新聞やテレビ、ラジオで昼間の気温の高いことに熱中するが如く報じている。
どいつもこいつも、何誰(だれ)もが同じように喋っていることに、倦(う)んでしまったのだ。
神経痛なのか?ヒステリックなのか。
そりゃ、暑ければ暑いと、寒ければ寒いと報じるのは当たり前だのクラッカーだ。
そんなことに、只管(ひたすら)耳寄りになって~しょうがないだろう、と昨夜、蒲団の上で考えた。
よく寝入っている私に向かって、妻は「暑い暑い、寝れない」と独り言を言いながら怒っていた。
そこで、私は考えた。
皆と同じように、私は暑い暑いなんて騒いでなんて、居られない。
私の生まれながらの、我がままだ。
樹木からの落下事故で、高次脳機能障害に苦しむ私こそ、人並みに悩むことなく、頭脳に怒髪天(どはつてん)を衝(つ)くしかない。
後頭部が破裂するほど、ダメージを与えてしまえば、いい考えが生まれるのではないか、と考えた。
これこそ、障害者ならではの真骨頂。
そして18日、朝飯を食ったら、空(す)かさず、自宅から戸塚駅までの間を、往還徒歩をやろう。
何回か、歩いて行って帰りはバス、という経験はある。
今度は、足が腰が如何ほどに故障が発生しようが、やることはやるだった。
足腰だけではない、体の何処がどの様な故障になろうが、射(さ)しかざす日光や高温気風に負けずに能動的に歩行することを目指す。
自宅から東戸塚駅までは勤め人や学生、生徒の群れに混ざって進んだが、東戸塚駅から戸塚駅までは、駅に向かう通勤者や学生や生徒、群れをなして駅から遠ざかる人たちと混雑、混乱して歩いた。
自宅から歩いて1キロメートル辺りで、額と腹と背中には汗がびっしょり。懸命に汗をタオルで拭(ぬぐ)った。
狭い道路に、歩行者が溢れ、業務用の車両も多かった。
どんな状況の中でも、散歩姿の私一人のことは、類まれな複雑な野郎だと思われたでしょう。いわゆる変なオジサンだ。
もっと朝早いならば、粋な老人の散歩と思われたかもしれないが、この時期、そんな風流な奴はいない。
朝のニュースでは、東京・赤坂では既に28、7度ですとか話していた。
が、私の体感温度は、この横浜・権太坂で陽の射している場所で、充分に30度を超していた。
猛暑が酷暑になり、極悪熱の陽炙(ひあぶ)り状況になる。
往き
06:40、自宅を出る。
どんなに暑くなろうが、どんなに汗をかこうが、そんなことを考えてはいられない。
感無量。
07:09、3038歩。東戸塚西口
川上小学校前
大成建設株式会社、技術センター
07:34、5866歩。資源循環局入口。
藤井橋
富士橋
08:16、10、066歩。JR戸塚駅西口
還り
08:22、戸塚駅出発
吉田大橋、柏尾川。
元町
08:37、11743歩。元ダイエー、イオン解体現場
BRIDGESTONE,ブリジストン
柏尾町
不動坂 国道1号線(東海道)と県道瀬谷柏尾線の交差点。
益田家のモチノキ
大山道入口
ポーラ化成工業
ALSOK ,ALWAYS SECURITY OK
森紙業
08:57,13529歩。ヤマザキ製パン
赤関橋
品濃口
旧東海道
09:41、17657。品濃一里塚
慶長9年(1604年)徳川幕府は五街道を整備し、この宿場を作った。
日本橋から9番目の一里塚で保土ヶ谷宿と戸塚宿の間。
9番目の一里塚なので、4キロメートル*9=36キロメートル
10:15、19、648歩