何年ぶりの銭湯だろうか、と感慨深げに湯船に浸かっていた。
今、個人的なちょっとした事情で一人暮らしをしている。その寝食の場には、アメニティの何もかもが整っているのですが、唯、風呂だけがないのです。
そんな不自由を解消しようと、弊社の隣にあるスポーツクラブの会員になったのです。今更、手足を上げ下げして筋肉をつけたり、尻を振ったりする心算はなかったのですが、サウナと風呂が魅力だったのです。施設の利用規則がいくつかあって、それでついつい足が遠のいていった。そして、私が向かったのは、やはり昔馴染みの銭湯だった。
以前、銭湯に行ったのは何年前のことだろう、大学4年生の時、カッチャン風呂に最後に行ったのが、銭湯に行った直近になる。と、すれば、約40年前のことになる。10年一昔と言うが、、、ええ、そんな昔のことになるのか!!
カッチャン風呂の正式な屋号は伏見湯(東京都西東京市東伏見)だった。可愛い娘さんが番台に座っていて、そのことだけが楽しみで通った。そのカッチャン風呂のお姉さんはサッカー部の先輩と結婚した。私は、妹さんのファンだった。ただ、私たちはニッコリ微笑みを交わすだけの特殊?な関係。その銭湯の在った所は今はマンションにかわっている。
サッカー部に所属していた私は、グラウンドの隣にあるクラブハウスの浴室をよく利用した。が、この浴室を利用するには、先輩よりも先に入ることができても、気兼ねをしなくちゃナランかった。後になればなるだけ湯が汚れ、ついつい入りたくなくなる。泥だらけの体にくっついて持ち込まれた砂は、いつまでも湯船の床にジャリジャリと溜まっていた。
そして、時間に余裕があるときは、この風呂に入らないで、先ほどのカッチャン風呂に行った。私は、田舎で育ったものだから、大学に入るまでは、銭湯の経験は薄かった。高校があった宇治市で、一度か二度ぐらいだろう。人前で素っ裸になったのは、数少ない銭湯と、修学旅行などでみんなで大きな風呂に入ったぐらいしかなかった。
大学時代のクラブハウスの風呂での1コマを思い出した。この風呂はいつも汚れていたのですが、絶えず新しい湯が加えられているので、みんなが入浴を済ませて、それからしばらくすると、砂は除かれないものの、湯は澄んでくる。ゆっくり入れる者にとっては好機なのです。そんな時機を見計らって、私はよくこの風呂を利用していたのです。なんせ、タダなんですから、貧乏人の私には有り難かった。
練習を終えて、寮で十分休んでからクラブハウスの風呂に出かけた。管理人の藤間のオヤジが栓を抜く前に入らねばと急いだ。更衣室でトレーニングウエアーを脱いでいると、浴室から歌声が聞こえてきた。誰も居ないと思っていた。テレビドラマの忠臣蔵の主題歌を歌っている奴がいる。私は静かに覗き込んだが湯気でよく見えない、が、察しはつく。一人で、メガネをかけたまま、目を閉じて、歌詞にウットリ、曲調に身を委ね、大声で、他人を寄せ付けない雰囲気があった。きっと、アイツだ。まさか、誰かが進入してくるとは、思っていないのだろう。
ドアを開けて、そいつを確かめたら、案の定、1年後輩の広島・国泰寺高校出身の松若だった。入学したばかりの1年生だ。現在は、マツダ工業の偉いさんになっていることだろう。オーい、松若、どうしたんだ? 松若の目には涙が溢れていた。おい、どうした? 顔が変にゆがんでいた。お~い、松若、何を考えていたんだ? 彼の口から出た言葉は、この歌が好きなんです、だけだった。それから、より大きな声で、怖い顔して再び歌いだしたのです。何に彼は思いを馳せていたのか、私には解らない。広島で、歓送会をしてくれた友人、恩師のことを思っていたのだろうか。それとも家族のことか、彼には似合わないけれどまさかの恋人?のことでも思い出していたのだろう。我々は多感だった。そんな青春時代のことを思いだしてしまった。
田舎では、農繁期などは家庭風呂でさえ毎日沸かすわけにもいかなくて、近所の家に風呂を貰いに行ったり、逆に、私の家に近所の人が風呂に入りに来ることは、しょっちゅうでした。
(これは、銭湯業協会の写真を勝手に使わせてもらったのですが、このおばあちゃん、写真と全然変わってない、可愛いおばあちゃんだった)
今日初めて行った銭湯は、保土ヶ谷区帷子町の第二常盤湯という。第一常盤湯は保土ヶ谷区の峰岡にあったのですが、その方は戦災で燃えてしまったのですが、この第二の方は戦災を免(まぬが)れたようです。昭和27年に建て替えられたそうだ。商店街の道路から1,5メートル幅の脇道を30メートルほど入ると、そこにこの銭湯があった。番台から上品なおばあちゃんが、可愛い声で、いらっしゃいと迎えてくれた。
昔馴染みの、情趣溢れた銭湯で、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の一場面のようだ。
何もかもが古びていているが、けっして不衛生ではなく、きちんと管理されているのが微笑ましかった。きっと、このおばあちゃんが、せっせせっせと、掃除しているのでしょう。床は奇麗に拭き磨かれている。おじいちゃんの姿は見えない。娘夫婦か、息子夫婦の誰かが陰で手助けをしているのだろう。洗い場も奇麗だ。タイル壁には定番の富士山ではなくて、京都・竜安寺の庭のような、枯山水が描かれている。このような絵模様は珍しい。黄色いポリの洗面器の底には、赤い字でケロリンと書かれていた。懐かしいーーーー、ニンマリしてしまった。
私以外は、きっと通い慣れたお客さんなんだろう。きょろきょろしているのは私だけだ。ここの銭湯の贔屓客は、それぞれマイボックスがあてがわれていて、そこにタオルや歯磨き、石鹸など私物を預けている。蓋は開きっぱなしなので、大事な物は入れることはないだろうが、仕事からの帰りなどに寄るには便利だろう。
入浴料は450円也でした。サウナに入って、30円で買った石鹸で、風呂に入っていなかった5日分の垢を落とした。一度石鹸を塗りつけたタオルで全身をこすった。そして同じようにもう一度全身をこすった。頭も石鹸でごしごし洗った。頭がフケだらけだったのだ。それが気になって風呂に強く入りたくなったのです。足の指と指の間も洗った。こんなところを洗うだけで、なんでこんなに気持ちよくなるのだろう。
とりあえず、久しぶりに行った銭湯が嬉しかったのです。