2011年5月3日火曜日

今度は、そら豆ご飯だ

先日、天王町駅前の八百屋さんの店頭にそら豆が並べられていて、どのように食えばいいのか、メニューを思いつく前に、躊躇(ためら)いなく買った。帰宅の電車の中、このそら豆君と睨(にら)めっこをしていたら、望郷の思いにかられた。

  

  (そら豆の豆果)        (豆果の中のそら豆)

年のせいだろうか、此の頃、昔のことを思い出すことが多くなった。生家は農家だった。このそら豆を見たときも、私の生家の畑で育てられていたそら豆や数々の野菜のこと、村を囲むように連なる山と峰、農家の家並みがぽつ~んぽつ~んとあって、そのなかに、人里離れた我が家のたたずまい、田や畑、野原の風景が蘇(よみがえ)る。父に怒られながら、畑の中を近所の悪がきどもと、走り回っていた。

そら豆やえんどうは、母が畑から採ってきたものを、鞘(さや)から豆を取り出すのが私の仕事だった。鞘というのは日常語のようで、正式な学名は当然知らないが、ネットでは豆果と表現している。住んでいた村は、山間(やまあい)谷間(たにあい)の里で、シーズンの進み具合は他所よりも少し遅れていたようだ。味わったのは、春の終わりから初夏にかけての頃だと思う。

縁側や濡れ縁に腰をおろして少しづつ鞘をむくのです。いつも、やわらかな日差しを受けていたような気がする。苦になる仕事ではない。母に仕事を言いつけられて、嫌だなんて一回も言ったことのない素直な子供だった。父や母、祖母までが一所懸命に野良仕事をしているのを知っていたからだろう。

そら豆の鞘は大きいのに、少しだけの豆しか取れなくて、内心がっかりしながら、母にこれだけだったよと話しても、ありがとうと言いながら、当然のように台所に持ち去った。そら豆は、鞘を割って豆を手でつまんで取り出すのですが、えんどうの場合は鞘を開けて、並んでいる豆を親指の爪の部分で、へらのようにしてかきだしたものです。

茹でたそら豆を、ビールと焼酎と日本酒のつまみにして、美味しくいただきました。懐かしい故郷(ふるさと)の味だ。今日の一日に、感謝。

     (茹でたそら豆)

そら豆を、今日(20110502)も買った。

今回はそら豆ご飯を作るためだ。

茹で方は、地面より上になるものは、お湯に入れてから茹でて、地面より下になるものは、水のうちから入れて茹でる、これが原則らしい。今回のために、新しく学んだ知識だ。

そら豆は地面より上になっていたものだから、湯にいれてから茹でること2分、この間に塩と酒をいれると青臭さがとれると言うが、こんなところで酒なんか使えるか、と思って、私は塩だけを入れた。酒は人に飲まれるために造られているのだ。茹でたものを笊(ざる)にあけて、これで茹でる行程は終わり。

ご飯の方は、もち米を何割か入れるなんてネットのレシピではそうあるが、もち米なんか持ち合わせがない、当然無視した。鍋に、カツオの出汁(だし)と醤油を少したらしただけで、電気炊飯器のスウイッチをオン。

炊き上がったご飯に茹でたそら豆を混ぜて、出来上がり。どうだ?俺の調理に文句あっか?

一人で食っても、美味かった。二人でも、三人でも一緒に食う連中がいれば、もっと美味かったのだろう。このそら豆調理のてん末を友人に話したら、豆の殻〈豆果〉を剥(む)かないとアカンよ指摘され、俺の田舎では食えるものは何でも食うのが流儀なんだ、と言ってやった。

はみ出し原稿=私の長男・草の長女の名前が「そら」なのです。可愛くって、可愛くって、ぐっと抱きしめたい気持ちが、どうも今回は、そら豆ご飯に向かったようだ。弊社の財務担当の古さんのお孫さんも「そら」ちゃんで、こちらは男だそうだ。

(注)写真は3枚ともWikipediaさんより無断拝借)