2012年2月22日水曜日

クローズド・ノート

クローズド・ノート

 著者・雫井脩介(しずくい しゅうすけ)

 

思うところがあって、存命中の作家の本は、ここ暫くは読むまいと決めていたのに、私よりも20歳も若く現役バリバリの作家の本を読んでしまった!! 「クローズド・ノート」だ。

携帯サイトで、連載時から100万件のアクセスを突破した感動の恋愛小説だとの広告コピーを目にして、つい買ってしまった。これは間違いなく誇大広告だ。アクセスがあったからと言って、読者とはかぎらない。私たちの業界では誇大広告は厳禁だ。お店の名前は「何とか船」で、105円だった。携帯サイトで人気がある小説とは、どんなもんなんだろう、かと興味が湧いた。この類の本を今まで斜視的に捉えていたので、105円なら騙されたっていいや、そんな気になったのだ。

この作品は、文学的にはどの程度に評価されているのだろうか。唯、携帯サイトで、それほどアクセスされて、読まれていると知れば、穏かではない。たくさんの若者の読者に支持された。確かに、若い男女のなす清清(すがすが)しさや爽やかさ、気持ち良さは、多分アクセスで楽しんだ人たちと私も同感だ。

でも、私は年をとり過ぎてしまったのだろうか、がつ~んと私の心に響かない。

題材は今様で、ストーリー展開には工夫がみられる。この辺りが携帯サイトで好まれた原因なんだろう、とは理解できる。繰り返す、初老の私には、がつ~んとこないと満足しないのだ。

そんなことを言いながらも、前々回の私のブログ「紫煙と文士たち 林忠彦」の中で、40余年前のこと、私が夢中で田中英光の「オリンポスの果実」を読んだことを紹介した。この淡い恋愛小説もさほど評価されなかったが、私はハラハラ、ドキドキして読んだもんだ。主人公のような恋愛に強烈に憧れたのだ。

読み終わって、これは若者向きの映画にピッタリだと思ったら、やっぱり監督・行定勲、出演・沢尻エリカ、伊勢谷友介、竹内結子で映画化され、2007年9月に東宝系で公開していた。

 

ーーー後々のために、粗筋をここに著しておくことにしたーー

教育大学に通う堀井香恵は、小学校の先生を目指している。学校では、マンドリンのサークル活動、空いた時間は文房具屋さんでアルバイトに励む、普通の女子大生だ。

引っ越してきたアパートの部屋の収納の隅っこに、前の住民が置き忘れていった1冊のノートを見つける。手にとる心算はなくそのまま放置して置いた。

そんなある日、アパートに戻ってきた香恵は、自分のアパートを前面の道路から見上げている男に気付いた。白いシャツを着た若い男で、自転車に乗っていた。

そのうち、この若い男が、アルバイト先の文房具屋さんの万年筆フェアにやって来た。その後も何度か来店して、各種の万年筆を試し書きしているうちに、この若い男は新進のイラストレーターで、名前はリュウと知った。

そんな折、リュウは香恵にモデルになってくれと頼む。それに部屋を見せてくれとも言う。今度の展覧会用の絵の創作のために、アパートのベランダにいる姿を、外の道から写真に撮らせて欲しい、と。

リュウとこのアパートには何らかの繋(つな)がりがあるようだ?と勘繰る。

香恵は、気になるノートを、見てはならぬものと思いながらも、垣間(かいま)見たい衝動にかられ、ついにそのノートを開いてしまった。ページをめくってみる。ノートは日記だった。書き手は、香恵にとって憧れの職業の小学校の教師だ。先生の名前は、真野伊吹。

自らの病気と戦いながら、新任として初めて担当したクラスの生徒たちとの充実した交流が書かれていた。子どもたちに囲まれた伊吹の写真に心が和む。不登校の女の子とその母親との微笑ましい交流など、ひたむきな伊吹の生き方に憧れる。持病の喘息にもめげずに奮闘する伊吹を励ました。

ノートには、大学時代の友人・隆との恋愛が思うように進展しないもどかしさも切なく記されていた。大学時代には、友人としての付き合いだったが、社会人になってからは、もう少し進んで恋愛の意思を伝えたいと思っているが、なかなか、巧く相手に伝わらない。ところが、春休みを前に急展開しそう。二人で旅行をしようなんて、話題に上りだしたのだ。恋に悩み恋に励む伊吹先生。

伊吹の恋の成就を願いながら、自分はリュウに魅(ひ)かれていく。が、一方では香恵に好意を寄せる男が近づくが、香恵はこの男を遠ざけ、リュウに寄せる思いが徐々に高じていく。

リュウから、香恵がモデルになった絵も出展するので、自分の個展に来てくれないか、と誘われる。リュウにとっては、イラストレーターとして、自分の作品を関係者がどのように評価するか、試される場でもある。

香恵は、リュウから個展会場で、マンドリンを弾いてくれと頼まれる。リュウのためになるならばと、快く承諾した。

リュウには、代理店の社員で星美という女性が、マネージャー役のように付きまとう。リュウと星美の関係に、香恵は嫉妬に似た感情を持ち始める。星美は、大人の色香をにじませた綺麗な女性だ。仕事における星美の発言は、実に要領がいい。リュウにとってどういう存在なのだろうか。二人は恋愛しているわけでもなさそうだが。

日記で、伊吹は、自分の気持ちが隆に向かってドンドン進んでいくのに、現実は足踏み状態だと嘆く。香恵もまた、同じようにリュウに恋心を抱くものの、なかなかうまく進まない。

星美から、香恵がモデルになって描かれたものだと思い込んでいた絵の人物は、実はリュウが今でも愛し続けている女性を描いたものだと知らされる。

そして、絵に添えられたサインが隆で、集まった人たちはリュウと呼んでいる。ノートの中の、伊吹が愛し続けていた石飛隆の、隆は香恵が勝手にタカシと呼んでいただけだったのだ。隆とリュウは同一人物だったことに、はっと気付く。

伊吹から、香恵さんやっと気付いたのね、と聞こえてくるようだ。

終業式の前の日、隆の誕生日に寄せる文章を書いてみる、と書かれたところで日記は終わっている。

読み終わった日記を伊吹に返そうと、勤務先の若草小学校を訪ねた。下校中の生徒に、終業式の日に伊吹先生は交通事故で亡くなったと知らされる。

個展の初日に、香恵ではなくリュウが愛した女性を描いた絵を、リュウが途中で失くしてしまった。駅のゴミ箱で見つけた香恵は、絵の中の真野伊吹に会った。感動が涙になって溢れた。

個展会場では、お祝いの挨拶が順番に行なわれ、香恵にも順番がまわってきた。これからお話しするのは、私の言葉ではありません、私の部屋に残されたノートに書かれていた言葉です、愛する人の誕生日に向けられたものですと前置きして、真野伊吹の言葉を石飛隆に、できるだけ一字一句間違いないように話した。

石飛隆は、絵の中の伊吹を見ながら、はらはらと涙を流した。