2010年11月28日日曜日

寂しさをまぎらすには、タンゴだ!!

友人を一週間前に亡くした。公私にわたって付き合ってきた友人だ。

私が40歳になったころに知り合ったので、ほぼ23年の付き合いになる。突然死だった、ショックだ。怪我や病気ならば、症状の程度にもよるが、傍にいて話をすることができる。介護の手を差し伸べることだってできる。だが、死には絶望しかない。寂しさに、苦しんでいてもしょうがないじゃないか、死んだ人は生き返ってこないのだから、と何度も自分に言い聞かせた。

この彼からは、読書の味わい方、映画や演劇の見方、ダンスを観る楽しさを教えてくれた。読書は母親の影響だと言っていた。小津安二郎の命日にお墓参りした。ゴッホは横浜美術館、フェルメールは上野の美術館。私は井上揚水、彼は中島みゆきとマドンマ、舞踊はピナ・ヴァウシュ。クラシック音楽を楽しんでいた。ピアノは子供の頃から弾いていた。だから、学校も音楽系だったが、スポーツセンスはレベルが高いのだと言っていた。ユダヤ、ホロコーストには感心が深くて、互いにこのジャンルの本を競って読んだ。文章の綴り方を勉強していた。使用する話し言葉や書き言葉にうるさかった。社会問題については、お互いに真面目に話し合った。差別に関しての彼の言辞は厳しかった。私があの人と言って人差し指を差すことをひどく嫌った。色や形には独特の反応をした。臭いには敏感だった。煙草の煙、車の排気ガスを異常に避けた。器用貧乏なところがあって、それを指摘するとムキになって否定した。子供は好きじゃない。神経が繊細なところがあるかと思いきや、今度は破天荒に大胆な行動をとったり、私にはいつも刺激を与えてくれる変な奴でもあった。職歴は、私には到底真似のできない内容ばかりだった。仕事を変える度に、求められる資格をいとも簡単に取得した。血液型は0型だった。気性が激しかった。お互いに意地っ張り、妥協を許さなかった。讃岐ウドンをよく食った、ビールも飲んだ。でも彼はワインが好きだった。自宅では酒は飲まない主義だった。パンが好きだった。冷たい飲み物や食べ物は極力避けていた。私は肉を食ったが、彼は菜食主義者だった。魚は少し食った。喉が渇いても飲む水の量は少ないことに驚かされた。私は犬派、彼は猫派だった。動物愛護の人で、動物実験反対や革製品などをボイコットしていた。盲導犬、介助犬は人間の犬に対する虐待だと怒っていた。野良猫を保護しては、里親を探す活動をしていた。ちっちゃな虫さえ殺さなかった。レストランでお膳に乗っかっていた小さな虫を私は潰してやろうと手を伸ばしたら、その手を払いのけて、箸袋に入れて館外に逃がした。ちっぽけな命も大切にしていた。花や樹木を愛(め)でた。

話題ごとに口角泡を吹かしての談論風発、愉快だった。彼の吐くフレーズは短くて、私に反論の余地を与えなかった。彼とは一生の友人付き合いができるものだと決め込んでいた。だが、早くに、突然亡くなってしまった。もうこの世には生きていない。彼を友人にもったことを誇りに思っている。

そして今日は水曜日、弊社の営業部の定休日だ。

いつもと同じように会社に出社したものの、工事会社に支払予定の連絡を4社にしたら、後は頭の中がポカ~ンとして、何かに取り組もうとする気が起こらない。休日はこうだから、嫌なんだ。頭の中に隙間が生まれ、そしてその隙間に風が吹く。体がしゃんとしない。本を読もうと開いてみても、目が字を捉(とら)えない。読む気が起こらない。こういう時には、よく無茶苦茶散歩することで気を紛らしたものだが、今日はどうしても体を張る気力が湧かない。

ならば、映画でも観るかと思いついて、株主優待券が使えるテアトル系のキネカ大森の上映作品とスケジュールを調べてみたら、「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ」というのが上映されていて、その作品のオフィシャルサイトを見ると、これがとんでもなく楽しそうな映画に思えて、12:40の上映開始に間に合うように会社を出た。入場チケットを受け取る際、係員からフイルムが古くて一部見苦しい箇所がありますが、予(あらかじ)め了承してください、と言われたが、私にはそんなことどうでもいいことだった。忘我自失の心境になりたかった。私は洋画を観る時には用意周到に準備をしておかないと、見終わって、何が何だかさっぱり判らないことが多いのです。誰よりも、瞬間的に状況を判断する能力が欠けているようです。だから、今日はブッ突けなので、ややこしい複雑な映画は観たくなかったのです。

映画は予想通りだった。一夜限りのコンサートで往年の大スター、マエストロが一堂に集まることになった。マエストロがタンゴをこれでもか、これでもかと体現する。映画の始まりから終わりまで、ただただタンゴの曲が流れっ放し。目がくらむほどのタンゴの名曲集だ。コンサートに向けて思い想いに個人的に演奏に耽る。友人と再会しては共演を楽しむ。準備に夢中なのだ。映画の中では会話はそれなりにあるのですが、それは画面だけのこと、耳に入ってくるのは、激情に駈られたタンゴだけ。私は夢中になっていた。

音感の悪い私の体なのに自然にスウイングしていた。靴底で床を叩いていた。膝に置いた手は、鍵盤を叩くようにリズムを打っていた。ストーリなどで頭を悩ますことはない。全身、タンゴで痺(しび)れまくり。

このときばかりは、彼のことを忘れることができた。

写真(以下の文章は、館内でいただいたパンフレットから)

「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ」

タンゴとは、愛、祖国への誇り、そして人生全てを捧げた音楽(ムジカ)。

総勢22名のタンゴマエストロが結集。伝説の一夜(ステージ)限りのコンサートが鮮やかに甦(よみが)る。

監督 :ミゲル・コアン

出演者:カルロス・ガルシーア/オラシオ・サルガン/ホセ・リベルテーラ/レオポルド・フェデリコ/マリアーノ・モーレス/ヴィルヒニア・ルーケ

2006年ブェノスアイレスのもっとも古いレコーディングスタジオで、1940年代から50年代に活躍し、アルゼンチンタンゴの黄金時代を築いたスターたちが感動的な再会を果たした。彼らはアルバムに収録する名曲を歌うためにこの場所に集まってきたのだ。60~70年もの演奏歴をもち、いまなお現役で輝き続ける、まさに国宝級とも言えるマエストロたち。時を重ね、人生の深みを増した歌声が響く中、彼らは激動の歴史と共にアルゼンチンに脈々と生き続けてきた、タンゴの魅力と自らの思い出を語り始める。なけなしの金で父が買ってくれたバンドネオン、街角のカフェから成功の階段を共に上った仲間たち。亡き師への変わらぬ熱い思い。彼らの人生のすべてがタンゴという3分間のドラマに刻まれていく。

「ブロークバック・マウンテン」「バベル」でアカデミー作曲賞を受賞した音楽家グスタボ・サンタオラージャがプロデュースするアルゼンチンの伝統音楽タンゴのドキュメンタリー。

タンゴの偉大なる巨匠たちがミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座と並ぶ世界最大劇場の一つであるコロン劇場で一堂に会した夜、二度とは観ることのできない、奇跡のコンサートの始まりだ。すでに惜しまれつつこの世を去ったカルロス・ラサリ、オスカル・フェラーリなど、二度とは見ることのできないアーテイストたちの共演は、近年屈指の希少性をもち、音楽史に永遠に伝えられることだろう