2014年3月13日木曜日

神聖喜劇・第1巻、粗筋(未完)

MX-3500FN_20140313_084415_001    2014冬野菜 013

 

20140312 超人的な記憶力と論理的思考で、非人間的な旧日本軍組織に抵抗する兵士を描いた長編小説「神聖喜劇」で知られる作家の大西巨人(おおにし・きょじん/本名は、巨人を〈のりと〉と読む)さんが、亡くなったことを知って、この本の粗筋をまとめ中の原稿を投稿した。10ヶ月前に読み終えていたが、この本は粗筋をメモしておかないと後で困ることになりそうな予感がして、書きだしたものの、中途半端のままだ。この春から第2巻に取り組むつもりだったが、兎に角、作者は巨人さん、読み側はフラフラになってしまうのだ。2巻も多分1年間かけて読むことになるのだろう。

以下、未完ですが、弔意を込めて今朝投稿した。ご冥福をお祈り致します。

 

この本を読んでいて、なるほど、この本の題名が実に神聖的なる喜劇だと納得した。それにしても疲れた。中休みに、別の著者の本を数十冊読んで気分転換、そして今日20130531、やっとの思いで第1巻は読了した。

2014冬野菜 012

朝鮮海峡に面した対馬に、24歳の主人公・東堂太郎が補充兵役入隊兵として教育を受けるべく、着任した。その教育に、手ぐすね引いて待ち受けていた堀江中尉(隊長)、大前田軍曹(班長)、神山上等兵たちとの騒動を主人公が語る形で話は進む。1941年1月から4月までの物語だ。当時、対馬は日本の第一の要塞だった。

大東亜戦争に突入した時にも、東堂はこの聖戦の本質を知りながら、「反戦平和のための積極的活動を行い得なかった」ことを屈辱と感じ、虚無主義者として軍隊の中で「一匹の犬」のように過ごそうと考えていた。

着任して早々、まだ軍隊生活の細かい決め事を教えられないうちに一つの事件が起こった。朝の呼集の時間を知らされていなかったので、のんびり洗顔をしてその呼集に遅れてしまった。遅れた数人を上官は叱責した。東堂と冬木以外は「忘れました」と答えたが、東堂は「知りません」と答えた。遅れた者たちは聞いていなかったので遅れたのに、忘れましたと答えた。東堂も忘れましたと答えれば、その場を穏便に済まされることは解っていたが、どうしても教えてもらっていないのだから、忘れましたとは言えず、知りませんと答えた。軍隊内では、何故、「知りません」が許されず、「忘れました」が強制されるのか、深く考えるようになった。「知りません」なら上官の責任が追及され、「忘れました」なら、悪いのが全て下級兵のみで上官には責任を求められることはない。

だが、冬木と東堂は、今回の此の件について、何故か「忘れました」の使用をとことんまで強圧せられることもなく見送られたのか、この段階では知り得なかった。

この「知りません」禁止、「忘れました」強制という無条件的な不条理に対して虚無主義者ないし「一匹の犬」らしからぬ疑問と興味を持った東堂は、いくつかの教範操典類を調べて、その根拠となるものを探し始める。

この教範操典類を調べているうちに、睾丸ハ左方ニ容ルルヲ可トスなども知る。

学生時代に特高の取り調べを受けた。驚異的な記憶力と暗記力を持つ東堂に、かって読んだことがある共産主義に関する禁書、非合法印刷物の名前や買ったもの、借りたものを、容赦なく尋問される。その特高に対しては、帝国主義勃発の前夜とその勃発後における、関係諸国の労働階級や社会主義諸政党の国会議員団の反戦任務を規定したテーゼについて、漠然とした記憶しかないと、嘘をついた。東堂は、一度読んだり聞いたことは、そらんじることができるほどだ。公然と売られている本を読んだか、読んでないか、何故そんなことが問題になるのだ。

教練教官から、大刀洗陸軍飛行隊見学での徒歩教練と銃訓練には、くたくたになるまで鍛えられるであろうが、「ただし、どうしても行きたくない者は」と言って、教官は、明確に参加しない者は教練の用意をして登校せよと、指示した。東堂と西条の二人は、別に申し合わせていた訳ではないが、翌日教練には参加しないで、学校には登校した。登校したのは二人だけだった。このことで、学校側と二人の間で強硬な談判がはじまった。ここで、悶着は、東堂は28回の欠席で西条は29日の欠席を既にしていて、飛行隊の見学に参加しなかった二人は欠席扱いになって、西条は欠席日数が30日に達したとして原級に留め置かれる。東堂に対しては、反学校当局的、反軍事教練的やり口を尚続けるならば、今期以降の教練成績が低い査定やその他の不利損失を被ることになるよ、と訓戒される。

一時代前に全国学生大衆を巻き込んだマルクス主義的、共産主義的焔の歴史は、昭和9年、16歳の高等学校生には、まだまだ真の理解に達していない未熟な東堂なのに、赤化学生だと追及され、「おれの単純素朴な行為は、そんな事々しい意義を持つことができるのか」と驚愕した。学校側はこれ以上、東堂にこの種の学問に傾倒していくならば、保証人である父親を召喚する必要があるだろうと迫るが、東堂には何も恐れるものはなかった。

 

大前田軍曹(班長)

神山上等兵

堀江中尉(隊長)

