保土ヶ谷区・今井町の「イーハトーブの果樹園」が豊饒にして豊穣なり。
この1年は集中的に、スコップで土を掘り起こし鍬で耕し枯葉や米ぬかを混ぜた。やっとそれなりの農地に育った、否、その表現は遠慮過ぎる! 果樹や野菜が立派に育つ堂々とした農園になった。
今朝20130605 5時、山田農園主の自宅の庭なんだか畑なんだか、そこから頂いた土を、我がイーハトーブに運んだ。我がイーハトーブ、まだまだ、粘土質の土壌を改良する余地はある。会社の仕事を前に済ましておきたかった。車が横付けできなくて、階段を20段位、土の入ったビニール袋を担いで上がらなくてはならない、ガラスの腰は相当なダメージを受けた。それが、その後のギックリ腰の引き鉄(がね)になったのでは、と思う。
私っしゃ貧乏百姓の子倅、スコップや鍬の扱い方は手馴れたもんだ。子どもの頃には父や兄から、受験素浪人時代には、ドカタのオヤジからツルハシなどのドカタ用具一式の使い方を教えられ、鍛えられた。この果樹園の15年の歩みの前14年間は、仕事が忙しいからと言ってホッポらかにした。すまないことをしてしまった。
ところが、この頃は真面目に顔を出して、野菜を見守っている。仕事が忙しく世話がおざなりにすればおざなりに、暇だからと言って無闇に多く施肥しても、野菜は思う通りには育たない。生き物だ。適切な気配りが求められ、生易(なまやさ)しくはない、だからこそ足繁く向かうのだ。愛情のこもった野菜作りに。
そんな経験が下支えになってか、もう一つの果樹園が欲しいと思うようになっていた折、奇妙なことに、本当に縁がありそうなのだ。棚からボタ餅、目の前鼻の先にその土地がぶら下がりだしたのだ。天からの贈り物だと素直に感謝している。
その荒地は横須賀市は衣笠にある。
この土地も、以前には住宅の敷地だったので、イーハトーブと同じように、決して果樹園や畑には不向きな土壌と思われるが、その対処方法は身についている。
もしもこの土地が私のものになれば、「ケンタウルスの果樹園」になる。ケンタウルス? 何をか言わんや!!
この土地が、仰ぐ師・宮沢賢治にちなんで、この名を冠されるのは宿命的だ。目出度い、お・イ・ワ・イ・ダ!! 住まいから少し遠いので、栽培するのは果樹のみにする。南北よりも東西に少し長い長方形の土地に、南側から北側に植えつける果樹の種類は大体イメージができている。最終的には周到にやりたい。失敗は、果樹君にしてもオイラにしても許されない。イーハトーブで学んだ失敗は繰り返してはいけない。
先ずは予告編や。