2012年4月8日日曜日

守るな、逃げろ 山崎正和氏

20120309の朝日新聞に、劇作家の山崎正和さんが、タイトル=「震災国の私たち」として、インタビューを受けたものが記事になっていた。私なりに気が惹いた内容だったので、後日のためにも、ここはキープしておくべきだと考えた。

聞き手は編集委員の刀祢館正明氏だ。抜粋して転載させてもらった。

 

MX-3500FN_20120403_130500_001 

戦後の日本見えた

外国人と助け合う

「守るな、逃げろ」

日本が近代化してから国民的打撃を与えた震災は、1923年9月1日の関東大震災、次いで95年1月17日の阪神・淡路大震災、そして昨年2011年3月11日の東日本大震災です。

この戦前の関東大震災と戦後の二つの大震災とは、政治的、社会的、文化的な点から見て非常に違う。

その違いとはーーー 関東大震災で顕著だったのは、異質者を排除しようという風潮でした。混乱の中で流言が広まり、朝鮮人や中国人への虐殺が起きた。それも一般の民衆によって。リベラルな機運や豊かで華やかな生活や文化を否定する風潮も広がった。震災は軽佻浮薄な国民に対する天罰だ、という天譴(てんけん)論が叫ばれ、渋沢栄一のような自由主義者まで同調した。「国民精神作興ニ関スル詔書」というものも出た。軍国主義的な思想の芽生えがあり、その後の全体主義への一里塚になったといえる。さらに興味深いのは「防災」という社会を守る考え方と「国防」という軍事的な思想が結託したことです。

戦後の阪神大震災ではーーー 戦前とはすっかり変わった。外国人に対しては、排外どころか自発的に助けようという運動が神戸で起きました。市民らがラジオ局を立ち上げ、被災した外国人のため外国語で放送したのも一例です。ただし、春の選抜高校野球を中止せよという議論が起きたり、バレンタインデーのチョコレートを自粛せよという声が沸き起こったりした。選抜は毎日新聞の英断で実施されたものの、チョコ自粛は神戸の製菓業界を直撃してしまいました。

そして、今度の東日本大震災では、外国人については、神戸どころではない。被災した会社の経営者たちが研修に来ていた中国人労働者たちを助けようと奔走した。いったん帰国しようとした外国人たちが一緒に再建に取り組みたいと戻ってきた、アジアから来た妻たちがお年寄りを助けたり共同体を守ったり、こういう話がたくさんあります。

関東大震災後と比べて、国内がすでに国際化し、人々が偏狭なナショナリズムを脱したことがはっきりした。文化やスポーツも大事だとは阪神のときは言いにくかったけれど、今回はそんなことはなかった。いや、逆に被災地のみなさんが喜んでくれた。もう一つ、明らかになった決定的な違いは「防災」という言葉が「減災」という言葉に置き換えられたことです。

大震災は大変不幸なことだったが、日本人の国際性、文化主義、平和主義という意味においては、ある種の理想の姿を見せた。ここは強調したい。

 

文明は磐石でない

無常観抱きながら

積極的に、地道に

日本では17年の間に2度も国家規模の、つまり国民全体が衝撃を受けた大震災をが起きた。この結果。日本人の中である種の無常観が目覚めたかも知れない。

無常観とはーーー 我々は決して磐石な文明の上に生きているわけではない。これだけ科学技術が進んでも勝てないものがある、人間というのは実に弱いものだ、という自覚です。まだ具体的な証拠はありませんが、人間の傲慢さというものを反省し始めているんじゃないだろうか。

日本人の場合、無常観を抱えたまま頑張るという不思議な伝統がある。いわば積極的無常観。それが戻ってきたのではないか。端的な例が鴨長明の「方丈記」です。鎌倉時代の随筆で、大火や飢饉、震災などを扱い、無常観の教科書といっていい。最後に何と書いてあるか。無常観に執着するのも仏の教えに反する、いっさい執着してはいけないのだから、無常観に執着するのもいけない。無常観を抱きつつ積極的に生きようとするわけです。

大震災はいつか必ずやってくる。それにもかかわらず、だれもヤケにも投げやりにもならず、「守るな 逃げろ」という非難訓練にまじめに参加している。阪神のときには被災者に「がんばれ」と言うなという雰囲気でしたが、今回は「がんばろう日本」とみんなで言っていますね。

文明や科学は進めば進むほど、逆に無常観をふくらませることがある。首都圏では4年以内に70%の可能性で直下型地震が起こる、という予測が出て、人々に無常観、不安感を抱かせることになる。だからといって東京の文化活動は萎縮していないし、政治に指導力は求められているものの、社会を軍隊組織のようにしようなどとバカなことを言う人は現れていません。

震災を予期した無常観を抱えながら、極めて地道に一つひとつ解決し前に進んでいく。そうやって生きていくと思います。