 

石橋二等兵が書いた手紙の内容は「毎日毎日三度三度大根のおかずばかり食べておりますので、大根中毒しそうです。このごろは戦友たちの顔まで大根のように見えてきました。よろしくお頼みします」だった。食事についての不服を隊外への通信に記したことが軍事機密や軍隊の内情を漏らしたことになると言って公的制裁、ビンタを受けた。

神山は、公的制裁という合成語を使った。教範操典類のどこにも、上官が下級兵に対して行う制裁のことには触れていないどころか、厳しく禁じられていた。まして、公的制裁?なんてあり得ない。

石橋二等兵に対する制裁が終わってひと通りの訓示をした後、神山は唐突に、冬木の名を呼んで、「そうだな、冬木。悪事を働いた人間は、何よりも自首するのが一番正しい。そうだな? 冬木」と言った、突然のこの発言は冬木に何を示唆し、何を求めているのか、理解できなかった。神山のそれからの「お前は、忘れたのか?」、「少なくとも後一年半?」。それから「どっちにしろあんな人間だし、、、」という侮辱。大前田の「お前がどげな人間か、班長は知らんと思うなよ、、、」という警句。巡察衛兵の「ふうん。お前が冬木か、、、」という感嘆。冬木自身の「ここにも世の中の何やかやがひっついて来とる、、、」という述懐。これらが、何を具体的に指示しているのか、この時点では、解らなかった。

事は、犯罪と刑罰とに関係しているのであろうか。秘密がありそうだ。あるいは冬木は刑余の人間ででもあるのか、不可解なことだった。

それにしても、どういう訳か、東堂並びに冬木が「忘れた」の使用をとことんまで強圧させられることがなく、見送られたのだろうか。何かが、班長以下に意図がありそうだ。

 荒巻jっk、橋本庄次二等兵は、堀江隊長に神山から大根のおかずの件を、軍事機密だと教えられたことを、暴露する。また、身上調査において橋本の義務教育を終了したのか、尋常高等小学校を終えたのか、いい加減に聞き取られていたことが判明した。そこで、再度、橋本は大根のおかずの件を隊長に、軍事機密だと教えられたことを告げた。隊長は神山を責め、上司である大前田も責めた。

そこからが面白い。堀江隊長は大根のおかずは軍事機密ではない。そのように言った神山、それを認めて訂正をしなかった大前田も悪いが、外部に漏らしてはならない防諜上の秘密を、軍事機密と言いそこねたのだと、神山を助けた。この似非(えせ)弁証法には、驚愕と嫌悪を覚えた。

 

そんなてん末の最中に、神山は上衣から取り出した手帳の1枚に何かを書きつけて、堀江隊長の後ろを通って大前田に手渡した。大前田は隊長に差し出した。何が書かれていたのか、物語の推移を待とう。

責任阻却(そきゃく)とは、違法行為者も特定事由の下では(その責任が阻却せられて)刑法的非難を加えられることがない、「責任なければ刑罰なし」、というような意味だ。ここで、「知りません」「忘れました」問題を再び訴求する。「忘れました」は、ひとえに下級者の非、下級者の責任であって、そこには上級者の下級者にたいする責任(上級者の非)は出て来ないのである。言い換えれば、それは上級者は下級者の責任をほしいままに追求することができる。しかし下級者は上級者の責任を微塵も問うことができない。これが、「知りません」禁止、「忘れました」強制の慣習に繋がっているのではないか。

そして、この責任阻却の論理を、上へ上への追跡があげくの果てに行き当たるのは、天皇だった。統帥大権者が完全無際限に責任を阻却されている以上、ここで責任は雲散霧消し、その所在は永遠に突き止められない。

軍隊は人外の境地。

軍隊はひとえに理窟不要、問答無用、蒙昧無法の非論理的特殊地帯。

「典範令」、特に『軍隊内務書』、『内務規定』、『陸軍礼式令』などの勉強に積極的に取り付いたのは、直接には「知りません」禁止、「忘れました」強制なる不条理の正体を突き止めるためだった。

 

軍隊内においては、軍隊には軍隊の字の読み方がある、と言って憚(はばか)らない。真諦(しんたい)→シンテイ、弛緩(しかん)→チカン、捏造(でつぞう)→ネツゾウ、直截(ちょくせつ)→チョクサイ、消耗(しょうこう)→ショウモウ、

「軍隊の読み方」などは成立しない、そんな不条理はあり得ないと考えた東堂は、「軍隊内務書」の中に一般「社会道義」と東堂の「個人の操守」とは、軍隊でも完全に保守されなければならない、ことを明確に指示する準則を見つけた。

弛張(しちょう)を軍隊ではチチョウと読むのじゃ、と断言する堀江隊長に対して「地方も軍隊も字の読み方は同一でなければならない、と白井少尉に具申しておきました。堀江隊長にも意見を具申し、、、。」と話した時、堀江隊長は「待て、横着者が。『白井少尉』とは何か」と、二等兵の分際で、将校を呼び捨てにしよって、『白井少尉殿』となぜ言わぬ」と責められたが、「軍隊内務書」の「敬称及称号」によって、隊長殿は白石少尉の上級者でありますから、ただいまの東堂は隊長殿の下級者たる白石少尉に敬称を略しました」

1巻はもう少しで終わりだーーーーーー!!!1