして、衆院選においても、この会は伸びなかった。

 

16位 衆院が解散、12月に総選挙実施。

前回(25回)の衆院選では、現憲法下では保守本流直系以外の民主党が単独過半数を占めたが、12月16日に投開票が行われた26回衆院選では、野党第1党の自民党が294議席(改選前は119議席)を獲得し、絶対安定多数を確保した。与党の民主党は改選前の230議席から4分の1の59議席しか獲得できなかった。前回の当選時の議席の309議席からは実に5分の1になった。公明党31、日本維新の会54、みんなの党18が躍進、日本未来の党9、国民新党、新党大地、日本共産党、社会民主党は議席を落とした。

私はどの党、どの人に投票していいのか悩んだ。

 

17位 韓国の李明博大統領が竹島上陸。

大阪市平野区出身の、200802に就任した韓国の現17代の大統領だ。8月12日に上陸した。日韓間において進められていた軍事情報包括保護協定や経済連係協定の協議は滞りそうだ。歴史問題で日本に対する不信感、大統領の求心力の喪失、大統領の周辺の金銭的疑惑、韓国にとって8月15日は植民地解放日、このような状況を背景に上陸を決意したようだ。

竹島の住所は、島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地。韓国では独島(トクト)と呼ばれる。

話は少しずれるが、退任後に逮捕されるのではないかと注目されている。土地取得にからむ不正な疑惑がとり立たされている。歴代の大統領のように。

 

18位 スーチー氏、ミャンマー国会議員に。

5月2日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏が議会で宣誓を行い、下院議員に正式就任した。ビルマの独立を主導し、その達成目前で暗殺された「ビルマ建国の父」アウン・サン将軍の娘だ。民主化が進んで、日本はじめ各国が経済進出を狙っている。経済は、人件費が高騰した中国から今度はミャンマーに移るらしい。

テイン・セイン大統領が民主化を徐々に進めているが、果たしてどこまでが本気なのか推移を見極めたい。鍵を握るビルマ国軍がどのように考えて行動に出るのか、それが解らないとスーチー氏も述べている。旧ビルマ時代から続く国軍の存在は、我々の考える軍隊とは根本的に意味が違うようだ。

 

19位 光市母子殺害で元少年の死刑確定。

1999年(平成11年)4月に山口県光市で起こった凶悪犯罪。当時18歳1ヶ月の少年が母親を殺害後凌辱、生後11ヶ月の長女も殺害した事件。残虐な事件内容と元少年を死刑にするべきでなとする弁護内容がマスコミを賑わした。全国犯罪被害者の会が設立、被害者の夫が幹事になり、犯罪被害者等基本法が成立した。

私は、この事件の裁判の進行に興味を持っていた。死刑囚永山則夫が残していった、我らに突きつけた問題が私の頭から抜けない。

 

20位 女優の森光子さん死去。

2017回の「放浪記」の公演は有名だけれども、劇場に足を運んだことのない私には、テレビドラマの「時間ですよ」の方が記憶に残っている。20年前か30年前か、東京駅でスタッフに囲まれていた森光子さんを見かけたが、そのときの彼女は着物姿で、顔や首筋や手が余りにも白かったことが、異常に感じたのを憶えている。彼女にスポットライトが当てられていたようだった。スターはこうでなくっちゃ。

 

最後の20位の森光子さんのとこまできて、森さんのことは以前にこのブログでも書いたことがあるから、まあいいかあ!! なんて考えていたら、28日早朝、松井秀喜現役引退のニュースがラジオで伝わり、これには参った。

これこそ、私にとっての今年の10大ニュースの1つだ。が、20大ニュースの稿はほぼ終了にきてしまった。

 

「欄外1位 松井秀喜現役引退」、ということにしますか。この件については、私の文章などは恥ずかしいばかりで、20121229の朝日新聞・天声人語を活用させてもらう。

 

松井秀喜選手は日本で332本の本塁打を打った。渡米して初のアーチは本拠地ヤンキーススタジアムでの顔見世の初戦。しかも満塁弾だった。試合後の言葉がよかった。「333本目ではなく、1本目です」。ニューヨークに住む日本人が大いに沸いたのが記憶に新しい。

その年、大リーグの開幕を前にイラク戦争が始まった。兵士の無事帰還を願う黄色いリボンが全米にあふれ、日本人社会も空気は重かった。「マツイ、すごいね」。ニューヨーカーの賛辞を、我がことのように聞いたものだ。

あれから10シーズン、松井選手の引退会見をテレビで見た。口を一文字に結ぶ表情で、言葉をさぐるように話す。「結果が出なくなった。命がけのプレーも終わりを迎えた」。38歳、万感を押し殺すような、男の顔だった。

大リーグではホームランを175本放った。その記録以上に、存在感は記憶に残る。3年前のワールドシリーズ制覇のときは、日本人初の最優秀選手(MVP)に輝いた。

日本球界に戻る選択肢もあっただろう。だが「10年前の姿に戻る自信が強く持てなかった」と語った。「巨人の4番」の伝統に、自らの誇りを重ねた胸のうちにうずく。たとえばの話、6番を打つ松井秀喜は、もうゴジラではない。

大リーグのある監督が言ったそうだ。「野球には五つしかない。走る、投げる、捕る、打つ、そして力いっぱい打つことだ」。ただ打つのではない。巨漢に伍(ご)して力いっぱい打ち続けた「挑戦の人」に、拍手を送りたい。