20120810日経 後半シュートを阻まれる熊谷=写真 小川望
正直に書こう。ロンドン五輪が始まるまでは、なでしこジャパンがここまでいい成績を得るとは思っていなかった。
先のFIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会で、アメリカに勝って、次のオリンピックも金だ、と俄然注目されるようになったが、私はその実力を疑問視していた。
ところが、どっこい。なでしこはW杯後、度々の国際マッチを試み力強く成長していた。結果は銀メダルに終ったが、チームが強くなるためには何をどうしなくてはならないか、多くを学んだ成果だ。
W杯ドイツ大会での決勝戦にしても、宮間あやのシュートは兎も角、CKからの沢穂希のシュートなどは、幸運も実力のうちとは言うけれど、余りにも神がかり的なゴールだった。相手のバックスに当ってコースが変わったようだが、報道ではこの詳細には触れてない。良く言えば、沢の代表17、8年のキャリアが、こういうところで活きたのだろうが。
五輪が始まる直前、皆からそれなりの期待をされるのは当然で、そんな質問にもニッコリ笑顔で、金メダルを取ってきますとシャーシャーとヌカすではないか。この心臓に毛が生えたような自信はどこから来るのだろうか、と怪訝な気持でいた。そんなに甘くはないぞ、と言いたかったのだ。
こんな気持で、でも、胸は弾んでいた。
1次予選リーグ(F組)において、カナダに◯2ー1、スウェーデンに△0-0,南アフリカに△0-0、2位で予選通過、決勝リーグに進んだ。カナダに勝って、スウェーデンと南アフリカには負けなかった。
この頃になって、やっぱりなでしこは力をつけていると確信するようになった。
ここから、なでしこの快進撃が始まった。
8月3日、準々決勝 ブラジルに◯2-0。先のアテネ、北京の両大会で銀メダルのブラジルの猛攻にあうが、堅守で耐え、逆にカウンター攻撃で2ゴール。サッカー王国ブラジルを倒し、開催国のイギリス、サッカーの母国の人々を驚かせた。イギリスの各紙の紙面にサプライズの文字が躍(おど)っていた。ボールの支配率は36%で、逃げ切った。
6日、なでしこは、イギリスの国民を本気で驚かせたのだ。大会前の親善試合では0-2で負けたが、本番準決勝でフランスに接戦の末、◯2-1。フランスGKのファンブルやPKの失敗など、なでしこには幸運に恵まれたとしても、天晴(あっぱれ)だった。耐えて、強かった。
9日、準決勝戦でカナダを倒したアメリカと、ガチンコの優勝決定戦。アメリカは疾(はや)る気持ちを立ち上がりから見せた。前半の前半は、アメリカの気迫がムンムン。戦果は1-2、なでしこは負けた。試合を通して、なでしこにもチャンスがいくらもあったがゴールにならず一進一退を繰り返した。
この決勝戦を観て、なでしこの実力を本気で納得した。アメリカを脅かす効果的な攻撃を仕掛けることができた。戦い終えたDFの熊谷は、「W杯の決勝より、明らかに手応えを感じている」と、敗れた悔しさよりも先に充実感を口にした。
論点は少しずれるが、ピッチに入場してくるとき、試合開始直前に円陣を組む際にも、彼女たちは笑顔なのだ。ホイッスルが吹かれる前の緊張はピークなのに、どうして笑顔でいられるのだろうか。
決勝トーナメントに入ってからは、選手たちでよくミーテイングをしたと聞く。監督の部屋が皆の集合場所になって、監督は部屋を出て廊下をウロウロ、時間潰しが大変だったらしい。このスタイルが監督の望むところでもあり、自主的に選手同士で戦術や戦法を練る、そんな所からあうんの呼吸、以心伝心、イメージの共有、ピンチにも動揺しないで耐えること、そして強さを生み出したのだろう。理想的なチームづくりだ。
20120810日経 米国に敗れ、涙を流す宮間を抱きしめる大儀見=共同
20120813の朝日新聞・スポーツ。データーによるなでしこの成長の証の記事を見つけたので、そのまま転載させていただく。
パス交換が攻撃の生命線となるのがなでしこのスタイル。ピッチを相手ゴール側、中央、自陣ゴール前に3分割して、日本が出したパスの位置を見ると、マークが最も厳しい相手ゴール側で90本。W杯は延長を含め120分戦ったが、その総数よりも17本多く、90分の試合に換算すると35本増えた計算になる。成功率も2割以上高い74,4%を記録した。クロスの成功率も飛躍的に上がり、ペナルテイーエリアを脅かした数も2倍近く増えた。
後半18分の日本の得点は、相手ゴール前でMF宮間(岡山湯郷)、FW大野(神戸)、MF沢(神戸)と流れるようにパスを回し、最後は大儀見(ポツダム)が押し込んだ。「2点目もいけるな、という感じがあった」とMF川澄(神戸)。W杯決勝の日本の2点は、相手のクリアボールを奪ったものと、CKからのもので、相手を崩したゴールではなかった。
20120811朝日 写真=矢木隆晴撮影
20120811
朝日・朝刊/天声人語
植物図鑑を書き換えたい。ナデシコはもう花の名を超えている。【日本原産の多年草。厳しい環境に強く、夏の早朝に銀色の大輪をつける。花言葉=明るい忍耐】。花色はもどかしいけれど、女子サッカーの悲願がロンドンで咲いた。
ブラジル、フランスとの苦闘を制し、はい上がったピッチに、宿敵が待つ。最上の舞台で、最良の仲間と、最強の相手にぶつかる幸せ。代表歴が18年を超す沢穂希(さわ・ほまれ)選手は、「最高の夏」を口にした。
8万人を集めた聖地、ウェンブリースタジアム。五輪3連覇を目指す米国に、攻守とも引けをとらなかった。悔しさと、手にした自信の大きさを、八分咲き笑顔が語る。
頂点を見据えれば、決勝までの6試合はひと続きのゲームといえた。批判もあった1次リーグでの引き分け狙いは通過点だ。佐々木則夫監督が「私の指示です」と記者団に認めると宮間あや主将は「すべてを背負ってくれたノリさんの思いを無駄にしない」。いいチームだった。
将来をかけた舞台でもあった。W杯優勝で沸いた人気も、注目の五輪でしくじれば泡と消え、不遇に戻りかねない。重圧に耐えてのメダル一つで、どれほどの少女がボールを追い始めることか。中にきっと「明日の沢」がいる。種は確かにまかれた。
おめでとうの前に、ありがとう。思えば震災以降、彼女たちの活躍がなければ、日本はもっと沈んでいただろう。花の名を元気の素にしてしまうスポーツの底力を思う。なでしこ、今はまぶしい愛称である。