日本維新の会の橋下共同代表は、「歴史を調べるといろんな軍で慰安婦制度が活用されていた。銃弾が飛び交う中、猛者集団を休息させようとしたら必要なのは誰だってわかる」と、又、 沖縄県の米軍普天間基地を視察した際に「司令官に『もっと風俗業を活用して欲しい』と言った」、すると「司令官は凍りついたように苦笑していた」とも明らかにした。その後、発言を修正したり、内容の一部を取り消した。
この共同代表の近現代史を思考する姿勢の貧困さに、冷や汗三昧、寒々しいものを感じた。歴史観がなさ過ぎる。公的な場所で、性差や人種、宗教、言語などについて語る時に求められる感度の鈍さにも救いようがない。
日本維新の会は、地域政党だった大阪維新の会を母体に、自民党や民主党、みんなの党からの離党組議員が合流、そこに危険思想をもつ暴走老人、石原慎太郎が代表する太陽の党(旧たちあがれ日本)が合流した。そしてこの男が日本維新の会のもう一人の共同代表になった。ニつ党の理念なき合体が余りにも無理苦理?だった、と危惧していたら、、、、案の定、結果、バラバラだ。
この党は憲法を論議できるほどに、成熟していない。
だから、でも、私はここで100歩譲って、踏み止(とど)まる。
二人の共同代表には辞めてもらい、橋下氏は大阪市の市長に松井一郎幹事長は大阪府知事に専念してもらう。新たな代表を決めて、党の基本的な行動方針を大阪維新の会の原点に戻ってみてはどうだろう。
日本維新の会の原点は大阪維新の会だ。大阪維新の会が打ち出した統治機構改革は「大阪都構想」であった。国と広域行政と基礎自治体という三者の「権限」と「責任」を整理して、「住民サービスを支える基礎自治体」と「世界競争に勝ち抜くための広域自治体」を創り上げようとすることだ。
現実に、橋下共同代表は以前には大阪府の知事として、今は大阪市の市長として、行政の無駄や非効率な運営にメス、職員の士気の高揚モラルの厳守、その手腕は市民や府民に理解されている。日本のどの地域でも、この発想は活かされるべきだと思っている。
このような統治機構改革なら、私にもよく理解できる。 一昨年の統一地方選、秋の大阪ダブル選、そして昨年末の総選挙の結果が明らかなように、多くの民意は理解を示した。
この気運が、お馬鹿な二人の共同代表にオシャカにされるのが惜しいのだ。
統治機構改革を目指す特定目的政党として、この夏の参院選を戦えばどうだろうか、憲法改正を訴えるには、まだまだ未成熟過ぎる。 まして、こんな党が憲法改正のハードルを下げるために、96条改正から着手しようなんて、とんでも無いことだ。