2011年4月20日水曜日

三途の川っ淵でとどまったぜ

三途の川=(仏教語) 死後、冥土に行く亡者(もうじゃ)の渡るという川。生前の罪業によって、流れの速さの異なる三つの瀬があるという。三瀬川(みつせがわ)『日本語大辞典』(講談社)

昨夜、社内で難儀な問題が発生する度に、法律相談に乗ってもらっている司法書士・金さんと酒を少し飲んだ。居酒屋「いっすんぼうし」だ。

彼は知り合いの通夜の帰り、今、天王町駅の近くに居るんで、折角だから少し飲みませんかと電話をもらった。彼からの電話は嬉しかった。会社のスタッフは6時半が過ぎているというのに、まだまだ仕事の真っ最中。司法書士・金さんが、酒を飲みたがって、喉をゴロゴロいわしているので、悪いけど先に上がるぞと事務所を後にした。彼よりも、私の方こそ酒を飲みたい状態が臨界に達しかけていたのだ。電話のかかってくる少し前から、イライラが始まっていた。

酒など飲む人ではなかったのですが、10年ほど前から、何を思ったのか、ビールを口にし出した。それから酒も。年は私よりもたった1歳年上だけれども、酒に関しては晩熟(おくて)だ。

飲みだしてからは、何是(なんぜ)こんなに美味いものを今まで口にしなかったのかと、悔しさを晴らすかのように飲むようになった。

遅れてきた呑ん兵衛ジジイだ、とはいえ、狂ったように飲むわけではなく、行儀よく品よく嗜(たしな)むその姿は、仕事をしている時の司法書士のままだ。

盃を重ねるにつれて、舌が滑らかになってきた。話題は食道ガン。手術をしたのは、2年前の桜が咲く前のことだった。今日ごろから桜の花が散り始めたけれど、手術直後、病室から桜の花を眺めながら、これから何度見られることやら、としみじみ考えたもんだ、と言った。

3年前ごろから、彼と会社の仲間らで、保土ヶ谷駅前にできた立ち飲み屋で、ちょこちょこ飲んでいた。どちらからともなく、連絡をとり合った。そんな或る夜、60歳を越えたので仕事を減らそうと思うんだ、長い付き合いのどうしても断れない件だけは、仕事を受けようと思っていると話す彼に向かって、私はそういうわけにはいきませんよ、そんな齢(よわい)でもないでしょう、と彼にくってかかった。ヤマオカさんのところの仕事は、当然今まで通り最優先は変わらないよ。

それから間もなくして、彼は毎年行なっている定期検査で要再検査と診断された。もう一度来てくださいと病院から呼び出しを受けた。再検査の結果の再々検査で、何やら食道に異物ができていると診断され、それが食道ガンだったのです。

駅前の立ち飲み屋で、そのことを告白された時は、さすがに不健康極まりない生活を自慢のように吹聴していた連中も、シーンとしたもんでした。食道を全部摘出して、胃袋の一部を引っ張り上げて食道に変える大手術だ。手術の予定も聞かされた。私の周りの彼を愛する仲間は、手術日も手術が終わってからも、思い思いに心配しながら術後の容体を慮(おもんばか)っていた。私は面会に行こうともせず、彼から元気になったよ、と連絡がくるのを静かに待つようにした。手術直後の彼に話しかける言葉が思いつかなかったからだ。

手術2年後の今、彼とこうして居酒屋で酒を飲めることを幸せに思う。そこで、彼は三途の川の話をしてくれた。親父やお袋に、マ・s・m「彼の名前」、こっちへ来いと手招きをされた、真っ赤なジュータンが敷かれたような、花園のようなところで、懐かしい声で呼びかけられた、と言っていた。

死の淵を覗き込んできたからなのだろうか?それから彼が話し出した何もかもが、私の心を打った。元々、彼の視線は穏やかで顔は柔和な人だった、が、もっと穏やかで柔和になってシマワレタ。彼は死に近づいたことで、命の尊さや儚(はかな)さ、たった一つの命の掛け替えのない大切さを痛感、再認識したのだろう。横に居る金さんがかっての彼ではなく、違う金さんに思えた。

友人、職場の仲間へのきめ細かい心遣い、親や子ども、孫とのこと、同じガンで精神的に苦しむ友人への思いやり。命あるもの全て、動物にも寄せる溢れんばかりの愛情。私の家族のみんなへの気遣い、温かく見守ってくれている。私には、ことさら仕事上の事を心配をしながら、優しく励ましてくれた。弊社の経営責任者・中さんの健康、中さんの家族への心配り。彼と私の共通の友人達の昨今の情報を交換し合った。誰に対しても、温かい気持ちで話していた。私は幸せな気分に包まれていた。

そんなことを話す彼の目は、少し潤っていた。先日,NHKで放送していた東日本大震災の現地ルポの一シーンなんだけど、車で被災地に近づいていくと、何か食べ物でも貰いたくて犬や猫が近づいて来るんだぜ、その純真であどけない目をした犬や猫を見て堪らなかった、と話す彼の目には、その時間違いなく涙を浮かべていた。

与えられた命を大事にしなくてはイカン、と強く悟らされた夜の居酒屋談義でした。今後の金さんの健康を祈ってやまない。そう言う小生も、健康に気をつけることを誓う。

私が小用に行っている間に、お勘定は終わっていた。病み上がりの司法書士・金さん、スマン。