2012年5月30日水曜日

扶養義務と生活保護費

風邪をひいて気分がすぐれなかった数日前、近所の松原商店街に買い物に行った帰り、帷子川に面した小さな公園のベンチで一休みしていた。

私以外にも何人かは、風はなく暖かい日差しを楽しんでいた。公園の樹木はナラやブナの大木、緑の葉が多くなって一段と濃い緑になった。帷子川の向こう岸に弊社の社屋がある。少し熱があったのだろう、目を瞑(つぶ)っていたら、たった数分のことだろう、不覚にもまどろんでしまった。

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帷子川。帷子川をはさんで、社屋と公園がある。

 

そして静寂は破れた。

人影が、近づいてきたことに気づいた。オジサンが親しげに「仕事は、ないね、、、、もらってきた?、、、、 保土ヶ谷だろう?」、問いかけられた直後、何のことだか解らなかった。が、今日が受給日と言ったか、支給日と言ったか、あっ、これは、生活保護費のことを言っているんだと直感した。あのオジサンたちは、極めてプライベートなことでも、誰彼となく話しかけるんだ、と妙に感心した。

生活保護費と聞いた時は違和感はあったが、よ~く考えてみると、成る程、この私の風貌、風体(ふうてい)から、その資格十分ありと思われたようで、嬉しくもあり悲しくもありだ。苦笑してしまった。

年収5千万円の息子を持つ母親が、生活保護費を受給。これは、週刊誌の記事の見出しだ。

週刊誌「女性セブン」で、人気お笑いコンビ「次長課長」の河本準一の母親が生活保護を受けていると報道した。当初は匿名だったが、ネットサイトで河本であると報じた。私は、この人気お笑いコンビのことは知らなかった。

河本がどれだけの収入があるかは知らないが、それなりの売れっ子芸人らしい。推定年収は5千万円。河本が無名時代の12年前に、仕送り分を差し引いた額が支給されていた。彼の事務所は「収入が年によって増減し、将来も安定的に援助できるか見通しが難しかった事情もあるが、認識が甘かった」と朝日新聞の取材に対して述べている。最近になって、母は受給しなくなったらしい。

この河本は人気者だから話題にはなったが、彼ほどの収入はなくても、面倒(扶養)みなければならない立場に居ながら、何の援助もしていないケースは私の身近に見ている。

これまでは、親に生活保護を受けさせるのは恥、との意識があったが、貰わないと損の感覚が広まれば、法改正の必要がある、と思う。

民法では扶養義務とは、独立して生活できない人に対して、経済的に支援してあげなければならない義務のことをいう、とある。

現行の民法第877条では

1、直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務がある。

2、家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定するほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることはできる。

3、前項の規定による審判がった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

このような民法の決まりをどれだけ守られているのか? 

生活保護費の受給者に扶養可能な親族がいるのに、生活費の負担額が折り合わない場合には、上記、民法第877条の2項で、自治体が家庭裁判所への申し立てができる。読売新聞の全国主要74区市に取材したところ、この申し立ては昨年はゼロだった、とのネット報道があった。区市の窓口では、何も、粘り強く対応してなかった証左だ。

扶養の義務の範囲を狭(せば)めて、厳格化したらどうだろう、、う~ん、、、それにしても、難しい問題だ。

扶養義務は、本来、法の強制には馴染まない性格のものだが、理想的なことばっかり言っているわけにはいかない。人は個々に、様々な事情を抱えて生きている。疾病や怪我を負っている人、高齢者を救うのは、この民法の扶養義務と、制度としての社会保障によるセーフティーネットなのだろうが。

私の個人的な考えは、親の面倒をみても、子どもには面倒をみてもらいたくない。いくら人間関係が良好でも、面倒をみさせない。援助を求めない心算だが、果たしてどんな終幕になることやら。

こら!! や、ま、お、か、神様からのお告げだ、よく聞け。偉そうなこと言っていても、この先、何が起こるかわからへんサカイな!!!

この問題をもっと社会化して欲しいもんだ。

それにしても今回の河本さん、これはまずいぞ。人格まで疑われてますよ。